攻勢3
「すご!これ超おいしい」
砂糖とミルクを入れた紅茶に、樹はそう声を上げた。ダイニングテーブルの向かいに座っている啓太はその声に疑問を投げかけた。
「そうか?」
いつものと違うか?と不思議そうにする啓太に樹は嘘だろうと表情で訴えた。
「兄ちゃんの舌って本当馬鹿だよね」
「・・・・はいはい、わるぅございました」
そう言いながら白いカップに入っている紅茶をまた口に含んだ。でも、やっぱり違いわかんないんだよな、と言っているのは全員無視だ。
二人増えると聞いて、諦めたのか二階堂はため息をついた後お茶の用意をしてくれた。ケーキはなかったから、二人にはクッキーを出してくれた。それを美味しそうに樹は頬張る。
「あ、気にしないで続けてください」
止めに来たんじゃないのかよ!とあかり以外の少女は思った。やっぱり頼りにならないと、なぜか啓太だけ減点されている。
当の啓太は、うまいなーと言いながらクッキーを食べている。それを千穂と壱華は全力で睨んでいるのだが、無言の訴えは全く伝わらない。樹は薄々感づいているが、それを伝えたところでかき回すのが自分の兄だと心得ているため無視する。
「そう?」
樹の続けてくださいに、あかりはそれはそれは美しく
微笑んだ。
「じゃあ、聞くわね」
「どうぞ」
二階堂は全員が輪になるよう椅子を少しずらしながら答えた。ずらし終えると座る。
「あなたのお父様って、何をなさってるの?」
「製薬会社の社長。婿入りだって。逆玉ってやつじゃない?」
「ということは、お母様が社長?」
「令嬢」
二階堂はあからさまに不機嫌なのだけれど律儀に答える。
「よく分かんないけど、このご時世に一族経営をしてて、母さんの父さん、俺の祖父だけど、が、母さんの結婚相手に会社任せるってずっと思ってたらしい」
そこでいったん黙る。あかりの顔を一度確認してから続ける。
「でも、母さんは誰と見合いしてもうまくいかないし、だからと言って自分で見つけて付き合ってるやつがいるわけでもなかった」
一度紅茶を口に含む。
「経緯はよく知らない。でも、父さんはその会社で平やってた。役職あるやつは基本妻帯者だし、これから出世するだろう奴はお見合いし尽くしてた。でも、祖父も変に意地になってて、とにかく未婚の男は一度は自分の娘と会えって命令出してたらしい」
よくつぶれなかったよねと二階堂は自嘲の笑みをこぼす。まあ、当時はそこそこやばかったんだけどね。とも付け足す。
「で、父さんも漏れず母さんと見合いすることになった。そこで意気投合したらしいよ」
爺さんは泣いて喜んだらしい。歪んだ笑みは消えない。
「それから順調にというか飛び級でというか、どんどん出世して今社長」
それが、俺の父親。と二階堂は話を終わらせる。
「お父様、会社を立て直したって有名だけど、経営でもお勉強なさってたのかしら」
「―知らない。中卒なのか、高卒なのか、大卒なのか、院卒なのか、全然。誰も知らない」
「聞いたことないの?」
「ない」
「気にならないの?」
「―ならない」
嘘だと、千穂は思った。きっと、全員が思った。
「母さんと会う前の、あの男のことは何もわからない」
「お母様とお会いした後のことはよく知ってるのに?」
その言葉に、二階堂は笑った。
「母親は好きなんだ。私は運命の人と出会ったのよって、運命の恋をしてあなたが生まれたのって話を聞かせて子供を寝かしつけるのが」
二階堂はカップを膝に乗せたコースターごと床に置いた。
「母さんはおしゃべりだから、昔の話はよく知ってる。勉強が得意だったのも、運動が得意だったのも、ちょっとひねくれて悪さしてた時期があるのも」
でも
「あの男のことは何も知らない」
「―仲、良くないの?」
気づけば千穂はそう尋ねていた。二階堂と目が合う。
冷たい目だと思った。
「―良くないんじゃない?」
一般的に言えば。
「関係は良くないのに、どうしてお父様の言うとおりにこの学園に来たの?」
あかりは優雅にお茶を飲みながら尋ねた。
「―嫌いだよ、あんな奴。でも、あいつは間違えない、あいつの判断は正しい。あいつがそう判断したのなら、俺はここにいるのが正しい」
「信頼してるのね」
「社長としての腕は、確かだよ」
じゃなきゃ、俺はここにはいない。
「大変ね、嫌いなのに、信用するなんて」
あかりは空になったカップを置いた。
「お父様のこと、調べようと思わなかったの?千穂の名前が出てきたとき」
「調べたことがないわけじゃない。でも、どれだけ調べてもあいつの情報は出てこない。」
「もう諦めちゃったの?」
「・・・そうだね」
二階堂は目を閉じた。じっと、続きを待っているように見える。しかし、次は来ない。二階堂は目を開くと、あかりを見た。
「俺も、あんたに聞きたいことあるんだけど」
あら、とあかりは首をわざとらしくかしげる。
「なにかしら」
「どうして、そんなに俺が気になるの?」
「・・・自意識過剰な質問ね」
その答えに、二階堂は眉根を寄せた。一度目をそらして思案する。心はすぐに決まったようだった。
「じゃあ、聞き方変える。どうしてあんたは俺にこれだけ突っかかってくるのに、高野原には何も聞かないの?」
その問いは、千穂たちを震撼させた。ぐっと千穂は両手を握る。
「東京とは縁のない土地から、幼馴染で見計らってやってきてる。高野原は受験して、年が違う幼馴染は編入試験受けてる」
その問いは、千穂に向けられているはずなのに、二階堂はあかりから目を離さない。
「大学進学で出てくるって話はよく聞く。あるいは大学受験のために出てきたのかもしれない。でも、それを目的にするにはこの学校は不適切だ」
二階堂は片足を椅子の上に持ち上げて抱えた。
「気にならないの?なんでこの子は東京にわざわざ出てきたんだろうって」
この、できたばかりの伝統も何もない学校に。その問いに、あかりは視線を上げない。しかし、口元の笑みは消えない。
「気にならないことはないわ。変わってるとは思うわよ?でも、東京に出てくる人なんて、そんなものじゃない?」
「調べたんじゃないの?」
「何を?」
「調べたけど、何もわからなかったんだ。だからあんたは諦めた、高野原について調べることを」
二階堂は視線をあかりから外さない。あかりは視線を受けながら笑みを崩さない。
「だからあんたは俺に切り替えた。高野原と繋がりがあるみたいだから」
あかりはゆっくりと視線を上げた。弧を描く唇が言葉を紡ぐ。
「それって、そっくりそのままあなたのことなんじゃなくて?」
「もうよくない?」
そう口を挟んだのは優実だ。優実が見つめるのは震える千穂だ。
怖い。自分が変だと、気づかれていることが怖い。詮索されることが、銀の器だとばれることが、怖い。
「人には事情ってものがあるんだよ。二階堂はお父さんと仲良くないけど、お父さんのことは好きなのかもしれないし、千穂の親御さんにだって考えがあるのかもしれない」
優実は長い脚を組んでそこに肘をついた。
「私は、別に進路とか真剣に考えなかったタイプだから、親に言われて受験した口だし。うかっちゃったから来ただけだし」
制服が可愛いからって理由で受験を決める人間だっているんだから、
「もう、いいじゃん」
それより私は
「おいしくて安い店を知ってるあかりと、今後予習で主戦力になりそうな二階堂を片方でも無くすことを全力で避けたい」
きりっと目をきらめかせて優実はそれぞれの人差し指であかりと二階堂を指した。そしてするりと立ち上がると、演説をするように滔々と語り始める。
「いい?私たちは花の女子高生なわけ。放課後は美味しく可愛くお茶をするわけよ。でも、時々テストっていう空気読めないやつが邪魔しに来るからそれをクリアしてやらないといけないわけ。普段の授業で板書だってあてられるし?留年なんて笑えないし?だから、私は情報通なあかりとも仲良くしたいし、勉強できる二階堂もこっちに引き入れたいわけ」
ちら、と優実は目を開いて二人を見る。そして決めポーズとでもいうように両手を腰に当てた。
「だから、そんな二人が険悪になるのやめてくれない?」
ね?千穂?とウインクされる。千穂は、それにじわじわと涙がにじんでくるのが分かった。千穂はそれを隠すように下を向いて、ぎゅっとスカートを握った。
「私、私、も、二人と仲良くしたい」
二人とも優しいし。ひくっと肩が揺れる。
「ごめんなさい。なんで、私もここにいるのかよく分からなくて、なんで先生がここがいいよって言ったのか分からなくて」
ぽたぽたと涙が落ちる。
「もっと、ちゃんと聞いておけばよかった。そしたら、きっとみんなこんなに困らなかった」
「大人って、本当のこと隠して良い感じのことしか言わないからね~」
優実がからからと笑う。
「でも、まあ私たちまだ子供なわけだし、それに乗ってやるから全力で守れよってことで」
OKじゃない?まあまあ、終わったことは気にしないの。と優実がテーブルを挟んで千穂の頭を撫でる。長身を生かしまくっている。そして全員に向かって尋ねた。
「で、話は変わるんだけど、早く食堂行かないとカレー売り切れちゃうから行っていいっすか?」
その一言で、なぜか全員で食堂に行くことになった。




