接近2
「夏用のワンピースが欲しいのよね」
そう切り出したのはあかりだった。
「私もちょっと夏に向けて買い出ししたい!」
はいはいと優実が手を上げる。
「夏に向けての買い出し??」
聞きなれない言葉に、千穂は頭の周りにクエスチョンマークを飛ばす。それを面白そうに見つめながら優実が大きく頷く。
「そうそう!シャツとか、サンダルとか!」
水着も新しいの買おうかな~と優実は箸の先を遊ばせる。それにあかりがお行儀が悪いわよと笑う。
「千穂は、あんまりお買いものしないの?」
千穂が反応した単語を冷静に分析してあかりが問いかける。
「季節に向けての買い出しなんて知らないよ?」
千穂は首をかしげる。
「お洋服はいつ買うの?」
「小さくなったら」
「そういうパターンか」
優実が大きく足を組む。そして箸を置いて指を立てた。
「いい?女の服はね、毎年流行というものがあって、去年と全く同じレパートリーだとダサくなってしまうんだよ!」
親が小さい子供を怯えさせるように、優実はわっと両手を開いた。それに千穂はびくりと体を後ろに引く。その反応に満足して、優実はニタニタと笑いながら肘をついた。
「だからね、少しずつでもいいから、毎年季節ごとに買い替えたほうがいいよ?」
にこーと笑う優実に、千穂は次の言葉が予想できた。
「みんなで買い物に行こうよ!!」
優実は決まったとでも言うように目を輝かせている。それに千穂は困って唸った。
「お買いもの、あんまり好きじゃない?」
あかりが顔を覗き込んでくる。それに千穂は首を横に振った。
「あんまりしたことないから好きか好きじゃないかもよく分からない」
「それは出かけてみるべきだよ!」
優実が力強く頷く。
「1回試してみようよ!」
「そうじゃないでしょ?」
ぴんとあかりが指で優実の額をはじく。
「千穂とお出かけしたいから、一緒にお出かけしましょう?でしょ?」
論点をずらさないの~とあかりは笑う。
「そうなの?」
「そうなの!私は千穂と遊びに街に出たいの!!」
痛い~とはじかれた場所をさすっていた優実は、千穂にきょとんと問いかけられ懸命にうなずいた。
「めちゃくちゃ、遊びに行きたいの!」
「できたらお洋服を見繕いたいなって」
「そうそう!」
もう、ふりふりのワンピースを着てほしいの!と優実はひとりテンションが高い。きゃっきゃっと騒ぐ優実を見て、千穂は、いや、これがいつもの優実だと冷静に頷いた。それを横目に、あかりが緩く唇を持ち上げる。
「千穂は、あんまりお出かけとかしちゃいけないお家なの?」
「え?」
少し、ぎくりとした。出かけるなと、遊びに行くなと言われて育ったわけじゃない。むしろ好き放題させてくれた部類だと思っている。しかし、こんな体質なものだから、自然と遊ぶ場所は限られていた。家からあまり離れないまだ村だと言える森の中、それが千穂たちの遊び場だった。年頃の少女が買い物をする場所は村にはなく、町に出る必要があったから、千穂は遊びとしての買い物は経験せずに育った。
「ううん、ダメとかじゃないよ」
視線が落ちる。何に、どぎまぎしているのだろう。何に、緊張しているのだろう。何を、怖いと思っているのだろう。
「慣れないなら、飯島さんも誘ったらどうかしら」
「あ!いいね!私、飯島さんともお話ししてみたかったんだよね!!」
きゃーっと優実がまた悲鳴を上げている。その黄色い声に反して、千穂の心は重い。
―なんでだ?
―どうしてだ?
―何にもやもやしている?
ぐるぐると頭は回る。
「千穂?」
返答がないことに気づいた優実が、名を呼んでくる。千穂は、どうにか笑って答えた。
「壱華ちゃんに聞いてみるね」
そして昼休みは終わった。
※
どことなく重い気持ちのまま、午後は過ぎ去った。優実は助っ人だと言ってホームルームが終わると同時に教室から飛び出していった。見た目通り運動が得意なのだ。しかし、優実は帰宅部に甘んじている。何か部活をすればいいのにと千穂は思っている。もったいない。ちらと視線を上げると、あかりが別クラスの女子生徒に声を掛けられ教室から出ていくところだった。
―確か茶道部だって言ってたっけ
『一カ月に一度しか活動してないんだけどね』
そうあかりは笑っていた。
「よく分からないな」
あかりちゃんは。時々。ほんの時々怖いなと思うときがある。中と外が違うんじゃないかと、穿ってしまう。
壱華はまだ迎えに来ない。ホームルームが長引いているのだろうか。千穂は廊下をじっと見て、自分から迎えに行くことにする。ガタリと立つと、ふと視線が窓際へと惹かれる。
「っ!」
二階堂と目が合う。橙の光に包まれて、彼は千穂を見上げていた。強く、刺すような、見透かすような瞳は苦手だ。少し慣れてきたと思っていた霊気が肌を刺す。
「何?」
どうにか乾いた口でそれだけを言葉にする。二階堂はすっと視線を落とした。それに合わせ、体の緊張がほぐれる。千穂は小さく息を吐いた。
「-あんたって、見える人なんだよね」
改めて二階堂は確認するように尋ねてきた。
「二階堂も見えるの?」
小さい問いかけに、千穂は問いをもって是と答えた。
「見える」
あんまり気にしたことなかったんだけど。身の危険感じたことないし。その言葉に、千穂はだろうなと口の中でつぶやく。あなたの霊力はけた違いなんですよー、いたずらしようと近づいたら死んじゃいますよーとは言わない。
「少し、悪戯してるやつとかは見たことあるけど、あんなあからさまに狙ってるの見たのは初めて」
―何を話したいんだろう。千穂は話の先が見えず、だからと去ることもできずにいた。
「・・・ああいうこと、多いの?」
前を向いていた視線が千穂に帰ってくる。それにまたも体がこわばる。まっすぐな瞳は、逃げることを許さない。
「普通の人よりはちょっと多いかな」
それだけ答える。狙われる体質なんですとは答えられない。そこまで思った時、千穂はすっと何かが腑に落ちた。
―二階堂は、私が『何か』知らないんだ
会話からそれを感じ取る。二階堂の父親の行動は、千穂が銀の器だと知っていることをうかがわせる。しかし、二階堂自身は千穂について何も知らないようだ。
「だから、幼馴染で固まってるの?」
「え?」
がちりと体がさらに固まった音がした。
「大学じゃなくて、高校でよくみんなでそろって東京まで出てきたなと思って」
珍しいよ?と二階堂は続ける。
「この学校に通うメリットがあんたにはないように見える」
進学率が高いわけじゃないし、そもそもそういうところに力入れてないみたいだし。やっぱり、ここに通ったってことがステータスになる層にしかメリットはないんだよね。
「別に親が経営者とかってわけじゃないんでしょ?」
だったら
「他に理由があってここにいることになる」
それ、俺には分からないんだよね。瞳が光る。鋭く射られる。それに千穂はしどろもどろになる。
「あ、えと、その」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。何と答えたら普通だろうか、どう反応したら普通だろうか。ただただ普通を求めて千穂は頭を混乱させる。それがどれだけ異常か気づくこともなく。
「千穂ー」
変な汗が背中を伝ったと思った時、壱華の声に千穂はすがった。
「壱華ちゃんが待ってるから、行くね!」
また明日、と気が重くなることを自分で言って千穂は廊下に足を向けた。
「-また明日」
少年の声が、重く鎖のように千穂の足にまとわりついてきた。




