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  接近6

 喫茶店で休んだ後、買い物を再開した。ちょっと背伸びしてヒールのあるサンダルを買って、夏に着られそうなワンピースを買った。癖毛に効くらしいシャンプーも買った。千穂はご満悦だった。空は橙、夕暮れ時だ。


―ピン


 背筋に緊張が走る。何かがこちらを見ている。ぱっと後ろを向く。壱華と目が合う。壱華も厳しい顔で頷いた。壱華も同じ気配を感じたらしい。しかし、人が多すぎてこちらからは見つけだすことはほぼ不可能だ。


「楽しかったねー」

「お茶もおいしかったしね」


霊感皆無な二人はのんきにそう笑っている。

「うん、そうだね」

千穂も笑う。壱華は鋭く視線を周囲に向けるがやはり出所は分からない。


ゾクッ


と寒気がする。一気に距離を詰められた。それは分かる、近づいてきていることも分かる。なのに


―どいつよ!どこにいるのよ!どうする気よ!!


壱華は歯噛みする。その体質上どう見たって後手に回らざるを得ない。それでも、どうにかして千穂を守り切りたい。この速さでは留守番組に連絡を取っても意味がない。もしもの場合は壱華一人で迎え撃つしかない。


「早く帰りましょう。冷えてきたし」

「そうね、暗くなる前に帰りましょう」


壱華は急かす。その言葉にあかりが頷いた。とりあえずまっすぐ帰ってくれそうなことに少し安堵しながらポケットに手を入れ札を確認する。いざとなったら、やる。


「千穂、大丈夫?疲れてない?」

「大丈夫だよ」


優実に尋ねられて千穂は返事をする。少し、顔色が悪いかもしれない。早く帰らなければ。


「ねえ、お茶できるところ探してるんだけど知らない?」


そう声をかけてきたのは大学生くらいの青年たちだった。三人いる。

「喫茶店ならそこに」

千穂が指で示す。店ならそこにある。探さなくても。青年の一人が笑う。

「あ、本当だ。ねえ、一緒に行かない?ちょっとでいいからさ」

「奢るし」

「ごめんなさい。急いでいるから」

壱華が青年と千穂の間に割り込む。背中には冷たい汗が一筋伝う。気配は、着実に近づいてきている。

 

時間がないのに!!


いらだちを顔には出さずに対応しようとする。

「ちょっとでいいから。ね?」

彼らも引き下がろうとしない。

「行こう」


優実が千穂の手を取って歩き始める。あかりは無言でその背に続く。壱華も追おうと足を踏み出したとき


「待ってって!!」


一人が千穂の手首を掴んだ。掴まれたのと逆の手は、その勢いに優実の手からすり抜けてしまう。小さな千穂はその力に抗うことができない。


「本当、ちょっとでいいんだって」


千穂は震えている。それは、青年が怖いのか、もうそこまで迫ってきている気配におびえているのか、あるいは両者か。


「やめて」


壱華が手を伸ばす、もう、それは来ている。いつ襲いかかってきてもおかしくない距離にいる。


もうだめだ!


「―悪いけど、こいつ俺の連れだから」


気配は霧散する。突然のことに固まってしまった壱華が気付いた時には、青年の手は千穂の手首から離れていた。彼の手を後ろから握っているのは―


「二階堂」


千穂は気の抜けた声を上げる。彼は厳しい瞳を向けて言った。


「なんで先に行くの。待ってろって言ったじゃん」

「え?あ?えと・・・・ごめんなさい」

「・・・・んだよ、男いんのかよ」


ぱっと二階堂の手を振り払うと青年たちは人ごみに姿を消した。その背をしばらく二階堂は睨んでいたが、その姿が完全に消えたのを認めると視線をこちらに戻した。千穂はほけっとした顔で二階堂を見上げた。


「なんで、私怒られたの?」

「いい演技だったんじゃない?」

「・・・・・」


色々と今悟って、千穂は驚きを表した後、気に食わないと顔をしかめた。


「ほら、さっさと帰るよ。―なんか変なのいるし」


―その『変なの』は、さっきの青年のような人間を言うのか、それとも、自分たちをつけていた気配のことを言っているのか。


壱華は二階堂を睨みつけるように見つめる。それに気づいているだろうに、二階堂は壱華を無視して寮に向けて歩き出す。千穂も渋々とその背に続く。


今は彼のそばのほうが安全かもしれない。体からこぼれ出る霊力は無意識に作られる結界のようなものだ。ひとまず、今日は大丈夫そうだと壱華は判断する。彼そのものが危険でなければ。


「あんた、幼馴染いるでしょ。連れてくればよかったんだよ」

「啓太はすぐ帰ろうって言うもん」


うまく答えたなと思うと同時に、確かに、と壱華は千穂の答えに内心同意した。


「・・・・訓練させれば?」

「二階堂は訓練したの?」


二人の会話に思うことがあったのか優実が割り込む。それに、二階堂はげんなりとした顔をする。


「―母親に連れまわされて」

「つき合わされちゃうの?」

「一人で行かせると訳分からない量買い占めるんだ」


物量も、金額も。


「ストッパーしてるんだ」

「親父が甘いから」

「あら、お父さんは気にしないの?」


あかりも参戦する。


「『僕はお金を稼ぐくらいしかできないから、それを使って楽しんでくれるなら嬉しいよ』とかなんとかほざいて」

「いい人じゃん!」

「それで部屋が狭くなる俺の身になってよ」

勝手に服とか靴とか買ってくるし。要らないよ、そんなに。


 信号が赤になっているため皆足を止める。二階堂はすっと視線を落とした。

「手首、掴まれてたけど大丈夫だった?」

「え?ああ、あれ?」

千穂は手を持ち上げて確認する。

「平気だよ」

大丈夫と笑う。ほらと見せる。二階堂はそれを見て、小さく頷いた。

「そう」

「二階堂って、千穂のこと結構気にするよね」

優実がぶっこむ。それは喫茶店での続きのようだった。


「そう?」


意外だとでもいうように二階堂は不思議そうな顔をした。

「だって、掃除棚倒れた時もすぐ保健室に連れて行ってたし。あの一件があったから、またおんなじことにならないかちょくちょく見てるでしょ?」

千穂のこと。優実はしれっと、しかし興味津々と聞く。あかりはグッジョブと優実に視線を投げる。


「母親が―」

「お母さん体弱いの?」


言いかけた言葉を優実が促す。


「いや、めっちゃ強い」

人間逸脱してる。―信号が青になりまた歩き出す。


「・・・・・そんなお母様が何て言ってたの?」

「『女の子の体はあんたが思ってるよりずっと繊細で弱いから大事に扱ってあげないとだめなんだ』とかなんとか」


二階堂は自分のてのひらを開閉する。それを見つめながら続ける。


「特別喧嘩とかしたことないけどさ、ガキの時とかあるじゃん、ムキになって殴ったり蹴ったり」

「あるねー」


私も弟と最後のクッキーの1枚とかかけてやるよ。と優実が頷く。過去形でないことは気になったが誰もそこは掘り返さなかった。


「なんて言ったらいいのかな、大体負けないんだけどさ。あんま、怪我とかしないんだよね」

「ほう?」

「一緒に騒いでるやつらは時々腕折ったり、捻挫したりするんだけど、俺だけぴんぴんしてるの」

「運動神経良いとかじゃなくて?」

「そういうことなのかな」


二階堂は優実に視線を向ける。


「まあ。男ばっかのところにいて、時々けんかして、『女の子相手だったらこうはいかないからね』みたいなこと言われた気がする」

「おんなじ気もちで扱ったら大破するよって?」

「そんな感じ」


あと、と付け加える。


「自分が怪我しないから、ほかの人間がどれくらいで怪我するのかとかよく分からない」

「わかんないならとりあえず医者に診せとけと」

「そうだね」


そんな感じ、と二階堂は視線を前に戻した。


「じゃあ、千穂を心配するのは?」


待った待ったと優実は前に出て二階堂を覗き込む。二階堂は足を止めざるを得ない。少し嫌そうな顔をしてから、二階堂は千穂の顔を見直した。それに、千穂は首をかしげる。


「高野原は―」

「千穂は?」


わくわくと優実は目を輝かせている。あかりも耳を澄ましている。


「なんでだろう、小さいからかな、めちゃくちゃ弱そうな気がして」

「何!」


千穂はくわっと牙をむいた。

「その割に、というか、見た目通りというか、どんくさいし、ちょっと危機管理能力欠けてそうだし」

「なんだと!!」


千穂は衝撃を受ける。


「それを、どうしてあなたが気にするの?」


早く核心が欲しいとあかりも優実の隣に並ぶ。二階堂は言おうか言うまいか逡巡したようだったが、結局答えた。


「親父が見とけって言ったから」

「お父様が?」


意外だとあかりが繰り返す。

「困ってたら助けてやれって」

「言われたから?」

優実も首をかしげる。

「俺が、見とかないといけないのかなって」

「え?待って?」

優実が頭の周りにクエスチョンマークを飛ばす。


「二階堂のお父さんって何者?何考えてるの?」

「それは俺が一番知りたい」

「―ねえ、もしかして」


あかりはぐっと身をかがめて二階堂の顔を覗き込む。


「千穂を助けるって理由で編入してきたの?」


ドクリと心臓が大きく脈打った。千穂は口が渇いていくのが分かった。千穂は、後ろから二階堂を見上げる。長い沈黙の後、二階堂はため息交じりに答えた。


「―そうだよ」


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