【恋愛短編】お隣りのレベッカさんはハグしたい。
陽気なアメリカ美少女とイチャイチャしたい。ひたすらオタトークを楽しみながら。そんな青春を送る事が出来たら内臓全部あげてもいいです。
――――暗闇の中で、俺は重苦しい溜息を吐いた。
これから起こる惨劇を想像して、背中に冷たい汗が流れる。
どうしてこんな事になってしまったんだろうか?
決まっている。俺がどうしようもない愚か者だからだ。
「……ゆ、遊馬。本当にやるのかい?」
もう一人の愚か者が、怯えた眼差しで問いかけてくる。
こいつの名前は三毛沢。高校の同級生で部活仲間だ。臆病な所もあるが、それなりに信用できるヤツなので、よく行動を共にしている。
「ああ。とっくに覚悟は決めてるさ」
三毛沢の目を見つめながら、俺は決意を告げる。
怖い。怖くて仕方がない。それでも……もう決めた事なんだ。
「僕には見てるしかできないけど……応援してるから!」
三毛沢は強張った顔のまま、どうにか笑みを作ってみせる。
それでいくらか、俺の心細さがマシになった気がした。
「それで充分だ。じゃあ……いくぜ!」
俺は三毛沢にサムズアップした後、漆黒のマシンにスイッチを入れた。
テレビの画面に『ZombieHazard7』というタイトルが浮かび上がる。
どこからか「ゲームかーい!?」というツッコミが聞こえてくる気がした。
放課後の現在、俺たちは『サブカル研究会』の部室で、発売したばかりのホラーゲームをプレイしていた。サブ研は日本のサブカルチャーを考察する部活なので、学校でゲームをプレイしていても問題は無いはずだ。きっと。たぶんね。
部屋を真っ暗にして、雰囲気づくりは完璧。何時間でも戦い続けるために、ポテチとチョコ菓子とコーラも用意した。遊びを全力で満喫するための抜かりはない。
「クリア優先で行く。細かい部分は後で回収でいいか?」
「それでいいよ。う~~ドキドキするぅ!」
難易度設定はノーマルにして、サクサク物語を進めていく。
10分ほどかけて鬱蒼とした森を進んでいくと、荒れ果てた民家が現れる。今までの経験上、そろそろイベント起きてもおかしくない頃だ。
「なんかヤバイ雰囲気になってきたな……」
「ひいぃぃ……怖いよぉぉぉ……!」
否応なしに緊張感が高まっていく。
背後の三毛沢も、おっかなびっくり画面に見入っている。
そして、恐る恐る民家のドアを開けようとした時だった。
――――バーン! 現実の扉が開き、陽気な乱入者が現れた。
「ハロー! どうしてカーテンを閉め切ってるのー?」
「「うおわああああああああァァァァァァ!!?」」
俺と三毛沢は、同時に絶叫する。
驚きすぎて心臓が爆発するかと思った。後ろを見ると、三毛沢が腰を抜かしてジタバタしていた。腰って本当に抜けるもんなんだなと軽く感心してしまう。
「新作の『ゾンビ・ハザード』じゃないの! ちょっとユーマ、どうしてワタシに声をかけてくれないのよ~~っ!?」
制服姿の金髪ポニーテルが、膨れっ面で睨んでくる。
こいつの名前はレベッカ。
俺こと小田倉遊馬の七年来の女友達であり、小田倉家の隣に住む在日米国人一家・ロビンソン家の愛娘だ。
ロビンソン一家とは今でも仲が良く、家族ぐるみの付き合いを続けている。
「お前が来るのが遅いのが悪い」
「むうぅ……ユーマのバカ! でも始まったばっかりよね?」
レベッカがむくれつつ、俺の座っているソファーに腰かける。
ちなみにソファーは一人用。当たり前のこと窮屈なんだが、そんな事はおかまいなしに、レベッカがグイグイと身を寄せて来た。
「お、おい! ちょっと押すな!」
「詰めてくれないと、ワタシが画面を見れないでしょ!」
レベッカは昔から、スキンシップを好む癖がある。
特に親しい俺に対しては、昔から無邪気にくっついてきた。
俺も小学校の頃は、流石に気にしていなかった。
しかし……最近は非常に困っている。
何故ならば、レベッカの発育が良すぎるからだ。
欧米人のDNAのせいか、年を重ねるごとにレベッカはどんどん女性らしい体形になっていく。特にバストの成長が著しい。見た感じは余裕でFカップに到達している。
しかも最近は、顔まで可愛くなってきた。
黄金に輝く髪。サファイアブルーの瞳。新雪のような白い肌。
モデルか芸能人かと言われても、全く違和感を感じないレベルだ。
そんな美少女によるスキンシップぞ?
俺だって年頃だしぃ? 平常心でいられるはずがないわな?
だが俺の切実な想いなど知らず、ピットリくっついてくるレベッカ。
触れ合っている箇所から、体温と鼓動が伝わってくる。
制服の襟元から漂う甘い体臭が、ジリジリと俺の脳髄を焦がしていく。
「ちょ、ちょっとお前……もう少し離れろ……!」
「いいからレッツプレイ! うわぁ、マジで怖そうだね~!」
こ、この……無自覚純情キラーめ!
心中で呪詛を込めて罵倒するが、レベッカはワクワク顔で画面に夢中になっている。
俺だけ意識してて悔しいんだが! くそっ、俺もゲームに集中だ!
すると突然、虫を纏うババアが現れて襲いかかってきた。
「きゃあぁぁぁぁぁ――――っ!?」
予想外の事態に、悲鳴を上げるレベッカ。
――――ぷよん。
そして俺の腕に、豊満な膨らみを押し付けハグしてくる。
その柔らかすぎる感触に、俺の理性が一瞬飛びかける。
くそ……意識するな、意識するな、意識するな!
俺は強く念じながら、コントローラを握る手に力を込める。
こいつはただのお隣さんだ。気の合うただの女友達だ。それだけなんだ。
そう必死に自分に言い聞かせていると、先程からずっと沈黙していた三毛沢に話しかけられる。
「ねぇねぇ。お楽しみのところ悪いんだけどさ」
「ん? ああ、居たのかお前」
「居たよ! というか僕は『サブ研』の部長だからね!?」
俺のぞんざいな扱いに、涙目になって抗議する三毛沢。
ゲームも丁度セーブポイントに達した所だし、三毛沢の話に耳を傾ける事にする。
何よりも、レベッカが気になって仕方が無かったので、頭を冷やすのにも良いタイミングだと思ったからだ。
しかし俺はすぐに、その判断を後悔する事になった。
「君ら二人って……付き合ってるのカナ~~?」
ねっとりとした三毛沢の質問に、俺は口に含んでいたコーラを噴き出した。
み、三毛沢の野郎……今一番触れて欲しくなかった話題を、ピンポイントで攻めてきやがった!
「つ、付き合うって……レベッカと? それは誤解だ」
俺が冷静を装い否定すると、レベッカも苦笑しながら同意する。
「ワタシ達はそういうんじゃないよ。よく聞かれるけど」
レベッカがそう言ってくれたおかげで、俺も気が楽になった。
けれど少しだけ……モヤモヤするものを感じたが。
だが三毛沢は納得がいかなかったようで、疑り深く追い打ちをかけてくる。
こういうしつこい所が、女子に人気が無い理由なんだろう。
「じゃあどんな関係だって言うのさ!? さっきから二人の世界に入り込んじゃってさ! 肩身が狭いったらないんだよ!」
俺たちは目を見合わせてしばらく考え込む。
「うーん……難しいわね。強いて言うなら……親友かな?」
「バーカ。俺たちのは腐れ縁って言うんだよ」
レベッカとは、小・中・高とも学校が同じ。
確かに家族ぐるみでよく遊んでいたし、親友と言ってもいいかもしれないが、俺としては少しむずがゆい呼名だ。腐れ縁という呼び方が落ち着く。
「あ~~! 腐ってると言えば、うちの納豆が切れてたっけ。ユーマ、帰りにスーパー付き合ってくれない?」
「へいへい。お前ってば納豆好きだよなぁ。俺はちょっと苦手だけど」
「納豆を食べると、頭が良くなるってテレビで言ってたわよ?」
「そういうお前は、いつも赤点ギリギリじゃねーか」
「オー、そうだった! ちょっとテレビに抗議してくるわ!」
「わはははははは!」
「アハハハハハッ!」
レベッカとバカみたいに笑い合う。
流石に七年来の付き合いともなれば、互いにノリも考えも分かる。
即席で納豆漫才をしてみたが、なかなか上手くハマったんじゃないだろうか。
「くだらない夫婦漫才をしてんなよぉ! 死ねばいいのにィィィ~~!」
「「なっ……!?」」
三毛沢が号泣しながら、部室を飛び出していった。
夫婦漫才……確かに今のやりとりは、そう誤解されても仕方が無い。
横目でレベッカを見やると、気恥ずかしそうに頬を染めていた。
部室内に、何とも言えない空気が漂う。
「は、ははは……三毛沢の奴。何を言ってるんだかなぁ?」
「そ、そうよね。ワタシたちはただのお隣さんだもんね!」
俺が戯けた調子で言うと、レベッカも同意してくれる。
丁度その時、下校時刻を知らせる放送が流れた。
ナイスタイミング。正直、助かった。
「さーて。そろそろ片付けて帰ろうぜ?」
そう言いながら、俺は立ち上がる。
さっきまでのやり取りを、全部忘れたように振る舞いながら。
締め切っていたカーテンを開けると、もう陽が沈もうとしていた。
「……でもさ」
夕陽に黄金の髪を輝かせ、レベッカがぽつりと呟く。
その口元に、悪戯じみた笑顔を浮かべながら。
「本当にワタシたちが結婚したら……どうなっちゃうんだろうね?」
想像だにしない問いに、俺は言葉を失って立ち尽くす。
二人だけの教室に、研ぎ澄まされたような静寂が流れる。
するとレベッカは急に恥ずかしくなったのか、慌てて鞄を手に取った。
「な、なーんてね! 嘘よ! 先に昇降口に行ってるから!」
顔を真っ赤にしながら、転がるように走り去るレベッカ。
俺はそんな彼女を、微動だにせず見送る事しか出来なかった。
俺たちは、お隣さんで友達で腐れ縁で。
昔も今もこれからも。ずっとその関係が続いていくとはずだった。
けれど何かが、少しずつ変わり始めている。
そんな予感がしたが――――考えたくなかった。
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とある夜。晩飯を済ませた俺は、二階にある自室のベットに横たわっていた。
室内は漫画やラノベが詰まった本棚や、ゲーム機や玩具が詰まったカゴ、大小様々なフィギュアで埋まっており、見るからにオタクの部屋といった様相だ。
俺は無造作に一冊の漫画を取って読み出したが、どうにも集中できない。
「はぁ……」
最近は溜息を吐いてばかりだ。
原因ははっきりしている。レベッカの事だ。
『本当にワタシたちが結婚したら……どうなっちゃうんだろうね?』
あの放課後から、すでに一週間が経っていた。
けれどレベッカに言われた言葉が、俺の頭から離れない。
「ああ、もう……!」
漫画を放り投げて、腕を枕にごろりとベットに仰向けになる。
このまま寝てしまおうかと思ったが、脳裏にレベッカの顔がちらつく。
意識しないようにすればするほど意識してしまう。
本格的にドツボにハマってしまったようだ。
「俺にとって……あいつは何なんだ?」
ここ数日、悩んでも悩んでも答えは出ない。
きっと、無理矢理に否定していても答えは出ないんだろう。
「自分の気持ちに……本気で向き合わないと駄目かもな」
そう呟いた時――――自室の窓がガラリと開かれた。
「ハーイ! 入るわよー!」
「うおわああぁぁぁぁぁ!」
またしても、突然侵入してくるアメリカ少女。
完全に意表を突かれた俺は、悲鳴を上げて飛び上がった。
「ソ、ソーリー。そんなに驚くと思ってなかったわ」
大きすぎるリアクションに、引き気味で謝って来るレベッカ。
それから何か思いついたのか、頬を染めながら質問してくる。
「ひょっとして……ムフフタイムだった? もう少し経ってから来ようか?」
「ちげーから! 変な勘違いはやめろぉ!」
俺はレベッカの誤解を全力で否定する。
けれど、俺が動揺した本当の理由は言えない。
まさか「お前の事を考えてた」なんて当人に言えるもんか。
「というか……そんな格好してたら風邪引くぞ?」
シェルピンクのパジャマ姿で現れたレベッカ。
風呂上がりなのか、髪は乾き切っておらず、ほのかに石鹸の香りがした。
無防備すぎて、またもドキドキさせられてしまう。
「この後は寝るだけだし。要件が終わったらすぐ帰るわよ」
「例の件か?」
「うん。そろそろ読み終わった頃だと思って」
レベッカは正座しながら、真剣な目で見つめてくる。
この目のレベッカは本気だ。俺もベッドの上で居住まいを正す。
俺は枕元に置いていた、電子書籍リーダーに手に取る。
そして200KBを超える、とあるPDFファイルを開いた。
そのタイトルには『追放された大和撫子は鬼ヶ島の王子様に拾われました』と記されている。その中身は小説だ。
ちなみに――――これはレベッカの作品だったりする。
実は、レベッカの夢はラノベ作家なんだ。
オタク大国日本に毒されて、オタクに染まっていったレベッカは、いつしか自分で創作活動をするまでになっていた。実に業の深い話だ。
「ああ。読ませて貰った」
レベッカの熱意は中々のもので、彼女は過去に3作の長編小説を書いてコンテストにも投稿している。それを応援していた俺は、いつしかレベッカに小説のアドバイスを頼まれるようになっていた。
そして、今回もキッチリ読ませて貰ったワケだが――――
「ど、どうだった?」
「うん……」
今回の作品は、和風の恋愛ファンタジーだった。
あらすじは、とある平安貴族の三女であるヒロインが、実家から追放されて途方に暮れていた所を、運悪く海賊に攫われてしまう。
しかし海賊船を鬼たち(イケメンばかり)が襲い、ヒロインは鬼ヶ島に連れ去られてしまうが、そこで出会った鬼の王子様と恋に落ちていくという話だ。
「感想を言う前に一つだけいいか?」
俺が問いかけると、レベッカは緊張した面持ちで尋ね返す。
「な、何かしら?」
「正直に言っても……絶対に怒るなよ?」
「お、怒らないわよ! 子供じゃないし!」
「そう言うけど、前回もしばらく機嫌が悪かったしな」
小説を読むのも感想を言うのも、なかなか大変な作業なのに。
感謝もされず不機嫌になられては、こっちとしては面白くないわけで。
「あ、あの件に関しては謝ったでしょ! 今度は大丈夫だから!」
「お前が望むなら、なるたけ甘口で言ってもいいんだが?」
「ノー、そんなの駄目よ! 勉強にならないじゃない!」
「でもなぁ……う~ん……」
「いいから! 問題ないから! ハリーハリーハリー!」
焦れたレベッカが急かしてくるので、俺は覚悟を決める事にした。
「そこまで言うなら分かった。じゃあまず……」
「ごくり」と、レベッカが堅い唾を飲み込む。
「文章はしっかり書けてたと思うけど……全体的にどこかで見た感が拭えないな。流行りを追いかけてるのが見え見えで、新鮮さが感じれなかった」
「……かふっ!」レベッカが吐血した。
「それと、登場人物の気持ちがイマイチ伝わって来なかった。男も女も。そのせいかな? クライマックスとかでも盛り上がらなかったし」
「うぎぎぎぎ……!」歯を食いしばり、唸っているレベッカ。
「他にも、キャラクターの心理に不自然な箇所がいくつもあった。特にヒロインが、あれだけ王子様に夢中になるのか分からない。どこか取って付けたような理由なんだよな。何よりも……」
「むきゃあ~~~~~~~~~~~~っ!」
そして――――堪忍袋が切れたレベッカが奇声を上げる。
ああ……薄々予感していたが、やっぱりこうなってしまったか。
「ユーマのバーカバーカ! 鬼、悪魔、陰キャオタク!」
顔を怒りで真っ赤しながら、涙目で罵倒してくるレベッカ。
悔しいのは分かるが、読んでくれた人に示す態度じゃない。
しかし反論が幼稚すぎて、不機嫌になる気にすらならなかった。
「いや……怒らないって言っただろうが。それにオタクはお前もだろ」
「シャラ~~~ップ! アドバイスをするにしても、もっと上手く優しくしてよ! 1回貶したら3回褒める感じでさ! 女心は繊細なんだから! バカバカバカ! うわあぁぁーーーーーーーーん!」
ついには泣き叫びながら、床の上をゴロゴロと転がり回る。
まるで歯医者の前で泣き喚く、聞き分けのない子供みたいだ。
マジでめんどくせぇ……俺は心の底からそう思った。
「…………ほら、飲めよ」
「…………サンクス……はぁ」
ずずり、と緑茶をすするレベッカ。もちろん正座で。
こよなく日本文化を愛する彼女は、日本古来のものに拘る傾向があった。
「しょせんアメリカ人が、日本のラノベ作家になるなんて無理なのかなぁ……?」
しょぼーん、と落ち込んだ様子で、レベッカが弱音を吐いた。
本気で作品を書いた事は理解しているので、俺としても批判して心苦しい。
それに出来上がった作品は、読めないレベルじゃなかった。俺には面白くなかっただけで、見込みが無いわけじゃないと思うんだ。
「そんな事は無いだろ。難しいとは思うけどさ」
「そうかなぁ……はぁ……」
付き合いが長すぎるというのも困りものだ。
俺が耳障りの良い事を言ったとしても、レベッカはすぐに嘘と看過するだろう。
だから俺としても、本気の言葉をぶつけるしかないと思った。
「その……さっき一番言いたかった事なんだけど」
「ま、まさか追い打ちをかける気!? もうワタシのライフポイントはゼロよ!」
真っ青になって震えるレベッカだが、俺はこれ以上責めるつもりはない。
さっきも最終的には励ます予定だったんだ。途中でブチ切れられてしまったが。
「まぁ聞けって。お前なら、もっと面白いものが書ける気がするんだよ」
俺がそう言うと、レベッカの死んだ目に、少しずつ希望が灯っていく。
「リアリー? 嘘じゃない? 信じていい?」
「ああ。きっとお前にしか書けないものがあると思うんだ。今はまだそれがまだ出せてない気がするんだよ。まぁ……素人意見なんだけどさ」
「……自分らしさか。なるほどなるほど……!」
腕組みをしながら、目を瞑って唸るレベッカ。
その考え込む姿に、どことなく俺は不穏な気配を感じ取った。
しばらくして――――目を見開いたレベッカが高々と宣言した。
「決めたわ! ワタシは、自分探しの旅に出るッ!」
「何てこった……予感的中かよ……!」
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「……で? 何で俺たちは秋葉原にいるんだ?」
とある休日。レベッカに呼び出された俺は、オタクの聖地にいた。
駅前通りはカラフルなビルが建ち並び、多くの観光客で賑わっており、見ているだけで楽しい気分になってくる。
俺もオタクの端くれだ。すぐにでも遊び回りたい気持ちになったが、まずはレベッカの話を聞こうと目を向ける。
今日のレベッカは、暖色系のポップなファッションだ。
キャップ、キャミソール、ショートパンツ、スニーカー、おまけでトートバック。
レベッカは遊びに行く時は、よく動くのでスポーティな格好が多い。
となると、必然的に露出度が高くなるわけで。
少し日焼けした、健康的な脚線美に嫌でも目がいってしまう。
周囲もレベッカの美貌に、目を奪われている様子だ。
隣にいる俺を嫉妬混じりに睨んでくるが、もう慣れたもんだ。
それにデートに見えるかもしれないが、これは断じてデートではない。
いつも通り、オタクな腐れ縁の友達と遊ぶだけ……そう割り切らないと、俺が平常心でいられない。
「ワタシ……考えたの」
周囲の視線など気にしていないのか、唐突に口を開くレベッカ。
どうやら、やっとアキバに来た理由を話すようだ。素直に耳を貸す。
「どうすれば『自分らしさ』に気付く事が出来るのかを」
「ほう」
つまりは小説の件だろう。
俺はレベッカがもっと『自分らしさ』を表現出来たら、面白いものが書けるんじゃないかとアドバイスした。それを掴む為に、この街を訪れたという事か。
「まずはそのために、自分の好きなものを徹底的に分析する事にしたわ」
「ふむふむ」
「ワタシの好きな物は日本のオタクカルチャー! ならばオタクの聖地と呼ばれるアキバに来るのは当然でしょ?」
「そ、そうなのか? 一理有るような無いような……」
自分らしさってそういう事かな?
間違ってはいないと思うが、どうもズレて来ているような……?
「だから今日はトコトン遊ぶわよ! 取材のために! 取材のために!」
「お前、本当は遊びたいだけだろ!? 公私混同だ!」
「いいから行くわよ~~! レッツゴー!」
「お、おい! そんなに引っ張るな!」
レベッカに腕を抱かれて引かれながら、俺たちは秋葉原を駆け回る。
現実と非現実の境のような街。オタクである事が、ここでは圧倒的に正義だ。
あちらを見てもこちらを見ても、好きなものばかり。
つまりホーム。俺たちの為にあるような街だ。
レベッカの笑顔は、いつもの五割増しだ。
俺の口数も、今日は一段と増えている気がする。
それから俺たちは、遊んで遊んで遊びまくった。
「そーれそーれ! それそれそーれ!」
「300コンボだと!? あっ、そこ! 撮影は禁止だ!」
――――太鼓の音ゲーで、最高記録を叩き出したり。
「ノオオォッ、ユーマ! ヘルプミイィー!」
「お疲れぃ! お前の犠牲は無駄にしないぜ!」
「薄情者! 嫌あああぁぁぁぁ~~!」
――――VR専門のゲーセンで、ガンゲーを楽しんだり。
「あと1000円……あと1000円だけ……!」
「それ向こうのショップで、5000円で売ってたぞ?」
――――クレーンゲームで、破産しそうになったり。
「アーッハッハッハッ! ユーマ、革命をくらうがいいわ!」
「じゃあ革命返しな」
「!!?」
――――合法カジノで対戦したり。※ボコボコにしました♪
「やぁーん! メイドさん可愛い~~!」
「そんなにサイリウムを振り回すな!」
――――歌って踊れるメイド喫茶で、一休みしたり。
「やっぱり黒髪の巫女さんが至高だと思うのよ!」
「ここは個人行動が基本だろうが! ついてくんな!」
――――同人ショップで、同人誌を物色したり。
「どうか次のコンテストで合格しますように~~~っ!」
「しゃーねぇ。俺も祈っておいてやるよ」
――――神田明神で、入選を祈願したり。
遊びに遊び、気づけば既に陽は沈んでいた。
大型家電店の前に置かれたベンチに腰掛け、俺たちは一息吐く。
「はぁ~~~遊んだ遊んだ! すっごく楽しかったわね!」
大満足といった感じで、レベッカが天を仰ぐ。
だが対照的に、俺は疲れ切っていた。日頃の運動不足のせいだ。
途中で足が痛くなってきて、着いていくのに必死だった。
「お前さぁ……パワフルすぎんだろ……」
「だらしないわねぇ。もっと鍛えた方がいいわよ?」
「うっせぇ……」
言い返そうにも、気力が不足して大声が出ない。
俺は八つ当たりするように、缶ジュースを一気に飲み干した。
「そろそろ帰ろうぜ?」
「そうね……あっ、最後にあそこに行きましょ?」
レベッカが最後に選んだのは、小さなカードショップだった。
店名は聞いた事が無い。個人の経営店なのだろう。
最近出来たばかりなのか、外観も店内も新しい印象を受けた。
それなりに賑わう店内を歩き回っていると、子供の頃によく遊んだトレーディング・カードゲームのコーナーを発見した。
「おおっ、『妖戯王』じゃん。懐かしいな」
『妖戯王』とは日本国内で、一番人気のあるカードゲームと言ってもいい。
昔からアニメ化もされていて、現在もシリーズが続いている化け物コンテンツ。
俺はもう離れてしまったが、楽しかった記憶は今でも鮮明に残っている。
「そう言えば……ワタシがオタクになったキッカケってこれよね」
「ああ……うちの小学校では、『妖戯王』がメチャクチャ流行ってたからな」
俺たちの通っていた小学校では全学年男女問わず、『妖戯王』にハマっていた時期があった。『妖戯王』が強ければ尊敬されたし、レアカードを持っていたら死ぬほど羨ましがられた。終いには教師側から『妖戯王』禁止令が出て、生徒達がデモを起こす騒ぎになったレベルの熱狂だった。
「お隣さんのユーマが教えてくれなかったら……ずっとワタシは一人ぼっちだったかもしれないわね」
「ははは。引っ越して来た頃、暗かったもんなぁお前。よく泣いたしさ」
「しょ、しょうがないでしょ!? 日本語もロクに話せなかったんだから! 意地悪な子たちがからかってくるし!」
恥ずかしいのか、顔を赤くするレベッカ。
しかし……昔は泣いてばかりいたのに、本当に性格が明るくなったものだ。
俺が徹底的に『妖戯王』を教え込んだ結果、レベッカは小学校で四天王と恐れられる程の腕前に成長し、その後に参加した全国大会でもベスト8に名を残した。
それからは誰もがレベッカを認め、くだらないイジメも無くなった。どんどんと友達も増えて、レベッカは自信をつけていった。
でもまさか……ここまで立派なオタクに成長するとは予想外だったが。
複雑な気持ちに浸っていると、一枚のカードが目に入った。
ショーウインドウに飾られているソレは、小学生時代の憧れの品だった。
「おっ、『緑眼の白猫』じゃん。やっぱカッコいいなぁ……って、80万円もすんのコレ!?」
『緑眼の白猫』とは、主人公のライバルが使う最強を誇ったモンスターで、とてつもなくカッコ良くて、とてつもなく人気があった。
俺も初当ての時は、喜びのあまり走り回り、親から説教をくらったものだ。
「それにしても80万円……多分まだ押し入れにあるから、俺も売ろうかな?」
まさか子供のオモチャが、ここまで価値が出るとは驚きだ。
俺が瞳を¥マークにしていると、レベッカが苦笑しながら解説する。
「それは限定版のシークレットレアよ。だから高いの」
「そ、そうなのか……。確かに光ってるし……特別感あるよなぁ」
レベッカの解説に、関心しながら聞き入ってしまう。
強いだけあって、カードの知識も深いようだ。
「通称『シクグリ』よ。100万を超えるモノもザラにあるし……あれっ?」
突然、レベッカの顔が困惑で強張る。
それから入念にカードをチェックした後、苦々しげに口を開いた。
「……この『シクグリ』は偽物よ」
「何……!? マジか?」
「……うん。良く似せてるけど、明らかに違う」
そう断言するレベッカの目は真剣だ。
ただの思い違いという可能性もあるが、レベッカは安易にそんな事を言う奴じゃないって事は、七年来の付き合いのある俺が一番分かっている。
それに彼女の実績を知っていれば、その信憑性は更に増す。
「困った状況だよな」
「うん……どうしよう?」
俺たちが一番心配しているのは、この店の風評被害だ。
アキバに堂々と店を出しているからには、偽物を売っている事に気づいていない可能性が高い気がする。バレた時のリスクが大きすぎるからだ。
けれど、このまま偽物が買われたら客も被害を受けるし、偽物だと発覚したら店の評判も下がってしまうだろう。
本当なら、見て見ぬふりをするのが一番楽だ。
でも、俺にだって少しは良心がある。もちろんレベッカもそうだ。
ここで偽物を指摘する事が、後々まで考えれば一番被害が少なくて済むはず。
だが、余計なお世話かもしれない。
果たしてどうすべきか……俺たちは思案に暮れた。
「ちょっと! さっきから何をゴチャゴチャやってんの!?」
すると聞き耳を立てていたのか、すごい剣幕で中年の男が近寄ってくる。
おそらく店主だろうか。見るからに感情的で、頭の固そうなオヤジだ。
恐怖を感じたのか、レベッカが俺の腕をきつく抱きしめた。
「あー……実はですね……」
周囲の客も何事かと伺っているが、こうなっては仕方ない。
俺は先程のレベッカの見解を、説明する事にした。
すると、みるみる店主の顔が怒りに染まっていく。
「ウチの店は本物しか置いてないから! 鑑定だって私がしっかりしてる。言いがかりをつけるなら、警察を呼んでもいいんだぞ!」
こちらの気遣いも知らず、いきなり罵倒ときたもんだ。
俺は後悔した。こんなクソみたいな店に気を遣っていたのかと。
「はぁ……もういいや。帰ろうぜ?」
これ以上不快になるのも嫌だったので、レベッカを促す。
けれど嘘つき呼ばわりされて、レベッカは黙っていられなかったようだ。
「言いがかりじゃないわ! ワタシ本物を見た事があるもん!」
顔を真っ赤にしながら、涙目で抗議するレベッカ。
しかし、それを力ずくで打ち消すように、店主が怒声を上げた。
「『妖戯王』は日本発のゲームだ! 外人女に何が分かるってんだ!」
……おい。ちょっと待て。
てめー今、何て言った……?
「っ……!?」
びくりと震え、怯えた顔で後ずさるレベッカ。
子供の頃に『外人』と馬鹿にされたトラウマがよぎったに違いない。
その光景を見て、俺は頭が怒りで真っ白になる。
「ふざけんな! そんなこと関係ねーだろ!」
――――気づけば、俺は叫んでいた。
軽い気持ちで言ったんだろう。
でもよぉ……そんな軽い言葉で傷付く人間がいるんだよ!
本人にはどうしようも事を攻撃するのは、クズのする事だろうが!
レベッカが何か悪いことをしたのか!?
もしも、悪意や勘違いでカードを偽物扱いしたなら謝るべきだ。
でも違う。レベッカは『妖戯王』が大好きなだけだ。
『妖戯王』が大好きだからこそ、偽物の『シクグリ』の存在に心を痛めた。
そして、誰も傷付かない平和的な解決方法を探っていただろうが!
「こいつは子供の頃から『妖戯王』をやってんだ! そんじょそこらの日本人プレイヤーより何倍も詳しいんだよ! こいつをバカにする奴は、俺が絶対に許さねえぞ!」
激しく気炎を上げながら、全身全霊で睨み付けてやる。
すると店主は、苦虫を噛み潰したような顔で俯いてしまった。
「ユーマ……」
背後からレベッカの声が聞こえたが、俺は振り向かない。
今はきっと怖い顔をしているから。見られたくなかった。
「まぁまぁ、おにーちゃん落ち着いて。店主さんもさぁ」
沈黙に包まれる店内に、呑気な声が上がる。
皆の視線が集中する先に、三十代ほどの無精ヒゲの男がいた。
ラフな格好をしていて、年期の入ったリュックを背負っている。
「何だアンタ! 関係の無い奴は下がってろ!」
店主が矛先を変えて噛み付く。懲りないオヤジだ。
一方レベッカの反応は、まるで逆だった。
「ふ、深谷さん!? 何故あなたがここにいるんですか!?」
驚愕に目を見開き、目の前の男に問いかけるレベッカ。
その眼差しには、畏怖と尊敬の年が溢れていた。
どうやらこの深谷という男……ただ者ではないようだ。
「レベッカ、知り合いなのか?」
「知らないのユーマ!? 『にゃんこマスター深谷』よ!? 化け猫デッキを駆使する、妖戯王の5年連続の世界チャンピオンよ!」
知るかよ! 全然強そうじゃないし!
しかし興奮気味に語るレベッカや、ギャラリーの反応を見る限り有名人のようだ。
「その『シクグリ』さぁ、ちょっとオイラに見せてみー?」
「え、あ、はい……」
深谷という男が有名人だと知って、大人しく従う店主。
それにしても、俺みたいなニワカが知らないのは仕方ないとして、『妖戯王』を扱っているショップの店主が、世界チャンプを分からないのはどうなんだよ。
カードショップとしての実力の無さが、浮き彫りになってる気がするぜ?
「こらぁ偽物だよ。よく出来てるけどねェ」
ショーウインドウから出された『シクグリ』を数秒見つめた後、深谷は断言した。
それを聞いて、店主の顔から血の気が引いていく。もはや土気色だ。
「そ、そんな馬鹿な! ダイヤ加工も、フォントの太さも、裏面のデザインも問題は無かったはずだ! 70万円で買い取ったんだぞ……偽物のはずがあるかぁ!」
第一人者の深谷に喝破されても、しつこく抵抗を続ける店主。
70万といえば大金だ。認めたくないのも分かる。だからと言って、レベッカを嘘つき呼ばわりした事は許さんけどな。
「オイラちょうど本物の『シクグリ』持ってんだよねぇ。公式に鑑定された信用のおける品だ。こいつと見比べてみな」
深谷が背負っていたリュックから、鍵付きのバインダーを取り出す。
そこには『緑眼の白猫』はじめ、レアカードがギッシリと詰まっていた。
っていうか、そんな高価なもん持ち歩くなよ……!
「そ、そんな馬鹿な……! まるで違う……!?」
本物と見比べた後、愕然として立ち尽くす店主。
俺も横から覗き込んで見たが、やはり本物の方が輝きが違う気がした。
素人目だから、偉そうな事は言えないんだけど。
「分かったかい? 甘い儲け話に目がくらんで、半端な知識で真贋を見極めようとするからそうなるんだ。カードを商品としてしか見ていない証拠さ」
「ぐ……ぐぐぐっ……!」
がっくりと膝をついて、項垂れてしまう店主。ここに勝敗は決した。
「そっちの嬢ちゃん。あんたの『妖戯王』への愛……確かに感じたぜ!」
そう言って、レベッカに向かってサムズアップする深谷。
な、何か格好良いぞコイツ! 最初は貧乏くさいオッサンだと思ったのに。
にゃんこマスター深谷か……ネットで動画を検索してみようかな。
それから俺たちは、秋葉原を後にした。
電車を乗り換え数駅を乗り継ぎ、地元に着いた頃には20時を回っていた。
街灯に照らされた閑静な住宅街を、レベッカと進んでいく。
人気は少ないが明るいので、この時間でも安心だ。
夜空を見上げれば、ちらほらと星が輝いていた。
後方を見やると、レベッカが俯き黙り込んでいる。
いつもより口数が少ないし、俺からも距離を取っている。
並んで歩こうと速度を落とすと、足を止めて俺の背後を維持する。
そして、頑なに目を合わせようとしない。
明らかに変だった。
思い当たるとすれば……カードショップの件か。
店主に口撃された事が、よっぽどショックだったのかもしれない。
まぁ店主も死ぬほど落ち込んでたから、あれ以上責める気にはならんが。
でもこれからは、悪評のせいで商売は上がったりだろうな。悪因悪果だ。
「そのさ……楽しい休日が、最後で台無しになっちまったな?」
俺が努めて明るく切り出すと、レベッカは少し迷って隣に並んだ。
それでもまだ、顔は伏せたままだったが。
「……そんなことないよ。すごく楽しかった」
「そうか? ならいいんだけど」
小声だが、確かなレベッカの返答。
それを聞いて、思うほど彼女が落ち込んでいない事に気がついた。
それならば何故、顔を逸らし続けているのだろう?
「ワタシね……昔は、自分がアメリカ人って事が嫌だった」
唐突にレベッカが口を開いた。
言葉に宿る真摯さに、俺も真剣に耳を傾ける事にする。
「みんなと髪も目も違うし。からかわれて、いつも泣いてた」
「……そうだったな。ガキって残酷だから」
「でも……いつしかそんな事がどうでも良くなってた。毎日が楽しくて、忘れちゃってた。でもその理由を……さっき思い出したんだ」
決意したようにレベッカは顔を上げ、俺の目をじっと見つめてくる。
白い頬は薔薇色に染まり、青い瞳には熱情が燃えていた。
その視線に囚われ、俺の胸の鼓動が高鳴っていく。
「いつもワタシの隣にはユーマが居てくれた。さっきみたいに『レベッカの事をバカにする奴は許さない!』って守ってくれたよね」
お隣りのレベッカの両親に、仲良くするよう頼まれていた事情もある。
けれど俺自身が、彼女が泣く姿を見て、強い憤りを感じたのは確かだ。
助けたいと思った。どうにかしてやらなくちゃって思った。
「みんなに溶け込めるように、色んな遊びを教えてくれたよね。そしたら友達も増えて……ワタシ自身もコンプレックスが消えてた」
俺の方も、レベッカと遊んでいるのが楽しかった。
次第に明るくなっていく彼女を見ていて、嬉しかった。
泣き虫のレベッカはもういない。それは、心の底から良かったと思う。
「ワタシが今、笑えてるのはユーマのおかげよ」
そう言って微笑むと、レベッカは真っ直ぐに俺に近づいてくる。
そして、身体を預けるように抱きついてきた。
まるで俺の存在を、全身で確かめるように。
「本当に……ありがとう。いつもワタシの傍にいてくれて」
それは、いつものハグとは違った。
大切な事以外は語らない、静かな抱擁。
でもこの沈黙に、きっと何よりも深い意味がある。
出来る限り優しく、レベッカの背に手を回す。
その身体は小さく、柔らかい。力を込めたら壊れてしまいそうだ。
けれど火のように熱く、触れていると火傷をしそうな錯覚に陥った。
……どくん。どくん。どくん。
ふたつの心臓の鼓動が響いている。互いに共鳴し合うように。
やがて、心の底から湧き上がる強い想いがあった。
今までは腐れ縁だとか、女友達だとか、ずっと言い訳してきた。
関係が変わってしまう事を恐れていた。けれど――――
――――どうやら俺は、レベッカの事が本当に好きみたいだ。
「……ねぇユーマ。今なら新作を書けそうな気がするの」
永遠か刹那か。幻のような時間は終わる。
沈黙を破ったのは、レベッカの一言だった。
ゆっくりとレベッカが、俺の腕から離れていく。
「何か……掴んだのか?」
抱擁の余韻を惜しみながら、俺は問いかけた。
「うん。今までは……自分がアメリカ人だから、日本っぽいライトノベルを書くっていう事ばかり意識してたみたい」
「なるほど……そうかもしれないな」
この前に見せられた作品は、俺としてはありきたりに感じた。
その理由は、レベッカが日本の流行を追いかけた過ぎたせいなのかもしれない。
「だから今度はありのままのワタシを……出してみたいと思う」
「……そうか」
レベッカの瞳に、確かな決意が燃えていた。
今回の取材で、レベッカが何を掴んだのか分からない。
けれど、やる気を出してくれたのは、非常に喜ばしい。
俺としても感想ぐらいしか言えないが、できる限り力になるつもりだった。
「じゃあ俺も、完成したらまた読むから――――」
「……ダメよ」
「えっ!?」
突然の協力拒否に、俺は動揺して後ずさってしまう。
やはり強く言いすぎたか? まだ怒っているのか?
そう逡巡しながら、レベッカの顔を焦りつつ覗き込む。
レベッカは照れたように微笑んで――――断言した。
「ユーマにだけは、もう絶対に見せないの」
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初夏の訪れを感じさせる、心地良い昼休み。
屋上のベンチに腰掛けながら、俺はカレーパンをかじっていた。
けれどまるで味はしない。溜息ばかり出る始末だ。
「はあぁぁ~~~~」
「どうしたのさ遊馬。授業中も上の空だったし」
隣に座っている三毛沢が、見かねて問い掛けてくる。
少し迷ったが、少しは気が楽になるかと思い、俺は心の内を明かす事にした。
「あのさぁ……聞いてくれよ。レベッカの事なんだけどさ……俺に小説を読ませてくれなくなっちまったんだ」
「あはははははは! 遊馬の感想って正直だけど辛辣だからね。警戒されちゃったんじゃない? その調子でどんどんギクシャクすればいいさ!」
黒く淀んだ瞳で、手を叩きながら爆笑する三毛沢。
モテなさすぎて、もはや嫉妬の権化と化しているようだ。
そんな最低な級友を無視して、俺は話を続けた。
「だからな……調べてみたんだよ。インターネットで」
「ネットで? 何を?」
「あいつ、大手の小説大賞に応募してるから。結果発表をな」
「なるほど。それで?」
「そしたら……あいつってば佳作を受賞してたんだよ」
「マジで!? 凄いじゃん!」
のけぞりながら、目を見開く三毛沢。
そう、レベッカはついに壁を突破した。
今までは二次選考が限界だったのに、ついに受賞まで漕ぎ着けた。
俺としても、祝賞会の一つでも開いてやりたいくらいだ。
「ただ……その作品のタイトルに問題があってな」
「へっ?」
結果発表のサイトで、俺がレベッカの名前を見つけて歓喜した後。
ついでにレベッカの作品の、タイトルを確認したら……
『孤独だったアメリカ少女が、日本のオタク少年に恋をした理由』
「っていうタイトルだったんだけどさぁ。俺はこれから……どんな顔をしてアイツに会えばいいと思う?」
「うおおぉっ! うおおおぉぉぉっ! 死ねえぇぇぇぇ!」
「ど、どうした三毛沢!? そのバールのようなものを捨てるんだ!」
血の涙を流す三毛沢が、危険物を振り回しながら追いかけてくる。
どうやらこいつには、刺激が強すぎる話題だったようだ。
校舎中を走り回り追撃を躱し、どうにか校舎裏に身を潜める。
やっと一息つけると思った矢先に、誰かに肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、そこにはレベッカが居た。
「ハ、ハーイ、ユーマ!」
はにかんだ笑みを浮かべる、制服姿のレベッカ。
今日も明るい金髪が、微風に吹かれてキラキラと揺れている。
その顔を見ただけで、俺の心臓はすぐに高鳴ってしまった。
俺がレベッカへの好意を自覚したのは、確かな進展だ。
レベッカの行動を見る限り、彼女も俺に好意があるのだろう。
けれど、あと一歩。その一歩を踏み出すのが互いに難しかった。
アキバから帰ってからと言うものの、俺たちはギクシャクしてしまい、会話もロクに続かない気まずい日々が続いていた。
「お、おう。どうした?」
何か話があるのだと思い会話を促すと、レベッカは落ち着きなく身体を揺らしながら、本題を切り出してきた。
「あのね……その……今年の夏の予定なんだけど」
「夏コミの話か? 俺も気になるサークルあるし構わないぞ?」
例年なら、夏にはコミケに行くことが通例になっていた。
蒸し暑いわ、長時間歩くわ、非常に大変なイベントではある。けれど、常連となっている俺たちにとっては、もはや季節の風物詩のようなものだった。
しかし、レベッカの目的は違ったようだ。
「そ、それもあるけど……今年は海に行かない?」
――――レベッカが、ついにラインを越えてきた。
「う、海!? 二人でか?」
「う、うん。ワタシと……ユーマだけで」
俺が問い返すと、レベッカの顔がみるみる紅潮していく。
男女二人で海に行く……それはもう完全にデートだ。
今までみたいな、友達同士の遊びとは本質が違ってくる。
その事をレベッカも分かっているんだろう。
拒否する理由なんてない。むしろ望む所だ。
けれど覚悟はいる。大きな変化を受け入れる覚悟が。
僅かな沈黙にレベッカが焦り、俺が返答するより早く口を開いた。
「そ、そのっ……! また小説の取材に付き合ってほしいの!」
「そ、そうか。取材か」
「う、うん。取材。ダメ……かな?」
「し、仕方ねーな。分かったよ」
取材という建前に、俺たちは縋ってしまう。
恋人としてではなく、仕事の協力者という隠れ蓑に。
慎重で臆病でヘタレな恋愛初心者。でも、今はこれが精一杯だ。
「やったぁ~~~! ユーマ大好き!」
「うおぉっ!?」
それでも嬉しかったのか、レベッカが俺に飛びついて来る。
豊かな乳房の感触に、どうしても平常心を失ってしまう。
そして海に行けば、必然的に互いに肌を晒す事になる。
レベッカの水着姿を想像して、俺の脳味噌が沸騰する。
ただでさえモデル顔負けのプロポーションなのに、水着に着替えたらどうなってしまうのか!?
「……っ!?」
俺のスケベな思考を読んだのか、一瞬だけレベッカが引け腰になる。
いつもならここで逃げるレベッカだが、今日は様子が違った。
耳まで真っ赤にして逆にしがみつき、潤んだ瞳で上目遣いに見つめてくる。
「ユーマの……えっち」
――――ぐはっ!?
その破壊的な甘い囁きに、腰から崩れ落ちそうになった。
愛しさが溢れて、めちゃくちゃ抱きしめたくなる。
息がかかる程の至近距離で、俺たちは向き合っている。
さっきから、互いに唇ばかり意識しているのを感じる。
艶やかに輝く桃色の唇。流されるままに重ねたくなった。
けれど――そこで昼休み終了の鐘が鳴った。
俺たちは目を逸らし、寄せ合っていた身をゆっくりと離す。
今まであった温もりが消えて、どこか物悲しかった。
レベッカも同じ気持ちだったのか、肌寒そうに自分の身を抱えていた。
「……ねぇ、ユーマ」
「……何だ?」
「これからも……ずっとワタシの隣に居てね?」
心細そうに見つめるレベッカに、俺は安心させるように笑いかける。
「あたりまえだろ。お前がいなきゃつまんないよ」
「――――うんっ!」
曇っていた表情が一転、レベッカは太陽みたいに笑った。
その笑顔があまりにも綺麗だったから、ぼうっと見惚れてしまう。
その隙にまた、レベッカが懲りずに抱きついてきた。
「お、おい。早く教室に行かないと遅刻するぞ?」
「ノーッ! 今はそういう気分なの。絶対に離さないんだから!」
これから俺たちの関係は変わっていくだろう。
もう仲の良いお隣さんじゃない。恋人として。男と女として。
ひょっとして、後悔するかもしれない。
友達でいるべきだったと嘆くかもしれない。
それでも俺たちは、この道を選んだ。
ずっといつまでも――――大好きな人の隣で笑っていたいから。
書いていて嫉妬が止まらない。筆者は三毛沢の化身かも。ここまで読んでいただいてありがとうございました。もしも気に入ったら感想や評価ボタンを押して貰えると嬉しいです。