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川ノ内学園薬剤調合研究部  作者: 悠夕
第一章『憂一神』
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第1話『憂一神 Ⅰ』

 日差しの中で微笑む先輩を見つめ、固まる。

「…………」

「…………」

 何も言わずに、まさしく〝笑みを作ったまま〟固まる先輩。

 ……あ、別に俺は笑みに見とれて固まってるわけじゃないことを公言せねばなるまい。

 部室に居た先輩の笑顔は、まさしく『なんども練習したかのような作られた笑顔』で、俺がこうして見つめている間にも何度か頰がヒクヒクしている。

 なんだかその笑顔が危ない部活に勧誘されてるような気がして、

「ひぁっ……?!」

 思わず思いっきり戸を閉めた。戸越しに聞こえた短い悲鳴は無視しよう。全力で。

 良いかよく聞け三条(さんじょう) 直斗(なおと)。この部活に入ってみろ、俺の青春どころか社会的立場ごと崩れかねないぞ。なんだよ薬の匂いって。ヤバすぎるだろ。

 変な汗を流しながら逃げ出すべくクラウチングスタートの体制を取ると、ドアが勢いよく開かれ────ようとして俺に思いっきり阻止された。

「待ってなんで閉めるの!開けて、開けて?!」

「嫌ですよ明らかに危ない部活じゃないですか!俺は青春を棒に振るうためにここに来たわけじゃないんですよ!!!!」

「待って、待って!怪しくないから!!大丈夫だから!!!」

「怪しい人は決まってそう言うんだ!!」

 戸を必死に抑えながらどう逃げるかと視線を巡らせる。しめた。ちょうど背後の窓が開いてる。あそこから逃げるか!

 駆け出すべく戸を抑える手の力を抜く。と、思いっきり開くと思いきや戸は少しだけ開いただけで。向こう側からすすり泣く声が聞こえてきた。

「え、ちょ………うん??」

 …………なにこれ。俺泣かせちまった??


 ◇◆◇


「待ってね、今お茶淹れるから」

「あ、いえ。お構いなく」

 結果、負けて中に入ってしまった。グッバイ俺の青春。ようこそ奇妙な青春の『せ』の字もない高校生活。女の子の涙は強い。ぐすん。

 俺の代わりに窓から飛び出して走って逃げてってしまった青春を遠い目で眺めていると、目の前に〝熱々のお茶が入ったビーカー〟が置かれた。

「…………」

「…………」

 部室に寝そべる沈黙。え、何?これツッコミ待ちだったりしちゃったり??

 俺の視線に気づいたのか、くすり先輩(仮名。思考に使われた時間わずか10秒)が短く、「あっ」と声をあげた。

「ごめんね、湯呑み私の分しかなくて。私の使ったやつ使うのは嫌でしょ?」

「あ、いえ。お構いなく」

 むしろご褒美だぜ!なんて言う勇気もないのでさっきと全く同じ返事を返す。こういう時にお構いなくって言葉は便利だよな。

 沈黙をどうにかすべく、お茶を飲……もうとしてやめた。ちょっと触ってみたけどこれは熱い。当たり前だ。ガラスだぞガラス。

「でね、この部活の話だけど」

「いきなり本題に入るんですね。かなり怪しい部活だってのはわかってます」

「だから怪しくないってば!!」

 咄嗟に応えると半泣きになってしまった。これ以上怪しい怪しい言うのはやめよう。罪悪感で俺が首を吊って死んでしまう。

 目尻の涙を拭って、咳払いを一つ挟む先輩。泣きたいのはこっちですよ。

「薬剤調合研究部。この部活は学校の処方箋だとか、お薬屋さんだとか呼ばれてます。ほら、色々な薬を作る道具が置かれてるでしょ?」

 言われて、部屋を見回す。確かに棚の上には色々な道具や薬が置かれてるけど、一つの疑問が浮かび上がった。

「でも先輩。道具、どれもホコリ被ってません?」

「………………でね、保健室に来る人も少し減ったって言われるくらいには結構評判なんだから」

 先輩、胸を張り褒めて褒めてと言わんばかりのドヤ顔。保健室の利用人数が減るのはいい事だけど、それは保健室の先生的にはどうなんだろうか。あとなんか露骨に話を逸らされた気がする。

「どう?色々な人のために薬を作って、貢献する部活。興味ない??」

「興味ない?と言いながら入部届けを目の前に突き出してくるのはどういう了見ですかそれ」

 爛々と輝いた視線とともに目の前に置かれる入部届け。視線と薄っぺらい紙を交互に見て、思わずため息を吐き出す。

「………わかりましたよ。他に入る部活ありませんし。入ります」

「やった!!ありがとう!!!部室に欲しいものとかあったら言ってね、ジョ○ョ全巻だって自腹で揃えるから!!!!」

「必死か」

「だって………」

 ボソボソとつぶやいて俯いてしまった先輩を尻目に、入部届けにボールペンを走らせ、先輩の前に滑らせる。

「うん、三条直斗君ね。私は剤丘(ざいおか) (かえで)って言います。よろしくね、三条くん」

 ……こうして、俺の部活動生活が始まった。

 漫画といえば部屋の端っこにある本棚には『赤○の白雪姫』が全巻揃っていたのはツッコミを入れるべきだったのだろうか。


 ◇◆◇


 時は飛んで入部した次の日の昼休み。

「ほう、その薬剤押し付け販売研究部に入部したと」

「お前わざとやってるだろ。話聞いてたか?」

 目の前で大量の惣菜パンをもっしゃもっしゃと平らげていく名取(バカ)を睨みつけため息。そんなものを研究してどうするんだ。俺の青春どころか人生が終わりかねんぞ。

「まぁなんだ、薬局みたいなもんなんだってよ。まだよくわかってないけど」

「よくわからねー活動してる部活によくソッチョクで入部しようと思ったな?」

「それを言うなら即決だ。他に入る部活がなかったんだから仕方ねーだろ」

 この馬鹿に指摘されるとムカつくが確かにそうだ。よく何するかわからない部活に平気で入部しようと思ったもんだよ。女の子の笑顔は怖い。と、爽健○茶(選ばれなかった方)を飲みながら苦笑い。

「でも帰宅部に入って、ダラダラと何もせずに高校生活を浪費するよりはマシだろ」

「そりゃ確かにな。だから野球部に誘ったのに」

「俺に野球ができるかっての」

「三条はもやしであった……」

「それ気に入ってんのか殺すぞ」

 殺すって言ってもこの脳筋スポーツ馬鹿に腕っぷしで勝てる自信はないけども。口喧嘩と頭なら勝てないこともないんだがなあ。

 自分の腕を触りながら筋肉のなさにため息をついてると、名取がらしくない優しい、安心したような目で見つめてきやがった。

「なんだよ」

「ん?まあなんだ、よくわからない部活とは言え、三条がちゃんと部活に入って。上手くやっていけそうだから安心していたのだ。はははは」

 思わず空気が喉に詰まって噎せた。

「何言ってんだお前!恥ずかしい」

「恥ずかしがるな恥ずかしがるな。俺とて、お前のことを心配してるんだぞ?」

 ……馬鹿に心配されるようじゃ、俺もダメだな。なんて思う反面、コイツにこう言われちまったら頑張るしかないなと。気合いを入れ直した昼休みであった。


 ◇◆◇


「ごめんね三条君、しばらく仕事はないかも」

 まあこの一言で、やる気は思いっきりへし折られたのだが。

「え、いや。どういう事ですか先輩。仕事ないって」

「薬の量も足りてるし、別にやることがないから漫画読んでていいよって」

「なんだよこの部活……」

 ちなみに本棚には頼んでもいないのに某奇妙な冒険が全巻揃っていた。本当にこの人自腹で買ったのか。

「お客さんが来ない限り活動の説明とかしようがないし……」

 言いながら、目の前に置かれるお茶がなみなみと注がれたビーカー。今回は暖かいやつじゃなく、よく冷えた麦茶のようで安心。

 まあ、やることがないなら仕方なし。言われた通りに某奇妙な冒険第1巻を手に取るべく、本棚の前に立った。瞬間

「信者一号!薬もらいに来たよ!!」

 噂をすれば影というか。早速お客さんが奇妙なことを叫びながら現れた。

 思わず冷たい目線を向ける。髪は日差しを反射して銀色に光り、目は紅色。顔立ち完璧に日本人なんだがこれは如何に。身長は俺の胸くらいで結構小さく、胸元のリボンの色で同学年だということがわかる。

「…………ああ」

 天井を仰ぐ。

 また変人が増えた………。俺の周り、こんな奴らばかりかよ。

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