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黄昏OL迷宮日誌  作者: 太刀鋼 零
友達ですか薫子さん
11/17

2-1*

――重厚な鉄扉を抜け、地上への階段を駆け抜けるとそこに広がっていたのは広場と、森と、幾つかのバラックだった。



 とある都市国家群にある衛星都市から派生した開拓村。それが、私が足を踏み入れた迷宮の外の世界だった。そしてそこには五十名ほどの現地人と、十人ほどの日本人が居た。

 ある意味では予想どおりだったけれど、問題は現地人の存在やこの世界についての情報にあった。ちなみに現地人との言語を始めとした意思疎通は、迷宮の外に出たことで使えるようになったショップに売られている翻訳機を使うことで解消された。


 翻訳機は首に取り付ける魔法道具として用意されていたようで、後ろからちょうど耳の下あたりまでの長さのバングルに似た造りをしており、河北葵月きーちゃんに言わせてみれば、海外のプレイヤーとの交流のために用意されたのではないか? なんてことを言っていた。


 ともかく、そうして無事現地の人々から周辺の情勢をふくめた私たちが今居る世界についていろいろと聞かせてもらえるにつれ、いよいよもって「異世界」などという言葉が極めて現実的な事象として鎌首をもたげていた。



◆◇◆◇◆◇



 夕焼けに染まるがやがやと騒がしい通りは、迷宮前に広がるバザーから聞こえる喧噪に彩られている。



 私がここにたどり着いたときには、それこそちょっとした災害でもあればすぐにでも無くなってしまいそうな寒村だったけれど、今では多くの人がにぎわうちょっとした町のようになっている。それもこれも迷宮が生み出すゼニークリスタルや、謎の材質を誇る武防具の類が原因なんだけど、なんといっても腕利きの商人たちの影響が大きかったと思う。


 こんな状況を目ざとく、耳ざとく嗅ぎつけた彼らの情報網の凄さや、理にさとい冒険者たちの流入、また良からぬことを企む人々などなど、自然と集まっていく過程はまさに劇的なナニかさながら。

 今ではバザーが立ち並ぶ迷宮前を少し南下すれば、比較的落ち着いた以前の寒村の姿と、突然湧いて出たような立派な石造りの住居なのか施設が、ちぐはぐに立ち並ぶ市外が広がっている。


 そんな市街地の一角で、明日に控える探索準備の買い物を終えた私たち三人は、食事を囲みながらこの世界について話し合っていた。


「だからさ薫子さん! これは所謂いわゆる異世界転生ってヤツだって!!」


 人差し指をぴんと伸ばして真剣な眼差しを私に向けながら勢いよく声を挙げるのは河北葵月かわきたきづきこときーちゃんだ。

 19歳の某専門学校に通っていた女の子で、とある体感型ゲームをプレー中にこの世界に飛ばされたとか言っていた。私の弟がやっていたようなVRではなくて、半没入とでもいうべき代物らしいんだけど、全くもってゲームはさわり程度の知識しかない私にはその違いは分からない。


 ともあれ幼い顔立ちは19歳というよりは14歳といっても差し支えない葵月は、すくなくともその手のジャンルに傾倒してきたであろう知識を展開しながら自らの類推を語ってくれる。恐るべきは胸だけは凶器に属する自己主張を突出させていることだが、本人曰くコンプレックスだというのだから臍を噛むような事とは思いつつも血の涙を流さざるを得ない。


 曰く、人が作ったシステムとこの世界のシステムがリンクして、こうして現出することになったんじゃないか? であるだとか、私たちは無作為に選ばれたデスゲームのプレイヤーであるだとか、はたまたそうして競い合って勝ち残った人間に神の力を与えるに違いないだとか。

 少々脳構造において一時いっときの病原菌にいまだに侵され続けているとしか思えない発言で高らかに主張していたが、逆に言えばそれを否定できる要素もまたなく、真実は只管ひたすらに闇の奥にのっぺりと潜んでいるかのようだった。


「でもさ、それにしちゃそこまで人数多く見えないし、るーこはともかく、私がここに来た理由との関連性なんてほんとまるでに近いぐらい無いんだけど」


 さらりと素直に伸びる綺麗な黒髪を肩から流しながら、切れ長の目を葵月へと向けつつ指摘しているのは、地上に上がった時に葵月と一緒に居た女の子の泊愛美とまりあみだ。あだ名はあみちゃんと呼ばれている。

 モデルも真っ青の高身長素敵スタイルの彼女は、学年的には私と同じ今年で23歳になる日本人形のような端正な顔立ちの持ち主だ。そんな女子どもの嫉妬を一心に受けかねない彼女だが、この世界に来たきっかけは何と「落とし穴」だったとか。なお、るーこは私のあだ名である。


「でもでもでも、チュートリアルはやったんでしょ?」


 葵月は食い下がるように疑問を呈した。彼女が言っているのは、私が最初に目にしたあの空に浮くイケメンやらヴィクトリヌスのオジサマ達が最初に説明をしてくれたあの空間の事だ。聞けば、ここに来た人たちは全員その部屋を経由してからこの世界に落とされたらしい。中にはあの説明をすっとばして直接迷宮へと足を踏み入れた猛者もいたらしいが。


「そうよね、あれは確かにゲームっぽかった」


 当時を思い出しながら相槌を返す。あれからはやくも三か月が経過しているだなんて、月日が過ぎていくのはまさしくあっという間だ。


「そういやビックリしたよね!薫子さんてばいきなりスケルトンナイトをやっつけちゃってたじゃない?」


 そうそう、とでも言いたげな仕草で私が初めて迷宮から外へと出た時のことを思い出した葵月は、これまた大きな瞳をさらに輝かせて声を挙げた。


「あ~……あれかあ」


 あの骸骨ことハウゼンは、ヨルデガンド王朝に使える騎士であり、怒雷の名で知られている有名な戦士だったという説明がヘルプに載っていた。堅実な剣術とここ一番の雷魔法で幾多の敵を屠り続け、今なお王朝の入口を守り続けている……などと書かれていた。


「るーこが倒すまでは、あそこ誰も通れなかったからね」


 葵月の言葉に愛美が賛同の声を合わせた。一度入ると強制的に戦闘に放り込まれ、矢鱈と大きな扉も自動的に閉じられ、侵入者が死亡するかガーディアンのハウゼンが倒されない限りどうにもできない空間だったそうだ。というか、私だけしかあの扉の奥に現出した人は今のところ居ない。


 そもそも、死んでいたとしても分かりようがないが。


「あいつ相手に何人も死んでたなんて、あの後聞かされたアタシの気持ちにもなってよ……」


 当時を思い出しながら、あの電撃は死ぬかと思ったとか、避けるのに必死過ぎてよく覚えていなかったりだとかで目線が思わず遠くなる。

 チュートリアルでは復活できるとかなんとか言っていたけど、案の定そんなことは全くなかった。

 部屋に吸い込まれた他のプレイヤーたちは悉くがその存在をかき消された。ただ、もしかすれば死んでしまえば元の世界に戻れるのかもしれないが、そんなリスキーな賭けに出ようなんて言う人は既にいない。


 そう考えた人たちは、もうとっくに死んでしまったからだ。


 これだけ情報の速い世界で、そうして死んだ人たちがどこかで生き返っていたなんていう話を聞かないことからも、やはりリスポーンなどはせず、死んだら土に還るのみ、ということなのだろう。

 あの時、本能に従ってポーションを真上に投げておいて本当に良かったと心から思う。


「まあさ! お陰でそんな立派な剣も手に入ってるし、私たちが迷宮で探索を続けられてるんだから、薫子さんと会えたこともそうだけど、逆に良かったなって思うよ?」


 葵月はそんな私の陰鬱な様子に慌てて言葉を返す。

 途中からなんだか真剣な表情になっていたので照れくさくもあるが、ともすれば殺伐とした迷宮探索において、心のゆとりを失わないで居られるのは、きっと彼女たちのお陰だ。


「アタシもきーちゃんやあみちゃんと出会えて本当に良かったと思ってる。アタシ一人だときっと剥げてた」


 どこが、とは言わないが、そんな言葉に愛美は微笑み、葵月は声を挙げて笑う。

 私たちのような異世界からきた人間はかれこれ五百はくだらない。日本人だけでなくアメリカ人やインド人、中国人やロシア人なども居たことから、国籍を問わず無作為に選ばれたようだ。

 だれが何のためにこんなことをしているのかは分からないけれど、そうして現出した彼らがまっとうな価値観のもとに社会へと溶け込んでいくなんていう展開は起きなかった。

 なぜなら、私たちのような人間は現地の人間に比べて、圧倒的に近いほど人間離れしていたからだ。

 例えば私は言われるまで気が付かなかったが、スケルトンを殴っている姿は目にもとまらぬといって良いほどの早さに見えるそうだ。スケルトンナイトを倒した影響で二桁の強さになっていたからか、本人の意識ではゆっくりと殴っていても、傍目にみれば打撃音が連続してドリルのように響いているというのが現状らしい。


 そんな強さの可能性をもつ存在が五百……揉めるなという方が無理でしょ。


 傍若無人な振る舞いをする不逞な輩を粛清するために、自治体が形成されるのは自然な流れだったし、そういう自治体が他の商社や国家組織とつながりを作ることになったり、独裁的な経営を押し付けようとする都市国家群の一部から武力制圧を受けながらもこれを撃退したり……と、急速に発達する迷宮都市なりの問題が次々と起こっていたという次第。


 ちなみに迷宮都市として機能している経済の根幹は、ここ周辺の都市国家群で一般的に流通しているベヌリア貨幣とは違い、私たちが使っているゼニーだ。

 私たちのような探索者がショップを使っていろいろな物を購入しているから、という理由はもちろんのこと、ゼニークリスタルを使えば誰でもどれだけの量でもクリスタルのサイズで貨幣価値を流通できるということもあって、従来の貨幣にくらべて格段に使いやすい事がゼニーが一般的に流通する最大に理由となっていた。


 また、遠距離でも相手を指定して送金できたりと、その利便性の高さから商人の間で爆発的に普及が進められ、ベヌリア貨幣との為替インフレが恐ろしい状態になったのは余談だ。

 感覚でいえば、パン一個を買うのに0.01ゼニーというのが一般的な私たちの感覚だが、0.01ゼニーあれば上質な服が一セット変えてしまう、と言えばわかるだろうか? 単純に言えば、ベヌリア通貨ではパン100個分ほどでなくては釣り合わない為替が出来上がっていた。


「ごちそうさまでした」


 私たちは0.00005ゼニーを夕食代金として支払うと、木製のテーブルと椅子が所狭しと並べられた洋食店から街へと歩を進める。地下一階のスケルトンを一体倒せば0.00001ゼニーほど手に入るのだから、ゼニーの価値高まり過ぎてもはや感覚はマヒしまくっている。


「明日こそは三階層を突破するぞー!」


 満腹になって収まった腹の虫に気をよくしたのか、葵月が大きく手をの空へと伸ばしながら、揺れるポニーテールを夕日に染めながら声を挙げた。

 長く伸びる影は地球と変わらないけれど、うっすらと夜の影が見え始める空には、元の世界にはありえなかった大きく輝く月が三つ浮かんでいた。



□ステータス



薫子

つよさ:14

からだ:69

こころ:48

ゼニー:7.2597



葵月

つよさ:8

からだ:38

こころ:43

ゼニー:4.5858



愛美

つよさ:8

からだ:52

こころ:21

ゼニー:5.221


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