2-2*
ぽっかりと口を開け、今か今かと侵入者を待ち続ける巨大な遺跡のような迷宮。
外周は人の足で概ね半日ほどで回りきる程度の大きさの、前方後円墳を思い起こさせる建造物が、私たちの踏破目標である”果てなき迷宮”だ。
巨大な壁に覆われた遺跡のちょうど中心部に開く下り階段が続く入り口は、苔むしたいびつな赤茶けた石組みで頑強に支えられ、幅は大人二十人程度は並べそうで、高さは十メートル近くあるっぽく、その威圧感は語るべくもない。
一体どんな仕組みになっているのか、はたまた異世界における不可解な力場がそうさせているのか、煌々と灯る松明はいささかの衰えも見せず、現出したときのままの様子で燃え続け、迷宮の通路を照らしていた。
そんな迷宮の入口から少しだけ離れた広場に三人は集まっている。準備としては十分に確認も行っているし、食料や魔法具の確保、予備の武装も含めてしっかりと整えてきた。
ちなみにあのインベントリとして活用されていた背嚢だけど、メニュー操作だけでも機能させることが分かってからは消してしまった。……というか、消すことができた。
つまり、私たちのような探索者は、何もないところから物が出せてしまうという、ものすごく手品じみた事ができる。これを使って配送業にいそしむ探索者もいるみたいだけど、それなりに儲かっているらしい。 ……私はしないけど。
「それじゃあ皆、ポータルに入るよ?」
迷宮からの転移には専用の魔法がある。
それは「拠点帰還」と呼ばれる魔法で、ポータルを使用した場所に魔法陣を形成して、町との個人的な転移門を開くことができるスグレモノだ。
双方向に移動が可能になるけど、二度利用した段階で展開した魔法陣の魔力が尽きてしまうので、往復一回分がやっと、という仕様になっている。迷宮内で魔法書を見つければガンガン使えるようになるみたいだけど、一度の使用でかなり疲れるらしい。
ともあれ迷宮から長い道のりを経て、事故に遭遇するというようなこともなく帰還が可能になるので、拠点帰還スクロールは非常に高価で取引が行われている。
ただ、探索者や盗掘者しか利用する人はないので、しばらくすれば間違いなく暴落する類のアイテムだと思う。
それが需要と供給って物だ、うん。
「はーい!」
葵月が元気よく返事をしながら、自らが展開したポータルに向かう。
ひらひらと手をはためかせて応えているのは愛美だが、これも毎度お馴染みの光景だ。
三者三様に自分が設置したポータル魔法陣に乗っていく。
ちなみに他の誰かがこのポータルに入り込んでしまうと、ポータルが解除されてしまうのではないか? と疑問が湧くところだけど、この魔法陣は現出させた術者本人にしか効果がない。だからそんなトラブルは起こらない。
円上のポータル魔法陣は、私を乗せると直径50センチほどの幾何学模様を淡く発光させて、瞬時に効果を発揮すると目的の場所へと運んでくれる。
ほんの少しの目眩のような感覚だけで、私達は苦もなく地下二階にある拠点へとたどり着いた。
「んー……、以上なーし」
探索系の"一般魔法"を使って状況を調べた葵月が、その結果を伝えてくる。
私や愛美と違って葵月は"この世界の"魔法に対する適正が高いのか、二人が覚えられない魔法をすんなりと習得していた。
魔法はこの世界に根付いている物と迷宮で発見される物があるが、迷宮で見つかる魔法は『原初の魔法』と呼ばれる物らしくて、現地の人間では習得できないことが分かっている(理由はわかんない)。
魔法書から習得できる原初の魔法を現地の魔法化学に精通した人材が検証したところによれば、神代魔印と呼ばれる文字が使われているものらしくて、単純な効果しか得られないにも関わらずその威力は絶大で、一般魔法に分類される現地の魔法では考えられないような規模や威力を発揮することができて……となんか難しいことを言っていた。
葵月はどこかしらからそういう話を持ってくるけど、せいぜい原初の魔法しか覚えられない私の頭では理解できない。すんごい嬉しそうに話すので、きっと好きなんだろうな、と思う。
やはりというかそんな葵月は一般魔法にも適正があり幾つかの一般魔法も使えるし、原初魔法も覚えている。ただ、不思議なことにステータスに表記されるのは原初魔法だけのようで、生活魔法などの一般魔法はいくら覚えてもステータスに反映されることはないようだ。
そのかわりと言っては何だけど、原初魔法は思い描くだけで自前の精神力を消費して発動できるので私のような脳筋タイプでもすらすら出せる。
でも一般魔法は魔印を刻まないと発動しないので、私のような(ryでは使えない。
「んじゃ、さっそく三階の階段までいこっか」
私たちがポータルを展開していた場所は、もともとフロアボスとでもいうべき個体が居た場所で、いつぞやのハウゼンが現れたような百メートル四方の大きな部屋だ。
ああいう強力な個体は一度排除してしまえばそれ以上現れることは無いらしく、討伐後ヘルプに特殊個体の情報として書かれる。
なお、誰かが倒せば自動的にすべての探索者のヘルプに反映されるらしく、私が地上に出た段階でハウゼンを倒したことをみんなが知っていたのはそういう理由があったからだ。
各フロアに現れる特殊個体の数や強さはまちまちらしくて、一階には六体居たけど、地下二階には三体だけだったと聞いている。
……なお、一階の六体は一体を除いてスケルトンウォーリアだった。むろん、除かれた一体は私が倒したハウゼンだ。どうやらハウゼンを隊長とした精鋭部隊だったらしい。 どんな引きだよアタシ……。
さらに二階の特殊個体はスケルトンアーチャーたちで、盾持ちで追いつめて接近してからタコ殴りにしたために思った以上にあっさりと倒せてしまった。
この結果にますます私の機嫌がマイナス方向に急降下したのは余談だ。
ただ、こうして完全に敵が排除されたボス部屋が安全であるとわかっているのに、やっぱりショップ機能は使えなかった。
どういう基準だよショップさん。
「ふぅうっ!」
気合いの籠った盾の一撃が、武装したスケルトンを事もなげに破砕し押し返す。
愛美の持つヒーターシールドは、私のもつラウンドシールドと比べると一回り大きな四角い盾で、上半身と下半身の一部をまるまる覆ってしまえる大きな物だ。その物量をそのまま鈍器のようにして相手にぶつけることで、重量兵器として活用しているのだが、これは葵月のゲーム知識から得た技術だ。
なんでも愛美のようにしっかりと武装して守りを中心として固めた役割を「タンク」と呼ぶらしい。
そうして突出した愛美のサポートとして、死角に位置するスケルトンを私が刈り取り、半開きだった扉を閉めた。頑強すぎるロングソードのお陰で、筋力さえ伴えばどんなものでもぶった切ることが出来てしまうのはある意味反則的な性能だとおもう。ただし、か弱すぎる私には精々スケルトンを相手に両断するのが精いっぱいだ。だれが何と言おうとも女子ゆえに。
そうして私たち二人で足止めを完了したところに、葵月の魔法が鉄格子越しに弄るような轟音を挙げて繰り出される。"炎の壁"という名の魔法で、目標点に幅、高さ共に2メートルほどの燃え盛る大地を生み出す魔法だ。
まるで透明な壁でもあるかのように切りそろえられた炎の姿はいつも圧巻だが、こうして鉄格子に阻まれて右往左往するスケルトンたち数十体が燃やされているというのは中々シュールだ。
彼らは燃え盛る炎から逃れてその形を留めおこうとする動きと、目の前に居る私たちという獲物を前に手を伸ばそうとする動きに相挟まれて、ごうごうと燃え盛る炎にパキパキと音を立てながら結局燃やし尽くされていく。
骨が燃えるニオイが熱気とともに広がって、薄暗かったあたりを赤く染める。
魔法は狙いを定めた対象以上への効果を及ぼすことはないので、閉められた金属製の扉が熱で溶けてしまうような事はない。
でも熱せられた空気はあたりに広がっていくので、熱いものは熱い。
「いっちょあがり!」
葵月が得意満面にポーズを決める。
本人は魔法少女気取りなんだけど、ヘルプを見る限りではもともと人間だった事が書かれているのが興味深い。某王国の国民であったことが散見できるんだけど、どうやら彼女にはそのあたりの両親の呵責だとかはあまり関係のない話らしい。
無論、私もまるで気にしてない。
ともあれ地下二階になったとたんにスケルトンの動きも格段に上がっていて、ゆっくりと這いまわっていた彼らは早歩き程度のスピードで迫ってくるようになったし、装備も壊れてり錆びていたショートソードやナイフから、ロングソードや盾を装備しているややこしい個体が見られるようになっていた。
そうした油断のならないスケルトンたちを一網打尽にすべく今回とった作戦は、一階の登り階段付近にあるような鉄格子の部屋を利用して壁越しに燃やしてしまうという方法だ。あらかじめそういう部屋があることは知っていたので、あとは団体様をご案内して作戦通りに焼き払うだけだったけど、こんなに上手くいくとは思わなかった。
所詮は知能を失った骨畜生だからねふふふ。
だいたい三分ほど燃えていた炎が消えるころには、そこに残されていたのは十数個のクリスタルと、いくつかの武具だった。対象をスケルトン本体に限定していたこともあり、武具が真っ黒になっているという事もない(熱さでやや傷んだのはご愛嬌)。
「それじゃ、集めよう」
どう見ても重そうなヒーターシールドを背中のハーフプレートアーマーの留め具に引っかけた愛美が、待ちくたびれたと言わんばかりに扉へと手をかけて押し開いた。ちなみに扉が開かないように抑えていたのも彼女だ。
葵月が展開する持論によれば、タンカーは基本的に荷物持ちポジションになりやすいという謎理論によって、回収と分配は愛美の仕事になっている。その間に警戒と迎撃の役割を私と葵月がするので、ある意味理に叶ってはいる……と思う。
「これでよし、と」
「終わった?」
小さく完了の言葉をつぶやく愛美に私が確認の言葉を投げれば、愛美は立ち上がって頷きを返して応えた。拾い集める愛美を守るように左右を警戒していた私と葵月は、ほうっと安堵の吐息を漏らした。
「よぉ~っし、いよいよだね!」
目をきらきらと輝かせながら、私たちに視線を送る葵月は本当に楽しそうだ。
基本的にゲーム気分な上に、実際問題として果てしなくリアルなゲームだと言われたら信じてしまいそうな状態というのは、そういう錯覚を生んでしまうのかもしれない。
「きーちゃん、油断しないようにね」
邪魔にならないようにお団子にされたやや茶色い髪が、葵月の動きにあわせて何本かハネて揺れている。彼女の役割は魔法を中心とした軽戦士らしいので、その装備もショートソードや厚皮の部分鎧など動きを阻害しないもので纏められている。
「大丈夫ダイジョーブ! まかせて」
飛び跳ねるとひらひらとスカートがめくれ上がるが、パンツが見える心配はない。……スパッツを履いているのだ。
私たちが使えるメニューのショップでは、装備だけではなく、生活用品がかなりの種類で買えるようになっている。
ただし、ゼニーでの購入となるので衣類を買おうと思えばそれなりのゼニーが必要となる。つまり0.0002ゼニーほどで済むところを、0.5ゼニー支払って量販店のジャケットを買うような感覚が必要だった。ただし縫製もふくめて私たち現代人がよく知っている衣類が手に入るので、特に女子たちはそうした価値を度外視して買い求める傾向にあった。
加えて、女の身であれば何かと侮られることが多いのだが、服装を見ればそれだけで私たちの実力が透けて見えるし、これでも女同士のコミュニティーではかなり頼られているのだ。
「いやあ、快適快適」
鼻歌交じりにまるでモンスターの居なくなった通路を歩いていると、少し前を歩いていた葵月から冷たい視線が飛んできた。
「るーこ、油断しすぎ」
背中から愛美の指摘がグサリと心に突き刺さる。
「ご、ごめん」
小さく身を縮めつつ謝れば、それを見た葵月は吹き出すようにして笑い始めた。それにつられて愛美もふわりと笑顔をもらせば、自然と私まで笑ってしまう。
――こんなにも死と隣り合わせの世界でも、人は笑っていられるんだな。
そう思った。




