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黄昏OL迷宮日誌  作者: 太刀鋼 零
はじまりの薫子さん
5/17

0-5*

 「ふっ!」



 すでに数えるのも嫌になるほど繰り返された払い切りが、巻藁の中程までショートソードの刃を食い込ませるが、依然として折れてくれる気配は感じられない。手の平は表皮が破れて血塗れになり、持つことさえ出来なくなるたびに回復薬を振りかけることで対処する。


 ショップの使いには慣れたけど、ゼニーが減っていく……。


 もともと持っていたお金はいつの間にかゼニーに換金されているので、飲み会帰りとはいえ10ゼニーくらいはあった。回復薬は一つ決済手数料込で0.2ゼニーと、効果の高さに比べてかなりお買い得だった。振りかければシュワシュワと患部が泡立ち、泡立ちが収まる頃には綺麗に治っているのだから。

 インベントリから見た説明には、振りかけても飲んでも効果を発揮しますなどと書かれていて、まるでどこかのインチキ薬の説明だなんて思った。でも、ものすごい速さで治るもんだから「インチキとか言っちゃってごめんなさい」と誤ったのは余談だ。



 「ふっ!」



 燐光とともに元通りになる巻藁をもう一度薙ぎ払う。

 左手は柄の底部に添えるように、右から左へと左足の踏み込みに合わせて振り抜く。誰に教わっている訳でもないから、私が一番やりやすい形を一つずつ確認しながら剣を振る。鈍い音が響き巻藁に剣撃が差し込まれるけど、相変わらず折れる様子はない。……固ぇよキミ。

 しばらく続けているうちに、最初の頃のように痛みで手が痺れるようなこともなくなっていた。私は一歩下がると、今度は右手を添えるように柄底へと移動させ、左から右へと右足の踏み込みに合わせてもう一度剣を振り抜く。



 「ふっ!」



 剣撃は巻藁の中ほどまでに差し掛かるが、やっぱり折れない。わずかな手の痛みに顔をしかめ、両手を広げて手のひらに刻まれたマメの存在を確認して溜息をついた。

 慣れたとはいっても、手にかかる負担がまるで無くなったわけじゃない。薬はたしかに私の両手を治してくれるけれど、それは私の自然治癒能力をより高めた形になっているだけだったりする。回復を繰り返した弊害で、もはや女の手とは言えない豆だらけのゴツゴツした手のひらは、またマメが潰れかけている事実を静かに訴えかけていた。



「っはあ……」



 何度かの食事と休憩を挟んでいることから、かれこれまる一日は経過していると思う。ちなみに水袋の水がいつまで使っても無くならない事に、そこそこ飲んだ段階で気付いた。

 私はその場に座り込んで一息つきながら、巻藁を前にしてうんうんと考える。

 どうやって巻藁を一刀でし折るのか? 思いっきりやってもショートソードを取り落とさずにある程度は扱えるようになったけど、課題のクリアにはどうにもあと一歩届かない。

 どうにからならない物かと巻藁を眺めていると、唐突に思い付いた。



 「あれ? ……もしかしていけるかも」



 どんなに疲れていても、そこに希望があればまた立ち上がることができる。

 思い付きがくれた活力に私はもう一度ショートソードを握りしめ、振り抜くために体を低く構えた。しっかりと狙いを定めて腰だめから放たれる斬撃は、寸分違わす狙い通りの場所へと吸い込まれていく。




「フゥウウッ!」



 これまでの鈍い音とは違い、軽快な音を響かせて巻藁は土台の竹を断ち切られ、くるくると宙を舞い、ちょうど男の前にドサリと落ちた。

 そう、私は藁が巻かれた所ではなく支柱を狙ったのだ。



「ぃよしっ!! やったーー!!」



 ショートソードを片手に勇ましく喜びを表現する私は、もはや女子の匂いを失いつつある現実よりも目の前の課題を制覇した喜びに全身で表現した。



「よくぞこなした!」


「――っ、煩いなあ……」



 見るものを射殺さんばかりの眼光を迸らせながら閉じられていた瞳をかっぴろげた男が、あいも変わらぬ大声量でのたまわった。本当にうるさい。



「戦闘において彼我の戦力を分析し、相手を凌駕する力量を備えることは必然だ。しかし、お前の力が相手の力量に及ばぬのなら、弱点を狙う事が最適解となる」



 やはりそうだった。

 巻藁を折るには藁の部分がクッションとなってしまうので、よほど切れ味の良い武器で切ってしまうか、大重量の武器を用意しなければ至難の技となる。手持ちのショートソードでは、相当な腕でも無ければ巻藁を折るなんて土台無理な話だったのだ。



「敵の弱点を知るには、動作の起点を見定める事が大切だ。ゆめゆめ忘れぬように精進せよ」



 燐光を放ちながら淡く消えていく巻藁。

 短い付き合いだったけど、大切な事を教えてくれてありがとう。バイバイ。

 些細な感傷を消えていく巻藁に意識を向けながら呟く。しかし、そんな感傷も男が放つ次なる課題で脆くも打ち崩された。



「では、次の課題は魔法だ」


「…………!」



 さすがに慣れてきた声量テロリズムからまたたく間に復帰した私は、男の言葉の意味するところに驚きを隠せなかった。

 ファンタジーの定番、摩訶不思議現象、異能の象徴、理解できない物への別名などなど、古今東西あらゆる力の比喩として用いられることもあり、また理解し得ぬ為政者の類まれなる知恵を指し示すこともあった。その超常能力である魔法があると仰るのだこの御人は。

 すこしばかりの疑いと、圧倒的な興味を視線に乗せて男の次の言葉を待つ。すると、男は剣に乗せていた右手を上を指差すように動かすと、そのまま人差し指に加えて、中指や薬指を立たせて言葉を続けた。



「魔法を使うためには三つの方法がある」


 再び人差し指だけに戻し、先程までの大声量とは程遠い静かな声で続けていく。


「まず一つ目だが、スクロールを用いる方法だ。マジックスクロールは特殊な紙に専用のインクで魔法を封じ込めた物で、キーワードを唱えるだけで誰にでも精神力を使うことなく魔法が使える。ただし、スクロールに込められた魔力分の効果しか得られない上に、一度使うと描かれた魔法陣が失われてしまうデメリットもある」



 スクロールは日本的に言い換えるなら表彰状的なイメージだったと思うけど、アレを紐で巻いたりロウで固めたりして手紙として使っていたんじゃなかっただろうか? 魔法のスクロールだと言うくらいだからそういう物とはまた違った部分がある……とか? ともあれ、一度使うとただの紙になるのか、はたまたスクロールその物が消えてなくなるらしい。



「二つ目は魔法を込められた道具を用いる方法だ。多くは杖や魔法剣、指輪などの装備品に付与されていたり、発動媒体として魔法を刻んでいる物が挙げられる」



 更に続く説明によれば、装備品として分類される魔法には細かく分ければ二つあり、常時発動型と任意発動型に分けられる。

 常時発動型の魔法は、本人の魔力を一切使うことはなく、さらに身体能力の向上などを有用な魔法が付与された物が制限なく利用できる。効果は所有した段階で直ちに発揮され、得られる効力も刻まれた魔印により異なるが、永続的な結果をもたらす優れものだ。

 次に任意発動型の装備品だが、おおよそ身に着けただけでは発動しない。常時発動型の魔道具とは異なり、刻まれた魔印へキーワードを告げる事で発動する。ただ、道具に込められた魔力で上限が決められており、補充には専用の器具を必要とするためショップで行うらしい。

 へえ。分かったような分かんないような。




「最後の一つは自身の魔力を使って放つ魔法だ。魔法そのものを覚えるには『魔法書』を読み解けばよいが、魔法書もまた希少品だ。また、魔法を覚えるための素養がなくては、魔法書は術者にそのことわりをもたらす事はない。精々練磨研鑽を欠かさぬことだ」



 驚くべきことに、魔法書もまた消耗品で、使用者に魔法を習得させると消えてなくなるそうだ。

 加えて魔法には習熟度とでも言うべき度合いがあり、同じ魔法でも重ねて読むにつれてその魔法に対する習熟度が増し、効果がより高まっていくとか。消えなきゃ力の限り読み続けるのに……イヤだけど。

 入手方法はダンジョンからだけじゃなく、ショップでも購入できるけどそれなりに高価なんだとか。どちらにしたって、今のままの私じゃまるで読める気がしない。



「早速だが、貴様にはこの魔具鑑定ディテクトマジックのスクロールをくれてやる。果たして手に入れられるかは分からんが、効果のわからぬ魔法具を手に入れた時には役に立つだろう」



 隻眼の大男は懐に手を差し入れると、二本のスクロール? を取り出した。やや黄ばんだ厚紙を丸めて紐状の何かで留めただけのようにも見えるソレは、内包する魔力の影響なのか、やや淡い光をごく僅かに放っているようにも見えた。



「おお……」



 差し出されたスクロールを受け取った私は、感動の声とは裏腹にそのままインベントリへと放り込んだ。インベントリメニューから放り込んだスクロールを見てみれば、その詳細を確認することが出来るからだ。



魔法鑑定ディテクトマジックのスクロール】

未知の魔道具に掛けられた魔法の分析および解析を行う、魔具鑑定の魔法が描かれたスクロール。魔法具以外の鑑定は出来ない。




「さて、これでようやく貴様も迷宮を生き抜く上での入り口に降り立つ資格を得たと言える。しかし、生き残ることが出来るのかどうかは別の問題だ。踏破のために必要な知識や能力はなにも戦闘力や魔力だけに限った話ではない。即死級の危険な罠や、同じ探索者に害されることもあるだろう。常に慎重に、油断なく、気を張り巡らせ、己を鍛えな続けなければ活路は無いと知るがいい」



 これまで同様に心臓を鷲掴みにされるような声だが、聞き逃せない内容が混じっていたのでそれほど大きな動揺もない。隻眼の大男はそれだけの事を言い切ると、身の丈程もある大剣を担ぎ上げて掲げるような仕草を最後に掻き消えた。三度みたび一人きりで残された私はそんなことよりも余程気になることに、暫く呆然としていた。



「……他の……探索者……?」


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