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  標的2

「これは、何かあったと判断していいのかな」


樹が、二階堂の突然の休みに考え込む。


「斉藤に訊きにいったら身内に不幸がどうのって」

「だとしても、連絡くれそうなタイプに見えるよね」

「そうね」

「でも、俺ら千穂の誕生日いつか教えるの忘れてね?」

「あ」


千穂が間抜けな声を上げる。


「目覚めと同時に剣が出るって話しかしなかった」


うわーバカだーと千穂が悲鳴を上げ始める。壱華は咳払いでその悲鳴を止める。


「今の問題は樹が二階堂からもらった手紙を開封するかどうかよ」

「確かに」


千穂は頷いて騒ぐのをやめた。そして視線を樹に向ける。


「開けちゃう?」


千穂のメールにも返信来ないし。と樹は言う。


「考えるの面倒だし、開けちゃおうぜ」


なんともな理由だが、それが真実だ。そしてそれをサラッと口にできるのが啓太である。


「じゃあ、開けるよ」


樹はべりっと糊付けされた封筒を開けて中身を取り出す。そして怪訝な顔をした。


「―困ったときは本川あかりを頼れ、だって」

「あかりちゃん?」


千穂が頭の周りにクエスチョンマークを飛ばしまくる。そしてそのまま携帯を見た。


「あかりちゃんに、なんて言って頼ればいいんだろう」

「二階堂と音信不通になってることじゃない?」


樹が答える。


「そっか」


千穂はじっと携帯を見つめる。二階堂にとても興味を示していたあかり、二階堂の言い方からして自分たちも興味を持たれているのだろうあかり。彼女に連絡を取っていいものなのだろうか。


「連絡しよう!」


樹が千穂の背を押すようにはっきりと言った。


「俺たちが頼れるのは結局二階堂で、二階堂が頼れっていうんだから、この人を頼るしかないんだよ!」

「うん」


目覚めは近い。あと数時間で日をまたぐ。千穂はあかりにメールを送った。


『二階堂がお休みなの、何か知ってる?』

「本当は電話が早いんだけどな」


樹がぽつりとこぼすが、返信は速かった。


『たぶん、分かってると思うわ』


そんな答えと一緒に、今からこちらに来るという文章があった。それに四人が慌てていると、すぐに玄関のチャイムが鳴る。


「わー!早いよ!散らかってるのに!」

「もういいから出て!」


千穂と樹はてんやわんやの大騒ぎである。それにため息をつきながら、壱華が玄関に出た。あかりと一緒にリビングに入ってくる。もうすでに風呂まで済ませたのだろう彼女は淡いピンクのパジャマを着ていた。


「こんな格好でごめんなさいね」


眉をハの字にしながら笑う。それだけ急いできてくれたということか。あかりはノートパソコンを手にしていた。壱華に勧められて千穂の隣に座ったあかりは、そのノートパソコンを開きながら言った。


「これは秘密にしておいてほしいんだけど」

「うん」


千穂は考えもせずに頷いた。


「学校の教師のデータをちょっと取ってきたのよね、四月の頭に」

「はい?」


啓太が間抜けな声を上げた。それにあかりは苦笑する。


「あかりちゃん、そんなことしてたの!?」

「だって、先生のこと気になるじゃない」


そう笑いながら何かのファイルを開ける。すると、ある人物の写真と名前が出てくる。ぽっちゃりと丸い顔に、担当教科は英語と書かれ、名前は本間敬一と書いてあった。


「あれ?」


千穂は不可解な声を上げる。


「これ、本間だ」

「そうなのよ、彼、本間なのよ」

「ちょっと、どういうこと!?」


説明してよと樹が割り込む。あかりは説明を始める。画面が向かいの兄弟に見えるようにパソコンを回す。


「彼は、私たちの中で間違いなく本間なの。そして、いま私たちに英語を教えている本間はこっち」


自分のほうに画面を向けていじる。そこには千穂たち高校1年組が見慣れた本間の顔がある。


「これも、本間なのね?ある時点で写真が入れ替わったみたいね」

「なんで調べようと思ったの?」


樹が不審げに問いかける。


「だって、二階堂が名前を彼に訊くから」


ちょっとデータ見直したら本間が二人になっちゃって。


「同姓同名じゃなくて、入れ替わり方からして今の本間が偽物でしょう?」


―まあ、彼も「本間」だって認識しちゃうんだけど。とあかりは付け足す。


「だから、千穂が本間に昨日手伝わされてるの知ったとき、二階堂英語準備室にダッシュしてったのよ?」


会わなかったみたいだけど。


「それで、今日休みなのおかしいなと思ったから今度は監視カメラの映像を―」

「映像も取っちゃったの!?」


樹が嘘!と声を上げる。


「英語準備室の入り口が映っているのを頂戴したわ。それを見ている限り、千穂と本間は準備室に入って出てきたんだけど、二階堂は入ったきり出てきてないのよ」


あかりは腕を組んだ。


「だから、質問無理やり作り出して準備室に行ってみたんだけど、本間しかいなくておかしいなと思ってたの」


ふーと息を吐き出す。


「それで、この情報は役に立ったのかしら」


あかりはそう笑って見せる。


「超助かる」


樹が即答する。


「じゃあ、二階堂は英語の準備室にいる可能性が高いってことだね」


樹はふむと頷きながらそう言った。


「兄ちゃんと俺で見てくる?」


そう樹が提案したとき、ピンポンとどこか間の抜けた音でチャイムが鳴った。それに全員が顔を見合わせて何事かと無言で問いかけた。そんなことをしていると、またピンポンと鳴る。壱華が席を立った。


「ちょっと出てくるわ」

「気を付けろよ」


啓太が珍しく厳しい瞳で壱華に注意する。それに少しムッとしながら壱華は答えた。


「分かってるわよ」


そう言って、廊下に出て行った。なんとなく気になって、千穂もついていくことにする。壱華はドアについている小さな穴から誰だかチェックしていた。安全だと判断したのかドアを開ける。


「こんばんは」

「あ―」


珍しい訪問者に、千穂が声を上げる。壱華がそれに振り返った。


「千穂。出てきちゃダメじゃない」


それを無視して壱華の後ろから顔を出すと、やっぱりそこには相川学園の教頭がにこにこと笑いながら立っていた。


磨きあげられた革靴に、高そうなスーツを着て、そしてそれがよく似合う年齢不詳の男。名前はなんだったか。


「こんばんは、高野原さん」

「こんばんは」


千穂は、壱華の後ろに立ちながら挨拶に答えた。


「すみませんね、こんな時間に訪ねてしまって」


心底すまなさそうな顔を教頭はして見せたが、どうしてこの男の表情はこんなにも作ったもののように見えるのか。しかし、どこか怪しさを持ちながら聞かなければならないと思わせる。


―だから、教頭先生なんてやってるのかな。


若そうだけど。と千穂は思いながら教頭の顔をじっと見つめた。だって、用があるのは教頭なのだから。


「君たちの先生に頼まれていてね」


緊張が壱華に走ったのが分かった。細い背中がこわばる。


「―先生と知り合いなんですか」


壱華が尋ねる。教頭は柔らかく頷いた。


「はい。君たちのことをよろしくと言われています」


―信じていいのか嘘なのか。どうすればいいのか分からない。このタイミングで、どうして先生の知り合いだと名乗り出るのか。


「明日は高野原さんの誕生日でしょう?明日は目覚めの日となります。特別な日を迎えるには、特別な儀式が必要です」


ただただ笑顔で、教頭は笑顔で説明する。


「この学校は、あなたのために作られたようなものです。不思議に思ったことはありませんか。このビルの上の階は、どうなっているのだろうと」

「確かに、私たちはこの階までしか基本上がれないですけど」


壱華が千穂を背にかばいながら答える。生徒が寮として使っているのは二階堂の居る階までだ。その上は何があるのか千穂たちは知らない。


「最上階にみそぎのために水を引いています。今日はそこで日を越してもらいます」

「―そんなことが必要だなんて、私たち、先生から聞いていません。」


壱華が千穂を自分の背に隠そうとする。しかし、千穂は隠されまいと顔をのぞかせる。ちゃんと、話を聞いておかなければならない気がした。


「そうですね。彼女は秘密主義者ですから、小出しにしか真実を教えてはくれません」


困ったように教頭は首を横に振った。


「―あなた方も、大変な人を師に持ってしまったものです」


その言葉は本当か、誰をどこまで信じていいのか。


「証拠はありますか?」


あなたが言っていることが、先生の意思だという証拠はありますか?


壱華はじっと教頭の瞳を見つめる。黒い瞳が、どこか茶を含む瞳を見つめる。


「―ありません」


にっこりと笑って教頭はそう言った。


「じゃあ―」


お断りします。と、壱華は言えなかった。


「行きます」

「千穂!」


壱華の後ろから顔だけ覗かせて、千穂は答えた。怖いから、壱華の横に並ぶことさえできない。しかし


「私、最上階に行きます」


必要なのだろうと、千穂は思った。思えたから、行くことにした。


―あなたは、自分が思うように生きなさい。銀の器であるあなたの第六感は外れません


先生はそう言った。だったら


―二階堂は敵ではない。

―教頭の言うことは正しい。


「案内しろって、先生に言われてるんですよね」


連れて行ってください。ぎゅっと、壱華のシャツを掴む手に力を込める。教頭は笑った。


「はい」

「ちょっと準備してきます」


千穂はそう言い残してリビングに小走りで向かった。その背を壱華が見送った。啓太と樹を呼びに行ったのだろう。自分も行ってもよかったが、教頭を一人ここに置いておくのは危ない気がした。


 リビングの扉を見つめていると、すぐにあかりも含めた四人が出てきた。あかりの存在が予想外だったのか、おや、と教頭は小さく声をこぼした。


うるし


そう呼べば、


「はい!」


元気な声で少女が返事をしながら現れた。この季節に黒と紫のボーダーニットワンピを着ている。長く黒い髪と瞳が印象的だった。そして、漆と呼ばれたこの少女の視線は、千穂にとってはなぜが痛かった。


「彼女を部屋まで送ってあげなさい」


教頭は、漆と呼んだ少女にあかりを部屋まで送るよう命じた。


「二階堂のことはどうするの?」


あかりは千穂の耳元でこそこそと尋ねた。


「彼は心配ありません。私がどうにかしておきましょう」


―なんて耳だ。


あかりは自分を棚に上げてそう思った。あかりは疑いを込めてじっと二人の顔を見ていたが、あきらめたように小さくため息をついた。


「じゃあね、千穂。また明日」


あかりは小さく手を振って玄関から出ていった。漆がそれを確認して歩いていく。あかりはその細い背を追っていくだけでよかった。その様子を確認してから教頭は言った。


「私たちも行きましょうか」


その言葉にうなずいて、四人は最上階へと向かった。



 エレベーターを出てすぐ、広い空間が広がっていた。黒い高級そうな絨毯詰めの床。フカフカだけれど、真っ黒のそれはどこか気持ち悪い。教頭が指し示す先には、重そうな木の扉があって、そこもまた厳粛な雰囲気をもっている。


 音もなく、その扉は開いた。


「う、わ―」


きれい―だと千穂は思った。全面ガラスの壁で、窓の向こうには都会の夜景が広がる。天と地の境は分からず、下にも上にも光があふれている。窓の手前にはことことと水が湧き出て注がれている。それは大きな浴場のようだった。黒いタイル張りの無機質な浴場。浴場と違うのは、部屋の中央に台座があることだ。床と同じ材質でできた台座。その上には大きな赤い布がかけられている。その赤だけが、この部屋にある色らしい色だった。


「あの台座に黄金の剣が現れるって?」


その声は啓太のもので、ああ、啓太は本当に一つ年上なんだなと思える落ち着いたものだった。


「ええ、そのための台座です」


我々がそのために用意しただけであって、本当にあそこに顕現するかは分かりませんが。教頭はおかしそうに笑った。


「なんか、先生余裕だね」


樹がぶすっとした声で、しかし厳しい目で教頭を睨みつけながらそう言った。幼いにしては鋭いその瞳に、教頭はやはり楽しそうに笑うだけだった。


「―私は、部外者ですから」


それだけ言うと、教頭は左手にある部屋を指示した。


「あちらに軽い食べ物や飲み物を用意してあります。そうですね、11時半ごろには高野原さんにはこの水で身を清めてもらうことになるでしょう」

ざっと12時半ごろまでは水の中にいてもらうことになるかな。と教頭は少し考えながら言った。


「1時間も!!」


それはあまりに寒いと千穂は眉根を寄せたが、教頭はやっぱり何かを含ませるようにはっきりとしない言葉しか紡がない。


「大丈夫ですよ。一時間なんてすぐですよ。きっと」


これから何が起こるのか全部知っているかのようにただ笑う。


「行きましょう」


壱華が千穂の手を引いて、教頭に言われた待機室へと歩き出す。


「先生のお仕事は、俺たちをここまで連れてくることでいい??」


だったら、もう俺たちだけでいいよね?と、啓太は確認を取る。教頭は頷いた。


「はい。私の役目はここまでです」


千穂は、壱華に手を引かれながら、その声に教頭のほうに首をめぐらせる。穏やかな深い瞳と視線がある。教頭は笑った。その笑顔に問いかける。


「―あの!二階堂君は!」

「彼は大丈夫ですよ。あなたが一番知っているでしょう?」


先生に頼まれたといっても、何をどこまで知っているのかさっぱり分からない。訊けばもしかしたら教えてくれるのかもしれない。でも、そうしたくないと思わせる何かがある。それはいったいなぜか。


「変な人」


複雑な感情をひとまとめにして、千穂はただそう表現した。教頭は、笑ったままだった。


そして禊の場から出て行った。きっと、このフロアからも出ていくのだろう。


「あ!サンドイッチだ!」


もやもやとした気持ちは、待機室に用意されていた軽食への興味で上書きされる。千穂はぱたぱたとテーブルに走り寄って、用意された食事を眺めた。


「あんまり食べると、胃もたれするわよ?」

「俺の胃は強いから、気にすることなんかないー」

「体脂肪くらいは気にしたら?」

「―うるさいな」

「兄ちゃんは運動不足だと思うよ」

摂取量に対してね。


樹は目も見ず啓太にそう言い放った。ぐぬぬぬと啓太は唸っていたが、すぐに食事に手を付け始めて機嫌は上向いた。


 食事に上機嫌な千穂と啓太を見て、壱華と樹は一度目を合わせてからため息をついたのだった。


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