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  標的6

「うぅ~冷たい~」


千穂は文句を言いつつずっと水に浸かっていた。


「ていうかさ、目覚める目覚める言われてるけどさ、目覚めるって結局何が起きるか俺たち知らなくね?」

「先生も、分かるって言うだけで結局教えてくれなかったもんね~」


戸川兄弟は、部屋の中でも水が来ない場所で座り込みながらそんな会話をしていた。


「剣が出てきたら目覚めなのかな~」

「そんな気もするけど。でも、剣って絶対出るんだったっけ?」

「どうだったかな~出ると思ってるんだけどな~」

「ねえねえ、黄金おうごんの剣って言うからには、本当に金色きんいろの剣なのかな!!」


きらきらと子供らしく目を輝かせながら、樹は啓太の顔を覗き込んだ。


「そうなんじゃねーの?刃のとこが金なのか、柄のとこが金なのか、知らないけど」

「見れるなら見てみたいよねー」


わくわくと樹は横に揺れだした。


「お前もまだまだ可愛いとこあるじゃねーか」


小動物のような弟の頭を、啓太はわしわしと撫でた。


「痛いよ!兄ちゃん力強いんだから気を付けてよ!!」

「ああ~悪い悪い」


悪いと思っていない顔で啓太は謝った。


「もう知らない!」


ふいと顔をそらすものの、樹は結局啓太の隣からは動かなかった。―まあ、動きにくいというのはあるのだが。


「あと10分で12時半か」


ぽつりと樹がつぶやいた。


「教頭が言うには、半まででいいんだろう?禊」

「って言ってたけどね」


どうなんだろうと樹は考え込む。


「本当、俺たちってなにも知らないよね」


きっと、二階堂も―とは言わない。


「大人の事情でもあるのかね」

「大人の事情って何?」

「俺、大人じゃないから分かんね」

「・・・・・そうでしたね」


樹は大きくため息をついて自分の落胆を伝えようとしたが、啓太は涼しい顔だった。


「ちぇ」


樹は顎を膝の上に乗せていじけモードに入ってしまった。


「遅いなー。まだ黄金の剣とやらは出てこないのか」

「え?」

「は?」


聞きなれない声に、樹と啓太は盛大に頭の周りにクエスチョンマークを飛ばしながら上を向く。扉の前には若い男が立っていた。


「いつの間に!」

「いつか~見てるだけだったらずっと見てたよ~」


ほけほけと男は笑って見せる。


 扉のほうがうるさくなったことに気が付いて、壱華が振り返る。そしてそこに立っている男の姿を認める。


「本間先生!!」

「先生??」

「壱華の??」

「残念ながら本間に成りすましたのは俺の兄貴。俺は双子の弟で藤吾っていうんだ」


違う違うと藤吾は手を振って説明して見せる。


「飯島さんみたいな美人がいるって知ってたら、俺も先生やったのにな」


残念と藤吾は肩をすくめる。


「で、ここにいるってことは敵認定していいってことですか?」


啓太が小太刀を両手に構える。樹は小さい声で詠唱に入っている。


「うーん。どうだろう、俺たちが欲しいのは高野原さんじゃなくて、黄金の剣だからな~」


藤吾は悩ましげに腕を組む。


「剣さえもらえれば何にもせずトンずらしちゃうんだけど」

「そんなの認めるわけないだろう」


啓太は小太刀で藤吾に狙いを付ける。樹の詠唱が終盤に差し掛かり、ほのかに光が紋章を描き始める。


「でも、なかなか剣は出てこないもんね~」


藤吾はそれでも涼しい顔だ。そして、意地悪くにやりと笑った。


「襲ってみたら、出るかな」


その言葉が紡がれた瞬間、壁から扉から四方から、妖があふれだした。それはいつかの放課後の再現だった。


「あの時は小手調べだったけど、今度は本気だよ」


キーーーーーーと高い音が木霊する。燃える赤い火の鳥が樹の上に顕現した。


手近にいた巨大な芋虫のような妖を、啓太は切って捨てる。


「―受けて立ってやるよ」

「全部、燃やして―」


兄弟は冷たく瞳を燃え上がらせる。それに応えるように、藤吾も歪んだ笑みを深くした。



 ごろごろとグロテスクな死体が転がる。転がったと思ったらそれはざらざらと音を立てて砂となる。その砂が集まり、水に濡れて泥になる。


―足場が悪いな


小太刀を振るう啓太は一番にその影響を受ける。


「ッ!」


一瞬足を取られる。泥に足が滑ったのかと思ったが、視線を落とすと幼児ほどの小鬼が足にしがみついていた。


「ちっ!」


体勢を立て直し、目の前に浮いている丸い物体に蹴りを入れながら小鬼を払う。飛ばされた小鬼は、火の鳥が羽ばたきで起こした火の粉の混じる熱風に消えた。


「切っても切っても減りゃしねぇ!!」


いらだちが募り啓太は叫んだ。


「イライラしないでよ。伝染しちゃうじゃん」


樹が啓太の叫びに答える。


「どっちが弟か分かんないわね」

「うるさいな!」


壱華にもつっこまれ、啓太はまたも声を上げる。


「ほらほらケンカなんてしてる暇ないだろう!」


藤吾が次々と軍勢を部屋の中に呼び寄せる。それに各々苛立ちながら立ち向かう。


「どんだけだよ!」

「それだけ準備してきたってことだよ」


叫びモードがとれない啓太に、藤吾が笑いながら教える。


「ちょっと聞いた話だったけど、ここまで本当だとは思わなかったな」


藤吾は舌なめずりしながら千穂を見る。千穂はその視線にピクリと体を震わせる。


窓ガラスにぴったりと体を付けてからどれだけ時間が経ったのか。教頭は12時半まででいいと言っていたが、千穂はずっと水から出られずにいた。待機部屋に逃げようとしたが、そちらからも妖が押し寄せてきたのだ。待機部屋からの妖を壱華が、扉からの妖を樹が、待機部屋と逆側の壁からの妖を啓太が受け持っていた。戦闘の時間も、妖の量も、あの放課後の比にもならない。千穂は、寒さと恐怖から歯の根が合わなくなっていた。


―助けて、助けて―


心が叫ぶ。すぐ左で妖が壱華の術に悲鳴を上げて消えて行った。その声に、千穂は耳をふさぐ。


「もう嫌!!」

「―助けて貴ちゃん?」


現実から逃げるように、事実から目を背けるようにぎゅっと閉じた目を、千穂は開かざるを得なかった。ふさいだ耳が、なぜその静かな声を拾ったのかさえ気にならない。千穂は、声の主を振るえる瞳で見つめた。


「どうして」


こぼれた声も震えていた。唇は紫に近い。


「どうして」


大粒の涙がこぼれる。それでも、千穂は顔を伏せることも、視線をそらすこともできない。


「どうしてあなたが貴ちゃんを知っているの?」


藤吾は笑った。笑う唇が千穂からも見えた。


「どうして!」

「千穂!だめ!!」


じゃぶじゃぶと水を切りながら前へ進み始めた千穂に、壱華が悲鳴を上げる。


「千穂!!」


樹も叫ぶ。千穂のほうへ駆け寄ろうとするもすぐに妖に邪魔をされる。大きな咢を開き樹の前に飛び出してきたそれを、樹が新たに召喚した狼が一飲みにしてしまう。しかし、その隙にも千穂は前へ進んでしまう。千穂を止めたくても、声を掛けたくても、戦闘がそれを許さない。


千穂はとうとう水場から上がり、砂の上を歩きだした。まとわりついてくる泥も、滑ってしまう足も、今の千穂にはどうでもよかった。まっすぐに進んでいく千穂に襲いかかろうとする妖を、三人は倒すのが精いっぱいだ。そんな三人さえ目に入らずに、千穂はとうとう藤吾のもとへたどり着いた。そのシャツの裾をぎゅっと掴んで詰問する。


「どうして貴ちゃんを知ってるの!!」


どうしてと、その目を見つめて問い続ける。なんで、どうして。


「あなたが貴ちゃんを殺したの!?」


 今でも覚えている。あの日は雨が降っていた。夕方になっても貴輝は帰ってこなかった。村中の人間で探しまわった。声がかれるまで名前を呼んだ。いつだって、千穂の声に一番に駆けつけるのは彼だった。怖くて怖くて。彼がいたのは、入ってはいけないと言われていた洞穴の中。その中のエレベータ。エレベータがあることも、千穂たちは知らなかった。その中で、貴輝は冷たくなっていた。忘れられない、あの白い顔。


「あなたが殺したの!?」


細い体には、傷の一つもなかった。ただ、どこまでも顔色が悪かった。どこまでも冷たかった。ああ、それなのに。


 どうして涙はこんなに熱いのか―


頭の片隅にそんな言葉が浮かんだ時、藤吾が動いた。


「―捕まえた」


千穂の体に抱きかかえるように腕を回す。その瞬間、突風が起きた。ダンッと何かがぶつかる音がした。


「え」


そのあまりの大きさに、千穂は小さく声をこぼした。そろりと後ろを向く。からりと、小太刀が落ちた。


 ずるずると、ガラスに打ち付けられた三人は水にへと落ちていく。


「―して」


どうして。千穂の疑問への答えは、三人と千穂の間に立っていた。それは、樹の狼とは違う2本足で立つオオカミだった。両腕の爪は刃のように鈍く光っていた。


「もうこれで、剣は俺たちのものだ」


その声に千穂は上を向く。笑顔に歪んだ藤吾の顔に、千穂は戦慄する。暗い瞳が、千穂を見ているのに、千穂ではないその先を見ている。


 怖い―


体が恐怖を感じ始める。本能が、やっとのことでそれを感知する。


 危険だ。


後ずさろうとしても、藤吾の腕が許さない。


 危険だ。危険だ。危険だ、危険だ、危険だ危険だ危険だ危険だ危険だきけんだきけんだきけんだきけんだ


キケンキケンキケンキケンキケン―


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」


頭を、心を、その文字が、事実が、感情が、いっぱいにする。理解が追い付かず、千穂はただただ悲鳴を上げる。


 千穂の悲鳴以外は静寂に包まれた部屋の中に、ガシャンと異質な音が聞こえた。その音に一番に反応したのは藤吾だった。


「来い!!」


藤吾は千穂の手を引き音のした方へと駆けていく。藤吾は、禊を始めるまで千穂たちがいた部屋へと駆けこんだ。


「あ―」


千穂は、視界に飛び込んできた光景に小さく声をこぼした。藤吾は、千穂から手を放し、ふらふらとテーブルのほうへと歩いていく。テーブルの上に柄から刃まで黄金一色の剣が鎮座していた。その周りには割れたガラス片が散らばり、水がテーブルクロスを濡らしている。花瓶と、それに刺してあるはずの花がなかった。まっすぐに突き刺さり伸びる姿は一国の主とでもいうように気高く威厳に溢れている。柄は先が輪になっており、赤い飾り紐がついている。


 ―しゃらん


小さな音が、聞こえた気がした。


「これが、黄金の剣」


藤吾はゆらゆらと歩を進め、剣の前で止まった。ぼうと剣を見つけた。そして突然笑い出した。


「あはははははははははは!やっと見つけた!ずっと待っていた!!もうこれは俺たちのものだ!」


ギラリと強く瞳をきらめかせ、藤吾は剣に手を伸ばした。しかし、藤吾は剣に触れることはできなかった。


 バチバチッ


白い光がはじける。剣の周りに不可視の結界が張られていた。


「小娘」


藤吾は、その結界が誰によるものか分かると視線を部屋の外へと向けた。びくりと震えた千穂の前に立ちはだかるのは、いつだって黒い髪をなびかせるきれいな人。しかし、今はその髪は重く水を滴らせる。


「あんたにやるわけないでしょう」


壱華は札を構えながら藤吾に言い放つ。


「あんたの犬は男供が面倒見てるわよ」

「―やめた。やっぱり殺す」


藤吾は暗く笑う。次の瞬間また妖が部屋に追加される。


 壱華と千穂の周りに白い光が円を描く。そこから霊力が吹き出し妖を消すため放出される。強い風が吹く。濡れて重くなっているはずの壱華の髪もばさばさと水を飛ばしながらはためく。千穂は風から顔をかばうように腕を交差させる。


「何を手間取ってるっ!」


藤吾の予想を超えて壱華たちは粘っているようだった。苛立ちを隠せなくなってきた。目の前に剣はあるというのに、あと一歩届かない。


「どうせお前たちにこの剣は使えないんだ!だったらおとなしく俺に渡せ!」

「うるさいわね!」

「貴輝は死んだんだ!代わりに俺たちが使ってやる!!ちゃんとお前たちの大事なお姫様だって守ってやるさ!!」

「貴ちゃん!」


千穂は思い出して叫んだ。


「どうして貴ちゃんを知ってるの!?」


まだ教えてもらっていない。千穂は、さっきまで震えていたのが嘘のように強い瞳で藤吾を見つめる。藤吾はまた嬉しそうに口元を歪めた。


「知ってるよ。なんでも知ってる!お前たちが知っていることはなんでもな!」


あははははと藤吾は楽しそうに笑うのだ。


「俺の兄貴はすごいだろう??夢を介して人の記憶を見れるんだ」

「それで、人の記憶をいじるのがあなたのお兄様はお得意って言いたいわけ?」


壱華は負けじと声を張り上げた。


「そうだよ!この学校の教員に成りすまして、お前たちに近づいた。外で奪おうとするよりずっと安全だろう?この中のほうが敵が少ない」


お前たちしかいない。にやりと笑う。


「―いつから狙ってたの?」

「ひと月前くらいかな。酒場で聞いたんだ。相川学園に行って見て来いって変な奴に言われた」


藤吾は答えた。


「なんでも切れる剣なんて飛びつくに決まってる。俺に話しかけてきたやつも俺にだけ話したわけじゃないだろう。俺たちみたいな能力者だったら、高野原千穂が銀の器で、相川学園にいるって他の奴らでも知ってるだろうぜ!」


敵は妖だけじゃない。藤吾はただただ笑う。


「だけど貴輝はいない」


ぴくりと千穂は震える。


「可愛そうに。せっかく守るって約束したのに、原因不明の死を迎えるなんてさ」


俺たちにとっては都合はいいけど。藤吾は軽く舌で唇をなめた。


―貴輝はいない。守ると言ってくれた少年はいない。妖から人から狙われる。その規模を思い知る。なのに、貴輝はいない。


「まだ私たちがいる!」

「でも、剣がなけりゃいつかやられる。俺たちが使ってやるよ。」


藤吾は手を伸ばす。


「だから来いよ。俺たちが守ってやる」


ふるふると千穂は首を横に振り壱華の服を掴む。


「行かない」


そう答えたのと、啓太と樹が部屋に転がってきたのは同時だった。

「いってー」


ぼやきながら啓太はすぐに体勢を立て直す。戦闘向きではない樹はなかなか起き上がれない。しかし、そんな樹を守るように大きな狼が彼の横で唸り声を上げている。


「ちょっと!こっちに連れてこないでよ!」

「仕方ないだろ!あいつだけべらぼうに強いんだよ!!」


殺傷力を持つ風が禊の部屋から吹いてくる。啓太は小太刀を体の前で交差させてそれをしのぐ。樹は狼に壱華と千穂がいる結界の中に放り込まれる。


「ずっと見てたよ。お前たちの記憶を」


兄貴はすごいから。


「だから貴輝が死んだと知っていた。金色こんじきの使い手が不在なのは俺たちにとって好都合だった」


藤吾は一つ舌打ちした。


「あの二階堂って餓鬼が出てきたのは計算外だったけどな」


うまく張れたんだぜ?あの日の結界。藤吾は肩をすくめる。


「特別うまく張れた。だから、きれいにあんたを切り離せた」


それが、黒い影に襲われた日だと千穂は思い至る。一人だけ、結界の中に取り込まれたあの夜を思い出す。


「なのにあの餓鬼に邪魔された。力の使い方は知らないくせに、霊力だけは強いからな。妖もびびって退散しちまった」


でも、と藤吾は笑う。


「あいつももういない」


その言葉がさす意味を理解して、千穂は頭が真っ白になる。


「―殺したの?」

結界で風と妖の攻撃をしのぎながら壱華が問いかける。


「さあ。でも、そろそろ死んでるんじゃない?―本当は剣の試し切りに使ってやろうかと思ってたけど、兄貴と戦い始めたみたいだ。剣もなしに大群に勝てるわけだないだろう?」

「確かに、あなたのご自慢のお兄様がいないものね」


 樹が待機室の妖退治に燃える鳥を加勢させる。狼は啓太と一緒に二足歩行のオオカミと戦闘を繰り広げていた。火の粉が散る。それは、最悪のそれを連想させるようで。


「でも、あなたのお兄様が二階堂に勝てたことってあるのかしら」

「今度は勝つんだよ」


藤吾は少し顔を歪めた。機嫌を害したらしい。


「なんだかんだ子供だよな」


簡単に騙される。ちらりと横目に千穂を見る。


「あんたが兄貴に捕まったんじゃないかって心配して、準備室にのこのこ丸腰で来たんだ」


―ああ、なんでこうなるんだろう。


 千穂は口がからからに乾いてくのが分かった。なんで、この三人はこんなに傷だらけになりながら戦っているんだろう。どうして、二階堂は罠にはまったんだろう。


「―たしのせいだ」


涙がこぼれる。みんなみんな、自分を守ろうとしてくれる。自分は守りを必要とし望んでいる。


「もう嫌だ」


扉が壊れる。凶器の風が吹き荒れる。壱華の結界の外にいた啓太が隣を通り過ぎ壁に打ち付けられる。小太刀が手を離れ落ちていく。千穂は部屋を見渡す。あんなにきれいだった部屋はどこもかしこもボロボロだ。壁も床もえぐれ、泥まみれでびしょぬれで、かと思えば焦げ目があって。樹の狼が、藤吾のオオカミと戦っているのが見えた。


「もう嫌」


千穂は逃げるようにしゃがみこんでしまう。


「だから言っただろう?俺たちが守ってやるって」

藤吾がもう一度手を伸ばす。しかし、千穂は見ていない。

「守るって言ったのに」

「助けはこないよ」


もう、二階堂は来ない。その言葉はどこまでも絶望的で。しかし、千穂の脳内を占めたのは黒ではなかった。千穂の頭を埋め尽くしたのは黄金。澄んだ音が鳴り響く。


―シャン


―シャン


優しく、強く。重厚で幻想的で攻撃的で冷酷で。


―シャンシャンシャン


音が大きくなる。


「死んだの?」

「ああ、死んだよ」


きっとね。


「もういないの?」

「そうだ」

「来ないの?」

「来ない」


何度も問いかけてくる千穂に、藤吾は答える。


「―本当?」


ならば、この音はなんだ。この金色はなんだ。心臓が温かい。強く鼓動を刻む。黄金が強くなる。音が大きくなる。それが何かは分からない。黄金の剣に視線を移す。それはいつの間にやらゆらゆらと揺れて宙に浮き、まるで主を探すように剣先をくるくると回していた。


「嘘だ」


剣は探している。剣が求めているのが誰だか千穂は知っている。だって、あれは自分の半身に近いものだ。千穂はあらがうように声を張り上げた。

「お前のあるじは、二階堂武尊だ!二階堂のところに行け!!」


剣は言葉を理解したように発光し姿を消した。


「な!」


焦ったのは藤吾だった。本当に二階堂のもとへ向かったのだろうか。向かったということはまだ二階堂は生きているということなのだろうか。―兄が負けたということなのだろうか。


 誰もが二階堂の安否がわからず、ゆえにどうすればいいか分からなかった。オオカミを相手にしている樹の狼以外、動きを止める。次の瞬間、大きな霊力の波動が下から沸き上がり、その場にいる雑魚をすべて消し飛ばした。


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