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11.種明かし1

「おつかれさまでした」


そう千穂と壱華の部屋のリビングで笑んだのは、千穂たち四人が先生と呼ぶ占い師、鏡坂斎かがみざかときだ。ちなみに、リビングにいるのは樹だけだ。碧は体をあかりに返さなければならないから新しい体が欲しいと言い千穂の部屋にいる。啓太は気を失った壱華をベッドに寝かせているのだろう。そして、壱華と同じく意識を手放した二階堂はソファの隣に敷かれた樹の布団で眠っている。


「おっつー。あれ?千穂は?」


あと友達。と啓太がリビングに顔を出した。


「壱華は?」

「明日にならないと起きないんじゃないか?爆睡って感じだった」

「けっこう無理してたもんね」


小さな体の少年を見やる。目に宿す光は、年相応のそれよりよほど落ち着いている。


「―武尊!」


眠っている二階堂の胸にトンと飛び乗る影がある。それに二人が視線をやれば、ウサギのぬいぐるみが二階堂を起こそうと顔を叩いていた。


「う・・・・ん」


それに意識の覚醒を促され、二階堂は薄く目を開いた。そしてそこが自分の部屋ではないことを悟ると、ガバリと上半身を起こした。


「おはよう。ここ、千穂と壱華の部屋」


樹が説明する。


「壱華は気を失って目が覚めなさそうだからベッドにいるよ。千穂とその友達は―」

「これ、もらったのか?碧」


二階堂は樹の説明を途中で聞くのをやめ、手を指先で碧の腕を握って上下しながら問いかける。ウサギは頷いた。


「そう!これすごくいい!」


何がすごくいいのかは二階堂にはさっぱりだったが、碧が気に入ったのならそれでいいのだろう。そして


「あんたも、よかったの?」


あかりを支えながらゆっくりとリビングに入ってくる千穂に、二階堂は問いかけた。彼女は少し顔に緊張を走らせたが、すぐにへらっと笑って頷いた。


「うん。ちょうど、ぬいぐるみ多いなって思ってたし」

「よかったな、すごくいいのがもらえて」


東京にまで持ってきたのだ。きっと大事なものだ。しかし、彼女はいいと言う。だったら、掘り返さないでこのまま貰っておこうと二階堂は判断した。


「うん!」


きらりと黒いはずの目を緑を含む青に光らせて、碧は武尊の膝に収まって周りを見渡した。そして嬉しそうに言った。


「ね!武尊はすごいでしょう?」

二階堂はそれに苦虫を噛み潰したような顔をして、ぼすっとウサギのぬいぐるみを抑えつけた。


「少し黙ってろ」

口を開けば『武尊はすごい』しか言わないのだ。自分が『普通』とは違うと感じてはいたが、まさかここまでずれているとは思わないではないか。そして、ハッとなってウサギを見下ろす。


「そもそも、碧は何なんだ?」

「妖怪だよ。それだけ。何、とかないよ」


でも~。えへへと碧は笑った。


「武尊が碧って名前くれたから俺は碧になった」

「意味が分からない」

「ずいぶん懐かれたようですね」


くすくすと斎は笑った。


「もとは小さな弱い妖魔でしょう。それが器を得て、あなたに名前をもらい使い魔として力を上げたと考えればいいと思いますよ」

「そうなのか?」

「そう!俺、強くなった!」


えっへんと二階堂の膝の上で碧は胸を張った。そのさまは愛らしい。が、そんなに愛らしいものではないと知っているあかりは眉根を寄せていた。それを見て、碧が言う。


「見たいって言ったのはお姉ちゃんじゃない」

「・・・・・そうね、よーく見せてもらったわ」


はあと大きくため息をつく。


「おかげで明日は筋肉痛だわ」


使う人の違いであんなに変わるのね、とあかりはぼやくようにささやいた。


「あの、先生」


千穂が斎に声をかける。それに、斎は柔和な顔でそちらを向いた。


「あかりちゃんにはなんて説明すれば・・・・」

「全部話せばいいんじゃない?」


答えたのは二階堂だった。見れば、碧の長い耳で手遊びしている。碧は碧で耳を触ってくる二階堂の手をとらえようとしている。そのさまは愛らしかった。


「なんで?」


千穂はそんな二階堂に首をかしげる。


「俺が思うに、高野原達が知っていることより先生が知っていることのほうが多い。だったら、高野原達が知っていることを全部教えても問題ない。―見られたわけだし」


それに、と二階堂は付け足す。


「あんたたちみたいな、霊能力者?はあんたたちの事情を知っている人が多いんだろうけど、一般人はそうじゃない。一般人だと認識されるはずの本川が知っていることが切り札になることもある」

「今回みたいな?」

「そう」


あかりの言葉に、二階堂は首肯して答えた。


「そうだよ!なんであかりちゃんはあの場に来たの?碧に体貸したの?」


千穂が忘れていたと声を上げる。


「あれはね、武尊が捕まっちゃったから、俺、武尊に触れる器を探してたの。そしたらそのお姉ちゃんは知りたいって言ってたから、見るって、知ると同じでしょう?俺は武尊を助けたかったし、お姉ちゃんは知りたがってた。いい取引でしょう?」


碧が両手をせわしく動かしながら説明する。


「もともと本川は高野原達を怪しんでたしな」

「やっぱり!」


二階堂の言葉に千穂はまた声を上げる。


「ねえ!やっぱりおかしい!?私、浮いてる?」


そう詰め寄られて、あかりは苦笑する。


「大丈夫、浮いてなんかないわ。ただ、やっぱり高校生なのに珍しいところから来てるなって思ったから」


ほら、スポーツとかならよくあるじゃない。全国的に強い学校に親元離れて通うって。


「でも、うちはそういう学校じゃないでしょう?だから、ちょっと気になっただけよ。気にしてるの、私くらいだから大丈夫よ」

「そ、そっか。ちゃんと普通に見えてるならいいんだけど」

「大丈夫だよ。思われたって小さいなくらいだから」

「小さくないもん!」


成長期がまだなだけだもん!千穂は全力で叫んだ。


「はいはい」


二階堂は叫びを流しながら碧の耳で遊ぶのをやめた。


「それで、これは俺たちから質問すればいいの?それとも順序良くそっちから説明してくれるの?」

「まずは、私から説明しましょう」


斎が名乗りを上げた。まあ、そうだろう。あえて連絡を取れなくするくらいだ。一番知っているのは彼女だ。


「この世には、そうですね。碧のように、妖魔、あるいは妖怪、化け物と呼ばれるものから神まで存在しています」


―見える人間にとってはですけど。と斎は笑った。


「そんな見える人間の世界の中に、銀の器と呼ばれるものがあります。それが千穂です」

「千穂が、器?」


あかりは首を傾げた。斎は頷いた。


「そうです。この世の幸不幸から喜怒哀楽まで、他人のものから自分のものまでその体に吸収し力として蓄えます。ですから、器なのです」


斎はいったん言葉を切る。


「しかし、この器には最大の欠点があります。それは、器自体がいくら体内に力を蓄えてもそれを外に放出できないことです。自分の力では戦えないのです」

「中身の力は増え続けるのに?」


あかりの言葉に斎は頷いた。


「器は力を蓄え続けます。強くなり続けます。それは、時には大いなる災いをもたらし、叶わない夢を叶えたりもする」

「だから狙われる」


二階堂が口を開く。斎は頷いた。


「ええ。―けれど一方的にやられるわけではありません。器は自分の力を剣として具現化します。これが唯一の、力の放出方法なのです。それを使えるのは器に選ばれた者だけです」

「条件は、強いこと」


霊力がね。と樹がつけ足した。


 先生は、悲し気にため息をつきながら視線を落とした。


「器が作る剣はいつも黄金の輝きを放っています。それと合わせて、銀の器と呼ばれるようになったのでしょう。そして、樹が言う通り、使い手は強大な霊力を持った者にしかなれません。ですから敬意を表して金色こんじきの使い手と私たちは呼びます」

「なんかダサくない?」


二階堂は眉根を寄せた。それに斎はくすくすと笑った。


「あなたは、本当に恐怖心がないのですね」

「よく言われる」

「いえ、悪く言っているのではないのですよ。さて、これで四人と剣の秘密は分かったかしら」

「なぜ、東京に出てきたの?」


あかりが問いかける。それに斎は考え込むと答えた。


「では先に、二階堂君と龍堂貴輝の関係から話しましょう」


その言葉に、千穂の肩が小さくはねた。気づいただろうに、それを無視して斎は話を続ける。


「銀の器が生まれてくるころ合いになると、強い霊力を持った子供たちが生まれ始めます。この中では啓太の誕生が千穂の誕生を示唆していたということになりますね。そして、千穂に遅れて壱華も生まれ、数年開けて樹が生まれた。しかし、ほかにも千穂が銀の器だと示唆した少年がいました。それが龍堂貴輝であり、二階堂君の従兄いとこにあたります。彼は千穂より、つまりあなたより二つ年上でした。彼は五人の中でも特に霊力が強く、剣が顕現したときは彼が使い手になるものと皆が思っていました。しかし、私たちは、言うなればアクシデントに見舞われました」

「―貴ちゃん、死んじゃったの」


千穂がぽつりとつぶやいた。甘えるように、あかりのパジャマの袖を掴む。


「本当は入っちゃいけないって言われてた洞穴になぜか入って、そこで死んでたの」

「原因不明の死を、貴輝がむかえてしまいました」


斎もその時を思い出したのか重く息を吐き出した。


「私たちは途方にくれました。千穂を守る金色の使い手の不在はあまりに痛い。その時、二階堂貴昭たかあきから私に連絡が来ました。あなたのお父様は、龍堂貴輝のお父様の弟君おとうとぎみです。あなたは、龍堂貴輝の従弟いとこにあたるのです」


沈黙が満ちた。驚愕が再度空気を満たしていく。


「貴ちゃんの従弟」


千穂がぽつりと繰り返した。


「ええ、そうです」


斎はゆっくりと頷いた。


「二階堂武尊の父親、二階堂貴昭は、18歳になった夜に村から姿を消してしまいました。そして誰もが彼を忘れ去ったころに連絡がきた」

「なんて?」


二階堂は逃がすまいと目を厳しく光らせた。その光をまっすぐに斎は受け入れた。


「貴輝が死んだと知っていること、東京に住んでいること、結婚したこと、子供が生まれたこと、そしてその子供が強大な霊力を有していることが書かれていました」

「俺のこと?」


斎は頷いた。


「そうです。金色の使い手になれるかもしれないと、あの子は私にだけ連絡をよこしたのです。そして提案してきました。寮付きの学校を作る。そこに学校と合わせて結界を張る。そこに千穂たちを通わせてはどうかと」

「そうすれば俺とも接触しやすくなるって?」


二階堂は不機嫌極まれりという顔をしている。


「全部あいつの手の平の上だ」

「半端にしかあなたに情報を与えなかったのは、金色の使い手に選ばれなかったときに元の生活に戻すつもりだったからでしょう。使い手になる、あるいは深く関われば生活から平穏は消えたも同じですから」

「結局俺を試したってこと?」

「そういうことになりますね」


突然の声は男のもの。気が付けばドア口に教頭が立っていた。


「あなたも、親父に買われたの?」

「買われたなどと!失敬な!!」

「ほら漆、怒らない。―ええ、私は貴昭と契約を結びました。この学校を守ると約束をしたのです」

「じゃあ、なんであんなに侵入してきたんですか~」

「私も、油断していて」


樹の厳しい問いに、絶対嘘だと思わせる笑顔で教頭は答えた。


「だから、試したんでしょう?」


二階堂は樹に繰り返した。


「あの兄弟も、教頭が準備したんでしょう?」

「黙秘させていただきますね」


にこにこと掴みどころなく笑い続ける。それに二階堂は教頭から情報を抜き出すのをあきらめる。


「ところでさ、そこのカラス・・・」

「誰がカラスですって!私は漆という名前が・・・・」

「漆って名前のカラスなんでしょう?あんたさ、土曜日―」

「その話はなかったことにしてもらって」


漆は教頭の後ろに隠れて顔だけのぞかせてしーっと二階堂を威嚇した。教頭はそれに対しやはり笑顔で手をパンパンと鳴らしてこの話をなかったことにした。


「・・・・別にいいけど。―次はないよ」


ぎゅっぱ、ぎゅっぱと手を握っては開く。


「剣が、あんたは少し危険だって言ってる。殺せとまでは言わないけど」

「え!?剣が話すの?」


樹は興味深々と二階堂のほうに身を乗り出す。それに少々引きつつも、二階堂は答えた。


「話すっていうか、話すって程じゃないんだけど。伝えてくるよ。例えばあんただったら害はないって」

「すげー!!!」


ね、兄ちゃん!と啓太に樹は振り返る。ずっと黙っていた啓太は驚いたように顔を上げた。


「・・・まさか、寝てた?」


一人ダイニングテーブルの椅子に座っていた啓太は先生を除いた全員の後ろにいる。気づかれなくてもおかしくはない。


「いや、俺だって考え事くらいするからな!」

「じゃあ、何考えてたの」

「それは子供の秘密ってやつだ。大人がいるうちは話せない」


よく分からないことを言う啓太に、樹は唇を尖らせる。


「考えてたのは子供の秘密だけ?」

「ほかにもあるぞ!」

「何!?」


この兄は何を考えたのだろうと樹は瞳をきらめかせる。基本この兄は考えないのだ。それが考えたと言う。


「試されて、二階堂は合格して、俺たちと一緒に千穂を守るんだろう?」

「そうなりますね」


斎が柔らかく答える。


「ってことは!もう武尊って呼んでよくね?」


きらきらと弟に負けないくらいに瞳を輝かせて啓太は言った。それにがくりと樹は肩を落とした。それを面白いなと見守りながら、二階堂は言った。


「別に、いいけど」

「じゃあ、これからは武尊って呼ぶな!!」


にっこりとした笑顔に、二階堂は―武尊は毒気を抜かれるしかなかった。


「あの!学校作ったって!なんでそこまで」


場が落ち着き始めたところで千穂が慌てて質問を投げかける。


「どうして、二階堂のお父さんはそんなに良くしてくれるんですか!」


その質問に、教頭は笑みを深め、斎は困った顔をした。


「さあ、なぜでしょうね。貴昭はあなたのお母様と同じ年で、子供も同じ年に生まれている。あなたに少々情があるのかもしれませんね。若いころ、美緒は中心的な人物でしたし、接触も多かったことでしょう」

「だから、助けてくれた?」

「厳密には助けられてはいないよ。場が整っただけ」


武尊が水を差すようにそう言った。千穂は不安げな顔をした。武尊は右手で胸を押さえてから言った。


「―大丈夫、しばらくはもつよ。あんたは死なない」


―俺が守るから、とはもう言わなかった。それは当然のことだから。


「剣が、そう言ってるの?」

「言ってる」


千穂の言葉に武尊は頷いた。


「だから、大丈夫」

「そっか」


えへへと千穂は笑った。大丈夫だと、誰も断言などしてはくれなかったから。そこで斎がパンパンと手を鳴らした。


「私が話せるのはここまでです。今日はもう疲れたでしょう?早く休みなさい」


そう言われて、各自解散した。



斎と教頭とあかりが部屋を去ると、樹は啓太に問うた。


「子供の秘密って何?」


ちなみに武尊は樹に引き留められて残っている。流れで千穂も残ってしまった。


「ほら、千穂の友達の背の高い子が言ってただろう?『大人は隠し事をするけど、それを知ろうとしない限り守ってくれる』って。なんか今回その通りだったなと思って」


樹は目を丸くする。


「兄ちゃんが、兄ちゃんぽくないことを話してる」

「先生たちは隠してるって事?」

「かなり、たくさんのことを隠していると思うよ」


千穂の言葉に武尊が首肯する。


「今日話したことが半分なのか、さらにその半分なのか見当もつかない」


てか


「『私が話せるのはここまで』って言ってたし。まだ話してないことが絶対にある」


武尊は大きくため息をついた。


「親父だけじゃなくて、あの教頭にも先生にも踊らされてたってことか」


むかつくな。純粋に武尊はつぶいた。


「ま、いいよ。今日は寝よう。明日は俺さぼる」

「じゃあ、俺もさぼろうかな」


啓太の断言に武尊が続く。


「兄ちゃんは行って。先生が傷は治してくれたでしょう?」


樹の鋭い突込みが入る。


「私もさぼろうかなー」

「さぼっても部屋から出ちゃだめだよ」

「分かってるもん!」


武尊の言葉に千穂はぷいとよそを向いた。


「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」

「今日は俺たち、一応泊まってくね。壱華が倒れてるし」

「了解」


樹の言葉にそう返事を返して、武尊は手を振って部屋から出て行った。


―シャラン


また、あの鈴の音が鳴ったかと思った。しかしそれは幻聴だったのか、耳を澄ましても聞こえてはこなかった。


「てかさーなんで気づかなかったんだろう。龍堂の家の男は貴の字を名前に入れるって教えてもらったのに」


樹はまたその問いを口にした。


「まあ、知らなかったからな。おじさんに兄弟が居るなんて」

そんな二人の会話を聞きながら、千穂は小さくなっていく武尊の背を見た。いつだって力に溢れている頼れる背だ。啓太とはまた違う。啓太も強いけど、武尊はもっと強いのだ。


「貴ちゃんみたい」


そうつぶやいた千穂を、二人はいさめることができなかった。



「兄ちゃんは怖くないの?」

「何が?」


布団に寝そべり大きなあくびをしながら啓太は答えた。


「二階堂―武尊だよ。武尊は、二人も人を殺したんだよ!」


藤吾は目の前で死に、その兄の死は彼が言葉で伝えてきた。あの時は頭が回っていなかったが、今になれば恐ろしいことだと樹は思う。


「あんなに躊躇なく!」

「仕方ないだろう?敵だったんだ。ああするしかなかった」


そして、俺たちにはできなかった。


「千穂に害さえ及ぼさなければ、あいつは無害だよ」

「そういうんじゃなくて!」


樹はガバリと身を起こす。


「こうやって帰ってきちゃったけど、死体とかどうなってるの?」

「・・・・何も言われなかったから、先生たちがどうにかしてくれるんじゃないの?」

「本物の本間先生は?」

「それもあっちがどうにかするんじゃね?」

「兄ちゃん!」

「大丈夫だから」


啓太は身を起こして弟の頭を撫でた。


「大丈夫だ。先生もいるんだ、あの教頭だっている。だから、大丈夫だ」


そう言われれば、黙るしかない。武尊が怖くないかと言われればまだ怖い。しかし、彼がいないと千穂を守り切れない。


「・・・・・慣れちゃうのかな」


いつか、人が死ぬことに慣れてしまうのだろうか。


「俺は、慣れないと思うな」


啓太は答えた。


「てか、俺には殺せない」

「全部、武尊に任せることになっちゃうよ」


樹は小さく呟いた。今日は確かに人間と命を懸けて戦ったのだ。今になって手が震えてくる。


「俺は、俺は、殺せない。千穂を守れない」

「守れるよ」

「嘘だ!」

「本当だ。武尊の目の前にあのオオカミを吹っ飛ばしたのはお前の召喚した神獣だろ?あれがなかったら俺がられてた」

「でも、ずっと妖ばかり相手にして、あの人は壱華に任せきりだった」


わざとだ。人を傷つけることから自分は逃げた。そう俯く樹を、啓太は膝に抱え込んだ。


「あれは、仕方なかったんだ」

「でも」

「そう思わないと、体がいくつあっても足りない。心がいくら強くたって真っ直ぐに立っていられない」


だから


「大丈夫だ」


樹は、背を啓太に預けながらさめざめと泣いた。


「お前は殺さなくていいよ」


それは啓太の、兄としての心からの願いだった。


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