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その10 ガマラスという男

 どうしてこうなったのだろうか?

 ガマラスは近づいてくるマルス王子を見て、今までのことが頭をよぎった。


 15年前、前王妃とその外戚が専横を極めていたとき、宰相をしていたガマラスは立ち上がった。

 浪費されていく財政、好きなように乱用される人事、逆らう者は処刑される恐怖政治。

 このままではファルーン国は潰れる、その危機感がガマラスにあったのだ。優秀な政治家であるガマラスは、表向きは王妃に迎合しつつも、裏ではその対抗勢力を糾合し、王妃たちの罪の証拠を集めた。

 そして、王を説き伏せて、すべての準備を整えて、王妃を糾弾した。宮廷クーデターともいうべき出来事だった。

 王妃を幽閉した後、病死を装って害し、禍根を残さないように、その外戚と取り巻きの貴族はことごとく取り潰した。彼らが持っている利権や私財は、自分と味方につけた大貴族たちとで分け合った。

 本当は国に帰すべきものだったが、それは大貴族たちを味方につける際に約束した見返りだった。また、ガマラスも私利私欲があるところを見せなければ、せっかく一本化した貴族たちと仲間意識を共有することができなかったのだ。国を運営していく上では、貴族同士の派閥争いは避けたかった。

 そのため、ガマラスはある程度の利権を確保する形で、それを差配し、貴族たちの手綱を握ってきたのだ。そうして少しずつ国を良くしてきた。牛のように遅い歩みではあったが、貴族たちがいる以上、清濁併せ呑む形でしか、政治を動かすことはできなかった。


 懸念は、王妃の息子であるマルス王子だった。幼かったマルス王子はさすがに汚職に関与しておらず、また嫉妬深い王妃のために側室がいなかった王には、他に子供がいなかった。そのため、マルス王子を罪を問うことも、廃することもできなかったのだ。

 王妃の一族を一掃したとはいえ、次期国王であるマルス王子を担いで、政治に介入してくる貴族がそのうち出てくることは自明の理だった。

 そのため、ガマラスは自らの娘を王の妃につけた。自分に似て器量は悪かったが、教育はしっかりと施しており、下手な文官よりも政治・経済に精通している自慢の娘だった。

 娘はガマラスに協力し、宮廷内で横行していた浪費を抑えつつ、そして待望していた王の子供を出産してくれたのだ。

 これでマルス王子を廃嫡できる、ガマラスはそう思った。


 もともと王妃の一族に虐げられていた者たちは、マルス王子に反感を持っており、ガマラスが何も指示しなくても、彼らは王子の暗殺を謀ったし、ガマラスはそれを抑えようとも思わなかった。

 マルス王子に非は無いが、跡継ぎは他に出来たのだから、死んでくれたほうが何かと都合が良かった。

 ところが、マルス王子は生き残った。毒、暗殺者、事故に見せかけた罠、それらをすべてくぐり抜けて、生き残ってしまったのだ。常人ではあり得ない、恐るべき生命力だった。

 しかも、毒殺を試みたランドルフ伯爵は逆に毒殺された。これは王子の仕業ではない。王子に協力者がいたのだ。その協力者が誰であるかは未だ持って謎だ。

 これは不味い、とガマラスは考えた。マルス王子の廃嫡は既定路線だが、王子の協力者が大貴族であった場合、王子に非が無いことを理由に廃嫡に異を唱えられたら困る。

 そんなとき、ハンドレッドというグループが国内で台頭し始めた。

 聞けばモンスターを狩り、その肉を喰らう集団ということだった。しかも仲間同士で戦いあい、日夜その腕を磨いているらしい。特にその指導者であるゼロスという正体不明の男は相当な剣の腕だという。

 怪しいこと、この上ない連中だが、ガマラスには都合が良かった。

 王太子としての功績作りとしてマルス王子に討伐に行ってもらい、ゼロスと共倒れになってもらえば最良の結果となる。ゼロスに王子を殺してもらっても良い。

 王子がまた生き残ってしまうことも考えて、白の騎士団の副団長ブランを王子の護衛として付けた。ブランは一族の人間を、前王妃によって処刑されており、王子にも恨みを抱いていた。ブランに暗殺を言い含めるのは簡単だった。

 万が一のことを考えて、冒険者も雇った。事態が思わぬ方向に向かったときに備えて、遊軍として動ける手駒が必要だったのだ。


 ところが事態はガマラスの想定していた最悪を通り越して、悪夢のような展開を辿る。ブランはあっさり殺害され、黒の騎士団と赤の騎士団は王子側に寝返り、ハンドレッドと思わしき連中が王都内で蜂起、王都を守護する青の騎士団も王子側に内応したようだ。頼みの綱の魔導士団を率いるブラームスとも連絡が取れない。

 何故こうなった? ガマラスにはまったく理解ができなかった。何の力も後ろ盾もなかったはずの王子に騎士団が次々と寝返ったのだ。王子の協力者はクロム卿やワーレン卿だったのだろうか? だが、あの剣の腕しか能がないような連中に、こんなクーデターを画策できるとはとても思えない。もしかしたら、ゼロスという男が協力者なのか?

 ……今となっては、そんなことはどうでも良かった。王子は信じられないような強さを見せつけて、ガマラスの切り札だったAランクの冒険者たちを惨殺した。

 ひとつの騎士団と対等の力を持つと言われているAランクの冒険者パーティーを、王子はまったく相手にもしなかったのだ。マルス王子には、その祖である勇者の力が備わっていたのだろうか?


 マルス王子が近づいてくる。ガマラスは自分が終わりであることを悟った。せめて、娘と孫の命は救いたかった。何とか命乞いはできないだろうか? しかし、冒険者たちを虫けらのように殺した魔王のような男が、そんな話を聞くとはとても思えない。


 ガマラスが絶望していたとき、玉座の間に男たちが入ってきた。それはオグマやクロム、ワーレンといったハンドレッドの幹部たちであった。彼らは血塗られた剣を持ち、返り血で全身を染めていた。


「ゼロス、貴族共は全員始末した。あとはガマラスだけだ」


 オグマのその言葉に、マルス王子が振り返った。


「始末? 貴族全員をか?」


「ああ、一掃してやったぜ。これでこの国も良くなる」


 ガマラスは戦慄した。ゼロスと呼ばれて反応したということは、マルス王子自身がゼロスだったのだ。ということは、ハンドレッドを組織したのはマルス王子であり、この一連の反乱を主導したのはマルス王子本人に他ならない。

 王子に協力者などいなかったのだ。自らの手で自分の力となる組織を作り上げ、各騎士団の団長たちを篭絡し、自身も鍛え上げて、今日という日に備えていたのだ。何という才覚、何という力。生き残るのに必死なだけで、マルス王子を凡庸だと断じていた自分の目は節穴だったのだ。

 その一方で、貴族たちの死に関しては、複雑な思いがあった。王妃排除の際には仲間ではあったものの、その後の国政においては障害でしかなく、彼らの存在を疎ましいとすら思っていたのだ。


 貴族たちの死を知ったマルス王子は少し考えた後、国王を見た。


「父上、王位ですが……」


「おまえに譲る」


 国王は迷うことなく言った。どこかホッとしたような表情にも見える。

 そもそも国王の器ではなかったのだ、とガマラスは思った。この男が前王妃の横暴を許すことがなければ、ここまで国が乱れることもなかった。

「このままでは国が終わる」とガマラスが王妃排除を迫った時でさえ、なかなか首を縦に振らなかった。最終的には脅しを交えて同意させたが、凡庸で決断力に欠けた王だった。


 自分が次の王になることを確認したマルスは、再びガマラスに目をやった。

「いよいよ終わりのときか」とガマラスが思ったとき、マルスは信じられないことを言った。


「ガマラス、政治はおまえに任せる」


「はっ?」


 政治を任せる? ガマラスは王子が何を言っているのか理解できなかった。


「おい! ゼロス! 何を言っている! そいつがすべての元凶だぞ! おまえは何度もそいつに暗殺されかけたんだろ!」


 オグマが叫んだ。無理もない。打倒ガマラスこそが今回の反乱の目的だ。


「僕は死んでもいないし、あの程度のことで死ぬわけもない」


「しかし、政治をガマラスに任せるというのは……」


 クロムが口を挟んだ。黒の騎士団もガマラスのことは快く思っていない。


「使える人間は使う。それだけだ」


 マルスはガマラスの登用を譲る気配はない。


「しかし、王子……なぜ私なのですか……」


 ガマラスが呻くように声を上げた。一番、信じられないのはガマラス自身だった。


「いいか、ガマラス。貴族たちは全員死んだんだぞ?」


 マルスは含めるように言った。


「今政治を任せられるのは、おまえしかいない。おまえの好きにしろ」


 貴族たちが死んだから自分が好きにしていい? ガマラスは混乱した頭で考えた。

 確かに既得権益であった貴族がいなくなった今、ガマラスが理想としていた政治を実現する千載一遇の機会ともいえた。

 旧態依然とした貴族中心の国から、最新の法理に基づいた中央集権国家への移行、それこそがガマラスの悲願でもある。

 しかし、何故それをマルス王子が知っているのだろうか? ガマラスの真の目的は、娘や腹心の文官といった、ほんのわずかな者たちしか知らないし、彼らからその話が外部に漏れるとも考えづらい。


 もしや……自分が貴族たちに気づかれぬように進めていた、ほんの僅かな改革の兆しをマルス王子は気づいていたのだろうか?

 いや、そうに違いない。何せ王子は独力で自分の勢力を築き上げ、クーデターに成功した傑物である。今後の国の運営すらも見据えて、「誰にどんな政治を行わせるのか」ということまで考えていたのだ。

 そして、目立たせることなく地道に進めていた自分の政治改革に気付いていたのだ。


 ガマラスは滂沱の涙を流した。国のことを誰よりも憂いながらも、それ故に奸臣と蔑まれてきた自分を、公正に評価してくれていた人物がいたのだ。ガマラス自身は国のためならばと、自身への評価を諦めてきたのだが、その実もっとも求めていたものでもあった。

「この御方こそ王の中の王に違いない」。ガマラスは心の中でマルス王子への忠誠を誓った。


「この命に代えましても、責務を必ずや全う致します……」


 ガマラスはマルスに跪いて答えた。

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― 新着の感想 ―
使える手駒が使えない親父と、自分を殺したがってるけど使える敵しか残ってないという現実
勘違い爆発! 最初はその10を遠目で見て「カリスマ男」に見えました(笑) あっ!コミックから来ました!
 なんでやねん!って思いもあるけど、貴族全員はやり過ぎたよなぁ…。  まぁ、近く置いて悪さすれば殺せばいいし、城にいる貴族はなんとかなるでしょ。
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