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  襲撃2

 千穂の顔は絶望に満ち満ちていた。時は朝、ホームルームの前。後ろの黒板には1限の数学で誰がどの問題の回答を板書するかが書いてある。そこには高野原という文字もあった。


「もう無理だ~」


千穂は机に伏して、わざとなのか本気なのかしくしくと肩を震わせた。その背をよしよしと撫でるのがあかりだ。


「千穂、落ち着いて」

「そうそう、正直にわかりませんでしたって言うのもありだと思うよ」


ここ別に進学校じゃないしと優実が力強く頷いている。


「でも、でも!数学、中村だよ~」


彼が千穂は苦手だ。どこか雰囲気が暗くて、これも分からないの?どうしてわからないの?と言外に出してくるのが嫌で嫌でたまらない。


「あいつ、ここにいるには賢すぎるかもしれないと思ったことはあるよ」


あきらめろと優実が千穂の手に肩をポンと置く。千穂が当たったのは章末問題の最後の最後の問題。ここは応用問題で、千穂が大嫌いなページデザインとなっている。


今日は頼みの綱であるあかりが分からないというので、千穂はここまで激しく絶望している。


「でも、ほら、まだ希望の光はあるし」


と優実は千穂の隣の席を指差して見せる。それを意味することを理解し、千穂は唇を尖らせる。


「1限までに来なかったら?」

「今のところ授業に遅れたことはないわよ?」


ホームルームはサボるけど。とあかりが現状のデータを教えてくれる。


「早く来てよー!もうすぐホームルーム始まっちゃうじゃん!!!」


うわーと千穂は机をバンバンとたたき、足でペタペタと床を蹴る。


「うるさい」

「ぐへっ」


頭にゴツンと言う衝撃を受けた千穂は、額を机にぶつける。がたりと隣の席から音がする。千穂はしくしくと涙を流しながら首を横に向ける。そこには待ちに待っていたはずの少年の姿があった。


しかし、いましがたの出来事でお願いしたくない度マックスになってしまった千穂は、ただただ二階堂を睨みつけるしかできない。


「―何の騒ぎ?」


かばんの中身を机に移しながら二階堂は尋ねる。優実とあかりは顔を見合わせて、千穂の後頭部を見る。小さな少女は自分から何も話す気配を見せなかったから、お姉さん役の二人が説明をした。


「数学、当たっちゃったんだって」

「分からないんですって」


文章にしてしまえばこれだけのことだった。二階堂はふーんと言って、教科書とは違う難しそうな本を取り出して読み始めた。千穂はその態度にバッと体を起こした。


「ふーんじゃないよ!助けてよ!」

「・・・・予習まで含まれるの?」

「そこは親切で!!」


いいじゃん!と千穂は机をたたく。二階堂は本を閉じると肘をついて、千穂の方に視線を向けた。静かな目に一瞬息をするのを忘れる。


「じゃあ、言うことあるでしょ?」


小さな子供に言い含めるような表現に千穂はむっとなる。むむっとうなりながら、歯をぎりぎりと鳴らしながら、中村の態度を想像して、そして、折れた。


「予習、見せてください」

「・・・・・教えてくださいじゃないんだ」


少し呆れたような口調に千穂はまたもバンと机をたたいた。


「もう!お願いしたじゃん!!!」


お願いお願いお願い~と顔は机に向かっているが繰り返す。その行為が理解できないらしく、二階堂は首をかしげながらしばらくその姿を見ていたが、ため息をつくとあきらめたようにノートを取り出してめくり始めた。


一度ちらと後ろの黒板を見て千穂があてられている問題を確認する。その問題を発掘し、千穂に指し示す。


「ここ」

「ありがとう!!!」


千穂は、平素からは予想のできない速さでノートを受け取ると、必死に答えを写し始めた。千穂は何がどうなってこの答えが出ているのかさっぱりだったのだが、板書が出来る状態になったことに満足する。その様子を見て、二階堂はこぼした。


「これ、テスト前に泣くやつじゃん」


その的確な呟きは、満足感にあふれる千穂には届かなかった。



「ノートさ、いったん写す必要あったのかな」


ホームルーム後、背伸びしながら一生懸命に板書する千穂の背を見ながら二階堂はつぶやいた。


「そういうところが千穂の可愛いところよ」


あかりは笑った。

「二階堂のノートの末路を見るに、ホームルームの前に写した千穂はむしろ賢かったと言える」


優実は、教卓の上に広げられ、あちこちページをめくられている二階堂のノートを指差した。


「頭がいいのも大変ね~」


無事に返ってくるかしら、あのノート。と貸し出されたノートの心配を一切していない声音であかりが言う。


「―無事じゃなかったら、もう貸さない」


腕時計をいじりながらの言葉は、存外決心に満ちていた。


「二階堂ってさ、不真面目なの?真面目なの?」


遅刻はするし、授業中は寝るしといった生活態度だが、ノートにはずっと先まで予習されていたのが見えた。


「それ、大事?」

「全然」


優実は首を横に振った。そのあっけからんとした態度に、二階堂は机に伏せながら優実に問うた。


「あんた、すごいよね」

「・・・・私?」


優実は一度あかりの方を向いたが、視線の先がやはり自分なので首をかしげた。


「興味はあるのに、突っ込んでくるのに、嫌だと言ったらすぐ退散する」

「すぐ退散しなくてごめんなさいね」


どことなく粘着質な笑顔であかりは答えた。二階堂は視線をあかりに移す。


「―あんたもそれはそれですごい」

「怖いの間違いじゃなくて?」


けたけたと優実が笑って突っ込んでくる。やめてとあかりが手の甲で軽く優実の腕をたたく。


「だから言ったじゃん、やり過ぎちゃだめだよって」

「言われてないわよ」

「あれー?言わなかったけ?」

「言ってない」


そうかなー?あれー?と頭を書いていると千穂が板書を終えて自席に帰ってきた。


「板書できた!」


完璧!と親指を立てて見せる千穂はテンションマックスである。難問を板書した達成感に浮かされているのだろう。これは危ないと、優実とあかりは水を差すことにする。


「できたって、写しただけだよ」

「そうよ、まだ理解もしてないでしょう」


二人に諭されて千穂はむくれた。


「分かってるもん!!」


ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向く姿は、どう見たってもう少しで16になる少女のものとは思えなかった。



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