5.攻勢1
ごくりと千穂はつばを飲み込んだ。時間は朝の11時。手にはケーキ屋の箱がある。
「押すよ」
千穂は後ろにいる3人に目くばせする。それに3人とも神妙な顔で頷いた。それに押され、千穂はチャイムを押した。
ぴんぽーん
どこか間抜けな音が響く。反応はない。
「―間違ってるってことはない?」
「あるわけないじゃない」
あかりは笑顔で優実を小突いた。
「じゃあ、もう一回」
ぴんぽーん
どすっと音がした。
「お?」
いるっぽい?と優実があかりを見る。当然とあかりは笑顔のままだ。
がちゃがちゃと音がして、扉が開かれる。
「何?」
どことなく不機嫌そうな声でそう顔を出したのは、二階堂武尊その人だ。
「本当だ」
すごい。と最前面にいる千穂はあかりの情報収集力に感嘆の声を上げた。
「何が」
今起きたのか、二階堂は顔を半分押さえている。髪もところどころ跳ねていて、ジャージとゆったりとしたシャツを着ている。
「・・・寝てた?」
「寝てた」
首をかしげて問いかける千穂に、二階堂は頷いて答えた。
「もうお昼前ですよ~」
優実がおどけて見せる。それに、やっと二階堂は少し視線を上げた。優実を見る。
「・・・・俺は本来夜型だから」
「人間は夜行性じゃないですよ?本来」
と優実は返す。
「で、何?」
「あー、えーと」
千穂が困っていると、あかりが助け舟を出す。
「昨日のお礼、助かったわ」
「昨日?」
二階堂はきょとんとした。そういう表情をすると、この少年は案外可愛らしい顔のつくりをしているのだと気づかされる。
「ほら、声かけられて帰れなくなってたやつ」
大学生っぽいのに。と優実が補足する。それに目をしぱしぱさせたのち、何かを察したのかむっと眉根を寄せる。
「を名目に何しに来たわけ?」
「さすがね、話が早い」
不機嫌な二階堂を前に、あかりも笑顔を崩さない。二人の間にバチバチと火花が散っているように千穂には思われた。
「私たち気になっちゃって」
あんなこと言われたら、気になっちゃうでしょう?
「もっと聞きたいなって思ったの、なんでこの学校にあなたが来たのか」
「あれが全部なんだけどな」
「要約すればでしょう?」
どちらも引かない。その様子を冷や冷や見守る千穂の後ろで優実が言った。
「とりあえず、人数分のケーキは買っちゃったから、それは食べようよ」
「―俺はいらない」
「お母様に言われなかったの?女の子からの贈り物はちゃんと受け取りなさいって」
二階堂は一瞬固まって、苦々しげに顔をしかめた。なにかあかりの言ったことに相当するようなことを言われた記憶がヒットしたのかもしれない。
「―入れば」
二階堂は諦めて玄関を大きく開いた。
「言ってみるものね」
「あんた嫌いだ」
「光栄だわ」
あかりの笑顔は光輝いていた。
※
「あれ?壱華たちは?」
幼馴染の部屋のリビングに行ってみると樹しかいない状況に啓太は疑問の声を上げた。樹はソファに座って両手でマグカップを持ったまま首をねじって啓太を見た。
「なんか、二階堂のところ行くって」
「へ?」
「千穂のクラスメイトが暴走しちゃったって」
樹は啓太に背を向け前を向いた。
「あかりって姉ちゃんが、すごく気にしてるんだって、二階堂のこと。それで、昨日の言葉気になって仕方ないから聞きに行くってさ」
あかり、という言葉に昨日のおっとりとした少女の面差しを思い出す。暴走という言葉に似合うのは、あの優実とかいう名前の少女の方だと思ったが、逆だったようだ。
「―止められなかったのか」
「だからついて行ったんじゃない」
それが正解かは分からないけど。樹は両手にあるマグカップに視線を落とす。
「どうなるかな」
「もう少し様子見たかったけどな~」
ああ~と啓太はその場に座り込む。
二階堂の父親は、千穂を助けてやれと息子を編入させたのだと聞いた。二階堂本人がそう言ったのだと。
「なんかやばそうなんだよな」
本人ではなく父親が。自分の息子を餌に千穂をおびき出すつもりなのかもしれない。貴輝がいない今、あの力はのどから手が出るほど欲しい。とそこまで思い至り、啓太は顔を上げる。
「なあ、二階堂の親父ってさ、たぶん千穂が銀の器だって知ってるよな」
「十中八九ね」
そう考えたほうが安全だよ。樹は啓太の方を向かない。
「銀の器知ってればさ、黄金の剣のことも知ってるよな」
「そりゃ、セットだからね」
基本。と樹は頷く。
「―じゃあさ、その使い手がいないってどれくらいの人間が知ってるんだ?」
「え?」
樹は兄の方を振り向いた。
「剣の使い手の存在は銀の器とセットだ。だったら、普通の奴は使い手が千穂の傍にいると考えるだろう?」
でも
「二階堂の父親は、貴輝がいないことを知っているみたいだ」
「なんで?」
「だって、貴輝がいないから俺たちはあいつに味方になる可能性がないか探すんだ。欲しいから。欲しがるってことを知ってないと、二階堂を餌になんて使えないだろう」
二階堂本人に悪意はない敵意もない、それは必要ない。持っていれば千穂が近づかないから―
「え?待って?それかなり内部事情漏れてるじゃん」
樹は立ち上がる。焦りのあまり爪を噛む。
二階堂が欲しい。そう思わせるために、父親は彼に何も教えなかったのではないのか。お前の持つそれは霊力だと、お前の持つ力は強いと、金色の使い手になれると―。無知で、しかし力の塊。こちらから接触を図るのは必然。
「ああもう!わかんない!」
樹はたまらずその場で跳ぶ。それに啓太は叫ぶ。
「いいから!とりあえず俺たちも追おう!」
玄関に体を向けた啓太に、樹が情けない声を上げた。
「俺たち、二階堂の部屋知らないよぉ!!」
啓太は怒鳴った。
「何のための文明の利器だよ!!!」
―千穂も、頼みの壱華も電話には出なかった。




