1-4*
疲れるまで号泣するって面白い。
大人になった今、そんな経験ができるってのは貴重だと思う。
「……はーーーーーーーーっ……」
とにかく私は放心できるくらいに泣くに泣きまくった。
もう出ないってくらいに涙を流し切って、いつの間にか妙にすっきりとした軽い気持ちになっていたことに気付いて荒く息を吐きだした。
いつの間にか体全体に広がっていた酷い疲労感はなくなっていて、今感じられるのはただ泣きはらして目の周りがエライことになっているってことくらいだ……と思う。
涙と一緒にいろんな辛いことは流してしまえばいい、なんて気障な歌詞だと流行りの歌を聞き流していたことがあったけれど、実際にこうして体感すればその言葉も真理の一つだったのだと考えさせられるような気がしないでもない。
あたりを見れば、あれだけ燃え盛っていた部屋の四隅の炎はすでになくなっていて、煌々とゆらめく松明が据えられた広いだけの部屋の床に私は座り込んでいた。
入ってきた方向とその反対側には巨大な扉がドドンと聳え立っていて、我に返った私は自らが置かれた状態を把握するべく、よっこいしょと立ち上がって所持品を確認する。
「あ~、これはもう使えなさそう」
完全に千切れてしまった取っ手や半壊した外装を見ながら、盾を拾い上げてインベントリへと放り込んでいく。次いで雷撃の影響かやや黒ずんだメイスも拾い上げる。
「あ」
ふと視線を伸ばした先には、コアクリスタルと銀色に輝くロングソードが転がっていた。
ハウゼンとの激しい戦いを経ても、転がるロングソードは美しい輝きを放っていて、何かの魔法が掛かっているようにぼんやりと不思議な光をまとっている。
早速確認すべく、手慣れた所作でクリスタルとロングソードをインベントリに放り込んで、そのままメニューからロングソードを確認してみた。
そこにはロングソードの名前の前後に【?】マークが付いた状態で、【上質なロングソード】と書かれていた。
【?上質なロングソード?】
刃渡り130cm程度の上質な長剣。(品質補正+5)
「へえええ。これが魔法武器ってやつなのね」
実物を見るのはこれが初めてだけど、何かの力を持った道具だというのは見てすぐに分かった。
鑑定のスクロールを使えば、どんな魔法が掛けられているのかも分かるのかな?
詳しいアイテムの解説を見るのはこれが初めてだけど、品質補正って何のことなんだろう?
次々と湧き上がる疑問を解決するために、私はおもむろに錆びたショートソードとメイスに意識を向け、その詳細を確認してみた。
【錆びたショートソード】
刃渡り50cm程度の錆びたショートソード。(品質補正-《マイナス》15)
【メイス】
長さ80cmほどの鉄のこん棒。先端部に重心を寄せるため数枚の刃が設けられている。(品質補正0)
……どうやら武器の状態で品質補正が違うっぽい。
壊れた武具が品質補正-《マイナス》50と表示されていたので、良い武器かどうかを数値化したものって感じだろう。
「それじゃあ早速鑑定してみよっかな」
インベントリに放り込まれていた魔法鑑定のスクロールを一つ取り出し、対象となるロングソードを前に置いて「キーワード」を告げる。
キーワードはスクロールを所有した時点で頭に流れ込んでくるから間違えることはない。流れ込むというよりは、脳裏に滲み出てくるような感覚に近いかもしれない。「ああそういえばそういう言葉だったな」というような感覚で思い出すように思い浮かぶ感じだ。
じっさいすごく不思議な感覚だった。
「アージャルダーヴァル」
なんでこんなキーワードなんだろ? と首を傾げつつ、魔力の輝きを放つスクロールに目を向けた。
ほどなくスクロールは光と共に失われ、その輝きに照らされるように目前に置かれたロングソードから彫り込まれた魔印が浮かび上がり、やがて消えていった。そっと手に取りインベントリを見れば、そこには判別されて詳細が明らかになったロングソードの名称が浮かび上がっていた。
【永遠に上質なロングソード(軽)】
刃渡り130cm程度の上質な長剣。(品質補正+5)
【魔印】
永遠:劣化せず壊れない
軽 :軽量化
「魔印? ってのが掛けられてる魔法でいいんだっけ。……壊れないとか何事?にしても軽量化ってのはありがたい効果よね。大体メイスにしたってようやく慣れたけどさっきも相当キツかったもんね。重さがスタミナ消費を軽減できるなら最高だし、それにしても本当にアタシ頑張ったよね。血反吐までは吐かなかったけど思わず色んなものがデ~ロデロ出ちゃいそうだったもん……」
メニュー画面を見ながらぶつくさと一人ごちる。着々と誰にも見せられない自分を増やしているような気がするが、こんな状況下では気にした方が負けだと思う、いや負けだ。
どうせ誰も見ていないし見ていたとしてもスケルトンという物言わぬ白骨だ。精々がこちらを見つけ次第近寄ってアイタタタな何かをしようとするだけの存在たちだ。
まったくなんてところにアタチは居るのやら。
ちなみにハウゼンから手に入れたクリスタルに入っていたゼニーは0.5と少しだった。これで3ゼニーの大台に乗ったわけだけど、ショップは相変わらず開けないので、これぞまさしく宝の持ち腐れってことだねハハ。……笑えない。
「さて、と。そろそろ続きを調べるかー」
手に入れたロングソードを手にして、壊れた盾やメイスの替わりと感触を確かめる。
何回か振り回すうちに感覚をある程度慣らせたかな? と感じたところで、早速迷宮の踏破に向かって次なる手を進めるべく未踏破区域をマップで確認した。
でかでかと聳え立つ扉の先が未踏破区域らしく、反対側が入ってきた方向のようだ。
死闘を繰り広げた部屋から立ち去るため、過度に装飾が施された大きなゴッテゴテの扉を力任せに押し開いた。 そこに広がるのは、おなじみのレンガ造りで神殿内部のような通路だ。
小さな気合いの吐息をもらして進んでいくと、またいくつか副道や小部屋が見つかった。
しかし不思議なことにスケルトンはおろか、壊れた樽などことごとくがまるで誰かに調べつくされた後のような様子だった。極めつけは開け放たれたチェストや、レンガがめくれた土場に残された人間の足跡。
まさか、他の……人間!?
思ったよりも高揚しない私。
というのも、嬉しいのは嬉しいんだけどここまで殺伐としまくっている状況に加えて、ヴィクトリアヌスの言葉がそれなりに私の警戒心を掻き立てられていたからだ。
これ、素直に出会えたとしてそれは「人間」なんだろうか? この迷宮の守護者だとかなんとかで襲ってきたりしないよね?? スケルトンが駆除されてるから迷宮のモンスターと敵対してるっぽいのは間違いなさそうなんだけど……。
ここにきて何度目かの問答を頭の中で繰り返す。
進むか
戻るか
そもそも2つ目の選択は、戻れる場所がある人の選択肢だ。きりきりと痛むストレス性の胃炎にも似た違和感に苦い表情が浮き出てしまう。
「えぇ~い、ままよ!」
一度言ってみたかったセリフを零しつつ未踏破区域を推し進む。そんな言葉がついて出るあたりに期待感の表れが見えるのはしょうがないのかもしれない。
……ようやく感じられた人間の足跡だ。いくら警戒心が湧き上がるとはいっても物言わぬスケルトンや無機質な迷宮の壁を相手に相談を持ち掛けるような奇特な趣味はない。会話が出来る相手がもうそこに居るのかもしれないと思うと、やはり気分的に高揚するのが人というものだ。私はこれから出会うであろう人たちに思いを馳せながら迷宮を進みつつ、楽観的に考えることにした。
マップを確認しながら更に進んでいくが、今度は誰かが漁ったであろう跡を目印に進んでいくのだが、それでも時折スケルトンの姿が見られるのは、また新たに出現しているからなのだろうか?
「――!」
人の痕跡を見つけてからさらに進むことだいたい三十分くらい。
広く格子に包まれるような壁と金属製の扉に阻まれ、上へと続く階段がその姿を現したとき、私は思わず走り出していた。
□ステータス
かおるこ
つよさ:10
からだ:57
こころ:40
ZNY:3.0961
■インベントリ
E.永遠に上質なロングソード(軽)
E.マント
メイス
壊れたスモールシールド
壊れたショートソード*8
錆びたショートソード*7
いびつなショートソード*2
粗雑なショートソード*2
粗雑なレザーフード
壊れたサンダル
ローヒーリングポーション*2
サンドイッチ*∞
水袋*1
魔法鑑定のスクロール




