襲撃5
かつかつかつかつ
樹はダイニングテーブルを指でたたいていた。ぎーっと音がして、リビングに啓太が入ってくる。ジャージだけ履いて、上は裸だ。頭をタオルで拭きながら戻ってきた。
「なんで、千穂の前であんなこと言うわけ?」
自分たちの部屋に戻ってきた樹は、そう兄を責めた。
「悪かったなとは思ってる」
そんなことを言いながら、啓太は冷蔵庫から牛乳を取り出す。
「言う前に思ってよ」
もっと考えて、と樹は前髪を掻きあげる。
「何も知らないなと思って」
「―話聞いてる?」
樹は不機嫌だ。しかし、啓太の心はどこか上の空だ。
「先生は結局俺たちに何も教えてはくれなかった。だったら、先生を俺たちの味方だって判断するのさえ本当はおかしいんじゃないか?」
「本気で言ってる?」
先生は、3人に力の使い方を教えてくれた。それぞれの適した力の使い方を教えてくれたのだ。村で生活してきた時間すべてをそれに費やしたと言っても過言ではない。
「あれが敵だったら、相当だよ」
どんだけ気が長いの。
「それとも」
啓太は樹の話を無視する。
「俺たちが何も知ろうとしなかったら、先生が知ってればいいと思っていることだけを知っていれば、守ってくれるんだろうか」
啓太はじっとコップに入った牛乳を見つめている。
「なんか、兄ちゃん変」
樹は、やっと兄の変化を察知した。普段より、ずっと後ろ向きだ。
「兄ちゃんにしちゃ、考え過ぎ」
その言葉に、啓太はやっと笑った。しかし、どこか乾いたその笑いに、やっぱりおかしいと樹は眉根を寄せる。
「そうだよな、考え過ぎだよな」
考えないのが俺なのにな。そう言うと、啓太はぐっと牛乳をあおった。
「寝る。樹もさっさと寝ろよ」
啓太は自室に戻って行った。樹は啓太が消えた扉を睨みつけていた。
「そう簡単に寝れるかよ、ばーか」
その思いは、兄には届かなかった。
※
『兄ちゃんが変』
そう樹から連絡が来たのは日付が変わったころだった。英語の予習が終わりに差し掛かったころに携帯が鳴った。電話だと声を千穂に聞かれる可能性があったため、文字でやり取りする。
『変なのはいつものことじゃない?』
気楽にそんな風に返した。しかし、それは樹の機嫌をさらに損ねたようだった。
『いつも以上に変なの!』
あ、怒った。と壱華は無表情に思った。
―まあ、確かにおとなしいわよね。
大体啓太と言えば、考えなしに動いて火傷するタイプなのだ。それが考えている。
『そうよねー啓太にしては考えてるのよねー』
案外鋭いし。と返してみる。樹も同じことを考えていたようだ。すぐに返事が来る。
『そうなの!』
力強く頷く少年の顔が想像できて、壱華は笑みをこぼした。
『元気がないようにも見えるから、しばらく様子見てみるようにするわ。私の方が教室も近いし』
『お願い』
頼れるの、壱華しかいなくて。
しょぼんとしている樹が脳裏に浮かぶ。可愛いなーと思いながら、自分も簡単に転がされるものだとも思う。
「啓太が変、ねー」
あいつが変なのって、大概お腹減ってるとかなのよね。壱華は今までの付き合いを思い出してみる。
「ご飯足りてないのかしら」
あるいは糖分?うーんと壱華は首をひねる。
―まあ、確かに実家の食事と比べれば少し少ない気がしなくもないか?
お代わりが有料なのがいけないと言っていた気がする。
―変なところでケチだからなー
うーんと頭を悩ませたあと、壱華は答えを出した。
「とりあえず、おにぎり持たせるか」
うんと頷いて、壱華は予習の仕上げにかかった。




