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  標的3

『どうして掃除棚を倒して狙ったの?』

『あれは事故だ。命令はしていない』

『噂を流したのも先生?動揺させるため?』

『高野原はつつけばすぐにぼろが出そうだからな』


それに自分は内心同意した。

『藤谷先生が突然呼び出してきたのも先生が何かしたから?』

『お前と高野原を引き離すためにちょっといじらせてもらったよ』


そんなことを話して、そして―


ふと、目覚めた。目覚めるという行為を持って、自身が眠っていたことに気が付く。


―あれ?いつ寝たんだっけ


二階堂はどこかぼんやりとする頭の片隅で記憶を手繰り寄せる。自分が持っている最後の記憶は英語の準備室だ。千穂が本間に呼び出されたと聞いて、教室を飛び出して準備室に来た。その後気を失って、気づけばパイプ椅子に縛られていた。


―なんのドラマだよ


そう思って、口端をゆがめる。水は時折無理やり飲まされたが、食べ物はもらっていない。空腹だと素直に思った。そこまで思い出し、乾いた声で言葉を紡いだ。


「思ってたよりは馬鹿じゃなかったんだな」


本間のやつ。閉じ込める、あるいはさらう。その目標を千穂から自分に変えたことに二階堂は一つの答えを得ていた。


―本間の狙いは剣だ


『もしも黄金の剣が目の前に現れたら迷わずに取れと言われている』


このことを高野原とその幼馴染から知り、標的を自分に変更したのだろう。


―まだ、使い手が不在の間に利用したい可能性は残ってはいる。また、誰かが裏切っているのか、何か変な術でも使ったのかは分からないが。それにしても


「その剣ってそんなに強いのか?」

千穂達もそう言っていたと二階堂は思い出す。


 思案に伴い意識が覚醒し、鈍痛が体に広がり始める。それでも、二階堂は平素と変わらない態度だった。


―でも、やっぱり馬鹿だ


 二階堂は歪んだ笑みを浮かべた。


「余裕なんだな」


笑ってられるなんて。頭を掴まれて上を向かされる。そこにあるのは見知った顔だった。


「先生、こんばんは」


笑顔でされた挨拶が気に食わなかったのか、本間は舌打ち一つ、二階堂の腹部に蹴りを入れた。


「がはっ」


二階堂が咳き込む姿に機嫌をよくしたのか、本間は薄く笑って解説を始める。


「お前も馬鹿だよな。心配ならどこかに閉じ込めておけばいいのに、本人の意見を尊重しようとでも考えているのか?」


確かに、話の方向は彼女の望む方向へと常に進んでいる気がする。自身は至って平素な生活を送り、生活に踏み込んでくる異常は幼馴染や自分が退ける。


「で、結局俺に呼び出されたと聞かされて一人で飛び込んできて」


ああ、本当に馬鹿だよお前と本間は笑う。


お前よりは馬鹿じゃないよとは、思うけれど言わない。


「調子のってたんだろ。力が強いだのなんだの言われて」


本間は教師用の大きな机に腰かけて、二階堂を見下ろす。


「確かにお前の霊力は強いけど、結局体はただの人間だろ?薬で一発だよ」


そこまで聞かされて、二階堂は自分に何が起きたかひとまずおさらいができた。


 本間は自分をおびき寄せるために高野原を英語準備室に呼んだこと。彼女は無事にこの場から帰り、その後やってきた自分は薬で気を失ったこと。気絶した自分をこの男がパイプ椅子に縛り付けたのだろうこと。

薬はたぶん、部屋に充満させたのだろうと二階堂は考える。ドラマなんかでよく見る、ハンカチか何かで口と鼻を覆うというやり方は本間には無理だ。実行する前に自分に蹴り倒されるなり投げ飛ばされるなりの結果に終わることは目に見えている。


そんな薬あったかな


と、どこかのん気に考える。それさえも、昨晩の思考と同じだった。


「本当、お前って生意気でむかつく」


吐き出すように本間はそう言った。思ったより動じない少年に、わずかばかりに焦燥が生まれる。


「先生」

「なんだよ」

「まだ、先生の偉大なる野望のお話が終わってませんよ」

「そういうところが生意気だって言ってんだよ!」


頭に血が上ったようで、本間はずかずかと二階堂に歩み寄るとまた蹴りを入れ始める。蹴って、殴って、ひとしきり満足したのか息を荒げながら二階堂と距離を取る。


「こっちは教師だっていうのになめた態度取りやがって」


少し息を切らしながら本間はそう文句を言った。


 これだけで息を切らしているようじゃ先が思いやられるなと二階堂は痛む体を余所よそに考える。そして、笑う。


「昨日は話してくれたのに」


 目的は剣であると、二階堂は実験結果から割り出している。そして、千穂とその幼馴染のどこかから情報が洩れていることも分かった。あの手紙は、高野原千穂の手に渡ったから読まれたのだ。


「どうして剣が欲しいの?どうやって本間として入り込んだの?本名は何?どうやって妖を操っているの?」


矢継ぎ早に質問すると、本間はぐっと押し黙る。彼が逡巡しているのが分かる。手品の種を明かして驚かせてやりたい気分と、情報を開示してしまうことによる不利益とが彼の中で天秤にかかる。


「大丈夫だよ。こんなに強く縛ってるんだから」


そのために、縛ったんでしょ?と二階堂は本間を促す。


 ―彼は確かに可能な限り強く椅子にこの少年を縛り付けた。このまま話さないということは、その事実を自身で否定してしまうことになる。それは小さな彼のプライドを傷つけるには十分だった。


「・・・剣が欲しいと言ったのは弟だ」

「兄弟が居たんだ。似てるの?」

「外見はな。一卵性双生児ってやつだ」


本間はまた先ほど座っていた机に腰かける。


「あいつ、どっかから剣と銀の器の話を聞いてきて、欲しいって言いだしやがった」


苦々しげな顔に、二階堂は首をかしげる。


「先生は、剣、欲しくないの?」

「―そうだよ。俺は俺なりに小さな塾でも開いて英語でも教えてればそれでよかったんだが。でも」


―弟のお願いはきいてやるべきだろ?


本間は薄く笑った。


「俺たちが二人でいれば、不可能はないって考えるやつだ」


可愛いだろう?とくっくと本間は笑った。


「選ばれたものだけが振るえる伝説の剣。それを持っていることは強さを証明する。―まあ、それを欲しがっているのは藤吾とうご一人だけどな」


優しいんだね。二階堂はそう言って笑った。


「剣が目当てだったんなら、あんなに頑張って捕まえようとしなくてよかったんじゃない?」


そのために、校内に侵入して、妖を中に手引きしたんでしょう?


そういえば、苦々しく本間は舌打ちをして見せた。


「目覚めまで何もしないで待っておくつもりだったんだが、事情が変わったんだ」


最初の襲撃は小手調べだ。と付け加えることも忘れない。


「校外で狙われたことを言ってる?」


その勘の良さに本間はまた舌打ちをする。


「そうだよ。だったら俺たちがいる部屋に連れ込んで目覚めまで待ったほうがいいって話になったんだ」

「ってことは、あの黒い影が何だったのか二人は知らないんだね」


本間の眉の根が寄る。不機嫌になった証拠だ。二階堂は質問を変えることにした。


「じゃあ、どうして俺は殺さないの?」

「藤吾は、一番初めにお前を切りたいんだと」

「嫌われてるねー」


くつくつと笑う。


後は剣を取られないよう予防だ。と本間は付け足す。


「目の前に現れなかったら、剣から手を引くんだろう?」

「剣を巡ってライバルってことが分かったから俺を高野原から引き離した。ねえ、あんたに情報を流してたのは誰?」


そう問えば、本間は愉快だとでもいうように大声で笑い始めた。


「あいつらの中に裏切者はいないよ。ただ、夢を見てただけだ」

「夢を見る?」


二階堂は首をかしげる。


「その日あったこと、かつてあったことを夢に見させるんだ。そして同じ夢を俺も見る」

「すごい」


―だから、手紙を渡したその日は高野原には何もなかったんだ。朝渡して、その日の夜の夢で初めて知ったから時間差が生まれたんだ。


 二階堂は一人理解を深める。


「お前はピアスが邪魔でなかなか夢は読めなかった」

そう言ったあと、本間は手のひらで小さな何かを転がした。赤いピアスだと容易に知れた。


「これを取ってしまえば、お前もあいつらと同じだ」

「俺の夢見て、何が分かったの?」

「お前が何も知らないってことが分かったよ」


本間は馬鹿にするように笑った。また歩み寄ってきて、顔を覗き込む。


「お前、本当にいい子だよなー。親の言いつけ守って、こんな目にあって」

「親父はできないことをやれとは言わない」

「いい加減口の利き方の一つくらい覚えろよ」


気に食わなかったのか、腹に蹴りが入る。また咳込む。


「先生は、今日は余裕だね。弟さんのほうが高野原のほうへ出向いてことが始まってるから?」


―だから昨日よりよほど饒舌なんだろう?


それが二階堂はおかしくてたまらない。昨日は警戒からか、比較的会話は少なかった。おとなしく縛られていたかいがあったというものだ。


その言葉に、本間は一瞬しまったという顔をした。自分がここにずっといればいずればれることなのだが、なぜか知られるとまずい気がしてしまうから恐ろしい。


「―ねえ、どっちがどっち?」

「はあ?」


黙り込んでしまった本間に、二階堂は話しかける。しかし、意味が分からなくて、本間は眉根を寄せた。


「どっちがあなたを本間と認識させて、どっちが妖を操ってるの?」


本間は今度こそ黙り込んだ。そんな質問、答えない方がいいに決まっている。答えてしまったら、自分の限界が知られてしまう。


「俺の予想はね。先生が認識で、弟が妖だと思うな」

「どうして?」


本間は気が付けば問い返していた。心臓が早鐘を打つ。


「性格的に、先生は神経質だし、認識操作のほうが細かい作業そうだなって。あと、紛れ込んだのがあんたのほうだったから」

イメージだけど。と少年は締めくくる。


 なんとなく主導権はこちらに移りつつあるものの、やはり縛られているのは分が悪い。大声を上げたところで人はいないだろうし、そもそも結界を張るのも得意な兄弟のようだし、きっとこの準備室は隔離されているのだろう。どうしようかと近づいてくる本間を見つめながら二階堂は考える。時間稼ぎが必要だ。


「あとね、これも予想なんだけど、本物の本間は生きてるよね?」

「―どうしてそう思う?」


乗ってきた。


「あんたが本間として乗り込んできて、高野原を捕まえて、本物の本間を戻して、高野原の存在を関係者の頭から消してしまえば完全犯罪の出来上がりだ。力の見せつけにちょうどいい」


ガンと本間は椅子の隣にある棚を蹴った。


「少しは表現くらい考えろ」

「図星だった?」

「っこの!!」

再度足を腹に押し込もうとしたその時、


ガシャーン・・・・カランカラン・・・


それはいったい何の音か。廊下の、この準備室に近いところから響いた。結界を通り抜け、静寂の中に、木霊する音。それは


「誰かいるのか?」


本間は大きく目を見開き、扉を見つめた。


「誰か、いるのか?」


ゆっくりと歩を扉の方へ変える。ゆっくりと歩を進め、扉の前に立つ。


―少し、開いている。


冷たい風が、そこから吹き込んできていた。結界が破られている。


―誰かに見られた。


その事実に、本間は焦りを隠せない。ばっと扉を開け、廊下を見渡す。すぐそばの掃除用ロッカーの扉が開き、箒が倒れていた。ひとまずそちらに目星をつけて、本間は駆けて行った。


 これは好機だと二階堂は思うのだが、いかんせん動けない。パイプ椅子に縛られているし、椅子ごと強引に跳べないこともないのだが、それでは本間が戻ってくる前に逃げ切れない。どうしようかと考えていると、トンという軽い音と、カシャリという少し大きな音がした。


 二階堂が扉のほうに振りかえってみると、そこには見慣れた少女の姿があった。


「あんた、何してるの?」


少女は予想外の行動に移った。


「武尊~!!!!」


ぴょんと軽やかに飛びついてきたのだった。目を白黒させていると、整った顔が自分を見上げた。その瞳が、ほのかに青緑を帯びていた。


「誰だ?」


本川の体の中にいるおまえは誰だ?―本川あかりはにっこりと笑った。


「俺、名前ない。だから、武尊がつけて」

そう請われて、二階堂はしばし考え込む。


―悪いものではない、と思う。そして、決めた。


「お前の名前はあおだ」


そういえば、あかりに入り込んだ碧は嬉しそうに笑った。



「今晩はもうこの部屋を出るな」


自分より外見は幼く見える漆という名の少女はそう偉そうに命じてきた。何か言うとめんどくさそうだったので、あかりは柔らかく笑った。


「分かったわ、送ってくれてありがとう」


そういえば、鼻高々だと言わんばかりに胸を張る。それがおかしくてくすくす笑い出しそうになってしまった。


「それじゃ、あなたもよい夢を」


そう言って、あかりは玄関の扉を閉じ、自室へ戻った。ばふっとベッドにダイブする。


「置いてけぼり食らったわね」


二階堂は、あかりが二階堂を調べるために彼のパソコンに入ったことに気付いていた。ある意味同類な二人なためか、彼は自分に何かあったときはあかりを頼るよう指示していたらしい。それは少し誇らしい。


「だからって言っても、これは悔しいわよね」


禊やら目覚めやら儀式やら、なんだかんだ不思議な言葉が聞こえてきていた。


『見たい?』


その声は唐突に頭に響いた。


「誰?」


あかりはばっと身を起こして部屋を見渡す。


―二階堂の話を全部信じていたわけじゃない。見えないものはないと同じだ。だから、幽霊も妖怪もいない。あかりはそう考えていた。


『結界が邪魔して武尊を普通の人間には見えないようにしてある。武尊のこと、見たい?』


「―でも、二階堂のことは教頭先生がどうにかするって」


『あれは嘘。あの人は傍観者だよ。戦いの中に割り込んでは来ない』


「じゃあ、どうするのよ」


『知りたい?』


何が起きているのか、武尊が何者なのか、千穂が何者なのか、今から何が起きるのか、どんな終わりを迎えるのか。


『知りたい?』


「・・・・―知りたかったらなんなのよ」


あかりは姿なき声の主にけんか腰に答えた。少し、怖い。


『俺に、あなたの体を貸して?あなたの意識まで取ったりはしないから。主導権だけ頂戴。そうすれば、あなたは全部見ることができる』


―全部見ることができる


それはとても魅力的な言葉だった。あかりは怖いながらに頷いた。


「私にも見えるっていうなら、この体、貸してやるわ」

『契約成立だ』


嬉しそうな子供の声が聞こえたとたん、一瞬世界がくるりと回った。そして気づけば自分の体は勝手に動いていた。


『今から武尊のところに行くよ』


子供はあかりにそう行き先を告げた。


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