編入生4
千穂と壱華の部屋に、幼馴染一同は集まっていた。
「さて、では、今日調べてわかったことを共有しましょうか」
仕切るのは壱華だ。ダイニングの椅子に腰かけて、ソファに座る3人を見渡す。樹が手を上げた。
「こっちは兄弟でまとめてありまーす」
「じゃあ、樹から」
優秀、と壱華は樹を指す。樹はがさごそとジャージのポケットから紙を取り出す。それを広げて話し始めた。
「二階堂武尊は、二階堂薬品の社長子息らしいよ。二階堂薬品の前社長の娘と、娘婿の間に生まれたっぽい。前の学校は東光学園で、我が国日本有数の進学校だってー」
最後の言葉に、ああと千穂は声を上げた。それに全員の視線が集まる。
「えと、先生もびっくりの超きれいな訳を英語の授業で披露したって」
聞いたんだよね。というのは言わない。居眠りしていたからあとから友人に聞いたというのは秘密だ。
「ほえ~。兄ちゃん、勉強習ったら?」
もう高校の範囲終えてるんじゃない?こんな進学校通ってたんなら。と樹は啓太を見上げる。啓太は目を泳がせて言い訳を考える。
「あ~え~と。そうだな~受験が見えてきてどうしても困ったら頼もうかな~」
「それ、もう遅いから」
樹は冷たく言いきって、壱華が淹れてくれたホットミルクの入っているマグカップに手を伸ばした。そんな弟の姿を啓太は無言で見つめていたが、あきらめたように視線を自分の湯飲みに移してお茶を飲んだ。
「とまあ、こっちはこんな感じです」
空気が少しおかしくなったが、気にするなというように樹がマグカップを置いた。
「そう」
壱華は軽く苦笑で頷くと、自分の調べた結果を話し始めた。
「昨日、お母さんに頼んで、聞けるだけ村のみんなに聞いてもらったの。二階堂さんって人知ってる?って。さっき電話して聞いてみたんだけど、知ってる人いなかったって」
ちなみに武尊って人間も知らないって。
「じゃあ、親が知ってるって、一方的にってこと?」
樹がその結果が示すことをまとめてみる。それに壱華は頷いた。
「あいつの言うことを信じるならそうみたいね。あっちの関係者には千穂を知っている人間がいるけど、こっちには二階堂武尊を知っている人間はいない」
「それ、やばくね?」
啓太がやっとまともに口を開いた。しかし、それは何の解決策も示さない。
「それは、全員思ってる」
樹にそう言われて、啓太はまた苦い顔をして黙った。それに壱華は苦笑するしかなかった。
「ていうかさ」
兄の発言をズバズバと切り捨てる弟樹は、またも口を開いた。
「二階堂武尊の母親はさ、そこそこ情報出てくるんだよね。どこの大学出たとかさ。でもさ、父親のほうが全然わからないんだよね」
写真は出てくるんだけど。と樹はぼやく。
「怪しいなら父親かなと思ってる」
啓太は湯飲みを置きながら言い切った。
「社長ってポジションにいる人にしては情報が少なすぎるなって思う」
だって、どこの学校出たかもわからないんだよ?おかしいよ。と樹は力説する。
「じゃあ、二階堂のお父さんが私を知ってるってこと?」
「たぶん」
千穂に樹が頷いて見せる。
そっかーと千穂は膝を抱えてその上に顎を乗せる。お父さんが私を知ってるのか。お父さんは私のことを二階堂になんて言ったのかな。
「千穂を狙って、息子を編入させたのかしら」
その父親は。壱華は目を細める。
「やっぱり危ないかなー」
味方になってくれたら助かるんだけどなー。と樹が声を上げる。
「千穂、あれから何か訊かれた?」
壱華は昼休みの続きを訪ねた。千穂は首を横に振る。
「何も訊かれなかった」
「何かあったの?」
樹が二人を交互に見る。
「うん。私に訊きたいことがあるんだって、でも、その先を聞く前に休み時間が終わっちゃったの」
そうなんだと樹は視線を落とす。
「なんとなーく、何を訊きたかったのか聞き出したいな」
啓太がぽつりとこぼす。
「そしたら、あいつがどこまで何を知っているのか分かる」
かもしれない。啓太はちらと千穂を見た。
「-できそう?」
大丈夫かと問う瞳に、千穂は一度つばを飲み込んで視線を落とした。
「やってみる」
その自信のない姿に啓太は苦笑した。
「うん。できたらでいいよ。」
優しさとも甘さとも取れる啓太の態度に、千穂は頷いた。
「期待はしないでね?」
得意じゃないんだから。こういうの。
「じゃあ、ひとまず千穂待ちということで?」
樹が問う。それに壱華が頷いた。
「そうね。別に動きがあれば何か知らせて」
「じゃあ、俺たち帰るね」
ぴょいと樹は立ち上がる。それに合わせて啓太も立ち上がる。
「おやすみ」
兄弟はそう残して部屋を去って行った。
「なんて聞けばいいかな?」
千穂は困った顔で壱華を見上げた。それに壱華も眉毛を下げて笑う。
「そうね。そういえば、昨日訊きたいことあるって言ってたけどって感じかしら」
「難しいな」
むむ~と千穂は膝を抱え唇を尖らせる。
「内容としては、あんまり聞かれたくないからひそひそ話が基本でしょ?」
じゃあ、休み時間?でも、休み時間は優実やあかりが一緒にいる。
「また、ホームルームの時間かな~」
斉藤の声に紛れて話せるだろうか。また注意されたら嫌だな~。
「機があればでいいんじゃないかしら」
どんどん視線が下がっていく千穂に、壱華はそう笑うしかできなかった。