1 暗黒魔剣士のお姉さんに恋をしました
ぼくの名前は珍年。
和風ヒーラーです。
頑張っているんだけど法力はいまだ未熟なので、なんとか托鉢で生活をしています。
袈裟衣を着てお茶碗を持って、今日もナムナムと街を歩き回ります。
こうしてみなさんから貰った大切なお金。
無駄遣いはだめだと思っていたんだけど、どうしてもあの場所に行ってしまいます。
ここはアイゼンハードの繁華街にある有名なバーです。
貧乏和風ヒーラーの僕が来るような場所ではないのですが、パーティを組んで後方支援をすることが夢なぼくにとって、ここは憧れの場所なんです。
冒険者の出発点はバーからって、眩しすぎる誰かが言っていました。
ここではレザーアーマーを身に着けて大剣を背負った戦士さんや、黒いころもを身にまとった魔導士さんがレベル差など気にせず分け隔てなく和気あいあいとお酒を酌み交わしています。
「おい、坊主、何か飲むか?」
「え、え?? じゃ、じゃぁ……」
バーのマスターに声をかけられて、思わず首を振ってしまうぼく。
しばらく抹茶ミルクの入ったカップを持ったまま、店内をウロウロしていました。
もちろんぼくのようなみすぼらしい新米ヒーラーに声を掛けてくる者などいません。
たぶん、ぼくの方から声をかけても無視されると思います。
みんなぼくとはかけ離れています。
それでもぼくは楽しかったです。
身分相応な場所だけど、ここにはぼくにとって憧れの英雄たちがいるから。
適当な場所を見つけると、一人で静かに抹茶ミルクをかぷかぷ飲んでいました。
ふと、一人の女性が視界に入りました。
第一印象は、ものすごく綺麗な人。
黒い甲冑を身にまとい、ナイフや矢などを全身に仕込み、背中には大きな剣とボーガン。その武具には不気味な紋章があります。そして少し空いた胸元にはドクロのアクセサリが見えます。
持っている装備からして、きっと魔剣士さんなのでしょう。剣技と呪法が得意なアタッカーさんです。
頬には十文字の刀傷があり、紫の髪で顔の半分を隠しています。目を細め、バーボンを飲んでいる姿がとてもカッコいいと思いました。
おそらくソロで活躍されている高レベルの冒険者なのだろうな、と思いました。
ぼくとはかけ離れた別次元の人に違いありません。
お姉さんは一人で飲んでいます。
正直な気持ち、ちょっとお話をしたいなと思いました。
でもお姉さんはすごく美人で背もちょっと高く、スタイル抜群で、頭もすごく良さそうに思えるし、強そうだし、とてもぼくなんかが声をかえられるような存在ではありません。
なのに、どうしてこれ程までに気になるのだろう。
一人ぼっちだから?
ぼくも一人ぼっち。
お姉さんは孤独なオーラを全身にまとっている。
だけどそれをビクともしないだけどの存在感がある。
それは、ぼくのようでぼくでない。
ぼくにとって、お姉さんは完成された存在に思えていたのは間違いありません。
こうして遠巻きに見ているだけで、すごく幸せな気持ちになりました。
時折のぞく胸元に視線に行ってしまうと、見ちゃだめだと、頭の中で一生懸命お経を唱えて耐えました。
だけど。
切れ長の目がとても綺麗で、でもちょっぴり怖く、まさに絵になる女性です。ぼくにはそのように見えました。
もうちょっとだけこの魔剣士のお姉さんのそばにいたいと気持ちからか、知らず知らずのうちに抹茶ミルクを5杯も注文していました。
そこまでして、ぼくはハッと我に返りました。
お金が足りない。
どうしよう……。
……仏様につかえるぼくが無銭飲食など言語道断です。
これもすべて、女性にうつつを抜かしたぼくの失態です。
すべての非はぼくにあります。
これでは和風ヒーラー失格です。
こうなった以上、お店のマスターに謝るしかありません。
機嫌よく酒をふるまっている大柄の男性の前に行き、勇気を奮って頭を下げました。
「あのぉ……ごめんさない。ぼく、これだけしか持っていません」
オーナーさん、物凄い形相で睨んでいます。
「ごめんなさい。……あの……。ぼくお手伝いしますから、どうか……」
その時でした。
「勘定」
そう言いながら、魔剣士のお姉さんがやってきました。
「おい、そこの間抜け。金がないのか?」
お姉さんはぼくを見て、そう言っています。
あまりの出来事に、ぼくは何も答えられず固まっていました。
「おい、マスター。一緒でいい」
「あ……。あの……」
何か言わなきゃ。
こんなとき何を言ったらいいんだ?
あ、そうだ。お礼を言わなきゃ。
そう思い、必死に言葉を絞り出そうとしました。
「あ、ありがとうございます。ぼくは珍年。お、お姉さんは?」
見上げたら、そこにはお姉さんはいませんでした。
マスターもコインを握ったまま、ポカンとしていまいた。
「あの女の声……初めて、聞いたぜ……。あいつ……わりとかわいい声だったんだな……」
「……あ、あの……。すいません、あのお姉さん、なんという名前なんですか?」
「名前は知らん。知っているのは……あの女は、通称、極殺魔剣使いと呼ばれている触れるものすべてを闇に葬る恐ろしい暗黒魔剣士というくらいだ」
極殺魔剣使い……のお姉さんですか……
「いつも来るんですか?」
「……風の強い13日の金曜の夜だけ、あの女はやってくる」
急いでぼくは暦の入った和紙を取り出しました。
猛烈な勢いで、13日の金曜日を探しました。
あった。
この日だ!
すぐさま炭で印をつけました。
極殺魔剣のお姉さんは、3ヶ月後の13日にやってくる可能性があるみたいです。
ぼくは極殺とかよく分かりません。
でもあの日見せてくれたお姉さんの笑みが忘れられませでした。
ぼくは再びお姉さんに会う日に向けて、托鉢にはげみました。
立て替えてくれた抹茶ミルク代をピッシャと返して、お姉さんに一杯ごちそうするつもりです。
本心をいうと、裏心もあります。
仏様に怒られそうだけど、お姉さんと仲良くなりたいと思いました。
*
そしてぼくは一心不乱に托鉢を頑張り、ちょっとだけ贅沢ができるくらいお金を貯めました。
コインが増えるたびに、お姉さんとお話しできる時間が増ええたと思えました。
時折そんなぼくが不浄に感じました。
仏様に使える身として、どうなんだと?
だけど、それにあがらえなかった。
ぼくはお姉さんに会いたかった。
そしてもっとお金を貯めて、お姉さんに喜んでもらうための何かがしたいと心から思った。
そして3ヶ月目の金曜日がやってきました。
ぼくはコインを握りしめて、あのバーに行きました。
序盤から値が張るドリンクを飲むと会える機会を失うと計算しているぼくの最初の注文は、安価な角砂糖ジュース。
これをチビチビ口につけながら、暗黒魔剣士のお姉さんを待ちました。
ぼくはあがり症だから、お姉さんと話す言葉はすべて考えてこの日に挑みました。
これはぼくにとって、最大の試練です。
人を好きになる、その言葉が脳裏を過るだけでぼくは赤面してしまいました。
こんな経験、初めてです。
はっきり言います。
ぼくは暗黒魔剣士のお姉さんに恋をしてしまいました。
あの人が夢にまで出てきます。
結果は分かっています。
きっと惨敗。
ぼくなんか相手にされないでしょう。
でも……、それでもいいのです。
せめて、あの素敵でクールで無口で無表情だけど、ぼくの持っていないものをすべて持っている、あの素敵な女性ともう少しだけお話がしたい。
それが僧侶であるぼくをここまで突き動かした原動力です。
あがり症なぼくがこの日のために決めているセリフは、超シンプルです。
勇気を出して、このひとことを言おうと思っています。
『ぼくと友達を前提にパーティを組んでください。お願いします』
ぼくはヒーラー。
お姉さんはアタッカー。
お互いの苦手分野を補うことができます。
パーティとして相性は抜群。
ダメ元で、とことんチャレンジしたいと思っています。
緊張のためか、のどが渇きます。
托鉢で手に入れた貴重なコインが、角砂糖ジュースに消えていきます。
5杯目の角砂糖ジュースをぐいと飲み干しました。
スイングドアが開かれます。
そのたびにぼくの視線はドアに向かいます。
何度も裏切られていながらも、それでも視線は入り組に向きます。
あ。
真っ黒な甲冑。背中には不気味な模様入りの大剣。
紫の髪の毛。
あのお姉さんだ。
あの暗黒魔剣士さんがやってきた。
ぼくは飛び上がりたいくらいの嬉しさと同時に、心臓がとまりそうなくらいの緊張感に襲われました。
割れたお茶碗に手を入れました。
そこには今日のために頑張って貯めたコインがあります。
そうです。今日のぼくはお金持ちです。金はいくらでもあるのです。ぼくは綺麗なあのお姉さんに、たっぷりご馳走できるのです。
お姉さんはクールな表情のまま、「今日もバーボンでいいのか?」というマスターにわずかに首を振り、グラスを手にします。
そしてこの日も、静かに一人で飲んで帰るつもりなのでしょう。
勇気をもって、ぼくはお姉さんに、一歩、また一歩と近づきました。
言うぞ。
練習したあの言葉を言うぞ。
「坊主……どうした?」
先に声をかけてきたのはお姉さんでした。
先制攻撃をされた感じです。
頭の中が真っ白になります。
だけど。
僕は勇気ふるって口を開きました。
この日のために何度も練習したあのセリフを言うだ!
超簡単なワンフレーズだ。
それをとにかく言うんだ。
その言葉は、『ぼくと友達を前提にパーティを組んでください。お願いします』
僕はぶるぶる震えながら、読経するときのように大きな口を開いた。
「お、お姉さん! ぼ、ぼくと結婚を前提にパーティをくんでください」
「……お、おい。どうした?」
なんたる失態。
思わず本心を言ってしまった。
全身が熱くなった。
「小僧。何かの罰ゲームか? どこかにお前の仲間が潜んでいるんだろ?」
お姉さんはキョロキョロとあたりを見渡した。
罰ゲームでもなければ、仲間に強要されたわけでもない。
そういう勘違いだけはお互いが不幸になる。
僕が傷つくのはいいけど、お姉さんのプライドを傷つけるのだけは絶対ダメだ。
こうなったら、もうやぶれかぶれだ。
「ごめんなさい。ぼくはお姉さんが好きになりました。本気で好きです。夜も眠れません。こんなぼくだけど、よろしくお願いします」
ぼくは震える手を、お姉さんの前に差し出した。
とても目を開けられる状況ではありません。
強く歯をかみしめ、それでもがちがち震えながら待ちました。
ぼくは、自分の手がそっと包まれる感触で、顔をあげました。
「……お、お前……。名は?」
「……珍年です」
「珍年、お前の、その……じょ、冗談を言う根性だけは認めてやる。ま……まぁ、パーティくらいは組んでやってもいいが……。勘違いするんじゃねぇぞ。パーティだけだからな」