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黄昏OL迷宮日誌  作者: 太刀鋼 零
はじまりの薫子さん
6/17

0-6*

 「他の……探索者……」


 ぽつりと誰も居ない部屋で言葉を零しながら、私は告げられた言葉の意味を反芻していた。

 ふっと息を吐き、出口側の扉を見る。考え悩んだところで今出来ることなんて知れているし、そもそもどちらにしても、何をどう対処するのかの方針だけ決めておけば良い話だ。


 「ヤバそうならヘルプ開けば良い訳だし」


 巻藁切りで散々お世話になったショップには、開いている間は特別な空間に隔離されることに薄々気付いていた。つまり、危険が迫ればショップなりヘルプなりを開けば良いのだが、ショップについては敵性反応が近くに存在する場合は展開出来ないらしい。これは休憩ついでにヘルプを調べていた時に気付いた。

 決してイケメンをもう一度堪能できるかどうかとか、ショップの説明を開いて試そうというやましい気持ちがあったからではない。殺伐とした私の心に癒やしを求めたわけでも、たとえ触れることは出来なくとも近くでイケメンオーラを浴びていたい、などという理由では断じて無いのだ。断じて。

 ちなみにヘルプを開くとまずは文書説明が閲覧でき、詳細な説明に移れば先程の大男(戦の神ヴィクトリヌスと言うらしい)が行っていたようなデモンストレーションを閲覧できる。目の前で迫力が有りすぎる武具の説明という名の戦闘シーンを垣間見ることが出来たりするが、出てくる相手は基本巻藁だった。

 ま、それで良いならいいんだけど。



 ただ、ヘルプには対人に関する説明はない。

 その辺りが私が戸惑った原因なのだが、いずれにしてもヘルプの安全地帯を展開できるようにしておくことは大事だと思う。

 平和な平和な……とも言い切れないけど、日本の生活に浸りきっていた私。

 そんな私がどうしてこんな事になっているのか? という至極真っ当な疑問符が、いつの間にか雑念に感じられる程度には今の環境に慣らされつつある自分に気付く。そうした中、ほんの一秒程度でヘルプが展開できるように慣らした所でついに先へと進む決心がついた。


 「いよし……いくか!」


 どうせ誰も見てないし~と、この数時間でかなり殺伐としつつある私は、少々気合を込めると出口の扉を開け放った。相変わらず灰色の通路が目前数メートルほど続いている光景が現れたと思えば、明らかに様子の異なる部屋がそこにはあった。



 「お、おお……ファンタジーだ」



 ほんの五メートルほど先に広がる部屋は、これまでとはまるで打って変わったような星空を全方位に散りばめたような輝きと、それらを包み込むような闇が広がる部屋だった。恐る恐る近づいてみれば、通路と部屋をきれいに境目にして宇宙が広がっており、通路からみえる正面には魔法陣のような円形の文様が星の瞬きにまぎれ、さながら夜空のアートのようだった。

 なんて綺麗なんだろう。

 よく見れば魔法陣とおぼしき文様は、星の輝きと同じように明滅を繰り返しており、まるで生きているかのようだ。


 「これ……魔力?」


 思わず感嘆しながら、魔法陣の呼吸に合わせて収縮している謎のエネルギーが魔力として認識できてしまう自分に驚いた。これまでに感じたことのない名状しがたい力の奔流が、魔法陣を中心として渦を巻くように流れているのが分かる。


 「これ、道無くない?」


 宇宙空間にしか見えないんだけど、これ。


 道は他には見当たらない。まちがいなくこの部屋に入らなければならないんだけど、如何せん見た目が宇宙空間な部屋だからたじろいでしまう。

 有り体に言えばなかなかに怖い空間だ。本当に宇宙空間ならば、入った瞬間に物理的に拮抗を失った私の体は破裂してしまう。日々の努力で維持してきた体型が危険に晒されるなどもってのほかである。ウサギの餌とかって言われる屈辱に耐えて! 維持してきたのだ。

 ふと思い立ち、メニューにあるマップ機能で見たらどうなんだろう? と思って確認してみた。

 マップ機能についてはヘルプを見たり実際に展開したりである程度把握はしていたものの、単純に踏破済みの場所を立体的にマッピングしてくれる機能だ。

 対象は現在位置からおおむね5メートルくらいまでは自動的にマッピングしてくれるけど、折れ曲がった道などの先までマッピングしてくれるようなことはない。ともあれ、展開すれば自分の意思に従って自由自在に操作できる、3Dモデリングのようなマップを確認できるのは見ていて楽しい。


「とりあえず四角い部屋っぽいけど……」


 マップ上では、この宇宙空間は四角い部屋として認識されている。

 どうしようか思い悩んだところで、これまでの事を思い返せば進む以外に道なんてないのは分かり切っている。でも、見たまんまの宇宙空間にいきなり飛び込める勇気なんてない。いきつ戻りつ繰り返される指先や足先は、そんな私の心情を如実に現していた。

 小さく息を吐いて覚悟を決めると、私は指先だけを部屋の中へとそおっと入れてみる。案ずるよりは生むがやすしなんて言葉通り、なんの違和感もなく指先を受け入れている部屋。さらに恐る恐る足を踏み入れてみれば、どう見ても宇宙空間なのにちゃんと足場があった。

 どうやらこの部屋は、とても精巧な立体映像空間を演出した部屋、という感じのようだ。


「っはああああっ! ……ヒヤヒヤさせないでよね」


 盛大な溜息と一緒に愚痴が漏れる。私はそれでも注意深くトントンと何度か足場の確認をし、いよいよ巨大な魔法陣へと相対した。魔法陣は明滅を繰り返しており、よく見れば描かれた模様がタイミングによって変化しているようにも見える。

 一体どうやってこんなものを描いたんだろう?

 きらきらと輝く魔力の煌めきに見とれながら、とっくに私の常識など置いてけぼりにされている現実をおもいだした。

 見渡せばどこまでも広がっている宇宙空間に、一人佇んでいるようにも感じられる場所だ。

 飲み会帰りに気付けば「果てなき迷宮」などという良くわからない場所に連れてこられ、いきなりゲームのような説明をされ、小剣を血豆が出来るまで振り回し、そしてさながらこの世の終わりか始まりかのような場所で次の一歩を迫られている。

……そんな状況を思い返して肩を落とす。



「な〜んか、もう後戻り出来ないような気がする……」



 先行きを見通せない、道先を選べないストレスがこれほどに過酷な事だとは思いもしなかった。

 なるほど、私はどれほど恵まれた環境に居たのだろうとしみじみ感じながら、改めて目前に展開する魔法陣に目をやる。

 圧倒的な力の流れを湛えながら、目に見えるほどの流動を続けている姿に身震いする。陣を流れているだけだから私に影響することは無いのだろうけど、それでもやはり美しくても怖いものは怖い。

 それでも、これまで何度となく踏み出してきた一歩を前へと進める。後ろに下がることに、ここに留まることになんの答えも、なんの閃きも得られないことは分かっている。

 何度目なのか分からない意を決し、魔法陣へと踏み込んだ。

 すると、陣は私の存在に反応したのか、描かれた幾何学模様は私を中心としてぐるぐると回り始めた。それまで明滅していた文様は輝きを解き放ち、あたりに満ち、陣を中心として流動していた魔力はさらに勢いを増して魔法陣へと吸い込まれていく。


「……!」


 やがてあたりの魔力がすべて魔法陣へと吸い込まれ、輝きと回転が最高潮に達する頃、私の視界は光の濁流に包まれていった。



◇◆◇◆


『ステータス』

--秋道薫子--

つよさ:5

からだ:25

こころ:17

ZNY:2.3225(所持金よりインポート)

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