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川ノ内学園薬剤調合研究部  作者: 悠夕
第一章『憂一神』
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第2話 『憂一神 Ⅱ』

 冷たい視線を受けて、神様【自称】は薄っぺらい胸をこれでもかと言わんばかりに張った。いやいや。

「先輩、なんですかこのトンデモロリ神様(笑)は。それに信者って」

「おう今そこのお前わたしの事をロリって言ったな。表に出なさい相手になってやるこのもやし野郎」

「お前神様だろ、神様が暴力沙汰ってどうなんだよ」

「わたしの宗教は暴力も赦すの!」

「んな馬鹿な……」

 ……コイツはアレだ。名取とはまたタイプの違う馬鹿だ。どっちにしろ話してるとHPが持っていかれる事には変わりないけど。つか誰がもやし野郎だ。

「それより信者一号、『なんですか』って聞きたいのはわたしなんだけど。何で神のわたしに許可なく部員増やしてるの!」

「いやだって先生に『部員を一人でも増やさなかったら廃部にせざるを得ないよ??』って怒られたから……ごめんね憂ちゃん、大好き」

「ありがとう信者一号!赦す!」

 見て!百合の花が咲いたよ!

 憂ちゃんと呼ばれた神様【自称】にハグをされて、苦笑する先輩。

「紹介するね。この子は一年の友引(ともびき) (うい)ちゃん。入学してすぐの頃からここに通ってる常連さんだよ」

「そして神様です。親しみを込めて憂ちゃんって呼んでいいんだよ!」

「わかったよ友引」

「うわぁん助けて信者一号この人お話が通じない」

「悪いけどそればっかりはおまえみたいなヤツには言われたくないかな」

 もうHPが半分近く持ってかれた。先輩薬草をくれ薬草を。

 思わず額を抑え、痛む頭を左右に緩く振る。それを見て笑う先輩。やっぱり他人事だと思って楽しんでいやがりますね。相手が名取ならナックルパンチが飛んでたところだ。

 引きつった笑みを浮かべていると、先輩がぽん、と手のひらを合わせた。

「そうだ。これでようやく部活らしいことができるね。ほらほら後輩クン、ついてきたまえ」

 言いながら先輩はやんわりと友引を引っぺがしパイプ椅子から立ち上がると、部室を出て行く。

「…………」

「…………」

 何となく友引と目が合った。やはり目が紅い。数秒見つめ合った後、早くいけよと手で追い払われた。

 友引にため息をつかれながら部室を出る。先輩は隣の教室の戸の前に立っていて、何やら楽しげに指で鍵を回していた。

「さぁさぁ、見て驚くなよ後輩クン!」

 言葉とは裏腹に目はバッチリと俺に『驚くよ?驚くよ??むしろ驚いてね???』と訴えかけていたが、先輩が楽しそうなので良しとしよう。何も言うまい。何か先輩のこういうところはやけに犬っぽい気がする。

 はいはい、と適当に流してやると先輩は満足げに頷き、慣れた手つきで鍵を開けた。

 乾いた音を立てて戸が横に開く。

「おぉ………」

 少しだけ圧倒されて、思わず声を上げた。

 風に乗って漂ってくる、わずかな薬の匂い。ウチの部室と同じくらいの広さのはずのその部屋は、壁と部屋のど真ん中にどでーんと置かれた棚によって圧迫感が演出されていた。部室にはポッドやら本棚に冷蔵庫と長机……あとは壁に貼り付けられた棚くらいしか主にモノがないし、広さの違いやら圧迫感を感じるのは当たり前と言っちゃ当り前だけど。

 圧迫感はあるものの入りづらいというわけではなく、先輩に続いて中に入る。棚の上にはよくわからない瓶やら百均に売っているような入れ物が所狭しと並べられていた。

「ここは薬置き場。今は春だからそれほどでもないけど、夏になるとエアコンが効いてて涼しいんだよ。ここ」

 棚の瓶を一つ手に取り、先輩が笑う。瓶には何やら緑色のドロっとした液体が入っていて、よくわからないが名前と思われるモノが書かれたラベルが貼られている。

「へぇ」と生返事を返しながら辺りを見回す。百均に売ってるようなプラスチックの入れ物には、病院でよく見るようなカプセル状の薬や粉薬があった。

「まあ、ゆっくりでいいから薬の名前とか位置を覚えてさ。私が言った薬を持ってきてくれたりとかすると、助かる……かな」

 できる?と言いたげに俺を見上げてくる視線。手の甲まですっぽり隠した白衣の袖が、弱々しく握られる。

「いやいや、何心配してるんですか。俺だって一度は入部するって言ったんです。これくらいならやりますよ」

『これくらい』なんて言ってしまっていのか若干迷いはあったけど、先輩の顔がパァァッと明るくなったので良しとする。あんなに何回も練習され尽くしたような笑顔じゃなくて普通に笑ってれば可愛いのに。

 満足げに何度か頷くと、パッタパッタと部屋の奥に歩き出す先輩。その後ろ姿はどこか浮足立っていて、尻尾でも生えてたら左右に激しく揺れているんじゃないかと。こう、白衣の裾が盛り上がって尻尾が生えてる感じ。ケモ耳もあると可愛いかもしれない。垂れ耳でお願いしたい。

「あったあった」

 犬っ子薬先輩(名前の思考時間10秒)を撫で回す俺を想像していると、噂のその人がこれまたパッパッタと足音を立てながら部屋の奥から戻ってきた。手には丸っこい、女の子らしい字で『憂ちゃん』と書かれた小さい紙袋。

「さて、憂ちゃん待たせてるし戻ろうか」

「うぃ」

 今日はこんな曖昧な返事ばかりだなあなんて思いつつ、先輩の後に続いて薬置き場を出た。



 部室に戻ると友引は我が物顔で俺に出された麦茶を飲んでいやがった。ビーカーに入ったアレである。まだ口をつけてなかったから良かったけど、俺が口を付けたヤツだって伝えたらどんな顔をしていただろうか。

「憂ちゃーん、持ってきたよ。これでいいんでしょ?」

 と、優しく笑いながら薬を渡す先輩。

「あ、うん。ありがとう先輩」

 こういう時は信者じゃなくて先輩なんだな。

 なんてくだらないことを思っていると、友引の表情がほんの少しだけ沈んだ。

「………これのおかげで、最近何も気にせずに眠れてるから」

 何かが引っかかるような物言いだった。

 言葉を咀嚼しても、払拭しきれない違和感が喉元に引っかかる。先輩は微妙な笑顔を浮かべて、「そっか」と言うだけ。

 俺が首を傾げてもそれ以上友引は何も話さない。これ以上触れるな、ということなんだろう。

「神様は睡眠も何もないと思うんですけど」

 違和感を無理矢理飲み込んで、話を逸らす。

「うるさい。世の中には眠る神もいるんですー、わたしはソレなんですぅー」

「神様ってのは随分と都合がいいんだな……」

「まあ私は憂一神ですから??」

「唯一神の間違いじゃなくて……?」

 ない胸を張る友引。声音から引っかかるようなモノやら暗い感情が消え、思わず先輩と胸をなでおろす。いや、なんというか。気まずい雰囲気とか苦手なんで。

「まあ、ありがとね信者一号。また来るねー」

「うん、暇ならいつでも来ていいからねー」

 お互いに笑顔で手を振り合う先輩と友引。背後に百合の花とか添えたら絵になりそうだなあ………なんて思ってないです。

 扉の閉まる音がして、それから部屋に満ちる沈黙。時計の針が動く音と、窓の外から聞こえる微かな運動部の掛け声だけが鼓膜を揺らす。名取は今頃部活中だろうかと考えていると先輩がおかしそうに笑った。

「面白い子だったでしょ?憂ちゃん」

「面白いというか痛いというかおかしいというか……嵐みたいなヤツでした」

 突然大声をあげながら現れ暴れまわり、かき乱すだけかき乱して帰っていく自称神様。その生き方は自由奔放で騒がしくて、まさしく嵐だったけれど。友引が振りまく騒がしさは〝何かを必死にかき消している〟ような感じがした。

 しばらく笑いあって、再び部室に沈黙が降りる。俺も人のことは言えないけど、先輩も積極的に喋るってタイプじゃないんだろう。だからこそ初対面であの笑顔だったんだろうし。

 友引に使用済みにされたビーカーを軽く洗い、冷蔵庫から勝手に麦茶を取り出して注ぐ。冷蔵庫の中には先輩のモノと思われる抹茶味のプリンやらシュークリームに抹茶ケーキ……あとは湿布やら薬品類が入ってた。湿布はまだいいとして私物化してないか先輩。

 という意思を込めて視線を送ったんだが、先輩は頭にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげやがった。視線で意思疎通するのはまだ難しい模様。

「あ、そうだ後輩クン」

 何かを思い出したように声を上げる先輩。どうでもいいけどその呼び方は固定なんですか。

「近いうちにね、部活動紹介みたいなのが全校集会であるんだけど。一緒に舞台の上に上がってくれたりする?」

「一人じゃ怖いとか言いたいんですか」

「言いたいんです」

 包み隠さず即答だった。思わず頭を抱える。

「だってうちの全校生徒の人数見たことある?!すごいんだよ?!」

「いや知ってますけど……入学式ですらすごかったですし」

 毎年校長だか理事長の方針で、受験を受けた人間すべてを入学させるとかいう奇行を起こしてるせいで生徒の人数がハンパないことになってるわけで。それを収容する体育館もそれはそれは。普通より少し大きいくらいの体育館が3つと、コンサートホールもどきが1つ。コンサートホールに至っては、アイドルがコンサートでよくやる下からドーンと飛び出るアレもできるみたいで。ほんとどうなってんだこの学校。

「あのコンサートホールの舞台に一人だよ。わかる?わかるよね??」

「わかった、わかりましたからそんな青い顔しながらズイズイと寄ってこないでください近い近い!!!!」

 長机を飛び越えて青い顔で寄ってくる先輩。クソ、壁際に追い込まれた!!!!

「…………一緒に、してくれる??」

「部活動紹介ですよねそうですよね?!」

 下から覗き込む涙目から思わず視線を逸らす。ああもう、どうして女の涙ってのはこんなに強いのか。

「わかりましたよ。一緒に上がれば良いんですね」

 言って、思わず溜息。この涙に負けるのは二度目だ。

「うん、やっぱり後輩クンは優しいね」

「女の武器を散々使っておいて何を言いますか……」

 どうやら呼び方は固定らしい。目尻に溜まった涙を拭い取ると、少し恥ずかしかったのか先輩が咳払いを一つ。

「じゃあよろしく頼むよ。私ね、人と話すのが苦手だからさ」

「俺もあんま自信ないんですけど……」

「うん、時々私から目を逸らしながら話すもんね」

「ぅ……」

 バレてらっしゃる。思わず言葉を詰まらせた俺を見て、先輩が楽しそうに笑った。

「大丈夫大丈夫。座ってる人をみんなじゃがいもだと思えば」

「それをわかっててなんで先輩は無理なんですか……」

「それとこれとは話が別というか」

 何がおかしいのか2人揃って吹き出した。笑い声が夕焼けと、運動部の野太い掛け声に溶けていく。

 気がつけば部活動終了時間になっていて。こんな部活動なら続けてもいいかな、なんて思いながら帰路に着いた。平和っていいな。


『────何も気にせずに眠れてるから』


 頭の隅っこから、自称神様のあの笑顔はこびりついて離れなかったけれど。

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