その1 師との出会い
初投稿です。感想を頂けると嬉しいです。
子供くらいの背丈のある角の生えたウサギ、それが赤い眼をランランと輝かせて、僕の方へと跳躍してきた。
キラーラビット。モンスターの中では比較的弱い部類だが、跳躍からの角を使った攻撃は、まともに喰らうと大人でも致命傷になる。
僕はそれをサイドステップでかわすと、側面からロングソードで斬りつけた。
ガッ、という鈍い感触。これは致命傷にはならない。
キラーラビットは跳ねて間合いを取ると、即座にもう一回突進してくる。
今度はギリギリ身をかわすと、下から上へと、その首筋に剣を振るった。
やわらかい手ごたえと共に、キラーラビットの首から血が噴き出る。
これで、相手の動きが緩慢になったが、慌てず、死角に回り込んでから、止めを刺した。
それから、キラーラビットの皮を剥いで、血抜きをし、魔法で火を起こして、肉を焼いた。
最初は血を見るのも嫌だったが、今では手慣れたもので、流れるようにこなせるようになった。
もちろん、食べるためだ。一応、味付け兼臭みを取るための香辛料も持参している。しかし、そこまでしても、モンスターの肉は不味い。不味いが、食わないと生きていけない。
ちなみに僕は猟師とかではなく、この国の王子だったりする。
その王子様が城を抜け出して、森の中で、モンスターを狩って食べているのだ。
勘違いしないでほしいのは、国が貧乏で、こんな生活を送っているわけではない。不味いモンスターの肉をわざわざ食べているのは、王国の中でも僕だけだろう。
単に城で食事がとれず、お腹が減ってやむなくモンスターの肉を食べている。
ああ、食べ物自体は城にも部屋にもいっぱいあるよ?
でも、結構な高確率で毒が入ってるんだな、これが。
何でかって言うと、うちの国は腐敗していて、宰相のガマラスが専横している。
最初からじゃない。徐々にヤツが権力を握り始めた。で、そのうち、国王である僕の父に、ガマラスが自分の娘を押し付けたのだ。王の外戚となって権力を確固たるものにしたかったのだろう。
父は嫌がった。僕の母である王妃を愛していたから、2番目はいらない、というのもあったが、単純にその娘がガマラスそっくりのブスだったから、というのが主な理由だ。
幼い僕から見ても不細工だった。まあ、そんな不細工を王に押し付けられるあたり、ガマラスの権力の強さがわかるだろう。
しかしまあ、やることはやったみたいで(そのへんは慣例のようなものがあるらしい)、数年後には子供が出来た。男の子だった。
で、宰相は僕が邪魔になったわけだ。毒見役が3回続けて死にかけた時点で、「これはやべぇな」と感じた僕は、城の食べ物には口を付けなくなった。
母は10才のときに病死していたが、今となっては本当に病死だったかどうかも怪しい。
そういうわけで、城にいる人間も信用できず、1年くらい前から、森の中で食料を調達しているのだ。何で森の中かっていうと、城からの抜け道がそこに繋がっていたから、というシンプルな理由だ。
城の裏手は高い城壁に囲まれていて、その先は人が寄り付かない魔獣の森となっている。
この国の建国の経緯からして、モンスター除けの防壁が次第に大きくなっていって、そのうち砦になり、とある勇者がこの地域を治める際に、今の城になった。
その、とある勇者というのが、僕のご先祖様というわけだ。
要は、城は魔獣の森から民を守るためにあるわけで、この森に近く、森には人が一切寄り付かない。
だから、万が一の抜け道が森の中に繋がっているわけで、そこは人目を避けて、食料を調達するにはちょうど良かった。
僕は12才だが、剣術や魔法は幼少時から習っていたので、弱いモンスターなら狩ることができる。剣で倒して、魔法の火で焼いて調理。はっきり言って美味しくない。でも毒を食うよりはマシだ。
おかげで食事は夜に1回。いつも空腹に悩まされているから、こんな肉でも食べられるというわけだ。
―――でもいつまでこんな生活が続くのだろう?
―――毒殺に失敗し続けたら、ガマラスはもっと直接的に殺しにくるのではないだろうか?
嫌な考えが頭をよぎる。毎日が生きることで必死だが、自ずと限界があるだろう。
キラーラビットの肉をかじりながら、暗い未来について考えていたそのとき、背後に気配を感じた。
「おまえ、私の弟子になれ」
突然、声をかけられた。
瞬間、死を覚悟する。そこまで声の主の気配を、一切感じ取っていなかったからだ。
なかなか毒で死なないから、ついに宰相がアサシンを送り込んできたのかと思った。反射的に剣を取り、声が聞こえたほうを向いて構えた。
「ふむ……剣の腕はまだまだだな」
ここでようやく相手の言っていることが頭に入った。弟子になれ? 何言ってるんだ、こいつは?
声をかけてきたのは、長身の赤髪の女性だった。ロングソードを腰に携え、軽装の鎧を身にまとっている。なかなかに美しい顔立ちをしているが、精悍で引き締まってもいる。戦いを生業としている者、特有の表情だ。
「あの、こんな夜更けにどなたですか? 暗殺者……ではないですよね?」
「その若さで、すでに暗殺者と戦っているのか? 相当場数を踏んでいるのだな。やはり見込みがあるな、おまえは」
赤髪の女性は満足そうに答えた。……なんか話が噛み合ってない気がする。
「いや、まだ戦っていませんよ? 覚悟はしていますけどね」
「そうか。なら安心しろ、私は刺客ではない」
その言葉に、僕は心を落ち着けることができた。正直、目の前の女性は相当強い。剣の指南役を含め、城では腕の立つ人間をたくさん見てきたが、彼女は桁違いだ。
毎日が生きるか死ぬかの生活を送ってきた僕は、自然とそういう目で人を見るようになっていたので、それがわかる。……嫌な観察眼を身に着けたものだ。
「えっと、弟子になれ、と仰いましたが、何の弟子でしょうか?」
「弟子は弟子だよ。おまえは見込みがある。私の剣を継ぐにふさわしい。だから弟子になれ」
「剣の弟子ってことですよね? ところで何で僕に見込みがあると?」
正直に言って、自分にある程度の剣の才能があることは知っていた。指南役からもよくそう言われる。ただ、才能どうこう以前に、早く強くならないと物理的に死ぬ可能性があったため、普段から死ぬほど研鑽に励んできただけで、本当に才能があるのか、努力の成果なのかはわからない。
「モンスターの肉を食っていたからだ」
「はい?」
予想外の返事がきた。剣の才能とかじゃなくて、モンスターの肉を食っていたから?
「モンスターの肉を食べると、少しずつだが人はその強さを取り込むことができる。私もそれに気づいたのは、15を過ぎた頃だった。おまえは、それより若い年から取り組んでいる。あの不味い肉を、だ。なかなかできることではない」
え? モンスターの肉って、食べると強くなれるの? そういや、この1年で大分強くはなってきた気がするけど、あれってモンスター肉生活のおかげだったの?
というか、この人も食ってるの? あのまずいモンスターの肉を?
「いや、好きで食べてるわけじゃないんですけどね。他に食べるものがないから、そういう生活を送っているだけなんですけど……」
「他に食うものがない? おまえは孤児なのか? とてもそういう風には見えないが……」
王子なだけあって、僕の身なりはそれなりに良い。こんな格好をした孤児など、この世に存在しないであろう。
そこで僕はこれまでの経緯を説明した。国の恥だが、城では誰でも知っているようなことなので、今更隠す必要も感じない。
「毒を恐れてモンスターの肉を食っていただと? モンスターの肉も毒性があるはずだが?」
あ、やっぱり? それを聞いて、僕は得心した。モンスターの肉を食べ始めた当初は、よく吐いていた。体調も少し崩した。
とはいえ、毒見役がちょっと食べただけで悶絶するような毒よりかはマシだったので、我慢して食べていたら、そのうち身体が慣れたのだ。
「まあ、慣れれば食べられないこともないので」
飢えれば人は何でも食べれる。真性の毒以外なら。
「ほう、やはりおまえは素晴らしい。だが、毒を恐れているようではまだまだだな」
そういうと彼女は懐に手を入れた。
「おまえにはこれを与えよう」
彼女は指輪を取り出すと、僕に投げてよこした。
なんか禍々しい紫の宝玉が付いている指輪だが、この流れで渡してくれたということは、やはりあれなのか?
「もしやこれは、毒耐性のつくマジックアイテムなのですか?」
どんな毒でも中和するというマジックアイテムの指輪は存在する。
存在はするのだが、レアアイテムな上に、全世界の王族が欲しがる一品なため、その価値は天井知らず。市場に出たら、城が買えるくらいの値段で取引されている。残念ながら、わが国では所有できていない。
それをこんなところで手に入れることができようとは……何たる幸運!
「いや違う。それは毒状態になる指輪だ」
「はい?」
「毒如きにアイテムに頼ってどうする。そんなものは己の力で打ち破れば良い。そこでその指輪だ。常に自分を毒状態にすることで、毒と戦い、それに打ち勝つことで毒に耐性を持つことができる」
何言ってるんだ、こいつは? 頭おかしいんじゃないか? 言っていることは正しそうに聞こえるが、そんなんで毒耐性が得られたら誰も苦労しないだろう。
「あの、この指輪の毒って、どれくらいの毒なんですか?」
「うん? 毒だから当然普通の人間が嵌めたら死ぬぞ? あと、一度指に嵌めると死ぬか、毒を克服するまで外れない」
それって、ただの呪われたアイテムじゃねぇか!
そんなん付けるか、ボケェェェ!
「いやいやいや、死ぬでしょ? そんな指輪嵌めたらダメでしょ?」
「大丈夫だ。モンスターの毒で身体を慣らしたおまえなら耐えることができよう。わたしもそれを初めて使ったときは1週間ほど体調不良になったものだが、その後は慣れたものだぞ? 今では物足りなくなって、もっと強力な指輪を嵌めている」
そう言うと、彼女は右手を僕のほうに向けた。そこにはヤバいオーラを放つ赤い宝玉の付いた指輪が存在感を放っている。
「これは毒の他に、麻痺、石化、呪い、錯乱などの効果が詰め込まれた逸品だ。これほどの品はなかなか無くてな。手に入れるのに苦労した」
……うわっ、この人、頭がおかしい。絶対に関わってはいけない人だ。この指輪は明日にでも池に投げ捨てることにしよう。
とはいえ、頭がおかしくとも腕の立つ人物には違いないから、一応名前を聞いておく。
「そっ、そうですか。それはすごいなー あの、僕そろそろ城に帰らないと不味いので、お名前を聞かせてもらえませんか? 僕はファルーン国の王子マルスと申します」
「マルスか。良い名だ。わたしはカサンドラだ」
カサンドラ? その名前に憶えがあった。カサンドラという名前は一般的だが、赤髪の女性で剣の達人のカサンドラといえば……
「ひょっとして、剣聖の赤鬼カサンドラですか!?」
「そう言われているらしいな。赤鬼という異名はあまり好きではないが」
赤鬼カサンドラといえば、泣く子も黙る化け物だ。
人に会っては人を斬り、竜に会っては竜を斬り、魔人に会っては魔人を斬り、神に会っては神を斬る、といわれた戦闘狂。
仕官を求められた国に対して「わたしより強かったら仕官してやる」と言って、戦いをふっかけて、そのまま国を滅ぼしたという逸話の持ち主。制御不能のバーサーカー。
「7日後だ。それまでに、その指輪を克服してみせろ。師として与える第一の試練がそれだ。7日後にまたここで会おう、弟子よ」
一方的にそう言うと、カサンドラは背を向けて立ち去って行った。
「いや、まだ弟子になると決めたわけでは……」
小さな声で呟きながら、僕は掌の指輪を見つめていた。