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2 暗黒魔剣士のお姉さんと喫茶店に行きました

 ここはアイゼンハードにあるおしゃれな喫茶店の前。

 まだ夜が明けきれていない早朝。

 涼し気な虫の声が聞こえてきます。


 もちろん喫茶店は、まだ閉まっています。


 Closeの看板を見ながら、店の前をウロウロ歩いています。


 結局、ぼくは一睡もできませんでした。

 あの綺麗な暗黒魔剣士のお姉さんが、今日からぼくとパーティを組んでくれるからです。


 待ち合わせは、この喫茶店。

 朝食を済ませてから、冒険に出る段取りです。

 

 店の窓を鏡にして、自分を見ました。

 今日はこの日のために新調した勝負袈裟衣を着ています。


 だけど、目が真っ赤。

 一睡もできなかった事がバレたらどうしよう。


 近くの川までいくと、バシャバシャと顔を洗いました。

 ついでにしっかりと口もゆすぎました。



 戻ってきてしばらくすると、お姉さんもやってきました。



「おはようございます!」


「……あぁ……」



 お姉さんの目はちょっぴり赤いです。

 もしかしてぼくのように緊張して、眠れなかったのでしょうか?

 一瞬だけそのような想いが頭をよぎりましたが、そんなハズはありません。

 きっと日課の修行とか、武器の整備とかしていたのだと思います。


「あ、あの……今日はありがとうございます。ここはぼくがご馳走しますから!」


「……そうか」



 店内に入ります。

 どうやらぼく達が最初のお客さんのようです。


「いらっしゃいませ」


 一番広い中央テーブルを選んで、椅子を引きました。

「……なぁ……、端に行かないか?」


「え、えーと」


「いや……。席なんてどこでもいいんだが……」


 そう言ってキョロキョロしています。

 ソワソワしているようにも見受けられました。


 しまった。

 お姉さんの職業は暗黒魔剣士でした。

 きっと目立ちたくないのだと思います。


 急いでぼくは壁側の席へ行き、椅子を引きました。

 すぐにコーヒーとサンドイッチを注文して席まで運びます。


 お姉さんは剣を壁に立てかけて、席に座っています。

 コーヒーに少しだけ唇をつけると、ぽつり、

「……そんなに気を使わなくていいから……」

 と漏らしました。



 ぼくはハッとしました。

 以前、先輩僧侶の黙念もくねんさんに、このように言われたことがあったからです。

 黙念さんは、ちょっぴりゴブリンのような顔をしている、とても厳しい先輩です。


『おい、珍年、そんなに気を遣うな……。ハッキリ言ってうざいから』と

 

 お姉さんは、そっけない表情で窓の方に視線を向けています。

 きっとお姉さんにも、うざいと思われているような気がしました。

 またしても、失敗です。


 会話がまったくありません。

 何か話題を作らなくては……。



「あのぉ」「なぁ……」



 ほぼ同時に声を発してしまいました。



「あ、いえ。お姉さんから、どうぞ」

「いや……。私のはたいした内容ではない……。珍年から話せ」


「あ、あのですね……」

「……」


「お姉さんのお名前を教えてもらってもいいですか?」

「……聞いてどうする?」


「いつもお姉さんとか、暗黒魔剣士さんとかじゃぁ、パーティらしくないと言いますか……」

「お前、知っているのか? 暗黒魔剣士が名を名乗るときは……」


 名乗るときは……?


 そこでお姉さんの声のトーンがひとつ落ちました。

 半眼を閉じてぼくに視線を向け、話を続けます。


「目前に対等以上の敵が現れ、決死の覚悟をしたときに名乗る。

 我が名を知った者を生かしてはおかないという意味で、だ。

 それで良ければ、名乗るが……」



 ごくり。

 思い切り苦い唾を飲み込んでしまいました。



「……あのですね。お姉さんのお話はなんですか?」


 思い切り話をそらしてしまいました。


「……。私のはたいした内容ではない。珍年の話にくらべインパクトに欠けるが……」


 ぼくの話にインパクトがあったのではなくて、お姉さんの回答がすごかっただけのような気がします……。


「お姉さんの話を聞きたいです」

「そうか……。また話す……」



 なんか頬が赤いです。

 どうしたんでしょうか?

 目も赤いし、もしかして風邪なのでしょうか?


 ぼくはヒーラーです。

 治療は数少ない特技です。

 だから聞きました。


「もしかして体調が悪いのですか? 回復魔法は得意だから、遠慮なく言ってくださいね」


「いや……。コンディションはいつものままだ。HPも削れていない。だが昨夜はなんだか集中力にかけ、武器のメンテが出来ていない……」



 あ、そうだったんですね。

 ぼくは手先の器用さにも自信があります。

 毎日、木を彫って仏様を作っていますし。


「あの。良かったら、ぼくが研ぎましょうか?」

「いや……。やめとけ。あの剣は重量がある。怪我をするぞ」


 

 今までの失敗を挽回するチャンスです。

 ぼくは壁にかけてあるお姉さんの大剣を空いているテーブルの上に置くと、鞘から取り出しました。

 紫色の妖艶な光を放っています。

 そして物凄い使い込みです。

 刃こぼれが酷いです。


「お、おい……」


「任せてください! ぼくはこう見えてアイテムの整備もできます!」


 役に立つところを見せたい。

 そう思い、研ぎ石を取り出すと、一生懸命磨きました。


 剣はあっという間にピカピカになりました。

 あれ、この剣、こんな光り方してたっけ?



「……お前、光属性だろ? わりと強力なタイプの」

「あ、はい。レベルはまだ低いですが、仏の道へ身を投じております」



 はっ!

 お姉さんは、言わずと知れた闇属性の暗黒魔剣士でした。

 その人が使う剣は、闇の魔道剣。

 ぼくが整備することで、施されていた呪いが解けてしまったのです。

 これは、大大大大大大大大大大大大大大失敗です。

 暗黒魔剣がノーマルの剣になってしまったのですから。

 もはや謝って許される次元ではありません。



「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「……。いや……。まぁこれはこれで使いやすそうだし、別に……」



 そう言ってくれていますが、絶対に怒っているに違いありません。



「コ、コーヒーのおかわりは要りませんか? ぼく、注文してきます」


 お姉さんのカップを持って、カウンターまで走りました。

 でも草履が椅子に引っ掛かり、そのまま転げてしまいました。



 ガッチャーン!!



 あ、あ……。

 これの弁償代……。ぼくには払えない。どうしよう……。



「行こうか……」


「え? え? で、でも、お金が……」


「我が名はレナ・フィレナルド……」


 そのまま席を立つと、お姉さんはカウンターにコインを5枚置いて店を出ていきました。

 きっと怒らせてしまったに違いありません。

 名前まで告げられたので、きっとこの後、ぼくは地上から抹消されてしまうでしょう。

 それでもぼくは、お姉さんの背中を追いかけました。



 これからぼくは死にます。

 大僧正様に今までのお礼を言いたかったけど、もはやそれも叶いません。

 だけど暗黒魔剣士のお姉さんに……いえ、レナさんに今日、わざわざぼくのために時間を作ってくれたことが本当に嬉しかったです。

 だからそのお礼を言いたかったです。

 怖くて涙まで出てきました。

 それでも追いかけました。



 あれ、レナさんが何か落とした?

 ぼくはそれを拾いました。


「職業辞典???」

 

 それは薄いノートでした。

 ぼくの視線は、付箋が貼ってあった箇所に行きました。

 暗黒魔剣士の特徴という項目があります。



 暗黒魔剣士がその名を名乗るときは……というくだりがあります。



 続いて書かれてあります。

 あの恐ろしい文字が……



 相手を地上から完全消滅させると誓った時……と。



 あれ?

 続いて、もうひとつあるぞ?



 もしくは大切な仲間が現れた時。



 仲間……。



「……珍年。拾ってくれたのか。ありがとう」とぼくからノートを奪うと、鞄にしまいました。

「あ……あの……?」


「おい、これから冒険、行くんだろ? 確かにいちいちお姉さんとか暗黒魔剣士さんは言いづらい……」



 お姉さんは、ぼくのことを仲間と言ってくれているのでしょうか?


「あ……あの……? ぼくはお姉さんの仲間ですか?」

「変なことを聞くんだな? パーティに誘ったのは珍年だろ?」



 ぼくはお姉さんの仲間です。

 嬉しくて嬉しくて、また涙が出てきました。



「……あのさ……、さっきは剣……、整備してくれてありがとな……」



 そういえば、辞書で見た『仲間』の箇所ですが、白いインクで塗りつぶされてその上から『仲間』と書かれているようにも見えました。本当は恐ろしい文字が書かれていたのかもしれません。もしかして気を使ってくれているのでしょうか?



 突然、ぼくは結婚前提でパーティを組んでくださいと言ってしまったことを思い出しました。そもそもダメ元で勝負していたのです。

 だからぼくはお経を唱えて、勇気を奮いました。



「あ、あの……レ、レナさん……。手を繋いでもいいですか?」


「は?」



 やっぱり駄目でした。

 でもぼくの気持ちを伝えることができたことに、ちょっぴり満足しています。

 レナさんは足早にズイズイ進んでいきます。

 


「……ここだとみんなが見ているだろ? 街の外へ行ったら、3秒だけ繋いでやる」

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