ちいさな天使の落としもの
しゅわしゅわサイダー色の空。
にっこりオレンジ色の空。
わたわた雲がいっぱいの空。
黒猫がたくさん目を光らせたような空。
毎日違う空の、もっと上。
もっともっと上。目では見えない高い空。
天使達が住んでいる空は、わた雲にあふれた青い世界。
変わることのない空の世界で、天使達は今日もお買い物をしていました。
「そのわたわたクッキーは星いくつ?」
「わたわたクッキーは星2つだよ」
「わたわたマフラーは星いくつ?」
「わたわたマフラーは星5つだよ」
「わたわたくまさんは星いくつ?」
「わたわたくまさんは星6つだよ」
天使は言われた星の数だけ、わたわたのお財布から出しました。
店員さん天使に星を渡すと、わたわたの商品がもらえます。
天使がお買い物を終えると、次にやってきたのはちいさな天使でした。
ちいさな手には星を2つ握りしめています。
店員さん天使は優しく声をかけました。
「欲しいものはなんだい?」
ちいさな天使はわたわたのお菓子を見て迷いながら、言いました。
「わたわたのチョコは星いくつ?」
「わたわたのチョコは星3つだよ」
「わたわたのクッキーは星いくつ?」
「わたわたのクッキーは星2つだよ」
「わたわたのラムネは星いくつ?」
「わたわたのラムネも星2つだよ」
ちいさな天使はしょんぼりしてしまいました。
店員さん天使は不思議に思いました。星を2つ持っているから買えるのに、どうして買わないんだろう。
ちいさな天使は、ちいさな声で言いました。
「ママと一緒に食べたいの……」
店員さん天使はようやくわかりました。
ちいさな天使は星2つで、わたわたのお菓子を2つ買いたいのです。
ママと1つずつ、一緒に食べたいのです。
「ちいさな天使ちゃん。じゃあ、これはどう?」
店員さん天使が見せたのは、棒のついたわたわたのあめでした。
わたわたのあめは星1つです。これなら、星2つで2つ買えます。
ちいさな天使は大喜び。
手に持った星を店員さん天使に渡そうとして、1つ落としてしまいました。
「あっ!!」
落ちた星はわた雲に吸い込まれて、すぐに見えなくなってしまいました。
ちいさな天使はあわててわた雲の中に手を入れて探しました。けれど、見つかりません。
落ちた星は、わた雲の下の世界へと落ちてしまったようです。
「仕方ないよ、ちいさな天使ちゃん。よくあることだよ」
そう、よくあることなのです。
大人の天使達もよく、星を落としてしまうのです。
落ちた星はすぐにわた雲に吸い込まれてしまい、どこにいってしまうのかわかりません。
ちいさな天使は悲しくて泣き出してしまいました。
「あぁ、泣かないで、ちいさな天使ちゃん」
店員さん天使がなぐさめますが、ちいさな天使のまわりには涙の水たまりができていました。
わた雲がしゅわしゅわと音をたて始めています。ちいさな天使のまわりだけ、わた雲が溶けているようです。
しゅわしゅわ。
しゅわしゅわ。
やがて、ちいさな天使の体は溶けたわた雲に吸い込まれてしまいました。
店員さん天使が助けようとしましたが、間に合いません。
ちいさな天使は、わた雲の下の世界へと落っこちてしまいました。
「わぁー!!」
わた雲の下の世界はまっ黒でした。
その中に、いくつもの猫が目を光らせたように輝くものがあります。
それはまっ黒の中にくっついていたり、上から降ってきたり。
きらきらと輝くそれは、とても綺麗な星たちでした。
「星がこんなに綺麗だなんて!」
ちいさな天使は嬉しくなりました。
わた雲の上ではこんなにきらきらと輝いたりしません。
まっ黒なこの空だから、こんなに綺麗なのです。
「早く落とした星を見つけて、ママに教えてあげよう」
一緒にわたわたのあめを食べて、素敵な冒険のお話をして。
きっと、とっても楽しい時間になるでしょう。
そのためには落とした星を拾わなければなりません。
ちいさな天使はちいさな翼をパタパタと動かして、落とした星を探しました。
真っ黒な空よりもっと下の世界は、星の輝きよりも、もっともっと輝いていました。
たくさんの人間があたたかい服を着て、それぞれ賑やかに歩いています。
きらきら輝く星ではないものを見て、「綺麗だね」と楽しんでいます。
「ここに落とした星はなさそう……」
ちいさな天使は翼にうんと力を入れて、パタパタと移動しました。
人間達が楽しそうな、きらきらと輝く世界にばいばいをしました。
しばらく飛ぶと、やがてきらきらの世界はなくなりました。
真っ黒な世界に、人間のおうちの明かりがいくつも見えます。
きらきらの世界とは違うけれど、こっちの世界も優しい光で綺麗です。
ちいさな天使はひとつのおうちをのぞいてみました。
おじいさんとおばあさんがテーブルを囲んで、あたたかいお茶を飲んでいました。
そこに猫がやってきて、おばあさんに甘えました。
猫の首輪には、星がついていました。
「でも、あの星はちがう」
ちいさな天使は次のおうちをのぞいてみました。
お姉さんが編み物をしていました。
お姉さんのまわりにはちいさなくつしたや、手ぶくろがありました。
そこにお兄さんが帰ってきて、買いもの袋からちいさな服を出しました。星のマークです。
お兄さんはお姉さんのお腹を、やさしくなでました。
「あの星もちがう」
ちいさな天使は次のおうちをのぞいてみました。
そのおうちには、窓の近くに飾りつけをされたツリーが飾ってありました。
カラフルな光がピカピカと光っています。
サンタやトナカイもいます。
でも、なんだか物足りない。
ツリーを見ていたちいさな女の子も、楽しくなさそうです。
「どうしたんだろう」
そこに、その女の子のお母さんがやってきました。
両手に大事そうになにかを持っています。
女の子の前で、よく見えるようにその両手を広げました。
お母さんはにこにこ笑顔です。
女の子は、わぁ! と驚いた顔です。
女の子はお母さんにだっこをされて、ツリーの上に飾りました。
きらきら光る星です。
お母さんは星を持っていたのです。
ツリーはさっきよりも輝きました。
「あれは、わたしの落とした星だけど……」
ちいさな天使は、女の子とお母さんのにこにこ笑顔を見て、自分もにこにことしました。
「あの子が嬉しそうなら、もういいや」
ちいさな天使はちいさな手を振りました。
ばいばい、わたしの星。
ばいばい、女の子。
翼をパタパタとさせると、ちいさな天使はお空の上に帰っていきました。
わたわたのクッキーをひとつだけお買い物して、ママとはんぶんこして。
楽しい冒険と、落ちた星のゆくえ。素敵な女の子のお話をすれば、とびっきりしあわせな時間になることでしょう。