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短編集

とある文芸部にて

作者: 霜雪 雨多

チャイムの音が鳴ると同時に、俺はシャーペンを置いた。

今日の授業はこれで終わりだ。

ざわざわと教室が騒がしくなる中、ロッカーが人で埋まらないうちにカバンを取り出す。

通勤ラッシュを避けるサラリーマンの気分だ。そして手早く荷物をまとめ教室を後にした。

本日もクラス内帰宅選手権第1位。半年連続ナンバー1。

特に意味はないが、なんとなく誇らしい。


歩いていくとやがて部室棟へ入った。

部室棟にくる前に一応職員室に寄ってみたが、すでに部室の鍵はなかった。また先を越されたようだ。

階段を上ったすぐそこには毎度おなじみ文芸部室。扉は何の抵抗もなく開いた。

室内にあるものは皆いたってシンプルだ。

簡素な長机が中央に設置され、パイプ椅子が2コ。部誌のバックナンバーの詰め込まれた段ボール箱。

部屋の隅にはロッカーが鎮座している。

そして、パイプ椅子に座る一人の少女の姿があった。


「こんにちは、白瀬くん」

艶のかかった長く切りそろえられた髪。真珠のようにつぶらな瞳。日の下に降りたことのないような白い肌。

彼女は読んでいた本から顔を上げ、薄く微笑んだ。並の男子なら2秒で落ちそうな笑顔だ。

まあ俺はそんなことないわけだが。

俺の青春はこの文芸部に捧げているのだから。

「西條さん、こんにちは」

どういうわけか彼女はいつも俺より先に部室へ来ている。

未だに、俺が部室の鍵を開けたことはない。


いつものように軽く挨拶を交わすと、お馴染みの定位置についた。

長机に彼女と向かい合うように座る。といっても目の前ではない。

俺は廊下側、彼女は窓側に座るのが通例だ。


今日も変わらずに、下校時間までこの空間で静謐の時を過ごす。

部活とはいえど、別にカリカリと原稿用紙に鉛筆を走らせたり、キーボードをカタカタと鳴らしているわけではない。

大抵はその日の課題を終わらせ、ただ本を読んでいるだけだ。

前年は在籍していた3年生も卒業してしまった。そもそもほぼ来なかったし。

今年は新入部員もおらず、部員は俺と彼女のみだ。


無為な時間に思えるかもしれないが、俺はこの時間が結構気に入っている。

スポーツに捧げる青、 恋愛に捧げる青春、勉学に捧げる青春、趣味に捧げる青春。

人によって青春を捧げる対象は全く違う。

青春という大人になるまでのわずかな時間を何に捧げるかは青少年にとってはかなり重要な問題だ。


俺は青春をこの代わり映えのない文芸部に捧げる。


大会で汗を流し、泣いて笑うことも、

放課後に寄ったカフェで恋人と甘いひと時を過ごすことも、

将来のためにひたむきに努力することも、

夢中になれることにひたすらのめり込むことも、

みな、束の間の青春を捧げるに値するものだ。


それでも、俺はこの文芸部を選んだ。

別に人と関わりたくないとか、夢中になれるものがないからとか、消極的な理由では決してない。


本を読んでいると忘れてしまうが、ふとした瞬間に、聞こえてくるのだ。


陸上部の掛け声、野球部の罵声、吹奏楽部の美しい音色、女生徒の黄色い歓声、その他諸々。

色々な青春が重なり合ってハーモニーを奏でる。

青春をBGMに過ごす時間、これが好きだ。

これが俺にとっては千金にも値する、青春のスパイスなのだ。


ふと窓に目をやれば、サッカー部がシュートを決めているのが見えた。

この部室からは校庭がよく見える。

窓から眺める青春もなかなか乙なものだ。


入部当初は、西條がいたことに、一人の時間を切望していた俺はがっかりしたものだった。

だが現在では西條がいてよかったと思っている。

そもそも、交わす言葉は挨拶ぐらいで必要以上に干渉してこないのがありがたい。

沈黙が気まずいことは往々にしてあるが、これは心地よい種類の沈黙だ。二人いるからこその沈黙。

それを教えてくれた彼女には感謝だ。


「あの、白瀬くん、そろそろ部誌の話をしなゃいけないんだけど」


おっと、西條が珍しく話しかけてきた。なるほど。部誌か。

カレンダーを思い浮かべてみれば、文化祭まで1ヶ月もなかった。

昨年は短編を書いて提出した覚えがある。


「前回みたいに短編を書くよ」


「それなんだけど、去年と同じ文量だとどうしてもページが埋まらなくて… 先輩が作品だけ持ってきてくれたから去年は大丈夫だったんだけど」


ああ、そうだったか。実務的なものは西條に任せっきりだったからな。

いつのまにか負担を押し付けているようだ。反省。


「どのくらい書けばいいんだ?」


「最低15ページだから、7、8枚お願い」


「了解」

読む方専門の俺にとってはそこそこの重荷だが、まあそのくらいなら間に合うだろう。

だが部誌に必要なのは中身の小説、エッセイだけではない。

表紙がある。昨年は確か絵描き専門の先輩が描いていたような。


「ちなみに表紙とかの絵ってどうするんだ? 西條が描くのか?」


西條は遠い目をした。

「私の画力は、見た人に妙に優しい笑顔で『西條さんの絵は独創的だね』と言われるレベルよ。あてにしないで」

なんだか触れてはいけないところだったらしい。

どことなーく不機嫌そうに思われるのは気のせいだろうか。


「では白瀬くんは?」


「俺は絵を描くの得意だぞ。小学校低学年レベルで」


「それは得意といえるのかしら…?」


一応美術は3だ。うん。得意ではないな。


「仕方ないな。美術部の知り合いに掛け合ってみる。多分引き受けてくれるぞ」


「ありがとう。それじゃあよろしくね」


これで会話終了。

さて、どんな話を書こうか…やはり青春ものか。いや、ファンタジーも案外捨てがたい。



ふと、パタン、という音が聞こえた。

目を見やれば、西條が読んでいた本を閉じた音だったようだ。

「…暗くなってきたし、今日はそろそろ終わりましょうか」


気づけば空がオレンジ色に染まり始めたところだった。

考えているうちにかなり時間が経っていたらしい。

最近、日が短くなってきたのを感じる。あと30分もすれば闇に包まれるだろう。


部室には鍵がかけられた。


「では白瀬くん、またね」


「また明日」


短く挨拶だけかわし、俺は帰宅の途につくのだった。



嗚呼、素晴らしきかな。青春。

こんな放課後を過ごしたかったなあ… という作者の願望を具現化しました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 特に山も谷もない日常だが、とても穏やかで。そして、一人ぼっちでもないが、騒がしくもない。いいですね、こういうの。 [一言] 漠然と他の生徒たちが部活をやっている様子を特に意識するでもなく眺…
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