僕の婚約者は悪役令嬢。どうやら男のふりして死亡フラグを回避するらしい
「私、学院へは男性として通うことにいたします」
貴族学院への入学を前日に控えた今日、突然そんなことを言い出したのは、国の第二王子である僕の婚約者、公爵令嬢のエミリーだ。
「それはどうしてかな?」
「アレン様······実は私、悪役令嬢のようなのです」
うん。全然質問の答えになっていないね。まあおもしろそうだからいいんだけど。とりあえず余計な口は挟まず、気になった単語について聞いてみることにする。
「悪役令嬢?」
「はい······。このままだと私は、明日からの学院生活で出会うことになるとある生徒への嫌がらせに手を染めることになるでしょう」
相変わらず返ってこない質問の答えから察するに、エミリーは相当焦っているようだ。僕はそんな彼女から一つ一つ話を聞いていくことにした。
どうやら僕達が明日から通う貴族学院に、特別枠として一名平民の娘も入学することになっているらしい。とはいえそれは特段珍しいことでもない。より優秀な人材を集めるべく、傑出した才能を持つ平民を学院へ招き入れることはよくあることだからだ。
しかし問題はここからだ。ルーナというその娘は、入学早々ひと騒動起こして学院中にその名が知れ渡ることになる。そんな彼女に興味を持ち、接触を図るのは四人の男達。
一人はこの国の第一王子、僕の二つ上の兄であるエドワード。
一人はこの国の騎士団長を父に持ち、自身もまた騎士になることを志している同い年のオーランド。
一人は将来の宰相候補でエドワードの友人でもあるイアン。
そして最後の一人、この国の第二王子であるアレン、この僕というわけだ。
そして四人の男達は、次々巻き起こるイベントなるものによって次第にルーナに心奪われていくのだという。
この時点で馬鹿げた話だとは思った。それはエミリーが語る話そのものについてではない。
興味を持つ?心奪われる?この僕が?
そこでエミリーの登場だ。婚約者を奪われることを恐れたエミリーは、あの手この手でルーナに嫌がらせをするようになる。その末に彼女を待ち受けている運命は、僕自身により告げられる婚約破棄と極刑。そして僕とルーナは新たに婚約を結び、幸せになるのだという。
本当に馬鹿げた話だ。僕にはエミリーしか見えていないというのに。
それに、現状エミリーがルーナにそのような仕打ちをするほど僕のことを慕っているようには思えない。悔しい話だけどね。勿論、仮に慕われていたとしても、そのような愚かな行動をするとはとても思えないのだけど。
「それにしても、君はどこでその情報を手に入れたの?」
「申し訳ありませんアレン様。私見てしまったのです。あの予言書を······」
どうやら話していく内にエミリーは冷静さを取り戻したようだが、僕の投げかけた質問にサッと顔を青くさせ、ひどく動揺したようにそう答えた。
無理もない。彼女の言う予言書とは、この国に代々受け継がれている書物のことだがその存在は口外されていない。本来は王族のみが知る秘匿のものであるはずなのだから。
「······信じてもらえないかもしれませんが、私にもよくわからないのです。気付いたら保管庫の中にいて、予言書を開いておりました」
幼い頃から知っているエミリーが、嘘をつくような者ではないことはわかっている。現にそう言って私を見つめる瞳には、一点の曇りもない。それに予言書に記されていることは絶対だ。まさかとは思うが、それが独りでにエミリーを引き寄せたのだとしたら──
「大丈夫。君を咎めるようなことはしないよ。だから教えて。男性として学院に通おうとしているのも、この予言書に?」
咎めない。その言葉に安心したのかエミリーは小さく息をついてから答える。
「いいえ。これは私が決めたことです。予言書通りに進むことを覆すためにはこの方法が一番いいのではないかと思いまして」
どうしてそうなった。こんな風にエミリーは、時々こちらが想像もつかないようなことを言ってのける。まあそんな彼女だからこそ、僕は興味を惹かれたのだけど。
「エミリー、男性として通うからといって、起こりうることを回避できるとは限らないんじゃないかな?」
普通に考えればエミリーの策は何一つ対策になっていない。万が一にも有り得ないが、僕がルーナに心奪われてしまえば結局嫌がらせをするところに辿り着いてしまうのではないだろうか。
「いいえ、私が男性であろうとする以上、ルーナ様への嫉妬など発生するはずはありませんから」
そう断言するエミリーに、僕は却って燃え上がる。
(嫉妬なんて有り得ない、か。······おもしろい。)
しかしそんな僕の考えなど知る由もないエミリーは、更に続ける。
「予言書によると、学院に入学することでアレン様への恋心が発生するようです。けれどその時点で性別を偽ってしまえば、その強制力は失われるのではないかと思いまして」
仮に僕を好きになるかもしれない理由が強制力だと。そんなに言うのなら、もう君に遠慮はしないよ?結婚前だからと気を付けていたけど。
(煽った君が悪い。)
「それにもし、ルーナ様がアレン様をお慕いするようになりましたら、私応援して差し上げ」
「ルーナ嬢はともかく、僕がルーナ嬢に興味を持つことはないからね?」
エミリーの発言に苛立ちを覚え始めた僕は、彼女が言い終わる前に言葉を重ねた。
そして、最上級の笑みを浮かべてエミリーの頬に触れる。
「君の決意はわかった。僕も協力しよう。学院へはこちらで根回ししておくから安心するといい」
突然肌に触れられたせいか驚いたように固まっていたエミリーだったが、僕の言葉に安堵の表情を浮かべた。安心するのはまだ早いというのに。
そうして僕は、エミリーの耳元に顔を寄せて囁いた。
「その代わり、僕も遠慮をするのはやめるから」
顔を離し、エミリーへと向き合った僕は再び笑顔で彼女に告げる。
「覚悟しておいてね」
◆
ごめんなさい、アレン様。私あなたに嘘をつきました。
私がアレン様に告げたことは概ね全て事実です。ですがその事実は、予言書に記されていたものなどではありません。
私には、前世というものがあります。日本という国でごく普通の会社員としてごくごく普通に生きていました。
そんな私は『シンデレラガールとプリンスの恋』略して『ガルプリ』という乙女ゲームをプレイするのが唯一の楽しみだったのですが、あろうことか続編の発売日に交通事故に遭って死亡。
無念は無念だったのですが、自分が思っている以上によっぽど無念だったのでしょう。
まさかガルプリの世界で再び生きることになるなんて。それも悪役令嬢のエミリーとは、もはやついているんだかついていないんだかよくわかりません。
ここまで言えばお察しの通り、私がアレン様にしたのはガルプリのお話。夢にまで見た第一話のあらすじです。
それにしても、まさか入学前日に突然思い出すことになるなんて。
アレン様にはいろいろとかなり苦しい言い訳をしました。どうにかうまいこと解釈していただけたので助かったのですが。
今更ながら、私の中で罪悪感というものが生まれています。お優しいアレン様に嘘をつき、あろうことか利用するような形をとってしまうだなんて。自分の浅ましさには嫌気が差しますが、馬鹿な私にはこうするより方法がなかったのです。
だから、男性として入学しようと思ったのはアレン様にもお話した通り、まあ言うまでもないかもしれませんが私のオリジナルです。
よく見る転生ものだと誰に生まれ変わろうがみなさん上手にフラグを折っていますが、生憎私にそのような器用さや人格は備わっておりません。生身で挑むなど言語道断、バッドエンドへまっしぐらです。
なので、そもそものエミリーという人物を、他人へと仕立て上げることにしました。これなら難しい精神論で物語に挑む必要もなく、うまくいけばアレン様以外のキャラと関わるフラグを折ることにも繋がるかもしれません。できる、これなら私にもできる。
ええ、平たく言ってこれは苦肉の策なのです。正直バッドエンドへの道が既に見えなくもありませんが、いかんせんどこまでゲームによる影響が出るのかもわからないもので。
どの道後戻りはできませんので、いっそのこと覚悟を決めて、明日から楽しみたいと思います。
それにしても、アレン様が言っていたあの言葉は一体どういう意味なのでしょう。どうにも突然あのように接近されるものですから、びっくりして頭が真っ白になってしまいました。
けれどこれ以上の情報はキャパオーバーです。追々お聞きすることにいたしましょう。
◆
そうしてガルプリの物語は幕を開ける。
『第一話』Now Loading...