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  仮初2

 千穂はぽけっと大きな口を開いていた。一体いつの時代の悪戯いたずらだ。千穂の目の前では空っぽになったバケツが転がり、バケツがまき散らした水が床に広がっている。


「誰だよこんなことしたの」


そんな声がまばらに聞こえる。登校して、壱華と別れて教室の扉を開いた瞬間水の入ったバケツが落ちてきた。驚いた千穂は後ろに倒れてしりもちをついている。


「こんなの、漫画でしか知らない」


驚きのあまりそんなことしか口にできないでいると、ぱたぱたと優実とあかりが駆け寄ってきた。


「大丈夫?千穂?」

「ちょっと濡れちゃったわね」


一回保健室行きましょうか。あかりが優実にそんなことを言っているのが聞こえる。が、千穂はぽけっとしたままだ。


「おーい、千穂ー?」


優実がひらひらと千穂の顔の前で手を振ってみる。千穂の眼球が動いて優実の手の動きを追おうとしたとき、強風が起きた。それは一瞬の風だった。目をつむっていた千穂は風の過ぎ去って行った方を薄目を開けて見る。


「あ!」


そこでは、二階堂がくれた封筒が宙を舞っていた。否、小鬼が手に取り走っていた。


「ま!」

待って!そう言って追いかけようと立ち上がる。

「千穂?」

優実がやはり分からないという顔をする。


 今から追いかけても間に合う気などさらさらしない。しかし、追わなければと千穂は走り出した。千穂が追いかけてきていることに気づいた小鬼は、べーっと舌を出しながらからかうようにかくかくと妙な軌道を描きながら走っていく。


「待ちなさいって!」

「ケケッ!」


小鬼はおかしそうに笑っている。


―馬鹿にされている!!


ちくしょう!と心で絶叫しながら千穂は走る。

もう!とまた心の中で叫んだ時、ひゅっと何かが千穂の隣を通り過ぎた。それに驚いて全力疾走のためにつむっていた目を開けると、優実が軽やかに駆けていくところだった。


千穂にばかり注意を払っていた小鬼は優実の追跡に気づくのが遅れる。優実は走りながら身をかがめると、ひょいと封筒を持ち上げてしまった。しかし、小鬼も負けじとまだ封筒にしがみついている。それに違和感でも持ったのか、優実は顔をしかめる。


「千穂、これ、なんか重くない?」

「あ」


えーと、それは、その、小鬼の分の重さなんだけど、とは言えず、またも口ごもっていると、


「気のせい」


二階堂がするりと優実の手から封筒を抜き取ってしまう。その拍子に強い霊力にやられて小鬼はざらざらと砂となり消えてしまった。それを横目に二階堂は千穂の方へと歩み寄る。


「はい」

当然のように渡してくる。千穂はなぜかそれを両手で受け取った。


「ありがとう」

「ちょっと!私の手柄取らないでよ!」


待った待ったと優実が近寄ってくる。千穂はちょっとお怒りモードの優実ににっこりと笑った。


「ありがとう」


私じゃ追いつけなかったよ。


「優実ちゃん、足速いねー」


いいなー。そう笑顔で言われて、優実の機嫌は回復する。


「これだけは取りえなもので」


えへへ、と笑う。そして、好奇心の塊である優実は当然質問する。


「で、この封筒なんなの?」


大事なの?と問いかけられる。やはり先に口を開くのは二階堂なのだ。


「俺が高野原さんに上げたお守り」

「いつの間に!」

「昨日かな?」

「・・・・それ、逆に厄招いてない?」

「さあ、それは実験中だから」


二階堂は笑う。


「実験してるの?」


千穂は心外だと睨みつける。二階堂は涼しい顔だ。


「そう。高野原さんが教えてくれないから、実験してるの」


その言葉に、千穂はぐっと黙るしかできなかった。何の実験をしているのか教えてもらうということは、こちらも情報を開示するということなのだ。千穂だけでは判断できない。ぎりぎりと歯噛みしていると、あかりが駆け寄ってきた。


「もう千穂!濡れたまま走ってちゃうんだから」


そうたしなめるあかりの手には保健室で借りてきたのだろうタオルがあった。


「まともにかからなかったのはよかったけど、油断すると風邪ひくわよ」


そう言って、スカートの裾を拭いてくれる。それを見て、二階堂は優実に振り返った。


「何かあったの?」

「原始的ないたずらがね」


優実はあらかた説明すると、戻ろうと千穂とあかりに声をかけた。二人は長身な少女の背についていく。千穂は教室に戻りながら、はっと思い出し二階堂を振り返る。


「これ、もう開けられない?」


この封筒が小鬼に奪われたことを今の状況から予測できない二階堂ではない。もう「何か」あったということで、この封筒は二度とひらけないのかと千穂は心配になる。その心配げな顔に、二階堂は首を横に振る。


「いや?」


二階堂は口元だけで笑んで見せた。そしてゆっくりと歩いて千穂の前に立った。


「そうだね、俺が見た怖い夢くらいのことがあったらダメ」

「・・・・あのレベル」


千穂は黒い影に追い回された恐怖にかちりと音を立てて固まる。


「はいはい、教室行く」


固まった千穂はくるりと二階堂に回されてしまう。そしてその背を押され教室に連行される。それに千穂ははっと意識を取り戻して少しパタパタと前に出た。


「一人で歩けるもん」


そう言って、千穂は待っている二人に駆け寄って行った。



 千穂は涙目で机上にある紙を睨んでいた。その紙には何やらこまごまと図が描いてあり、そこから引き出し線がかっこにつながっている。単純に名称を埋める問題だ。


―分かんない!!!


自分の頭が優秀だと言うつもりはないが、まさか一つも思い出せないとは思わないではないか。千穂は思い出せ思い出せと額を机にぐりぐりと押し付ける。しかし、神は下りては来ない。


―くそッ!


がばっと顔を上げてまたも図を睨みつける。


―お前、誰だよ


当然答える声などなく。


「はい終わり」


ぱんぱんと手を鳴らして小テストの終了を告げたのは生物を担当する大脇だ。その声に、千穂はしくしくと真っ白な紙を前に回した。


―今回は、ちょっと運が悪かっただけだもん!


あの鬼が変な気でも持ってきたに違いない。そう結論づけてぎりと歯噛みしながら前にどんどんわたって行く紙を見送るのだった。


 ぶるぶるぶるぶる


それは振動音だった。千穂はそれ一瞬びくりと震えるものの、制服のポケットから振動を終えた携帯を取り出した。確認するとメールが一通来ていた。それを開く。―普段なら開かないということに気づくことなく、千穂はメールを見る。アドレスは知らないものだ。それでも、なんだろうと少し首をかしげながら中身を読んだ。


『今朝のは数えないで』


気にするなということか。と千穂は判断して、隣の席の少年の方へ視線をやる。少年は携帯の画面を眺めていた。千穂の視線に気づいているだろうに少しもこちらに視線を向ける様子はない。千穂はそれに少し機嫌を悪くして小さく頬を膨らませる。


―どうせ小テストだって満点なんでしょ?


と謎の悪態をついて、千穂は視線を黒板に戻した。



 千穂は困っていた。


―今日は困ってばかりだな


案外冷静にそう思う自分に少々驚きもする。目の前にいるのは大脇、隣にいるのは優実。優実の隣にも二人ほど同じクラスの男子がいる。ここに呼び出されているのは生物の小テストが悪かった組である。


「ああ~私の教え方にも問題があるのかもしれないのだがね」


大脇はそう切り出した。


「しかし、これくらいの小テストもできないとなると」


ぶちぶちと続ける。悪い人ではないのだが、少々説教とやらは下手なタイプなのだ。ちなみに、千穂はこの説教に困っているのではない。大脇の前にいる小鬼に困っているのだ。


―今朝の奴の仲間かな?


ちらと外の様子をうかがう。時は夕刻。逢魔が時と言われる不吉な時間帯。千穂は視線を小鬼に移す。やはり、その小さな鬼は千穂を見ているのだった。じっと、じっと。


―?


小鬼が見ているのは千穂自身ではないことに千穂は気づいた。小鬼の視線をたどってみると、そこはスカートのポケットなのだ。


―手紙、かな


あの封筒。


―やっぱり欲しいのかな


でも


―どうして?


千穂はすっと手でポケットを抑えた。その行為に、小鬼が視線を上げた。じとっと千穂の目を見てきた。そこには悪意がある。あるいは敵意。


―早く終わらないかな


大脇の話には全く耳を貸さずに、千穂はただ時間が過ぎるのを待っている。睨めっこを続ける。


「で、聞いていますか、高野原さん」

「あ、えっと」


聞いてなどいない千穂はぱっと視線を大脇に移す。それと同時に小鬼が飛びつこうと机を蹴った。


「あ」


どちらに反応すればいいのか分からなくなった千穂は動きを止めてしまう。


「ミトコンドリアが分からないのはやばいよ」


その言葉を理解する前に、小鬼がざらりと消えてしまったことで声の主が誰なのか千穂は悟る。


「ああ!ミトコンドリアか!」


あったね~と隣の優実がぽんと手を打つ。


「でかくて中にひだあるじゃん」

「このひだ、なんかかっこいい名前だった気がする!」

「マトリックスね」


厳密にはひだの内側のことだけど。としっかり付け足す。


「・・・・・授業で解説したんですけどね」


小さな紙に書かれた図を感心して眺める優実に大脇は少し震えているようだ。


「まあ、しっかりお説教されなよ」

「え?何?からかいに来たの?」

「課題提出に来たの」


ひらひらと英語の問題集を振って見せる。


「・・・・それ、昨日ださなきゃいけないやつじゃないの?」

「よく覚えてるね」

「だって、一昨日の夜それで大変だったって言ってたじゃん」

「そうかもね」

「終わってなかったの?」


優実の言葉に、千穂はぎくりとなる。もしかして、自分のせいだったりするのだろうか。が、心配は無用だったようだ。


「出し忘れてたの」

「じゃあ、早く出しなよ」

「いないんだもん」

「あれ?」


さっきいなかったっけ?と優実は本間を探してあたりを見渡す。すると、扉が開いて本間が入ってきた。


「来た」


そう言うと、二階堂は千穂たちから離れて行った。


「なんだったんだろうね」


優実が千穂に肩をすくめて見せる。千穂は笑うしかできなかった。


―たぶん、小鬼に気づいたから助けてくれたんだよね・・・


それにしても、実験とは何をしているのだろう。これも朝と同レベでカウントするのだろう。だからカウントされないのか、と千穂は訳が分からなくなってきた。


しばらくして本間の怒鳴り声が聞こえてきた。二階堂の割り込みと、自分の説教の勢いを抜く本間の声に毒気を抜かれたのか、大脇は4人を解放してくれた。

「ちゃんと復習しておいてくださいね」

くぎを刺すのは忘れなかったが。


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