攻勢2
わーと千穂は部屋を見渡していた。通されたのはリビングだ。間取りは千穂や啓太たちのものと同じ。しかし、二階堂の部屋はどこか大人びていた。窓際に観葉植物なんかも置かれている。世話が大変そうだと千穂は思った。
濃い茶色の、低いソファに腰かける。自分たちがいつも座っているものと違う感触に、匂いに、どきどきする。目の前のローテーブルにはノートパソコンが乗っていた。使っていたのだろうか。黒色の、薄くて軽そうなパソコンだ。その上には眼鏡が乗っていた。
「「二階堂って眼鏡だっけ?」」
千穂と優実は顔を見合わせて笑った。
「同じこと思った~」
うける~と優実は笑っている。そして笑いながら眼鏡を取った。それをかけてみる。
「度は入ってないんだね」
「そうなの?」
どれどれと千穂も優実から受け取ってかけてみる。少し視界が暗くなっただけで、特に変化はない。
「本当だ」
「疲れ目対策かしら」
あかりも千穂から外して手に取ってみている。細い黒のフレームだ。二階堂によく似合いそうだと千穂は思った。
「きれいな部屋だねー」
優実がのん気に部屋を見渡す。
「男の子の部屋じゃないみたい」
脳内で比べたのは弟の部屋なのだろうかと千穂は優実の顔を見る。
黒や茶色で統一されたどこか無機質な部屋だ。そう言えば、ルームメイトはいないのだろうか。間取りは一緒、ならば定員も一緒だろう。
「一人で住んでるのかな?」
「ああ、そう言えば気配ないね」
千穂の声に出された疑問に、あかりが確かにと頷く。
「一人でこの広さ占拠か~。うらやましいな~」
「私は寂しいな~」
この広さで一人は。想像して眉をハの字にする千穂に、優実は笑う。
「すぐ慣れるよ」
「慣れたくないの」
ぷくっと千穂はむくれる。むくれて視線を横にずらした拍子に見つけたのはマガジンラックだ。新聞がいくつか入っている。
「新聞なんて読むんだ」
なんか大人だ、と千穂はそれを手に取る。ガシャガシャと音を立てて広げる。それを見ていた優実がケタケタと笑う。
「千穂には大きすぎるよ」
「そんなことないもん!」
怒りながらもやはり手に持ったままでは読みにくいためテーブルの上に広げる。そしてぺらぺらとめくり始める。しかし、興味をひかれるものはなく、一回も止まらずめくり切ってしまう。
「終わっちゃった」
「新聞読めなさすぎでしょ!」
あははと優実に笑われるが、千穂は答えようがなく、仕方なく新聞を畳んでもとの位置に戻そうと試みる。しかし、うまくたためない。
「あれ~」
と首をかしげながら手間取っていると、後ろからひょいと手が伸びて新聞を取られる。吸い込まれるように新聞を追って後ろを向くと、二階堂が立っていた。
「下手くそ」
そう言うと彼はサクサクと新聞を畳みもとの位置に突っ込んだ。
「いつの間に着替えたの?」
千穂は尋ねる。
「あんたたちがおしゃべりしてる間」
そう答えて、少し落ちてきた髪を耳の後ろにかける。昨日もそうだったけれど、二階堂はシンプルな服装を好むようだった。細身のジーンズにシャツを1枚。昨日は外だったからカーディガンを羽織っていたが今日はシャツ1枚だ。
制服は少しだらしなく着ているから、普段より一層細身で背が高く見える。ほけーとその姿を眺めていると、きらりと光る何かを見つける。
「・・・ピアス??」
首をかしげる千穂に二階堂はああ、と髪をどけて見せてくれる。小さな赤い石が耳についていた。
「お守りだから付けてけってさ」
「・・・・お父さん?」
「そう」
普段はこういうこと言わないんだけど。そう言って二階堂は髪から手を放す。二階堂は一回テーブルの上にあるケーキを確認してからキッチンへ姿を消した。カチャカチャと音が鳴るから、お茶を出してくれるのかもしれない。
「ねー」
姿の見えなくなった少年に、千穂は声をかける。
「何?」
律儀に返ってくる返事を、千穂は当然のように受け止める。
「何のお守りかお父さん言ってた?」
その問いに、ああ~と低い声がキッチンから聞こえた。記憶に検索でもかけているのだろう。しかし、ヒットするものはなかったようだ。
「何も言われてない気がする」
二階堂はお盆に人数分のカップとポットを乗せて戻ってきた。一人ひとりにお茶を注いでくれる。
「紅茶?」
千穂は足を少しパタパタさせながら問いかける。
「そう」
ケーキが甘いだろうと思って。と付け足す。
「どうぞ」
と一人一人の前に置いてくれる。
「砂糖とミルクは待って」
そう言ってケーキの入っている箱を手にしてまたキッチンへ消えた。
「わ~。これ可愛いね」
千穂は目をキラキラとさせる。二階堂が出してくれたカップは薄桃のバラで飾られていた。同じデザインで優実はオレンジ、壱華は青、あかりは赤だ。
「なんか高そう」
優実は苦手そうに少し顔を歪めた。砂糖とミルクを入れた時に混ぜる小さなスプーンも一緒だ。それは小さくて金色をしていた。
「こういうの、欲しいなとは思ってるんだけど」
部屋の観察を終えた壱華がやっと口を開いた。ちょいちょいとカップを触る。
「樹はともかく、啓太も一緒じゃ雰囲気でないし、あいつむしろ割りそうだし」
手、出せないのよね。と少々不機嫌気味に言う。
「壱華、昨日も食器見てたもんね」
昨日の買い物で、3人が4件の店を見て回る時間を使い悩んだ壱華だったが、結局食器類は買わなかった。
「高いし、使わないと思ったのよね」
こうやって使うのね。と壱華はカップから目を離さない。相当お気に召したらしい。
「ケーキ、どうやって分けるの?」
二階堂が皿にケーキを乗せて持ってきた。
「ショートケーキ」
おもむろに優実がそう言って手を上げた。それに倣い千穂と壱華が手を上げる。二階堂はそれですべてを悟る。
「―俺は初めからモンブンランで数えてたのか」
「ショートケーキがよかった?」
「そういうわけでもないけど」
千穂の質問に答えながら、二階堂は器用にケーキを並べていく。
「なんか、お店に来たみたい」
千穂はわくわくと瞳を輝かせる。二階堂は少し背の高いクッションのような椅子を引っ張り出してそれに座った。お誕生日席だ。ちなみに二階堂のカップは真っ白で、千穂たちに出したものとは違うシリーズのもののようだった。
「じゃあ、いただきます」
優実がそう言うので、千穂も両手を合わせていただきますと言った。
白いケーキにフォークを刺して口に含む。程よい甘さが口に広がる。
「おいし~い」
千穂は足をバタバタさせた。
「千穂、行儀悪いぞ~」
「優実ちゃんは一緒にバタバタするタイプだと思ってた。」
いいこと言うね。と優実はフォークを置く。そして神妙な顔で語り始めた。
「私も嬉しいことがあったり、美味しいものを食べた時は足をバタバタとさせたものだった」
うんうんと頷く。
「しかし、できなくなった」
「どうして?」
にやりと優実は千穂に笑う。それに少し嫌な予感がしたが、待てをかける前に優実が答えを口にしてしまう。
「背が伸びたから」
「いじわる!」
「足がぶつかっちゃうんだよね~」
「いじわるいじわる!!」
千穂はいじわるいじわると言い続け、優実はおかしそうに笑った。
「少し考えたらわかりそうなものだと思うんだけどな」
小さな声は、しかし千穂の耳に届いた。千穂はぎっと二階堂を睨んだ。
「あんたの目、怖くないよ」
まん丸だもん。と言って、二階堂はフォークでモンブランを取り口に含んだ。千穂は文句を言ってやろうと口を開いたが言葉を発することに失敗する。
「おいしい」
ふわりと、二階堂は笑った。甘いもの好きなんだねとか、そうでしょう?とか、言えることはたくさんあっただろうに、千穂はただ驚いて固まってしまった。結果そのままじっと二階堂の顔を凝視することになる。
「何?」
当然、それはすぐに気付かれるわけで、笑顔も消えるわけで。
「あ」
もったいない―とは言えなかった。笑ったらかわいいよ、なんて男の子に言ったら怒られると知っていた。というか、よく樹にやって怒られている。
「なにもない」
千穂はしゅんとケーキに視線を戻した。ケーキを食べながら、また笑わないかなとちらちらと二階堂の方へ視線を向けるが彼は同じようには笑ってはくれなかった。
おいしいケーキはぺろりと平らげてしまって、ゆっくりとお茶を飲む。その間も、このお茶は何か、どこで買ったのかとか壱華が二階堂から情報収集していたり、優実と千穂は次はどのケーキを買ってみようと話したりしていた。そうして時間がある程度たったころ、あかりが笑顔でパンと手をたたいた。
「で、私たち聞きたいことがあるのだけど」
「・・・私、の間違いじゃなくて?」
「さあ、それは知らないわ」
静かにまた火花が散り始めたと千穂は思った。千穂はちらりと壁にかけてある時計を見上げた。
―12時前か
お昼だよと言って退散したほうがいいのか?と悩んでいると向かいのソファに座っている壱華も同じことを確認しようとしていたようだ。携帯を取り出していた。
「あ」
静かな部屋に、壱華の声がよく響いた。注意が自分に向いたことに気づいて壱華は笑った。
「あ、ごめんさない、啓太から着信すごくて」
「え?」
千穂も慌てて携帯を開いてみる。そこにはたくさんの着信履歴があった。
「本当だ」
その多さに、千穂は呆然とする。壱華がそれを見て立ち上がる。
「ちょっとかけなおしてくるわね」
千穂はここにいてと目で言われて、千穂は小さく頷いた。さて、これで状況は変わるのか、と千穂は居住まいを正す。
「啓太さんどうしたんだろうね」
「樹からも入ってたから、別に啓太だけ用があるってわけじゃなさそうだったよ」
とりあえず壱華と啓太を引っ付けたい模様の優実に、千穂は水を差しておく。それに優実はそうかーと少し悔しそうに眉を寄せていた。残念そうな優実からあかりに視線を移すと、あかりはまだ二階堂から視線を外してはいなかった。
―ロックオンしてる
と千穂はお茶を啜った。冷や冷やすることはするが、少しわくわくもしている。二階堂が小さくため息をついた。
「・・・で、何が気になっているって?」
「答えてくれるの?」
「ものによる」
そう、とあかりは艶めかしく視線を落とした。それはゆっくりと獲物を攻撃する武器を吟味する狩人のようだった。それより艶があるのだから質が悪い。考えているのだろう、何から聞けば、できるだけ多くの情報を引き出せるのだろうかと。方針が決まったのかあかりは少し唇をなめた。
―ああ、始まる
そう身構えた時、
パタン
と扉が閉じる音がする。また視線が壱華に集まる。壱華はただただ困った顔をしていた。少し泣きそうな気もする。
「ごめんなさい」
その言葉を向けられたのは二階堂だ。謝れることなど記憶していない彼は不思議そうな顔をしてたが、尋ねられる前に壱華が説明した。
「よく分からないんだけど、啓太と樹も来るって」
本当に、ごめんさない。壱華の声は消え入るように小さかった。




