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0.お伽噺

 この世には、人ならざるものが存在している。それを人は神と呼べば、化け物と呼ぶこともある。しかし、科学が発達したこの時代、闇は減り彼らの住処すみかは無くなるばかり。そして、人もだんだんとそれらの存在を信じなくなり見えなくなり。それでも、確かにそれはいる。それと人間の世界をつなぐ者もいれば、それらが人の世にあぶれてこないよう見張る者もいる。彼らは、見る力を持っていれば、それらをはらう力も持っている。そんな人間が、自然と集まる酒場が一つ。そこで男は、おとぎ話を聞いたのだ。


ぎん)うつわを知っているかい?

そう話しかけてきたのは男だったのか女だったのか。老人だったのか若者だったのか。今となっては思い出せない。

―無限の容量を持つ器のことだ。この世の幸不幸、わざわい幸福、すべてをその身に飲み込み力と変える。しかも、その器は外に力を放出することが出来ないから、ただただ力を蓄え続けるのさ。


くすくすくすと、そいつが笑っていたことだけは覚えている。

―それは人間なんだ。私たちと同じ、霊力を持つ人間。その人間は、たいそう強い守り手に守られているんだ。どこぞの姫のように、王子のように。

ゆらりと、酒場に充満している煙が揺れた。


―それは器だからね。中身を狙われるんだ。狙うに決まってるだろう?強いのに、自分を守るすべをひとっつも持っちゃいないんだ。狙わない方が馬鹿さ。

おかしそうに笑う。乾いた声が耳障りだ。それでも、話を聞いてしまうのは、続きが気になったからに他ならない。


―でもさ、器だって人間さ。生き物だからね、おめおめと狩られるだけじゃない。自分じゃ自分を守れないから、強い奴に守ってもらうんだ。

「守ってもらう?」

男は聞き返してしまった。だって、もう守り手はいるんだろう?


そいつはにやりと笑った。

―そいつらはね、自分の思想ってやつで器を守ってるんだ。守らなきゃいけないと思って守ってる。器からしたら、勝手に守ってくれる都合つごうのいい存在さ。


よく聞きなさいと、声をひそめた。

―器はね、自分を守る人間を選ぶんだ。強い強い、人間にさ、自分の力で作ったかがやくばかりのけんを授けるんだとさ。


かがやけん

それは、誰だって一度は夢に描いたことのある魔法まほうつるぎ。悪魔を、魔女を、魔王を、龍を、倒す無敵むてきつるぎ。おとぎ話の存在。


―そのつるぎに切れないものはないんだ。だって、底のない器が、延々えんえんと力を注ぎ続けてるんだからね。


ああと、そいつは目を細めた。

―器はいい。足りない力をおぎなってくれる。

けんはいい。無敵むてきの力をさずけてくれる。


「それは欲しいな」

男は笑って肩をすくめた。

「-でも、どうせ作り話だろう?」

あやかしはいる、神もいる。しかし、そんな器もけんも、この世には存在しないだろう?そう言っても、ただただそいつは笑うだけ。


―信じるも信じないもお前次第しだいさ。しかし、覚えておいで、ぎんうつわ相川学園あいかわがくえんにいる。目覚めの時を、今か今かと待っている。


相川学園あいかわがくえん

その名を、男は知っていた。最近できた、高層ビルの中にあるというバカげた学校のことだ。

ぎんうつわは、目覚めとともけんを呼ぶ。気になるなら見に行っておいで。


あははははとそいつは笑った。何がおかしいのか、そう問いかけようとしたら、目の前からそいつは消えていた。幾度いくどか男は目をまたたかせたが、すぐに興味を失ったようにカウンターへと進む。

ぎんうつわと、無敵むてきつるぎ、ね―」

男の口元は、面白そうに歪んだ。



 かちゃかちゃと鳴るのはパソコンのキーボード。デスクトップの画面を見つめるのは少年。眼鏡を通して、ぼうっと画面を眺める。


「案外ちょろいな」

大丈夫か?とぼやきながら顔をしかめる。

「―ここまで先回りされてんだったら腹立つ」

自分がこうしてクラッキングをけることを見越してセキュリティレベルを引き下げているのだったら忌々いまいましい。舌打ちと同時に、脳裏のうりに男の顔が浮かぶ。それに再び舌打ちする。


 パソコンが乗る机には、パンフレットがいくつか広がっている。それは学校案内のようだった。大きな文字で書かれているのは、「相川学園あいかわがくえん」。その字を、少年はちらと横目で見る。視線を戻した。画面に、再びある少女の写真を映す。小柄で、愛らしい少女だ。名を、高野原千穂たかのはらちほという。


高野原千穂たかのはらちほ黄金おうごんつるぎ―」

それは彼がもらったキーワード。かちかちと気まぐれにネットで検索をかけてみても、めぼしいものは何一つ引っかかるわけもなく。

「はあ」

少年は一つため息をつく。あきらめたように、パソコンをシャットダウンする。立ち上がり、後ろにあるベッドに倒れこむ。


―これは持っていこう。

眼鏡を外してベッドの横にある台に置く。

―これは置いていくか。

つらつらと家具の選別を始める。

「パソコンは―」

先ほどまで使っていたパソコンに目を向ける。じっと見つめて判断する。

「ノートだけ持っていくか」

小さくそう言うと、残っていたわずかばかりの明かりも消した。


 夜は更ける。ちょろちょろと人ならざる者が動き出す時間。彼らのための、清浄せいじょうなる闇夜やみよ。しかし、そんな彼らは少年に近づけない。力あるものはそれだけで美味おいしそうに見えるものだ、感じるものだ。けれど、この少年は違う。近寄ったら死んでしまう。少年の意思にかかわらず、自分たちは消えてしまう。そして厄介やっかいなことに、少年はそれを自覚していない。


窓から、ひょっこりと部屋を覗き込む者がいる。強くて怖くて、しかし、興味はかれてやまない。そんな少年は、ベッドに倒れこんで眠っていた。布団もかけずに寝る姿はとても無防備だ。それらは、人間の体が弱いことを知っている。布団とやらを着て寝ないと、人間は風邪をひくのだ。だから、優しい自分が布団をかけてやりたいと思いながらも近づくことはできない。弱い自分は簡単に消えてしまう。

―ああ、つまらない。

その声が聞こえたように、少年のまつ毛が小さく震えた。


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