リンドバーグによろしく
リンドバーグによろしく。
ああ!今、君は大空に羽ばたこうとしている!全てを投げ出し、幾多の友人を傷付け、血の繋がりある者を泥沼に捨て、恋する者をも孤立にさせようとしている!そして君は、自らの肉体さえも細切れの破片へと貶めようとしているのだ。
「女など汚い生き物だ!嘘をこよなく愛する卑しい生き物だ!」
僕は叫ぶ。でも、君は何も答えない。ただ空を見上げ、旋毛の一部を僕に見せつけているだけだ。もう行くんだね。ああ、僕はもう止めはしない。君がその足場から君が両手を広げ、大空ではなく地面へ叩き付けられると知りながらも、やはり僕は君の手や足や、襟元を掴もうとは思わないのだ。
それは君自身が決めた事だからだとか、君の意見を尊重するからだとかではない。そこまで僕も大人ではない。ただ、僕は信じたい。君がその高き足場から颯爽と飛び跳ねた瞬間、君の背に二つの羽が生え、それが大きな翼となり、鋭い爪をも手に入るかもしれない事を。
僕は君を見下すよ。この先も下に見るよ。でも、心のどこかで君を尊敬する気持ちもあるんだ。僕には君のような勇気はない。覚悟も決断力も、まるでないんだ。そう、僕はこの先も仕方なく延々と暗々と生き延びるしかないんだよ。ひっそりと明日の時間に身を置くしかないんだよ。今日よりも確実に後退した明日の時間にね。
「男は女よりも劣る!それは君も解っていた事だろう!」
僕の最後の叫びに対し、君はもう、後ろを振り向こうともしない。かと言って未来に進む訳でもない。仮に僕の右目を刳り貫き、その窪んだ真っ黒な場所へ、あの彼女の左目を埋め込んだとしても君は見向きもしないだろう。少しは気に掛ける事はあってもね。だけれども、僕の残りの左目を抉り、そこに君が飼っているシャム猫の瞳を填め込んだなら、君はどうする?少しは動揺するかい?
ああ、もう時間なんだね。最後に君の声を聞きたかった訳ではないけれど、結局一言も発しなかったね。君らしいと言えば君らしいよ。いや、もしかすると君の本心を僕は、たったの一つでも聞いた事がなかったのかもしれない。君、どうなんだい?僕が見ていた君は、本当に君だったのかい?君は皆に、君を見せた事があったのかい?
ああ、もう飛ぶんだね。
さようなら、君。
もしも大空に羽ばたけたなら、いや、羽ばたけず地面に身体を打ち付けたとしても、
その時は、リンドバーグによろしく。