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  餌5

「また二階堂と本間喧嘩したんだって」


千穂はあかりの説明をそう集約した。―そこまでしか理解できなかった。


「またっていつも喧嘩してるの?」


樹がクッションを抱えながら尋ねる。

「そうそう、二階堂が寝ちゃうの、みんな黙認し始めたんだけど、本間だけ怒るの」

「熱心だね~」

そんな熱血今の時代いるんだ~と樹は感心している。

「今日はひどかったらしい」

「どういう意味?」


食後の温かいお茶を淹れながら壱華が問う。壱華は夕方には熱が下がって、食欲も戻ったため、明日からは登校する予定だ。


「えーと、寝てる二階堂の頭を本間が教科書でたたこうとしたら返り討ちにあったとか」

「返り討ち?」


なんだよそれおもしろそう、と啓太が瞳をきらりと興味ありげに光らせる。


「えーと、まず避けるでしょ?」

千穂は幼馴染3人を見る。3人は頷く。


「で、すかした腕を机に押さえつけて」

「ほう」


啓太は興味津々だ。


「背中も机の上に押し倒されて」

「痛そう」


樹が顔をしかめる。


「で、腕をつかんでいた手はいつのまにやら首を抑えてたらしく」

「急所~」


ひゅーっと啓太が口笛を吹く。


「あとは、立って脚を背に乗せて全体重を乗せたらしい」

「動けないね~」


お見事と樹はぱちぱちと手をたたいている。


「そんなことして、面倒なことに巻き込まれないといいわね」

「もう、目を付けられてる時点で面倒事には巻き込まれてるし」

「・・・・まあ、確かに」


壱華は千穂の言い分に頷いて3人にお茶を配った。


「すげーな、一回相手してもらおうかな」


啓太はなんだかわくわくしているようだ。確か、啓太はなんだかんだ修業は好きだった気がする。


―運動の一種だからな


千穂はそう結論付ける。


「それより、今日も私学校行けなかったわけだけど、千穂には何もなかった?」

掃除棚の件もあるでしょ?壱華に問われて千穂は元気にうなずいた。後に首を横に振った。


「えとね、噂でね、私が二階堂の家に泊まったって聞いたってクラスの男子が言ってた」


昼休みの騒動を思い出して、千穂はそう説明する。

「またか」

壱華はぎっと空中を睨んだ。

「どこで見られてるんだろう」

「てか、それ知られたところで意味なくないか?」

「動揺はしちゃうでしょ!」

樹はのんきな兄の脇腹に肘をたたきこむ。お茶を飲んでいた啓太は思いっきりむせる。啓太は樹を睨んだが、樹は知らん顔だ。


「あとは、普通じゃないってばれちゃう」

かもしれない。と樹はぐっと兄に体重を掛けながら付け足した。


「―それは厄介だな」


俺のサクセスフルな青春が邪魔される。啓太は真剣に頷いた。


「やめて、その頭悪そうな表現」

樹はげんなりとした顔をする。それに啓太は涼しい顔だ。


「そうか?」

「そうだよ」


もうちょっと頑張って!お願いだから勉強して!!樹はばんばんとクッションでソファを叩く。見かねた壱華がひょいとクッションを樹から取り上げた。


「啓太の頭は諦めましょう?」

「・・・・・・うん」

ぐすっと樹は鼻をすすった。

「なんだよ!そこまでひどくないだろう!!」

「できない人ほど自己評価高いのよ」


壱華はクッションを啓太に投げつけた。運動神経だけは良い啓太は、それを片手で受け止める。


「そんなにひどいかな~」


クッションで手遊びしながら啓太はひとりぼやいている。


「・・・とりあえず、あっちは俺たちを動揺させようとしてるみたいだし、変に反応しないように気を付けよう」

「そうね」


樹の言葉に壱華が頷く。そして、もう一度千穂に問いかけた。


「他には何もなかった?」


千穂はうーんと少し記憶をたどったが、めぼしいものには思い至らなかった。笑顔で頷く。

「何にもないよ!」

昨日のせいで眠かったくらい!その言葉に、3人は顔を曇らせる。


「―本当、結界張るのは上手いのね」


壱華は指先を唇にあてがう。放課後襲撃を受けた時のことを思い出し、壱華は目を細める。

「あと、力押しもしてくる」

大量にけしかけてくるんだから。そう簡単じゃないよ。樹も難しい顔で頷く。


「条件だけ上げると相反してるよな」


緻密さとゴリ押し。啓太はお茶を見つめながら言った。


「それだけの手練れってこと?」

「あるいは複数で手を組んでる」

「え!やだ!!」


千穂は樹の言葉に体を掻き抱いた。あんなにたくさんの妖がいるだけで怖いのに、それより高い知能を有する人間が複数人も自分を狙ってくるなんて恐ろしいにもほどがある。


―いや


すっと、心が冷えたのが千穂には分かった。


―これからはこういうことが増えるんだ


きっと、組織的に狙われることもあるに違いない。そしてそれは今回かもしれないし、次回もかもしれない。


―ああ、気が重い


冷たく目を細める。

 

シャラン


清涼な音が聞こえる。


 シャン


あまりにおごそかで、身が切り裂かれそうだ。しかし、千穂はゆるりと笑った。


―守ってくれるの?


音にそう、問いかける。


シャラン


そうだとでも言うように、その音がもう一度鳴った。


「千穂?」

「え?」


樹に名を呼ばれて千穂は自分が自分だけの世界に入り込んでいたことに気が付く。


「疲れてる?」


大きな目に覗き込まれる。それに、小さく笑って頷いた。


「そうかも」

「さっさと寝たほうがいいかもな」


寝たりてないんだろう?啓太は壱華にお茶のお代わりをねだりながら千穂を見た。


「ひとまず、今日は何も異変はなかったみたいだしな。さくっと休んだ方がいいよ」

「そうする」


うんと千穂は頷く。くいっと残っていたお茶を飲み干すと、おやすみなさいとリビングを後にした。


『俺たち、ここで寝てて意味あんのかな』


そんな啓太の声が聞こえてきた。


―ある、んじゃないかな?

―いないよりは怖くないもの


『分かった!!』


それは壱華の声だ。やけに威勢がいい。千穂が自室のドアノブに手をかけた時、がちゃっとリビングの扉が開いた。驚いてリビングを見ると壱華が廊下に飛び出してきたところだった。


「私が一緒に寝ればいいんじゃない!!」

「あ」


その提案に、千穂はぱかっと口を開けた。


「だって、結界って言っても千穂の部屋をくるりと囲んだだけでしょ?」


千穂が出てくるの待たないといけないようなものだったんでしょう?だったら


「私が一緒にいるわ」


いいでしょう?壱華はにっこりと、リビングから廊下を覗き込んでいる男組に笑った。


「・・・・・無茶はするなよ」


啓太は、そうとしか言えなかった。


「あ」


その後ろで樹が間の抜けた声を上げた。啓太が振り向く。

「二階堂が千穂に渡してた封筒のこと忘れてた」

「―」


啓太はひとしきり考えた後、答えた。


「とりあえず、持たせてていいんじゃね?」


あいつが持ってた封筒だろ?ちょっとしたお守りくらいにはなるんじゃね?


「―いい、明日壱華に相談する」


今日はまだ病み上がりだから。と言って樹は布団の準備を始めた。啓太はぱっとしな顔で頭をかいていたが、樹にならって布団の準備に取り掛かった。


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