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  接近8

 ひらひらと夕焼けに黒い羽根が散る。ばさばさと大きく翼をはためかせるのは1羽のカラスだ。そのカラスは迷うことなく大きく高いビルの一部屋に向かって飛んでいく。そこについているバルコニーにカラスは降り立った。


「だからよしなさいと言ったのに」


部屋の中から、そう男の声がかかる。カラスはしゅるりと音を立て、少女の形へと姿を変えた。カラスだった面影は、その漆黒の髪と瞳にのみ残される。


「だって、ご主人様」


少女は裸足でひたひたと部屋の中に入っていく。少女は風呂上がりの様子の男にひしとしがみついた。

「ほら、こんなに震えて」

怖かったんだろう?よしよしと冷たくなった体を抱きしめて頭を撫でてやる。茶色の短い髪からしずくが落ちた。


「だって、あいつ、うるしは嫌いだもの」


きゅっと少女は男にしがみつく腕に力を込める。

「あいつがいなかったら、ご主人様はこんな狭いところに閉じ込められることもなかったのに」


くすくすと男は笑う。


「何度言って聞かせればわかるんだい?私は私の意思でこの条件を飲んだんだよ?面白そうじゃないか。彼が初めてだよ、この私に交渉事を持ちかけてきたのは」

「でも、だって、あいつは何も知らないじゃないですか。自分が何に守られてるのか」


だって、だってと少女はふくれっ面のままだ。


「知らせないのが条件だからね」

「知るのはいいのに?」

「そうだよ」


おいでと手を引かれる。男はソファに腰かけると、自分の足の間に少女を座らせた。よしよしと撫でてやると、少女も少しずつ機嫌をよくする。そういうところはまだまだ幼いと男は思っている。


うるし、私を思ってくれることはうれしいけれど、それでうるしが怖い思いをするんじゃ意味がない」


男が少女の長いセーターの袖をまくると、切られたかのような傷が姿を現した。致命傷ではない。しかし、放っておいていいものでもない。そこに男は手を当てる。ほのかな光が傷を照らすと、傷は音もなく消えてしまった。


「怖かっただろう。あの子は」

「はい」


ありがとうございますと、少女は小さくつぶやいた。その頭をまたよしよしと撫でてやる。おとなしくなったのを見計らって、男は少女に言った。


「あとね、漆、隠し事もいけないよ?」

「何がですか?」


男は薄く笑って、少女の唇を自分の親指でなぞった。それにどきりして、少女は視線を持ち上げ男の顔を見る。そこには自分が惚れ込んだ美しい顔がある。


うるしはあの子を嫌いだと言うけれどね」

くすりと笑う。

「お腹がすいたから抜け出したんだろう?」


かあっと少女は顔を赤くした。その顔を自分から隠してあげるように、男は少女を抱き寄せる。


「あの子はおいしそうなにおいがするからね。でも、ダメだよ?あれにつられてしまったら痛い目にあう」


今日みたいに。だから


「あの子と関わるのは、私がいいと言った時だけにしなさい」

「はい」


少女はおとなしく頷いた。


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