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  焦燥4

 カリカリカリ


シャーペンがよどみなく紙の上を走る。それを感心したように見つめるのは優実とあかりだ。


「千穂、平気だって?」

「なんともないって」


優実の質問に、二階堂は視線を上げずに答える。


「今何してるの?」

「目でも冷やしてるんじゃない?」


腫らしちゃったから、とあかりの問いに答える。


「じゃあ、保健室にいるのね?」

「そう」


二階堂は頷く。優実は、二階堂が解いている問題集を覗き込む。


「今、どれくらい進んだの?」

「半分くらいかな」

「速いなー」

はーっと優実は感心する。


 5限が終わりに差し掛かるころ、二階堂は教室に戻ってきた。ちょうど、渡辺が英訳を間違えたところに帰ってきた彼は、代打でそこを訳すことになった。ある意味当然、二階堂はきれいな日本語に訳して見せた。


簡単に予期できたことだろうに本間はそれが気に入らなかったらしい。授業態度が悪いとのことで二階堂にだけ課題が出された。


「一冊を一日でやれって、拷問だよね」


優実があり得ないと表情で訴える。しかし、二階堂は涼しい顔だ。


「これ、そんな難しくないから」

「さすがっすね」


すごすぎて優実は顔があきれっぱなしだ。その顔をちらと見て、二階堂は笑う。


「余裕ですね」

「いや」

「楽しそうね」

あかりが千穂の机に肘をついて、笑う。

「そうかもね」

あーこの単語なんだったっけ、と二階堂はやっと2人が安心できることを呟いた。


「度忘れですか~」


どれどれと優実がまた問題集を覗き込む。これ、と二階堂に指出された単語を見ると、優実はおとなしくあかりのいる席の前の席に戻った。


「分からなかったのね」

「私のレベルじゃなかった」

優実はくすくす笑うあかりに両手を上げてみせる。


 あかりは外に視線を移す。外は夕焼け。どこまでもオレンジだ。


「きれいね」


ほう、とあかりがため息をつく。それに2人とも外を見る。


「空って、大きいよね」

「吸い込まれそうですねー」


そう言って、大きな窓から空を眺める二人に笑みをこぼしながら、あかりはパンと手を打った。


「はい、青春ぽいこと言ってないでさっさと課題を進めなさいな」


そう言われて、二階堂はまた問題集に向き直った。シャーペンは止まることなくきれいな文字をその上に刻み続ける。カリカリとさらさらと流れる音に、二人は耳を澄ます。それに飽きれば視線を二階堂に移す。


視線を落とすために伏せられた目は秀麗。時々考えるようにシャーペンの頭を口元にあてる。その仕草は同年の少年たちと比べれば大人びていて色香を感じさせる。


「本当、あなたって飽きないわね」


あかりは机の上に伸びながら二階堂に言う。それに一度二階堂はシャーペンを止めたが、すぐにまた動かし始める。


「―それ、そのまま返すよ」

「うちらってそんな面白い?」

「そうだね」


わりと。目はこちらを向かない。けれど、口もとは緩く笑んでいる。それにつられて2人も笑う。日曜日に騒ぎを起こしたメンツだとは思えない。穏やかな空気の中、あかりは思い立ったように言ってみた。


「―私、まだあなたのこと諦めたわけじゃないわ」

「蒸し返す?」


優実が、えーと非難する。お黙りよと目で黙らせて、あかりはまた肘をつく。


「あなたって、とても面白そうだもの」


そう言われて、二階堂はシャーペンを置いた。もう一度夕焼けを眺める。


「―じゃあ、片棒担いでもらおうかな」

「なあに?」

それ、おもしろそう、とあかりは瞳を輝かせる。

「えー」

その一つの音に、優実はやめときなよの意思を込める。


二階堂はちょいちょいとあかりを手招きする。あかりも髪を耳にかけて近づける。息が近い。どきどきする、と思いながら二階堂の言葉を待つ。


「え?」


あかりは、怪訝そうに二階堂に視線を向ける。


「今、俺が怪しいなって思ってること」


二階堂は窓に身を預ける。あかりも体を元に戻す。


「あんたも、知ってるんじゃない?」


いじわるな笑みを浮かべる。それに、あかりはむっとしつつ小さく頷いた。

「あなたが、あんな言い方するから、調べたわよ」

運よく古いのあったし。と優実には何が何やらわからない。


「だから、見てて」


おかしなことあったら教えて。そう笑む二階堂はどこか妖しかった。ゾクリとした小さな悪寒が心地いい。それに2人が困っていると。


「あれ?みんな残ってたの?」


声の方を向くと千穂がきょとんとした顔で立っていた。目の腫れは引いていて、いつも通りくりくりしていた。


「お帰り千穂ー」


優実がお約束で千穂に抱き着く。ぎゅーと抱きしめられて千穂は足が浮いてしまう。その足をバタバタとさせて抗議する。優実はその抗議を受け入れて千穂を下す。


「もうねー2人が難しい話しててわけ分からないんだよー!」


心細かったよ~と頬を摺り寄せてくる。せっかく下してもらった千穂はまたも強い力で抱き寄せられて困り果てる。


「はいはい、放してあげて」


あかりが優実の背をポンポンと叩く。それに優実は名残惜しそうに千穂を下した。


「千穂のほっぺは極上なんだよ?」

「そんなことばっかり言ってると、おまわりさんに捕まるわよ?」

「・・・・・てあかりがいつも言ってくるんだけど」


そうなんですか、と優実は少年に尋ねる。


「・・・・高野原の受け取り方次第じゃない」

こういうのって。その答えに、千穂は二階堂を睨みつける。


 なぜ私に投げる!


意図は汲み取っているだろうに、二階堂は涼しい顔で問題集を解く。右下の一番下の問題を解き終えると、ぱたりと問題集を閉じた。学生かばんを取り出し、その問題集含め教科書やノートを入れていく。


「もう終わったの?」

「あとは家でやる」


優実の問いに答えながら、机に置いてあったペットボトルのお茶を飲み干す。空になったペットボトルは、やっぱりきれいな弧を描いてゴミ箱に吸い込まれていくのだった。


「帰るでしょう?」


そう問われて、千穂は頷いた。


「帰る」

「送るの?」


優実が座ったまま立っている二階堂を見上げる。

「なんか危なそうだし」

二階堂は優実に是と答える。それに千穂は慌てて鞄に荷物を詰めはじめる。わたわたと目に見えてあわてている千穂に、二階堂は苦笑する。


「ゆっくりでいいよ」

「そうなの?」

「うん」


二階堂に目をやると、彼は机に座って夕焼けの空を眺めていた。千穂もつられて朱に染まった空を見る。


 東京の空は狭いと思っていた。でも。


「高いとこに来ちゃえば、広いんだね」

遠くまで広がる空に、千穂は吸い込まれてしまいそうだと思った。


「はいはい、夕焼けは部屋からでも見れるでしょう?」


詰めて詰めてと優実がえいしょえいしょと千穂の鞄に荷物を詰めていく。それに千穂もハッと自分がすべきことを思い出して優実と一緒に帰り支度をする。優実に手伝ってもらい帰り支度が完了すると、千穂は二階堂に敬礼ポーズをとる。


「準備終わりました!」

「・・・・よくできました?」


戸惑った顔での褒め言葉に、千穂はぷくっと膨れた。


「別に、褒められなくてもいいもん」


ちょっとしたノリだもん。唇を尖らせる千穂に、二階堂は二人に視線を投げて助けを求める。あきらめろと二人は首を横に振った。


「二人はまだ残るの?」

「そろそろ帰ろうかなと思ってるよ」

「気になることもあるし」


ですよねーと優実はあかりの言葉に引きつった笑みをこぼす。


「早く帰った方がいいよ」

きれいだけど、あんまりいい夕焼けじゃないから。また空を眺める少年に視線が集まる。

「―気を付けるわ」


あかりがそう答えたのを確認して、千穂は二階堂と教室を出た。


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