仮初4
「そして結局すべては二階堂の手の内と」
樹がぶすっとした顔で言った。ずっと千穂と壱華の部屋で寝泊まりしている兄弟だったが、役に立つこともなかったため自己不満がたまり始めていた。
「ここまで来たら、彼の実験結果を待つのもありなんじゃないかしら」
「敵だったらどうするの!」
壱華の言葉に樹が噛みつく。壱華も接触が増えたためか二階堂の肩を持ちつつある。樹はそれが嫌だった。
「助けてくれたのは確かだし、助かってるのも確かだよ?千穂のこと守るって言ったし」
でもさ
「俺たちは疑ってかかるべきだよ!」
「あいつはもう千穂に手出しできないと思うんだよな」
啓太がぽつりと言った。
「なんで!」
「だって、あいつ千穂を守るって自分で言ったんだぜ?あいつ、言霊使って自縛したようなもんだ」
「―啓太がまともなこと言ってる」
「おい」
千穂が本音を声にしてしまうと啓太から突込みが入った。それにてへ、と舌を出してごまかす。啓太の言葉に壱華が考える。
「じゃあ、仮に敵だったとしても、自分の言霊の強さのせいでもう味方になってしまっているってこと?」
「二階堂の父親の話は??!」
「そこは分からん」
「二階堂自身も分からないみたいだし」
うーんと壱華が額を抑える。
「もう一度、父親のほうを調べてみましょうか」
「明日、二階堂にも聞いてみようか。なんで私を守れってお父さんが言ったのか心当たりある?って」
千穂は、優実とあかりも混ざって話していた時の二階堂を思い出してそう言った。
「父親をマークしてるって本人にばれて大丈夫かな」
樹が首をかしげる。
「あいつ、父親が嫌いな節あるのに言うことは聞くのよね」
壱華は唸る。
―やっぱり仲が悪いのかな?
父親のことが話題に少しでも出ると、彼の空気は少しぴりつく気がした。
―嫌いなのかな。お父さんのこと。
千穂は、なんだか悲しいなとソファの上で膝を抱えた。
「写真だけ見れば、普通の人間なんだよな」
「だったら一層警戒しないと」
啓太が携帯を見ながら言うと、樹が眉根を寄せる。
「まあ、外見で判断はよくないよな」
うん、とよく分からないところで啓太は頷いた。
「だって、二階堂製薬に入社して、社長令嬢と結婚したことしかわからないって、変だよ」
樹は啓太の手からスマホをぶん捕ると、画面にあるのだろう二階堂の父親の顔を睨んだ。
「―先生に連絡とってみましょうか」
壱華がジョーカーを切ろうと提案する。彼女が何の目的でこの学校を選んだのか、今こちらで何が起きていて、彼女に未来は見通せているのか。聞きたいことはごまんとある。彼女なら調べられるのではないかと思うことがたくさんある。
「―無理だと思うぜ」
啓太が樹と一度視線を交差させてから言った。壱華は続きを目線だけで促した。
「俺ら、何回か試みたけど電話でないし、村の誰かに連絡つけて先生出してって言ってもいないっていうんだ」
ぼりぼりと啓太は頭をかいた。
「俺たちは放置されてるの」
―放置されてるの
その言葉はとても千穂に重く響いた。先生に見捨てられたということなのだろうか。だったら最悪だ。一番強力な保護者を失ったことになる。村の長老の、巫女の地位にある先生が守ってくれないというのはあまりに状況は厳しい。
震えそうになる千穂の肩に、壱華がそっと手を置いた。
「大丈夫。千穂のことは絶対守るから。―剣の使い手だって絶対見つかるわ」
だから
「大丈夫よ」
壱華が笑う。きれいな笑顔だった。だから分かる。それは千穂を安心させるために作られたものなのだと。先生は千穂だけの保護者ではなかった。壱華の、啓太の、樹の保護者でもあり師でもあるのだ。千穂だけが不安なのではない。だから、千穂も笑った。
「うん」
頷くと、壱華は千穂から手を放した。
「じゃあ、もう一度二階堂の父親については調べてみましょう?」
「まあ、それくらいしかやることないしね」
樹も話が進まないことに嫌気がさしてきたようで、壱華の案に乗った。
「いいか、無茶はするなよ」
「兄ちゃんは無茶して」
「なんでだよ」
「早く本気出してってこと」
「俺はいつだって本気なんだけどな」
啓太の言葉に、樹が大きくため息をついた。それに壱華と千穂は苦笑いするほかなかった。
結局話は振出しに戻り、会議は幕を下ろした。その日千穂は、夢も見ずに深い眠りを堪能した。
※
全員が緊張の面差しだった。ごくりと啓太がつばを飲み込む。
「開けていいのか?」
千穂に確認をとる。千穂も真剣な顔で頷いた。
「朝起きたら、何もなかったかって連絡があって、何もないって返事したら開けていいよって」
「早く開けようよ」
樹が我慢の限界だと声を上げる。
「それにしても、どうして私たちあいつの言う通りにしちゃったのかしら」
はあと壱華がため息をつく。
「それは後から考えるとして、開けようぜ」
啓太が目に見えてそわそわしている。千穂は思い切って封筒の端をはさみで切った。一枚の便箋を取り出す。そこに書かれている文章を、千穂は声に出した。
「俺が父親から言われたことは二つ。一つ目は高野原千穂の力になってやれ。もう一つは、黄金の剣が目の前に現れたら迷わずに取れ」
書いてあるのはそれだけだった。が、大いに四人とも困惑した。
「父親、やっぱり剣のこと知ってる・・・・」
樹が呆然と呟いた。
「しかも、取れって言ってる」
「狙いは剣のほうってこと?」
―そこまでは考えていなかった。
ぎりと壱華は唇をかむ。敵はみな千穂を狙うものだと思っていた。しかし、剣を狙う可能性もあるのだ。
「剣取ったって、千穂の守り手になるしかないと思うんだよな」
啓太はぼやく。
「だから、父親は二階堂を金色の使い手にしようとしてるんじゃないか?」
「味方ってこと?」
壱華の言葉に、啓太は頷いた。
「例え、あのピアスで二階堂を操れたとしても、絶対にどこかで剣の力がピアスの力を超えるはずなんだ」
「それまでの猶予期間でしたいことがある可能性は?」
「ないとは言い切れない」
弟の、小5らしくない言葉使いにも啓太は慌てることはない。
「―現時点で剣を使えるのは二階堂だけだわ」
壱華は悔しそうに口にした。
―千穂を守ると約束した、甚大な霊力を持つ少年。彼ほど適任はいない。
「彼に託すしかない」
壱華の言葉に全員押し黙った。千穂はじっと考えて、そしてぽつりと言った。
「お父さん、私が剣を召還するから取れって言ったんじゃないんだね」
「・・・・どういうこと?」
樹の聞き返しに千穂は答える。
「目の前に現れたらって、目の前に現れないこともあり得るってことでしょう?そのときは二階堂は使い手にはならない」
「絶対使い手にしたいわけではないということ?」
壱華が目を丸くする。
「そういうことかなって」
「でも、それじゃ、やっぱり父親は何か確実に知ってるよ。関係者並みだよ」
樹はばっと立ち上がった。おかしいと、樹はうろちょろする。
「剣は二階堂に任せるとするよ?もう時間ないし。きっと使い手になるってことは俺たちの仲間になるってことなんだろうし」
それに賭けるしかないと樹は言う。
「でも、本当に父親の思惑が」
千穂は樹の惑う気持ちがよく分かったが、それより彼の語彙力に感心する。
―私、小5のとき、思惑なんて使えてたかな。
「結局、父親のことは調べなおしても新しい情報は出てこなかったし」
ああ、もう!と樹は天井を仰いだ。
「どうしよう」
「―二階堂の実験待つしかないだろう」
嘆く樹に啓太が冷静に返した。啓太は目線だけ動かして千穂を見た。
「実験はいつ終わるのか聞けるか?」
「あ、うん」
千穂は携帯を持つと、あ、と声を上げた。
「読んですぐ、何か変化はあったかってメール来てる」
「―ないよ。混乱以外はね」
樹が冷たく返す。機嫌が悪い。
「何もないよ。実験はいつ終わるの?って返すよ」
「ええ」
壱華が促す。返信はすぐ来た。千穂はむっとした顔をした。
「秘密だって」
なんでも秘密なんだから!と今度は千穂が怒り出す。そしてぼすっとソファに背を投げる。
「秘密ってことは、終わってないってこと?」
樹が考え込む。
「その可能性もあるし、もう終わった可能性もあるわ」
だって、何も起きなかったかチェックしたんだから。壱華が髪をさらりと流しながら首を傾ける。
「あいつは何を知りたくて実験をしてるんだ?」
「小鬼がまとわりついてきたことは除外だって言ってた」
珍しく考える気のある啓太に千穂は確認の意を込めて思い出し思い出し話す。
「何もないかって聞いてきたってことは、何かあるかもしれないと思ってたってこと?」
「例えば?」
壱華に樹が例の提示を求める。壱華は考え込む。
「―襲撃を受けるかどうか、とか?」
その言葉に、兄弟が鋭く気を放ってあたりを見渡す。
「・・・襲撃は今すぐにはなさそうだぜ」
「あとは夕方から夜が問題ってこと?」
「同じことを、二階堂は考えてたのかな」
兄弟の会話に、千穂が首をかしげる。襲撃の条件を知ろうとしているのだろうか。
「何が起きるのか知りたいってこともあり得るわよ」
「何がどうなったらあいつの予想通りなんだろう!」
樹が頭を抱える。
「それは、秘密」
千穂はぽつりとこぼした。
「・・・噂になるから?」
「どういうこと?」
千穂の言葉に、樹が頭を上げた。千穂は、うーんと言ってから答えた。
「壱華ちゃんが怪我したことや、私が二階堂の部屋に泊まったことが噂になったでしょう?私たちを見てる誰かがいるってことじゃない?」
「それにこの先を知られたくないってことか」
啓太がふむ、と考える風にする。
「じゃあ、二階堂は学校に妖を入れた別の誰かの動きを見ようとしてるってこと?」
「そして俺たちはすでに見張られていると」
啓太は部屋を見渡しながらそんなことを言う。その言葉に、千穂はびくりと震えた。今この瞬間も見られているのだろうか。そうだったら恐ろしい。
「だったら、本来の敵について俺たちは何も知らなさすぎる」
樹が唇をかむ。
「二階堂の可能性もあったけど、二階堂でなかった場合の敵は全然わからない」
「父親説は?」
樹は啓太に厳しい視線を向ける。
「父親はきっと俺たちより銀の器や剣について詳しいと思うよ。指示した距離がつかず離れずの微妙なラインだもん。ということは、自分の息子がどれだけ強い使い手になるかも分かっているはずだよ」
「私たちが使い手の不在に困っていると知っている可能性もあるってこの前話したわよね」
壱華が記憶をさかのぼる。
「じゃあ、父親は本気で私たちを助けようとしているってこと?」
「可能性はあるかもだけど、そうしようとする道理がさっぱりだよ」
樹はいら立ちを隠さない。
「先生は、二階堂について知っているのかしら。使い手の候補になるような力がある人間が、ノーマークなわけないわよね」
「それは確認できないだろうぜ」
「・・・・そうね」
壱華はばさりと黒髪を背に流した。心なしか声が固い。今の一瞬で機嫌が悪くなったようだ。
「俺たちは見張られている」
樹が確認するようにゆっくりと言った。
「二階堂しか、剣を使える人間はいない」
樹の言葉に千穂は頷いた。
「だったら、俺たちは二階堂を仲間にするしかない」
「千穂を守るという言質は取ってある」
「でも、俺たちと協力するとは言ってない。二階堂は、自分の意志で単独で行動してる」
なんとなく、先が読めてきて、千穂はつばを飲み込んだ。
「二階堂を仲間にしてしまったほうがいいんじゃないかな。俺たちが隠してること、話しちゃったほうがいいんじゃないかな」
「もし、剣を二階堂以外が手にしたらどうする?説明損だし、危ないかもしれない」
啓太の言葉に、樹は千穂のほうを向いた。大きな瞳が見つめてくる。
「千穂の勘からして、二階堂以外の人間は剣に触れるの?」
その問いに、千穂は目を閉じた。二階堂ではない誰かが黄金の剣を振る様を。
―シャラン
清浄な音が闇に響き渡る。自分の視線の先で、舞うように黄金の剣を振っている。その姿は、
「背が高くて、黒い髪で」
千穂は無意識にその人間の特徴を口にした。
―シャン
柔らかく飾り紐が揺れて、紐の先の鈴が音を奏でる。こちらを振り返ったときに見えた顔には柔和な笑みがある。それは―
「貴ちゃん」
暗闇の中、その人の名を呼ぶ。その瞬間、流れる髪は金色へと変わり、背が縮み圧迫感が襲ってくる。
―シャン
音は厳しく、闇を切り開いた。闇が裂けて光が入ってくる。それに照らし出されているのは二階堂武尊その人だ。きつい瞳が千穂を見た後、明るくなった空を仰いだ。千穂もつられて空を見上げる。ぐるりと世界は周り、気づけば自分の部屋のソファにいた。
―白昼夢?
千穂は混乱しながら瞬きを繰り返す。
「どう?」
樹が顔を覗き込んでくる。その顔は心配そうだった。千穂は、今見た夢のような光景から判断したことを口にする。
「たぶん、二階堂か貴ちゃんしか使えない。でも、貴ちゃんはいないから―」
「二階堂だけってことか」
「剣が、選ぶ」
呟いた啓太に続いて、千穂もつぶやきを口にする。視線が、集まる。
「剣が、私が、選ぶ」
―どうして、そう思うんだろう。
―でも
―そうとしか考えられない。
「剣は、二階堂にしか使えない。だから、ほかの人はきっと、触れもしない」
千穂は断言した。あの二人にしか、剣は扱えないのだ。でも、一人はもういないから。
「じゃあ、二階堂のところに行こう!」
樹が千穂の手を取って立たせる。
「え!でも!?」
千穂は慌てて座ったままの二人を見た。二人は難しそうな顔をしていたが、啓太がため息をついて立ち上がった。
「ちょっと強硬策すぎるけど、やらないよりはやったほうがマシそうだな。それに、こんな時の樹は折れないし」
「分かったわ。動きましょう」
壱華もあきらめたように立ち上がった。それに樹はにんまりと笑った。




