この番組は元カーストトップ令嬢がお送りする『身分違いハッピーエンド』の暴露話です
コメディを目指したはずなのに、ほんのりブラックになった。
目の前で繰り広げられている華やかな結婚式は、おとぎ話のように美しかった。
陽光とともに天上から降り注ぐ、紅、薄紅、黄色、白の花びらたち。
美しく装い、微笑む列席者。
その視線の中心にいる、新郎と新婦。
新郎はこの国の中枢を担う宰相を叔父に持つ名家の長男。
かの宰相に子はなく、彼がゆくゆくはその職務を継ぐかもしれないと言われている。
美貌と、優秀さ、家柄、まさに傷のない珠とも称されるその存在感は、この十年でもっとも魅力的な青年といわれるに遜色ない。
新婦は新興勢力ながら、裕福な男爵家の令嬢。
かわいらしい笑顔と、誰もが微笑んでしまうような無邪気さが魅力な美少女である。
そんな彼らは、貴族、平民ともに学ぶことができるこの国の高等学校で出会い、身分違いという垣根を乗り越えて、本日、見事に結ばれたのである。
私の名前はアイーダ・マルティネ。つい先日、マルティネ伯爵家に嫁いだ新妻である。
元は、新郎とも遜色のない家柄の令嬢であったが、まあ、そんなことはどうでもよい。
目の前の結婚式に反対するわけでもなく、祝いを述べるわけでもない。
ただ、夫が招待されたため、妻である私も出席せざるをえなかった、というだけだ。
嫁いだばかりの新妻には、拒否権はない。
「君もランバード殿にあこがれていた一人なのかな?」
隣で私に微笑みを下してくる夫は、私より12も年上なため、学園の視線を一身に集めていたという新郎のエピソードを本日初めて聞いたらしい。
その何気ない会話に、私は心底ほっとする。
私の夫は、何も知らない。
あの狂乱に満ちた学園の一部始終を。
そのことがどれだけ私を安心させることか。
「そうね、私と同学年の皆さまは、ほとんどランバード様に夢中になってらしたわ。私も立場として、あの方とはいくらかお話しする機会はありましたけれど・・・あの方は、どなたとも深くかかわることを拒絶されていましたから、皆、見ているだけでしたの。でも、エミリア様だけは、何度拒絶されても声をかけ続けていらっしゃいましたわ。やがてランバード様もそれに応えるようになって・・・今日の日につながったのですわ」
夫の質問にあいまいに返しながら、私は、あの日の夕暮を思い出していた。
まだ、私が公爵令嬢であり、エミリア様も学園に入学していなかった、あの三年前の夕暮を。
■ ■ ■ ■
その頃の私はなんだかすべてに飽き飽きしていた。
どうせ将来は、この学園でも3本の指に入る家柄の誰かに嫁ぐであろう未来に。
この国では、貴族は最低でも16歳になるまで婚約はできないという決まりがあった。
数代前の王族が、政略結婚で問題を起こし、あわや内乱というところまで行った歴史があり、二代前の王がずいぶんと自由恋愛推奨派だったらしい。
そのため、名目上は「結婚相手は自分の意思により選ぶ」という世相になってしまった。
そのため、貴族たちは、結婚はあくまでも自由恋愛によってお互いを見つけるという立場で、しかしそのための選別は為された箱庭で、というわけだ。
正直、私の存在はこの学園のカーストの中でもトップだった。
先祖代々受け継いだ爵位、父から受け継いだ権力、母から受け継いだ美貌、それに恥じない程度の身のこなしと、成績。
誰もが私を、口には出さないものの、ランバード様の未来の妻だと思っているらしい。
だが、私は皆のように、ランバード様に熱狂することができなかった。
幼いころから、母は私に淑女教育を徹底して施し、そのため、私は結婚というものにまったく夢を持てなくなった。
皆があこがれる殿方であろうと、私にとっては、しょせん、親の意思一つでどうにかなってしまう相手。手の届かない果実であればこその羨望も、地面に転がっているなら、無数に落ちている中の、見目良い一つにすぎない。
学園に入ってみると、ランバード様への熱狂ぶりはすさまじかった。
学園に入る前は、社交界で会うといっても、社交界の主役は大人たちだ。デビュタントも前の(ちなみに、デビュタントもこの国では16歳である。別の国では10歳という国すらあるというのに)子供たちは、顔見知りではあっても、深く話したこともない。
ゆえに、私は、学園に入ってそうそう、学園トップの美貌をほこるランバード様にふさわしい相手、とみられることに戸惑った。
なにせ、口にされる言葉の半分以上が、よく知りもしない彼の情報の探り合いなのである。
確かに、ほかの令嬢よりは彼と話したことはあるだろう。
だが、それは両親同伴の社交上の付き合いでしかない。
個人的なことを聞かれても、私にはまったく答えられない。しかし、貴族の社会、答えられないなどと弱点めいた態度をさらすわけにはいかなかった。
私は母から習った社交術を発揮せざるを得なかった。
具体的にはこうである。
「まあ、私にはあの素敵な方のことなど皆様と同じような知識しか持ち合わせていませんわ(にっこり)」
さりげなく優越感を漂わせる。それでいて、ちょっと困ったように微笑む。
それで終わらせる。
皆、程度の差はあれ、淑女教育を受けている。エアーリーディング能力は絶対的に必要なのだ。たとえわからなくとも、そう匂わされれば引っ込むしかない。
この社交術で、私は入学してから八か月乗り切ってきた。
だがその日はひどかった。
その日、私は体調が悪かった。月のものによるイライラと、今が旬という嫌いな野菜がふんだんに出た昼食メニューによる空腹、折り合いのよくない教師による嫌がらせ、と散々だった。(地味にどれもこれも、私の心にささくれを作る)
それに輪をかけて、その日、よりにもよって、学園で模擬試合が行われ、ランバード様は上級生たちを抑えて優勝してしまった。
ついでに、彼の誕生日が二週間後に迫っていた。
いつも以上に彼が話題の質問が振られ、私はそのたびに、内心で「そんなの、しらないわよ!!」と叫びたくなるのをぎりぎりの自制心で押さえつけた。
「あんな素敵な方と結ばれるなんて羨ましい」と、そんな予定もないのに、確定事項のごとくいわれのないやっかみまで受けなくてはならない。そしてその不愉快さを顔に出してはいけない不毛な時間が延々続いた。
無駄な会話に3時間、私は微笑みながら「まあ、そんな」と笑顔で恥じらって見せ、何気ないように(かつ優雅に)人気のない教室へ向かった。
向かった先の、教室の椅子を手にとって、思いっきり壁にぶつけられたら、どんなにすっきりするだろうか。
おそらく、家の自室だったら花瓶くらい天井にたたきつけただろう。
だが、誰かが来るくらいの音は立てることはできなかったので、私は内鍵をしっかりかけてから、手にしていた扇を右太ももでへし折った。
思った以上に、空しい音しか響かず、それもまたイラついた。
「ランバード様、ランバード様、ランバード様って!そのことしか会話ができないのかしら?大体、私、ランバード様に興味なんて全くないんですけど!知らないっていってるでしょうが!」
一本目の扇を床にたたきつけた後、二本目も(左太ももで)へし折った。
「羨ましいとか、お幸せねとか、見当違いの言葉はもううんざり!」
二本目を放り投げて、三本目を取り出す。
「冗談じゃないわよ!!」
三本目をたたき折った(両手)。
長いため息をつき、さて、放り投げた二本目を回収しようと背後を振り向くと、そこに折られた二本目の扇を拾い上げている人物が目に入った。
衝撃で心臓が止まるかと思った。実家にいたころのコルセットの締め具合なら、間違いなく卒倒していただろう。
長めの金髪は夕日に照らされ、赤みがかって見え、ほの暗い教室の中で、ひときわ白皙の美貌が浮き上がっていた。
長身ながら、優美なしぐさ、それでいて、男性らしい肢体は彫刻にふさわしい。
学園女生徒(一部男子含む)の羨望を一身に受け続ける男、ランバード・フォン・リッツがそこにいた。
「詰んだ」とメリーなら表現しただろう、その状況。
(蛇足ながら、メリーとは父方の祖母付きの侍女である。どこの家庭でも起こっていることだが、我が公爵家でも嫁と姑の仲は悪かった。
母にとって、姑であり、私の祖母にあたる人は公爵家に嫁いだ人の中でも、かなりエキセントリックな方で、自由奔放な人だった。侍女も身分差というものを感じさせないような存在を重用していた。
母はそんな姑を嫌っていた。私への教育方針も二人の戦いのぶつかり合いだった。
ゆえに、私は母により厳しく淑女教育を施され、祖母によって自由奔放な感情表現をすることを望まれた。
外では貞淑の鏡として。内では誰に縛られることなく自由を望み。結果、見事にネコをかぶり切った令嬢が出来上がった)
私は取り乱した。
取り乱しすぎて、逆に一周した精神状態でランバード様から冷静に扇の残骸を受け取ることができた。
というか、ほとんど思考停止状態だった。
落ち着いた頃に考えれば、あれは私の自己防衛本能が、現実を認識することを拒否した思考放棄の状況だったと思う。
母の淑女教育はこのような場でこそ、威力を発揮した。
なんせ、私は考えることも放棄しており、体は叩き込まれた淑女の作法を自動的になぞっていたに違いないのだから。
「ご親切に、リッツ様」
微笑みすら浮かべていた自分は、母親に言いつけられていた『淑女はいついかなるときも感情を荒げてはなりません』を体現していたと思う。
「お騒がせいたしまして申し訳ございません。それでは私はこれにて失礼させていただきますわ、ごきげんよう」
用事は終わりました。ここから去ります。追わないでください。
ついでにさっき、あなたが見たであろう情景も天空のかなた、記憶の奥深くへやっておいてください。今日優勝した模擬戦でも教師が述べていましたよね、あの騎士道精神、騎士の情けで、どうかなかったことに!!!
内心はブリザード、外見はべた凪で、私はそっと扉へ向かった。
扇は拾った。挨拶は・・・最後のごきげんよう、でいいだろう。
あとはこの魔窟から出るだけだ。つい数分前の自分が人生で一番の黒歴史を刻んでしまった空間から逃れるだけだ。
だけ、なのだが。
扉があかない。開かない。開かない!!!!
なんでこのノブ回んないの?なんなの、どうなっているの!
「失礼だが、レッドブラッド嬢、内鍵がかかっているようだ。鍵を外さないとその扉は開かない」
そうでした。さっきかけたね、かけましたわね、この手で。
ああ、貧血起こしそうだ。
さっきの会話で、私の精神力はすでにぎりぎりだ。
なのに、セカンドファイトが始まってしまうとは。指先が冷たい。この冷気はどこから来るのか。
「鍵は、貴女がかけたようだが」
口調に揶揄が混じっているものの、幸いなことに彼は目の前で爆発したであろう状況には触れないでくれるようだ。ついでに、な感じで、5分前に起こった自爆テロについて話し始められたら、今浮かべている鉄壁の微笑みがずり落ちてしまう。
顔がずり落ちてしまったなら、今の自分はのっぺらぼうになるだろう。
無理だ。どう考えても埴輪な自分しか残らない。
「重ね重ね(かさねがさね)ご親切にありがとうございます」
内鍵を回し、扉を開く。
扉の隙間から廊下の奥のざわめきが温かい。
半身が扉から出た瞬間、右ひじを掴まれた。
世界が止まった。
「詰んだ」と、メリーの声が脳内に再生された。
神の啓示か。
「失礼だが、レッドブラッド嬢、少し話ができないだろうか」
笑顔で微笑む白皙の美貌が、最終宣告を告げにきた天使のように見えた。
【シミュレーション1】
このような場所ではと断る・・・場所が移動される。その結果、移動中に目撃者が増える。
【シミュレーション2】
別の用事があってと断る・・・後日となり、その処刑猶予期間で確実に胃に穴が開く。
【シミュレーション3】
とにかく断る・・・無理だ。
「光栄ですわ、リッツ様」
いつの間にか、鯉はまな板に乗るらしい。
私はいつの間に釣り上げられたのだろう。
私は自由への扉を閉め、もう一度内鍵を閉めた。
この教室のプレートをよく見ていなかったが、もしかして見逃してしまったのだろうか。
『この扉をくぐるものは一切の希望を捨てよ』とか書いてあったのかもしれない。
もっと大きく書いておくべきだろう。できれば黄色地に赤文字で書いておいてほしかった。
「父の教えは、若き令嬢に恥をかかせてはならない、でした」
唐突に天使は自分を語りだした。
ですが、天使、いや、天使のお父上。先ほどのは『若き令嬢が自爆した』です。息子さんは不可抗力です。
さすがに、扉開けてボキッなあれを誘導できるとしたら、それなんてかじ取りの才能。
この国の次期宰相候補はカオス理論ですら修めているのかって話です。
国、安泰ですね。国債を買っても損はしないでしょう。
「ですから、さきほどの・・・ダンスについては、私から口外することはありません」
恥をダンスと表現する天使の読解力ってえげつない気も致しますが、大事なことは『口外しない』この一言に尽きる。
「しかし、レッドブラッド嬢がせっかくダンスを披露してくださったのに、何もお返ししないままでは、私としても心苦しく感じます。そこで、一つ、そうですね、恥ずかしながら私も即興詩を披露させていただく、ということでどうでしょうか?」
着地点が見えません、お母さま。
不出来な娘をお許しください。社交界というサバンナで戦い抜くのに必須武器を日々磨いてきたつもりでしたが、落下点を見極める空間把握能力はまだまだのようです。
「まあ、リッツ様が即興詩のご趣味があったとは知りませんでしたわ。ぜひ、お聞かせいただきたいものです」
鯉(ONまな板)にできることなど限られている。
第三ラウンドから握られた主導権を奪い返すことなど不可能。
せいぜい、精一杯体を丸めて、リバーブローを受けないようにするくらいか。
もう、足に来ているんですけれど・・・
「では、失礼して。
私は馬鹿が嫌いです。努力しない奴も嫌いだが、中途半端に諦めているくせに、他人の脚を引っ張るクソは死ねばいい。自分の能力に見切りをつけることもできないくせに、人の才能に嫉妬するアホは絶えればいい。モテるからって、望んでなければうっとおしいと想像できない低能はもげればいい。上目づかいで、卑下するお前をなんでこっちが慰めなくてはならない?持ち上げられたければ母親に頼め。いまだに抱っこをせがむガキに付き合う義理はない。嫉妬を隠そうとするなら演じきれ!陰口言うなら周りを見ろ!
あ、やべって顔で止めるくらいなら言い切れよ!逃げたいなら、どこへでも行け!戦えないなら出てくんな!お前が好きな女なんぞに興味はない!親切面して説教すんな!一人に絞れとか、ぞうきんか?!」
最後の方は、完全に叫びきって、荒い呼吸を必死で抑えようとするランバード様。
手の震えが止まりませんか、そうですか。その机に添えられた両手は持ち上げようとしているのでしょうか。それ備品。
っていうか
「・・・立派な、即興詩でしたわ。大変失礼ですが、私のつたないダンスにも通じる何かが表現されていたような気も致します。心に・・・しみましたわ」
このお方。立派なネコを飼っていらしたのね。
「いえ、レッドブラッド嬢に披露するには恥ずかしい出来です。お耳汚しでしたね。忘れてください」
外見だけは完璧な美青年であるが、あの情熱をしってしまうと残念さが感じられる。
逆に、この即興詩をあれだけ押し込んでいて、あんなに外見天使な王子になっているって、その闇が深い気がする。
ダンスを披露したのが、貴方でよかった、とか、即興詩をまた作ったら聞かせてくださいね、とか、この扉の先を作る言葉はいくらでも言えたかもしれない。
しかし、私たちは互いにそれ以上何も言わなかった。
それを口にしていたら、もしかしたら、私たちは何かを超えて、もっと近しい存在になっていたかもしれない。
恋愛関係とか、それに似た微妙な友人同士、とか。
だがそれは所詮、もしかしたら、の話だ。
実際に、私が彼と再び話をしたのは一年後。
のちに彼の花嫁となり、幸福なフラワーシャワーを浴びることになるエミリア令嬢が彼の隣を勝ち取ったころだった。
■ ■ ■ ■
エミリア男爵令嬢は入学してから瞬く間に、数々の学園の有力(かつ優秀な見目良い)男子学生を虜にし、神聖な学び舎は阿鼻狂乱に包まれた。
どこかでみたようなあれやこれやがあり、私は周りになぜかせっつかれたり、喧騒に引っ張り出されたりしながら、おおむね事態の推移を鑑賞していた。
正直、あの喧騒にランバート様が巻き込まれたことが不思議にも感じていた。
彼は、確かに学園トップの王子様な立ち位置だったのだが、彼は即興詩で第一声に『馬鹿が嫌い』と言っていたので。
エミリア嬢は裕福な男爵家の令嬢。
かわいらしい笑顔と、誰もが微笑んでしまうような無邪気さが魅力な美少女と評すれば瑕はないが、賢くはない。
いや、平たく言えば、馬鹿だ。
デートをブッキングしてみたり、距離感に委縮せずに近づいては失敗していた。
エアーリーディング力は皆無である。見たいものを見、信じたいものを信じていた。
表情を隠すことはできず、すべてがあけっぴろげだった。
そんな彼女がランバード・フォン・リッツを射止めた。
いや、逆だ。
そんな彼女にランバード・フォン・リッツが射止められたことが不思議だった。
季節は、奇しくも、あの互いの芸術披露の時から一年たっていた。
いや、正確には一年と3週間だ。
私たちは再び、あの教室で出会ってしまった。
あの頃、確かに私はランバート様に恋をしていた人間ではなかったと、それは言い切れる。
私もそうだったし、彼もそうだったことは間違いない。
でも、あの空き教室に行ったのはなぜだったのか。彼も、どうしてまた一人でいたのか。
彼はその一週間前の誕生日をエミリア嬢と婚約することを宣言し、学園は絶叫の声も枯れ果てたころだった。
あのダンスの事件から、その教室に入ればすぐに目を向けるようになってしまった場所に、彼はいた。
「ごきげんよう、リッツ様。このたびはご婚約おめでとうございます」
さすがに、その時は扇を折るために入ったわけではなかったので、私は完璧な淑女の挨拶をして微笑むことができた。
「ありがとう、レッドブラッド嬢」
一年前と同じ天使の笑顔。一年前より、すこし伸びた身長と、前髪。
思えば、あの互いの披露の場から、私はもう少し大人になり、いろいろなことにイライラしなくなった。
少しだけ、心の余裕ができたのは、自分だけがうんざりすることと戦っているのではないと分かったからか。
「今日はダンスをしないのですね」
感謝を述べておきながら、あえて埋めた暴発物を取り出してみせるのはどうなのか。
そういえば、けっこうえげつないコミュニケーション術をお持ちだったと思い出すが、それもまた意外な気がした。
彼は、今、手中の珠を愛でて、この上ない幸せの中にいて当然である。
なぜこの切り出し方なのだろうか。
だが、出された札には、正確に切り返さねばならないだろう。
「ええ、一週間前に学園中の女性のダンスを見せていただきましたから。リッツ様の即興詩をいただけるものを、披露できる自信はございませんわ」
「それは、残念、と言っておきましょう。ですが、今日の私は少し、詩を作りたい気分なのです。良ければ聞いていただけますか?」
彼は、笑いながら腕を組んで、壁に背を預けた。
「私は、馬鹿が嫌いです。けれど、私は馬鹿でなくては安心できない。私の言葉をうのみにしなければ信用できない。私をすべてわかっているつもりでなければ安堵しない。私が幸せにできなくても、気が付かずに幸せだと思い込めなければ成り立たない。自分の横に立つ伴侶が自分を探ろうとすると許せない。考える頭を望んでいない。しかし誰にも相手をされないような女ではつまらない」
西日が彼の金髪を赤く染める。
同時に彼の顔に影を作る。
「我ながら、ひどい出来だ」
思ったより短く、彼は言葉を止めた。
一年前に感じた闇は、なぜか深くなっていた。
いや、もともとの深度がそこならば、一年前は自重していたのか。あるいは見せる海底が違っていたのか。
どこかの南国は浅瀬の先に急激に深い海溝があるらしい。
いずれにせよ、エミリア嬢はこの海溝の横で生きていくのか。
ちゃぷちゃぷ白い小舟の下は、真っ黒な深海がどこまでも続いているとか、恐怖以外の何物でもない。
それに気が付いた瞬間、夫婦の関係は破たんするだろう。それは確かに、脳にお花が詰まっている、視神経は夢の国に直結している人間でなければやっていられない。
リッツ様の趣味が悪いと思っていたが、悪いのは趣味じゃなくて、性根のほうか。
全学園女子に謝ったほうがいいんじゃないのだろうか、この外見詐欺事件は・・・
あと、あれな、エミリア嬢は逃げたほうがいい・・・無理か。
一生気が付かずに幸せでいてください。
ほんと、本当にな・・・
「深い・・・詩でしたわ。私ではどうしても難しく考えてしまって、純粋に詩を楽しめないのですが、エミリア様はきっと心のままに芸術を受け止める素直なお方でしょう。お二人の末永い幸せを心よりお祈り申し上げておりますわ」
見せたいものしか見せたくない彼と、見たいものしか見えない彼女。
世間では身分違いだと言われ続けるかもしれない。
しかし、違うのだ。身分では埋められない価値観があるのだから。
こうして、私たちの二度目の邂逅は終わり、それ以来互いに話すことはなかった。
リッツ様とエミリア嬢は学園を卒業して一年後に結婚した。
私は、在学中になんとか婚約者を決め、彼らよりも少し早く式を挙げた。
私が結婚相手に望んだ条件はただ一つ。
心に深い海溝を持っていないこと。
目の前で繰り広げられている華やかな結婚式は、おとぎ話のように美しかった。
陽光とともに天上から降り注ぐ、紅、薄紅、黄色、白の花びらたち。
美しく装い、微笑む列席者。
その視線の中心にいる、新郎と新婦。
新郎はこの国の中枢を担う宰相を叔父に持つ名家の長男。
かの宰相に子はなく、彼がゆくゆくはその職務を継ぐかもしれないと言われている。
美貌と、優秀さ、家柄、まさに傷のない珠とも称されるその存在感は、この十年でもっとも魅力的な青年といわれるに遜色ない。
新婦は新興勢力ながら、裕福な男爵家の令嬢。
かわいらしい笑顔と、誰もが微笑んでしまうような無邪気さが魅力な美少女である。
そんな彼らは、貴族、平民ともに学ぶことができるこの国の高等学校で出会い、身分違いという垣根を乗り越えて、本日、見事に結ばれたのである。
そう、これは身分違いの恋の暴露話。
こんな下世話な話を知ってしまったところで、なんのためにもなりはしない。
ただただ、祝福の鐘を鳴らせばよいのだ。
「さあ、新郎新婦に盛大な拍手を」
男爵が笑顔で婿を見る。
新妻が夫を見上げる。
そう、彼は、確かに幸福そうだった。
参列者の拍手と、教会の鐘の音がどこまでも空へ鳴り響いていた。
空へ、高く、高く。
需要と供給があっていれば、きっとハッピーエンド。