01 前編
01
「全ての動物には」
と、彼女は言う。
「必ず終わりが来る。病気かもしれないし、事故かもしれない。例え寿命を全う出来るとしても、その寿命だって具体的に分かるわけじゃない」
僕は黙って聞いている。
「──私たちは例外なく、今日死ぬかもしれない」
「……」
「私は死なないように生きるんじゃなくて、いつ死んでもいいように生きたい」
一年前の今日そう言っていた彼女は、――死んだ。
*
パトカーと救急車のサイレンが聞こえる。ウーウー、ピーポーピーポー、と。家の近くで、何か事故でも起こったのだろうか……。彼女の顔を思い出す。
彼女は僕に数え切れないくらい多くのものを残して去った。ホワイトデーのお返しも、初めて抱いた恋心も、みんな置いて彼女は死んでしまった。
お前、と僕は呟く。もうこの世界には居ない彼女に──僕の呟きの届かない場所に行ってしまった彼女に──僕は呟く。
お前はいつ死んでもいいように生きられたか? ──と。
──事故死だったと言う。さっき親からSMSが来て知った。自転車で高い所から転落し、打ちどころが悪くて死亡したらしい。中々無い死に方だよ、と僕は泣きながらも少しおかしくなる。
死亡時刻は昼間だってのに──明るかったはずなのになんでそう簡単に死ねるんだ。全く──しかしそれでも僕は辛くて、やはり涙が零れた。
彼女に会ったのはもう随分昔の事だ。小学校の時、家が同じ方向にある事が分かって一緒に帰って以来ずっと仲良くしてくれていた。
僕は彼女の事が好きだった。それを自覚したのは昨年の今日──三月二日だった。僕と彼女が二人で家に帰る帰り道、彼女は脈絡なく僕に言ったのだ。
「全ての動物には、必ず終わりが来る。病気かもしれないし、事故かもしれない。例え寿命を全う出来るとしても、じゃあその寿命って何って事になるでしょう?
「──私たちは例外なく、今日死ぬかもしれない。私は死なないように生きるんじゃなくて、いつ死んでもいいように生きたい」
そして、彼女は――呟いた。
「ねぇ、私と付き合ってよ。私が生きてるうちに、君と恋人になりたい。私は君のこと──ずっと昔から好きだった」
僕は小さく頷くことしかできなかった。
彼女のその「好き」と言う音が、口の形が、背の夕焼けが、今もまだ僕の眼に残像のように焼き付いている。
そしてきっと、永遠にそのままなんだろうと僕は思っているし、そうであって欲しいと願っている。
*
「なぁ」
と、部屋で若干嗚咽しながらスマホを弄っていた僕は唐突に声を掛けられた。僕はビビる。……ビビるでは済んでいなかったと思う。なんと言うか、とりあえず椅子から飛び上がった。比喩ではなく、体が十五センチくらい椅子から離れた。それで涙は乾いた。
聞いた事のない声だった。親の声でも友達の声でもない。第一この時間は両親とも仕事だし、友達も家に呼んでいない。そもそも家には鍵がかかっているし、鍵を開けようとすれば音は出るはずだった。
「僕、悪魔なんだけどさ……」
と彼女は言った。恐らく……『彼女』で間違っていないと思う。
彼女はとても美しかった──ショートヘアの髪をクールに後ろに持っていき、緑色のヘアバンドで束ねている。おでこにはオレンジ色のクリップ。前髪をそれで留めているらしい。彼女の持つ装飾具はどれも、彼女のやや日焼けした肌に映えた。
しかし……一人称が『僕』なのか? ……ボクっ娘なんて、テレビの中にしか存在しないはずではなかったのか?
いや、真に突っ込むべきはそこではなく──『悪魔』という言葉だ。
久しぶりの投稿でした。
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