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――生体スキャン完了、言語設定【日本語】
……冷たい。
痛い。
体が重い。
……あぁそう言えば昨日飲んで帰ったんだっけ、あれ? ちゃんと家に着けたのこれ? アタシどこで寝てるんだ? 昨日の服着てるっぽいけどもしかして外!?
……でもすごい静か。今日は仕事休みだからってやりすぎたかなあ。
はああああ……起きるのが怖すぎる。
起きるときに気分よく目覚められるならいいけど、こんな風にやらかした次の日の目覚めは大体億劫だ。場所の確認すらおっかなびっくりになりつつも、おずおずと目を開けて……頭が真っ白になった。
「……は?」
周りを灰色の壁に囲まれた通路のどん突き。そんな何処かに私はいた。
見覚えなんてものはまるでない。
床は磨き上げられたような美しさはないが、チリひとつ落ちてない。石のようにも見えるけど、何の素材なのかは分からない。コンクリートのように灰色がかっていて、ほんの少しだけデコボコしている。壁や天井も同じ素材のようで、見える範囲は大体全部同じ壁に見えた。
変な体勢で寝ていたからか、すこし体が痛かったけどそんな事もまるで気にならないくらいに、慌てて起き上がった私はその光景に呆然としていた。
正面の通路はすこしばかり先の方で分岐しているらしく、壁の中央に何かプレートが備え付けられている以外は特に代わり映えのしない通路が広がっているようだった。
「あれ? まだアタシ酔ってるのかな?」
体のあちこちから届く痛みや疲れの信号がそうでない事を訴え続けているが、目前に広がる光景はそうした現実感からは到底かけ離れた異空間と言うにふさわしい状況だ。あらためてじっくりと目を凝らしてみたり、スカートから伸びている足をつねってみたりする事で、ようやく現実味を確認しながらも私はその事実に「はあ!?」と吠えた。
回らない頭を抱えつつパタパタと体を手で確認し、特に変わりはない事を確認する。
なんだか頭がハッキリしないのでついつい無駄にいろいろと確認してしまうのはある意味クセだ。
秋口のやや肌寒い季節だったこともあって、クリームイエローのダウンベストをタータンチェックのシャツの上に着ている。ワインレッドのフレアースカートに少し厚手のタイツ。ボアの付いた茶色い革のブーツ。星型のスタッツが可愛くて買ったショルダーバッグ。いくつもの小物入れが付いた背負うタイプの大きな革のカバン……。
「え? このカバンは何?」
デコボコの床に寝ていたからか痕がついてむず痒い顔をこすりながら、見たことのない探検家が持っていそうないわゆるバックパックとも呼ばれるタイプの大きな背負カバンをしげしげと眺めた。
少なくともこんなカバンを私は持っていなかった、と思う。
見れば作りはかなりしっかりしているようだし、昨今の革製品のような合皮を用いたものではない。ガチの本革とかいくらするんだろうと下世話な気持ちで手を伸ばした。
小物入れはボタンで開け閉めが出来るようになっているようで、まずはボタンを外…………れない。どんなにやっても外れない。
「な……んなのよこのっ……ああっ! 無理!」
そもそもボタンが留められている蓋すら掴めない。まるで精巧な絵のようにつるつると引っ掛かりをもとめる私の指を滑らせていく光景は、騙し絵に引っかけられたような不愉快な気分をたっぷりと味合わせてくれた。
ならばとカバンのメインカバーに手を掛けると、すんなりと触れたことに少しばかり溜飲を下げつつ、開いてみた。カバンの入口は巾着のように皮ひもで括ってあり、ちょうちょ結びで留められていた。
するすると解いて中を覗き込む。
「ん~……暗くてよく見えない」
自分が影になっているからなのか、やたらとカバンの中がよく見えない。とりあえず手を突っ込んで中身を調べてみることにした。
「え、、、ナニコレ」
それはゲームなどに見られる「メニュー画面」に似ていた。
右手をカバンの中に入れた瞬間、私の目前おおよそ50cmほどの位置に、何かの目録のような表示が浮かんでいた。
視線の動きにあわせて目録に書かれているそれぞれの項目の表示が変わっていくが、今私が見ている項目がアクティブで、それ以外がノンアクティブになっているといるようだ。
というのも、私がさんざん頭を振り回しても付いてくる画面をおもしろがってブンブン頭を振り回したら、結局フラフラになって手を抜いた瞬間に目録が消えたことや、もう一度手を突っ込んでコレが何なのかじっくりと観察した上で気が付いた。
「そういや弟がこんなゲームやってたっけ。ん~VRがどうとか?」
私のハンドバッグの中身を確認したときに、財布や手鏡や携帯(圏外表示だった)をなんの不自由もなく確認できることを確かめながら、今置かれている状況をもう一度吟味する。
今や眼鏡と遜色ない軽量化と実用化が施されたHMDを装着して、ビビる姿をお茶の間に提供している芸人たちをあざ笑っていたのがつい昨日のことのようだ。やもすればそうしたゲームを私はさせられているのか? なんて思いつつもう一度足を触ってみる。
たしかに体温を感じられるし、なによりも澄みすぎて息苦しくさえある空気の味が、理性にこれは現実だと叫ばせているように感じられた。
「マジで、、、何なのよこの状況……」
ふいにガックリと肩を落とす。
折角の休日が潰れてしまいそうな懸念であるとか、髪がバサバサだからお風呂に入ってリンスしてヘアアイロンをあててサッパリしたいであるとか、服についたヤニのニオイが不快だから着替えて洗濯してもっとゆったりした服に着替えたいなどと取り留めもない些末が頭を通過していく。
この状況を作り出した理由を考えてみてもまったく思い至るはずもなく、だからといって打開策としてこの状況から本来自分の在るべき場所に直ちに戻れるわけでもない。そんな私にいきなり放り出されたこの場所でどのように行動するべきなのか? なんて思い至る筈もない。
とりあえずもう一度、私はカバンに手を突っ込んで表示されている項目に目を向けることにした。
[粗雑なショートソード*1]
[サンドイッチ*∞]
[水袋*1]
私は粗雑なショートソードの欄に視線を向けると、意識的に取り出すことを思い描く。すると手にずっしりとした感触が伝わってきた。そんな感覚に驚きながらもそのまま手を引っこ抜くと、そこにはしっかりと小振りながらも剣らしき物が私の手に収まっている。
「……」
わかってはいた事なんだけど、こうやって実際に想定通りの結果が起きるとますます現実味を感じない。
というかこの剣、【粗雑なショートソード】と名付けられているだけあって、全体的に赤茶けた見た目だし、なんだか歪んでるようにも見えるし、取っ手の部分に巻かれている布も適当な感じだし、とりあえず剣の形はしているものの、とても切れそうにはみえないぞ。
まあ剣の事なんてまったく分かんないんだけどさ。
それでもいつか見た日本刀のあの輝きなんて微塵もないし、丁寧に織り込まれた布地には到底見えないからやっぱりこれは粗悪品なんだろうな、と感想をひとしきり脳内で述べたところで、
「なんでこんなモンがカバンに入ってるのよ!!!」
と吠えた。




