表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/58

  編入生3

千穂ちほは編入生君と知り合いなの?」

ホームルームと1限目の間の休み時間に、そう優実ゆうみに切り出された。ちなみに隣の編入生君は男子生徒に囲まれていた。こちらの話が聞こえているとは思えない。それをちらと確認して、千穂ちほは小さく首をかしげた。


「親が、私を知ってるみたい」

「親が知り合いなのかな」

「でも、お母さんから『二階堂にかいどう』って言葉も、『武尊たける』って名前も出たことないよ?」

優実ゆうみの言葉に、千穂ちほの首はさらにかしげられる。それにつられて優実ゆうみもどんどん首を傾げていく。それをあかりが面白そうに見つめる。


「-仲良くできそう?」

あかりに優しい笑顔で問われて、千穂ちほは難しい顔をした。

「よく分かんない」

「まだ分からないよねー」

優実ゆうみがわしゃわしゃと頭を撫でてくる。あかりは、あら、と声を上げた。

「私は仲良いのねって思ったんだけど」

「まあ、斉藤に注意されるくらいにはおしゃべりしてたし」


「あれは!」

千穂ちほはまた恥ずかしくなって俯いてしまう。それにけたけたと優実ゆうみは笑った。

「本当に千穂ちほはかわいいなー」

優実ゆうみ、顔が原型とどめてないわよ」

情けない顔ねとあかりもくすくす笑う。

「それは仕方ないよ~。千穂ちほかわいいもん~」

でれでれ~と優実ゆうみ千穂ちほの頭をぐりぐりと撫でまわす。啓太けいたほどではないにしろ、なかなか乱暴だ。やっと千穂ちほの頭から手を離したかと思うと、優実ゆうみは瞳をきらめかせて夢見る乙女の顔で語るのだ。


「私は、もうね、千穂ちほがどんな人と恋に落ちるのかな~ってそれが楽しみで今生きてるわけよ」

「え!」

なにそれ!と千穂ちほはガバリと顔を上げる。優実ゆうみは気にせず続ける。

千穂ちほに惚れる男がごまんといるだろうことはもう分かってるじゃん?だったら千穂ちほはどんな人を好きになるのかなって」

「生きがいにするのはどうかと思うけど、気になりはするわよね~」

「えぇ!!」

あかりも便乗してきたため、千穂ちほはさらに悲鳴を上げる。


千穂ちほ、男子と話すのそんな得意じゃないみたいだし、男子もずっと様子うかがってるだけだし、ここ2か月何も進展なかったし」

優実はぐっと手を握る。

「ここにきて、話せる男子が来たのかと!!」

きゃーっと優実ゆうみはよく分からない舞を始めた。千穂ちほはおたおたとあかりに助けを求めて視線を投げるが、あかりはおかしそうに笑っているだけだった。

「もう!違うから!!全然そんなんじゃないから!!」

「でも、そこから始まるのが少女漫画の王道!!」


優実ゆうみちゃん!ここは現実だよ!マンガじゃないよ!!」

しっかりしてと優実ゆうみを揺さぶるが、小柄な千穂ちほでは優実ゆうみを現実に引き戻すことはできなかった。見かねたあかりが、優実ゆうみの顔の前でパンと手を鳴らした。

「わっ!」

優実ゆうみはのけぞって、千穂ちほ二階堂にかいどうとは逆隣りの席にぶつかった。ガタンと音がして、それもまた優実ゆうみの頭を冷やす。


「お楽しみは、心のうちに取っておくものよ?」

それはどうかと千穂ちほは思ったが、優実ゆうみは感心したように力強くうなずいた。1限の始まりを告げるチャイムが鳴り、優実ゆうみはそのまま何も言わず自席に戻って行った。

「そうか、そうだよね」

と何やらつぶやいていたが、怖かったので千穂はそれ以上考えることはやめた。



千穂ちほー」

昼休みにかかった声は

壱華いちかちゃん!」

千穂ちほは飛び跳ねて椅子から立ち上がりぱたぱたと廊下へと駆けて行った。ちなみに、お昼用にコンビニで買ったカルボナーラはしっかりと胃袋に収めた後だ。


「様子はどう??」

壱華いちかは長い髪をさらりと揺らしながら尋ねる。視線は感じるが、話の内容まで注意を払われている様子はなかったので―基本壱華いちかを見るので精一杯であるため―千穂は日常会話のように情報伝達をする。

「特に何もないよ」


優実ゆうみちゃんがちょっと壊れかけているけど、という言葉は頭に浮かべるだけにする。あと、もしかしたら少し話しやすいのかもしれない。もしかしたら。というのも飲み込む。これはまだ確証がないし、というのが千穂ちほの判断である。


「だったらいいわ」

よかったと壱華いちかは胸をなでおろす。

「どんな感じの人??」

千穂ちほはその質問にうーんと頭をひねる。

「席はとりあえず隣になった」

「えッ!」

千穂ちほの情報に、何かお守りでも改めて持たせた方がいいかしらと壱華いちかはぶつぶつとつぶやき始めた。それを見つめながら、千穂ちほはうーんと考える。

「それくらいなのかなー」


うーんとうなりに唸り、千穂ちほは一つ思い出す。

「あ!何か聞きたいことあるって言ってた!!」

ぱんと大きく手を鳴らす。その勢いに壱華いちかはぶつぶつ何やら言うのをやめた。そして眉根を寄せる。

「なにそれ」

なんかいい気配しないわね。と今度は壱華いちかがうーんと唸り始めた。

「それで、千穂ちほは何が聞きたいことかはまだ知らないの?」

「うん。そこまでで話終わっちゃった」

「そうなの」

怪しいわねーと壱華いちかは頭を悩ませる。こちらとしても軽く接触してあちらの様子をうかがいたい。しかし、下手してこちらに不利になることは避けたい。と、書いてあるなーと千穂ちほ壱華いちかの顔をじーっと見上げた。その視線に壱華はきょとっと視線を返す。それに千穂ちほは笑って首を横に振った。

「なんでもないよ」

ちょっとかわいいなって思っただけだよ。というのは秘密だ。ふふふと笑う千穂ちほを、壱華いちかはいぶかしげに見つめたけれど、詮索せんさくはしなかった。


「聞きたいことは何かって、話し戻した方がいいかな」

千穂ちほの問いに壱華いちかはまたうーんと両目をぎゅっと閉じる。なかなか百面相だ。思案が終わると、夜空を思わせる瞳が再び現れる。

「-あっちが改めて話してきたら聞いておきましょうか。こっちからその話題を振るのはいったん止めましょう?」

「分かった」

千穂ちほは一回うんと頷く。それに壱華いちかは笑って教室に戻ると手を振った。

「お昼休みにごめんね。気を付けて」

「うん。ありがとう」

そう話を終わらせ、二人は別れた。



 午後の授業は眠い。千穂ちほはうつらうつらと揺れていた。他にも揺れている生徒はたくさんいる。しかし、千穂ちほの一角は特に目立つ。隣に居る二階堂にかいどうが諦めて机に伏して寝ているからだ。


午前中はずっと外の景色を眺めていたが、午後になると伏してしまった。中には人が寝ているのを見て目が覚めるというタイプもいるが、千穂ちほは残念ながらそうではないのでずっと揺れている。


なんとなく視界の隅に入る姿がどうやら寝ているようだと判別できているが、もう頭は自分も寝たいとしか思わなくなっている。このまま自分も伏してしまおうかと思った時、ぽかっと隣の二階堂にかいどうが教科書で頭を叩かれた。もぞもぞと動いて身を起こす。


「何?もう終わったの?」

「終わってない。寝てないで起きなさい」


英語の授業をしている本間ほんまが二階堂を起こそうとしているらしい。隣で軽くいざこざが始まったというのに千穂ちほの頭はまだ覚醒しない。二階堂にかいどう二階堂にかいどうで寝ぼけているのか性格なのかさらっと暴言を吐く。


「無理、あんたの授業つまんないもん」

―別にあんただけじゃないけど。とフォローにならないフォローも忘れない。

「っ!!」

どこかでぶっと吹き出す音がする。本間ほんまはパッと後ろを振り向くが、生徒たちは何食わぬ顔で板書を写したり教科書を見たりしている。少し赤くなった顔で二階堂にかいどうに向き直り咳払いをする。


「いいから、ほら、ここ訳して」

「めんどい」

「いいから!」


教科書は一応開いてあるのでそのまま押しつける。二階堂にかいどうはそれなりに目が覚めてきたのか嫌そうな顔をしながらそれを手に取る。ちらと上から睨んでくる本間を見て、そのまま動かなくなる。

「先生の顔に答えは書いてないぞ」

教科書を見ろとポンポンとページを指さす。二階堂はやっぱりまだ寝ぼけていたのか、全く見当外の質問をした。


「―先生さ、名前なんだったっけ」

「―本間ほんま本間ほんま。ほらこれで落ち着いたろう、さっさと訳せ」

「はい。―」


その後は本間の惨敗だった。二階堂にかいどうは一言一句違えることなくそれはそれはきれいな日本語に訳してみせた。


というのを千穂ちほは授業後優実ゆうみとあかりに聞いて知ったのだった。優実ゆうみに至ってはそれは大層面白く、笑いをこらえるのが大変だったとか。あかりが言うには、どうやらこの学校の授業など簡単であくびが出てしまうほどの進学校からやってきたのではと思わされたとか。


どちらにしろ、結局二階堂にかいどうはその後突っ伏して寝てしまい、本間はそれを起こすことができなかったらしい。ちなみに、千穂ちほは爆睡してしまった。授業の終わりがけに気持ちよく目が覚め、終わりの礼だけきちんと参加した。その隣で、二階堂にかいどうは寝たままだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ