精霊たちのいるところ
夜が更け出して、気温がぐっと下がった。鈴虫の鳴く声が幻想的に森の中を響く。月の光が明るく、歩くのに松明もいらないほどだった。
「この辺りでいいでしょう」とパオはいった。
「でも、まだ頂上じゃないよね」とぼくは訊いた。
「頂上には木がないんですよ」とパオはいうと、あの山のようなカバンをどさりと地面に置き、中からひとつの瓶と筆を取り出した。瓶の中には紫色の液体が入っていた。
「この液体をこの辺りの木に塗って、しばらく待ちます」パオはそういうと、近くの木に片っ端からその液体を塗りつけ、あっという間に一瓶をまるまる使い終わった。
「で、どうするの」とぼくは訊いた。
「そうですね」とパオは答えた。「眠りましょうか」
彼はそういうと、いきなり地面に倒れ込み、ぐうすか眠りはじめた。ぼくは特に驚かなかった。そして、ジャケットを脱ぎ、彼に続いた。
しばらくたって目をさますと、驚きの光景が目の前に広がっていた。何千、何万という精霊が、ぼくたちが液体を塗った木を中心に空を覆い尽くしていたのだ。
「それでは、さっそく何匹か捕まえましょう!」とパオはいうと、近くにある木を一本指差した。見ると、それはすっかり精霊に全体を覆われていた。
「どうやって捕まえるの」とぼくは訊いた。
するとパオはどういう訳かにやりと笑うと、胸ポケットからあの紋章付きのハンカチを取り出した。
「通常、人間は精霊に触れることはできせん。そのため、彼らは人間たちを恐れず、ぼくたちが近づいても特に反応は示しません。しかし、このぼくの家に代々伝わっているハンカチを使えば、彼らに触れることができるのです」
パオは精霊たちに近づき、ハンカチを押しつけ、そっと木からはがした。パオがそうしても、他の精霊たちは何の反応も示さなかった。
「取り放題です」とパオはいった。「さっそくこいつらを瓶にいれましょう」
そんなわけで、ぼくは精霊の捕り方を学び、パオという不思議な少年と知り合った。
異世界というやつは、実におもしろいところである。そのひとつひとつの出来事がぼくにとっては新鮮で、何かしら学ばされるものだった。
ぼくはこのような出来事をなるべくすべて書き出すことにしている。将来、小説家になるときに必ず役に立つと信じているからだ。
しかし、最近、ぼくは不安を覚える。異世界転移をして以来、ぼくは一度も小説を書くという行為をしていないのだ。また、持ち物に小説なんてないので、もう長い間、小説を読んでいない。
小説とは、一体何なのか。そして、そもそも、ぼくはどうして小説家になりたいと思ったのか。いま思うと分からないことがたくさんある。
ぼくはしばらく冒険することをやめようと思う。いまはただ、下宿に引きこもって、考えていたい。どうしても、何か重要なことを見逃している気がするのだ。
お読みいただきありがとうございます。次はもうちょっと長い小説を書こうと思ってます。宜しかったらブックマーク&評価のほうをお願いします。