焦燥7
「それっぽい反応はないけど」
事情を説明された二階堂は何やら機械を使って確認してくれた。
「壊れてるとかないの?」
樹が二階堂の手元を覗き込む。
「ない。いくつか引っ張り出したから」
「・・・・・実家で?越してきてから?」
「どっちも」
その言葉に、樹は唖然とする。その顔を見て、二階堂は小さく笑った。
「結構よくあることだよ?」
「金持ちって怖い」
樹はそうこぼした。
「そうかもね」
二階堂も小さくそう返した。
「盗聴器はないよ」
断言する。
「じゃあ、あとは携帯?」
「携帯でやり取りする内容じゃないでしょ?」
壱華の言葉に、二階堂が冷静に答える。確かに、と壱華は黙る。
「いったん、連絡手段を携帯に切り替えてみたら?」
それで漏れたら携帯か、術で漏れてるってことになる。
「そうするしかないのかしら」
「後手後手だよね」
壱華と樹がうーんと悩む。それを見ていた二階堂は、視線を千穂に移す。
「怪しい奴って、何となく分かるの?」
突然問われて、千穂は驚きながらも頷いた。
「嫌な感じするよ。近寄りたくないとか、一緒にいたくないとか、怖いとか」
「誰も高野原のセンサーに引っかかってないって言ってたけどさ、教師も引っかかってないの?」
「先生たち?」
千穂はうーんと思い返し始める。
「斉藤は、ひょろひょろだし、弱そうだなくらいしか思わないしな。本間と中村は間違えた時嫌な奴だなって感じだし。大脇は無害感はんぱないし」
ぶつぶつと千穂は自分のクラスの授業を受け持つ教師たちの印象を並べていく。
「・・・・・いなさそうだね」
延々と続く千穂の評価を耳にしながら二階堂はそう判断した。
「まあ、いないんだったらいいんじゃない?」
そうして少し考えるように時計を見上げた。
「ねえ」
「何?」
千穂は二階堂を見上げる。身長自体は平均くらいだと思う。でも、千穂は小さいから、その頭が遠く感じる。
「俺って、今どういうポジションなの?」
「へ?」
二階堂は千穂に振り返った。
「高野原は、隠してる。知らないことがあるのも事実だと思う。でも、知ってることも隠してる」
一度そこで言葉を切って、二階堂は3人の様子もうかがう。
「高野原は知ってる。俺がそれを知ろうとしてること」
でも
「高野原は今、俺に頼らないとやってけてない」
顔を覗き込まれる。秀麗な顔が近づいて、千穂は一歩二階堂から身を引いた。
「俺は、高野原の味方なの?敵なの?」
まっすぐに瞳が問うてくる。足がもう一歩引こうとする。でも、千穂はなぜかそれは逃げだと思った。ダメだと思った。ぐっと足を踏みとどまる。思い切って、引いた分一歩前に出る。今度はそれに二階堂が一歩引いた。
「それを、ずっと考えてる。二階堂はどっちだろうって、考えてる」
二階堂は、驚いたように目を見張っていたけれど、すぐに面白そうに目を細めた。
「査定中なんだ」
にやりと笑って見せる少年に千穂は頷いた。
「変なことしようとしたら、すぐ敵認定だから!」
びしっと指差す。二階堂は、その指先さえ面白そうに眺めている。
「そう」
二階堂は一度俯く。少年にしては長い髪が彼の横顔を隠す。その瞳がもう一度千穂を見た時、二階堂はまだ笑っていた。
「じゃあ、ちょっと変なことしてみようかな」
「っ!」
千穂はその迫力に驚いて5歩分ほど二階堂から身を引いた。切り裂くほどきつい視線が3人から浴びせられる。その中で、二階堂はどうってことないように口を開いた。
「黄金の剣って何?」
全員の目をゆっくりと見つめながら問いかける。
「それは―」
「それは、あなたが味方だと分かったら、教えてあげる」
どう答えようかと迷う千穂の声に、壱華が言葉をかぶせる。二階堂は壱華の目をじっと見ていたけれど、あきらめたように瞼を下した。
「そう」
二階堂はそれ以上は何も言わずに、玄関に向かって足を向けた。廊下に差し掛かった時、思い出したように壱華の方へと振り向いた。身構える壱華に、二階堂は緩い笑顔で言った。
「お大事に」
二階堂は帰って行った。
※
樹は爪をかじっていた。
「二階堂の父親は剣が目的だってこと?」
「その剣を自分の意思通り使えない可能性があるのに?」
樹の苛立った声に、ダイニングテーブルに伸びている千穂が尋ねる。
「あっちの方が俺たちより事情通な可能性濃厚なんですけど」
ぎり、と樹は千穂を睨む。睨まれても、と千穂は唇をとがらせて身を起こす。
「じゃあ、剣は銀の器を守るためにしか使えないと私たちは思ってるけど、そんなことはないってこと?」
そっちが事実だってこと?
「知らないよ」
樹は投げやりだ。
そんな年下二人の会話を聞き流しながらら、啓太は千穂が帰ってきたときのことを思い出していた。
―当たり前のように二人でいたな
千穂は二階堂に送ってもらっていた。
『啓太も帰ってたんだ!』
玄関を開けるなり、千穂は叫ぶように笑った。開いた扉の向こうに、金髪の少年が立っていた。ただいまと家の中に入っていく千穂を確認するとエレベーターの方へ足を向けて歩き出した。千穂は二階堂の姿が見えなくなったことに気づくと、閉じてしまった玄関を開いてエレベーターの方へと顔を出した。
『また明日ね!』
そう手を振ってから、千穂は家の中に上がったのだ。
―なんか、付き合ってんじゃないかってくらいの雰囲気だったな
啓太は千穂を見る。敵か味方か。自分たちは、徐々に彼自身を味方として受け入れ始めている。彼の父親がどうでてくるか、黄金の剣の性質がはっきりと分からない以上、簡単に剣を渡すという判断はできないけれど。
「変な奴だな」
啓太はつぶやいた。あのまま何も言わずに帰れば、二階堂への信頼はこのまま積もっていっただろうに、彼は一度リセットした。そして、「黄金の剣」という言葉が、そういう言葉だと分かっていた。こちらを過敏にさせるワードだとあらかじめ予期していた。
「感覚はあるんだよな」
きっと、そちら側に属するものを指す名称だと彼は直感的にわかっている。
「何ぶつぶつ言ってんの」
ぎゅっと頬をつねられる。その痛さに視線を動かすと、壱華の顔がアップで視界に映った。その至近距離に啓太は身を引く。
「ぼうっとしてないで、参加して」
「・・・・・さっき、携帯にしたらって話したばかりじゃん」
壱華は目を丸くした。
「それもそうだったわね」
「提案しときながらぶち壊していくとか何様」
樹はご立腹だった。それにやれやれと内心首を横に振る。見てみると、千穂もぐったりとテーブルに伸びている。壱華はぴんぴんしているように見えるがけが人で病人だ。
「これ以上考えても、今日は何も出てこないと思う」
その言葉に3人の視線が集まる。
「よって、今日は諦めて寝ることを推奨する」
啓太にそう言われて、壱華は時計を見る。時間は11時近く。自分の状況を考えれば十分夜更かしだ。後ろを見ても、千穂は考えることを放棄しているようだし、樹も苛立っている。
「そうね、今日は寝ちゃいましょう」
今日もこっちで寝るんでしょう?と兄弟に確認を取る。うんと二人は頷く。
「じゃあ、昨日みたいなことがあっても大丈夫ね」
そう言うと、壱華はソファから降りて伸びをする。
「私、寝るわね。おやすみなさい」
壱華は長い髪を揺らしてリビングから出て行った。それを見て、千穂も廊下に出ていく。
「おやすみ~」
パタンと律儀に扉を閉める。二人を見送ってから、啓太は立ち上がり、ソファを押しのける。
「俺たちも寝ようぜ?」
「・・・・・兄ちゃん、予習は?」
「清水あたりがしてるんじゃね?」
樹は頭を抱えた。
「ほら、布団敷くぞ」
そう促されて、樹は椅子から降りる。ローテーブルをどけて、布団を敷く。体が大きい分、啓太の方が要する時間は短い。ちらと見上げた兄の背は大きく広い。比べて自分の手はまだまだ小さい。
『女の子みたいね』
そう言われる時だってある。
「勉強だったら負けないんだけどな」
「なんだってー」
冷蔵庫から寝る前の牛乳を調達しようとしている啓太の声が聞こえる。
「なんでもない!」
大きめの声で返すとぼふっと布団の中に入ってしまう。
「電気は兄ちゃんが消してよね!」
啓太は何機嫌を悪くしてるんだと自分のことを棚に上げながら牛乳をしまう。そして電気を消すと自分も布団に入る。わずかとはいえ、先に布団に入ったのは樹だったが、先に眠りに落ちたのは啓太だった。
「本当、むかつく」
暗闇に、樹の苛立ちがこぼれた。




