標的8
―剣が目覚めた。
藤吾は確かにそれを感じ取った。
―剣が持ち主を選んだ。
だったら、ここにいる意味はもうない。
―本当に?
藤吾は周囲を見渡す。雑魚は階下から襲い来る霊気の刃に切り裂かれ砂となり、残っているのはわずかばかりの新たに呼び寄せた雑魚と頼りにしている自慢のオオカミだけだった。そのオオカミ相手に兄とその弟の神獣は善戦している。
視線を移すと結界を張り、自身と銀の器と少年を守っている少女がいる。鋭い視線で睨みつけてくる。
「もう、俺のものにはならない」
だったら、
「剣の意味ごと消してやる」
結界に手を伸ばす。バチバチと衝撃がやってくるが気にしない。
「殺してやる!」
「嫌!」
「させるわけないでしょう!」
疲労とダメージで、壱華の作る結界も弱々しくなっているのは事実だった。気を抜けば壊される。
「だぁぁぁぁぁぁああああ!もう!」
再び吹き飛ばされた啓太が苛立たし気に結界の横に転がった。それを追いかけるのはオオカミだ。邪魔ものは一つずつ消すことにしたらしい。しかし、樹の狼もそれを追わないはずがない。火の鳥は目障りな雑魚の相手に回っている。
態勢を立て直す前に襲い来る刃を利き手に残った小
太刀で受け止める。姿勢から言えば不利だ。すぐさま狼がオオカミに体当たりをして啓太を窮地から救う。
ギャアアアアアアア!
醜い声は怒りのためか。オオカミは声を上げた。そして大きく鋭い爪を刺すように腕を振り上げた。藤吾はまた雑魚を投入する。それらは大柄の少年の動きを止めるはずだった。
ガシャン
どうにか啓太は片手でオオカミの刃を受け止める。そこを狙って雑魚が押し寄せる。
―ちょっ!やばいって!
どうにか逃げようと小太刀に左手を沿える。しかし間に合わない。
「死ね」
藤吾が冷たく笑った。
その笑みに、千穂は思いが腹の底から沸き上がるのを感じた。ずっと言いたくて、言えなくて。言っていいのか迷って。それを千穂はやっとのことで叫びに変えた。
「助けて!」
トントンと軽い音を耳が拾った。音の先を見るとそこでは薄桃のパジャマを着た少女が、雑魚たちの上を器用に飛び歩いていた。ざらざらと雑魚は砂に姿を変える。
「ここには俺でも倒せるのがいっぱいだ」
少女はくすくすと楽しそうに笑った。
「あかりちゃん」
千穂が驚いて少女の名を呼ぶ。少女は―本川あかりは千穂に笑顔を向けた。
「俺、碧っていうんだ。さっき武尊に名前貰ったの」
中に何かいる。そしてその何かは二階堂に碧という名をもらったようだ。
「これで俺も眷属だから、今までよりは少し強くなるかな」
だったらいいなーとあかりの顔で笑う。それを少し気味が悪いと思っていると、待ち望んでいた少年の声が響いた。
「碧!勝手に動くな!」
「ごめん、武尊ー。でも、俺、危機一髪のところを助けたよ」
「このオオカミもどうにかしてほしいんだけど」
まだぎりぎりと床に背を付け押し合っている啓太がこぼした。
「じゃあ、それ武尊に任せよう。浴場のほうへすっ飛ばして!」
その言葉に、狼は体当たりを、鳥は灼熱の風を起こしてオオカミをどうにか押しやる。そこにいるのは黄金の剣を手にした二階堂の姿で。オオカミは狙いを二階堂に移したようだった。爪をまたも振り下す。
―突きとかできないのかな
千穂はのんきにもそんなことを思ってしまった。しかし、刃が二階堂に届く前に、二階堂は剣を横に振って腕をいとも簡単に切りおとした。
「まじ?」
樹がその剣の切れ味に顔を硬直させる。
ギャアアアアアアアアアア
腕を切られた痛みなのか、オオカミは悲鳴を上げるように咆哮した。
「うるさい」
それだけ言うと、二階堂はオオカミの胴を腰から切り離した。悲鳴を上げたまま、ざらざらとオオカミは姿を消していった。それにほっと息をついたのは、誰でもない二階堂だった。
「さすが武尊!」
あかりの中にいる碧がぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
「なんでお前がここにいる!」
藤吾は、千穂のことなど忘れてしまったかのように結界から手を放し、ふらふらと浴場に向かって歩き始めた。
「言われなくても分かるでしょう?」
はあはあと息を切らしながら二階堂は質問で答える。
「嘘だ!兄貴が負けるはずがない!兄貴は、兄貴は!」
「二人でいれば不可能はないと考える弟だって先生言ってたよ」
可愛いね。二階堂の言葉に、藤吾は嘘だ嘘だと頭を抱えて繰り返す。その藤吾に、二階堂はふらふらと歩み寄っていく。
―なんか、すげーきつい
それが本音だったが、彼を殺せと剣が命じてくる。
―シャラン
冷たい音がする。
―シャラン
力にあふれた音がする。
「兄貴は負けない!」
「そう思っていればいいよ。でも、お兄さんは死んだよ。あんただけ殺さなかったら、復讐に来るでしょう?」
それは、だめだ。
―シャン
その音が、剣を振り下したことを告げてきた。人が、死んだことを伝えてきた。視線の先でどさりと鈍い音を立てて藤吾の体が倒れた。四人はただ茫然とするしかなかった。茫然としていると、からんからんと軽い音がした。見れば、黄金の剣が床に落ちていた。そしてかくりと膝から二階堂は倒れこんだ。そんな彼のもとへ赴くことを忘れるほど、4人は疲れ切ってもいたし、頭も働かなかった。ただ各々が固まっていると、エレベータの間に続く扉が音もなく開いた。そこから姿を現したのは。
「先生」
千穂はすとんと腰を下ろした。樹もそれに引きずられるようにへなへなと座り込む。壱華も緊張の糸が切れたのか、ぐらりと体が傾いだ。それを啓太が受けとめる。見れば、意識を手放したようだった。それぞれをゆっくりと見渡して、先生は言った。
「よく頑張りましたね」
温かい笑顔に、千穂は涙があふれてきた。それは安堵だった。もう大丈夫なのだと、その笑顔から読み取った。
「まだ紹介していませんでしたね」
浴場には入らないで、先生は力を使い果たして倒れている二階堂に視線を移した。
「紹介しましょう。彼は二階堂武尊。龍堂貴輝の従弟にあたります」
「・・・・あ!」
樹が声を上げた。
「二階堂のお父さんの名前、貴昭だった」
龍堂の家では、必ず男の名には『貴』の字を入れるのだ。
「あ」
確かに、と啓太がうなずく。
「でも、二階堂は『貴』の字ないぜ?」
「だって、二階堂は龍堂の家じゃないもん」
「・・・・・確かに」
いくつになっても変わらない兄弟の会話に、先生はほほえまし気に笑顔を見せた。そして、先生は呆然とする千穂に視線を向ける。千穂は小さく呟いた。
「貴ちゃんの、従弟・・・・」
ゆるゆると首を巡らせて倒れる少年を見る千穂に、先生は少し悲しげに笑った。




