編入生2
朝の教室はざわめいていた。編入生が来ると言う噂が広まっているからだ。
「昨日の今日とは、私の情報網もまだまだね」
あかりが珍しく憤慨している。
「どこにプライド持ってるのよ」
優実がすかさず突っ込む。そんな二人の傍らで、千穂は大きく欠伸をした。
「あら千穂、眠いの?」
あかりが首を傾げて問いかけてくる。千穂は頷く。
「なんか、いつもと違う夢を見て」
―ここ最近、頻繁に貴輝の夢を見ていた。貴輝がいなくなってしまった時のことばかりを思い出していた。けれど、今日はそれとは違う夢だった。黄金の剣が振られ、飾り紐が宙を舞っていた。
「いつもと違うから、いろいろ考えちゃって」
―剣を振っているあなたはだあれ?ただただそれだけを問い続けて。
「そしたらあんまり眠れなかった」
こすこすと目をこする千穂を、優実はがっと抱きしめた。
「そうなのー!かわいそうに!私の胸で寝ていいからね!!!」
「うぅ~苦しいよ~」
「優実、ちょっと力が強すぎるみたいよ」
ぽんぽんと腕を叩かれて、優実は千穂を開放した。
「あれ?強かった?」
ごめんごめんと優実は笑った。もーと千穂は軽く涙目で優実を睨みつけたが、結局優実の腕に自分が落ち着くことになっただけだった。
「編入生って、きっと昨日の金髪だよね―ここに座るのかな」
今日になり突如千穂の隣に増えている席に、千穂を抱えながら優実は座る。
「そうね」
あかりがゆっくり頷いて、優実を見て笑った。
「よかったわね、イケメンだったわよ」
「あーそうだけど、あんま好みじゃなかった」
「なにそれ贅沢」
あははとあかりは笑った。二人の会話に、千穂は二階堂を思い出す。背は特別高いという印象は受けなかった。顔立ちは、確かに整っていた気がする。地元では見かけない顔のつくりをしていた。
「千穂はどう?好みだった?」
優実に頭の上から問われて、千穂はうーんと考えた。
「ちょっと怖かったかなー」
「金髪だったもんねー」
ヤンキーなのかなーと優実は笑っている。
「ただのヤンキーにしては姿勢がよかった気がするけど」
どうかしらとあかりが首をかしげる。
「ヤンキーとは違うけど、昨日の千穂の幼馴染、ケンカ強そうだったね」
運動神経よさそうだった。と優実に言われて千穂は頷いた。
「啓太はね、運動はすごくよくできるんだよ。勉強はだめだめだけど」
勉強してるところ見たことないもん。と千穂は優実を見あげて説明する。
「私、あの人初めて見たわ」
「学年が一つ上だからかな」
大きいから目立つんだけどね。と千穂はあかりに答える。
「待ち合わせの時とか便利」
「そうねー大きかったものねー」
あかりは思い出しながら頷いていた。
「学年が違うとフロアが違うもんね。なんで昨日は1年のフロアにいたの?」
優実は千穂を抱えたまま前後に揺れだした。
「あー、なんかね、悲鳴とか聞こえちゃったみたい」
「そういえば、そんな騒ぎもあったねー」
優実はのんきにそんなことを言う。優実の言葉に、千穂は教室を見渡す。
-昨日の今日にしては落ち着きすぎている。
あまりに広がっている光景は平穏だった。いくら編入生が来るからといっても、異常だと思わせるほどに。
「-教頭先生がうまくやったのかしら」
あかりも少しおかしいと思ったのか教室に視線を走らせている。その様子が、いつもよりも鋭くて千穂は驚く。驚いている千穂の視線に気づいて、あかりはいつもどおり柔らかく微笑んだ。
「あの人、やり手そうだものね」
まあ、大したことなかったならそれでいいわ。とあかりはこの話題を終わらせた。それに少し引っかかりながらも、千穂もその方が都合がよかったからあえて話を戻すことはしなかった。
「あ!あの小さい男の子!あの子は美少年だね!あれは好みだよ!!」
はっと思い出したように優実が言う。あー樹は整った顔をしているなー。確かにと頷いていると、あかりが眉根を寄せた。
「優実って、ショタなの?」
「違う!将来が楽しみだねってこと!!」
「光源氏?」
「千穂もやめなさい!」
あかりに便乗したら、優実に頬を両手で挟まれた。
「ほら、席に着けー」
騒いでいると、ぱんぱんと手を鳴らしながら担任の斉藤が教室に入ってきた。相変わらずひょろい。威厳がない。その後ろには昨日見かけた姿がある。覚えのある冷たい空気が冴えわたる。痛いほどに強い霊力がビシビシと頬を打つ。
「おいでなさった」
「またあとでね」
優実はひょいと千穂をおろしてから、あかりは柔らかく手を振りながら自席に戻って行った。千穂も小さくじゃあねと手を振りかえす。
ざわめきが止まらない教室を見渡して、斉藤は口を開いた。
「-知ってるのもいるみたいだけど、今日から仲間が増えるぞ。じゃ、挨拶して」
「二階堂武尊です。よろしくお願いします」
斉藤に促されて、二階堂は簡易な挨拶をした。小さく頭を下げる。ぱちぱちとまばらに拍手が起こった。
「はい、よろしく。二階堂は高野原の横な」
優実が先ほど言っていたように、二階堂は千穂の隣の席だった。一番後ろの窓際の特等席だ。千穂は、じっとその横顔を見つめる。整った顔。体に収まりきらないほどの霊力。怖いようで、怖くない不思議な少年。
「何?」
そう問われて、自分が二階堂から視線を外していないことに気づいた千穂は、慌てて前を向く。心臓はどぎまぎとうるさく、斉藤の話など耳に入ってこない。
―どうしようどうしようどうしよう!!!
二階堂は要注意人物という判断を下した幼馴染3人から、あまり近寄るなと言われている。それがどうだ、隣の席で、異常に見つめて話しかけられるに至っている。でも、気になることはある。できたら、頼めるんじゃないかと思うこともある。
「あ、あの・・・」
「-うん」
俯いて、ぎゅっと両手を膝の上で握る千穂を、二階堂は横目に眺める。長い髪が二階堂から千穂の表情を隠してしまっていた。
「私のこと、知ってるの?」
「親がね」
「そう、なんだ」
会話がそれで切れてしまう。どうしようどうしようと、千穂はまた頭の中で繰り返す。会話を続けたほうがいいのか、ここで終わるべきなのか。そもそも、こういう時は会話をするものなのか千穂にはわからない。-今まで身内の中で育ち過ぎた。
「なんで、その、ご両親?が私のこと知ってるか知ってる?」
「知らない」
答えてはくれるのだと、千穂はそろそろと視線を上げた。秀麗な瞳と視線がかち合う。-朝の教室。全面ガラス張りの大きな窓から日差しが差し込む。それがきらきらと、脱色された髪に降り注いでいた。きれいで、強い生き物が、陽光に飾られながらそこにいた。
「-何?」
ほけっと自分を見つめたまままた固まってしまった隣人に、二階堂は再度問いかけた。
「あ、髪、きれいだね―」
千穂は、ぽろりとそうこぼした。その言葉に、一瞬目を見張るも、二階堂は口元を歪めた。
「-これ?ちょっと、驚かせてやろうかと思ってやってみたんだけど、意味なかった」
「そうなんだ」
誰を、とは彼は言わなかった。千穂も問い返さなかった。ただ、
―変なの。驚かせたいくらい近い人なのに、嫌いな人なんだ。
ぼうっとする頭で、千穂はそう思った。
「-俺も、あんたに聞きたいことある」
「そうなの?」
千穂は少しずつ頭がはっきりしてきて、首を傾げる。じっと千穂が待っていると、二階堂が口を開いたところで
「はいそこおしゃべりしない」
斉藤に注意されてしまった。千穂は恥ずかしくて逃げるように俯いてしまう。二人が黙ったのを認めると、斉藤は朝のお知らせとやらを再開した。しかし、そんなもの千穂の耳には入ってこない。ただ、びっくりして、顔がほてるほどに恥ずかしかった。ちらりと隣席の様子をうかがうと、二階堂は興味を無くしたように外を眺めていた。