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赤銅ノ双剣  作者: 死猫ノアンネ
9/12

八章 羽化






ごめんなさい、おじいちゃん

貴方は私のことを想って…黙ってたんだよね

それでも、それでも……哀しかったの

ごめんなさい……




死を覚悟した私は目を瞑った。


ーーガキッ


「私より早く死なせんぞ、シェリー」


「!!」


目の前におじいちゃんの背中。次の瞬間には遥か前方へと移動し、少女と何回も打ち合っていた。今のところ何とかやり合っているが……恐らく少女のほうが優勢だ。

そこでふと、私は気になることが頭に浮かんだ。


「……おじいちゃんマントを!」


私が叫ぶと同時に、彼は少女のマントを引きちぎった。只でさえ火柱に巻き込まれボロボロだったそれは、いとも簡単に崩れた。


「……っ!?……いっ…いやぁあああああああ!!」


マントが剥がれ、少女の服と顔が『太陽に晒された』瞬間。蒼白い肌が見る間に赤く爛れていった。少女は肌をかきむしるように身悶える。


「おのれ…おのれぇええええ!」


少女は素早く何かを呟き、叫んだ。


「アイスインストルメンタル!」


空からヒィィィイン…と言う音と共に氷の矢が降り注いだ。

……おじいちゃんに向かって。


「いや!やめてぇ!」


「うっ……!」


矢が降り注いだ勢いで土や煤が舞い、おじいちゃんが見なくなった。


「げほっげほっ……」


少女はその言葉を最後に重い咳をしながら地面に倒れた。ケイトの声が遠くから聞こえる。


「……ジェイドファイア!!」


新緑のように鮮やかな緑の炎が上がった。氷の矢が音もなく溶けていく。


「おじいちゃん!」


土煙の中へ突っ込んで行くと、おじいちゃんが地に伏せるように倒れていた。身体中血塗れで、紅く染まっていない部分を見つけるほうが難しい。そのまま駆け寄り、そうっと身体を反転させ頭を膝に乗せた。


「ぐっ……」


「おじいちゃん……ごめんなさいっ…私が言いつけを守らなかったせいで……!」


おじいちゃんの手が私の頭を撫でた。


「ヴァンパイアは……っ?」


「ケイトが」


煙の向こうでケイトと少女が肉薄するのがうすらと見えた。……滲んでよく見えない。


「そう、か」


おじいちゃんが一瞬体から力を抜く。その頬にパタタッと雫が落ちた。

私、泣いてるのか。


「シェリー」


「……はい」


「私は、この傷では……もたない。だから……怪我のことは考えず、聞け」


彼の瞳に強い光が宿った。


「お前と血の繋がりはなかったが……実の娘のように、可愛く……立派で…私の誇りだ。それを、忘れるな」


「……っ」


頷くので精一杯な私に彼は不敵に笑った。


「シェリー……とは…生き残り…という意味……」


「……?」


そんな言葉があったかと、一瞬戸惑う。しかし、答えはおじいちゃんが言ってくれた。


「妖精の言葉、だ」


「!!!」


「お前の、笑顔…まさに妖精だ………シェリー」


頭に乗せられていた手が、ドサリと落ちた。






「マントが無くなって本気が出ないみたいだね?」


「……」


俺の挑発に引っ掛かることもなく、少女は詠唱を続ける。声が小さくて聞き取りづらいが、大技を撃とうとしているのは理解できた。

……シェリーと村長がマントを引き剥がしてくれたのに…逆に死を覚悟してまで大技かぁ。俺じゃマトモな防御魔法できないのにさ…!

詠唱の邪魔さえすれば魔法は防ぐことができそうだった。


「目には目を…かな」


対抗するために俺も詠唱を始めたとき。


ーーゴゥッ


辺りの土煙が一気に引いた。中心には、村長を抱えたシェリーが座り込んで少女を見ていた。彼女は片手を静かにあげる。


「!?」


少女の周囲に植物の芽がいくつも出た、と同時にそれらは急激に成長し腕ほどの太さの木となった。シェリーが手を動かすと、それに同調して少女に巻き付き彼女の細い体を締め上げる。


「…っ……」


「これは……無詠唱でこんな…?」


「……」


シェリーが手を握り締めれば締めるほど少女の身体も軋みをあげた。しかし、彼女の詠唱は続いていた。


「……あいす…ばれっと」


シェリーの回りを重点的に蒼い爆発が起きる。飛び散る氷の破片が彼女を締め上げる木を裂き、地面を抉り、退かした瓦礫を再び崩していった。


「シェリー!村長!……痛っ」


俺の腕にも鋭い痛みが走り手をやると、刃物で切りつけられたような鋭い傷口が開いていた。傷口は凍りつき、幸か不幸か血は出ていない。シェリーを見やると無傷の状態で、さっきと同じ場所に村長を抱えて座っていた。回りに千切れたように木片が散らばっている。

あれで爆発を防いだのか。

シェリーが俺を見て大丈夫、と言いたげに頷き、もう一度片手をあげた。


ーーキュイン


足元にいくつも光り輝く輪が浮かび上がり、そこから小さな姿が飛び出してきた。


「力を、かして……」


シェリーが囁くと小さな姿は「はぁい」と返事をした。


「ぴ、ピクシー!?」


その数およそ10人ほどのピクシーたちは、少女を取り囲み各々攻撃を仕掛け始めた。


「うぅっ……ゲホッ!」


少女は先程の魔法で魔力を使い果たしたのか、反撃もせず力なく攻撃を受けていた。肌はさらに焼け爛れ、酷い火傷のようだ。

俺はシェリーに歩み寄った。彼女の瞳は落ち着いているが、何処か光がない……その腕に抱かれるようにして横たわる村長を見てはっとした。


「村長……」


「……」


シェリーは目を細めたが、泣き出すことはなかった。俺は反射的に彼女の肩を撫でたが、それ以上なにも出来ず「ごめん」とだけ言った。


「きゃあ」


「ひぅっ」


ピクシーたちの悲鳴が聞こえ振り返ると、ヴァンパイアの少年が彼女たちを切りつけているところだった。


「!」


シェリーはもう一度片手をあげた……が、途中でその手は急に力を無くし、彼女の膝に落ちた。同時に、ピクシーたちが出てきた光輪が徐々に小さくなっていった。それを見て、ピクシーたちは慌ててその輪に飛び込んでいく。


「光輪が……シェリー?シェリー、大丈夫!?」


輪が消え去ると、シェリーは村長に覆い被さるように崩れた。ピクシーの攻撃が止むと少年は少女の傍らに座る。


「大丈夫ですか?すいません、あの魔法使いに手こずりました」


少年は懐から折り畳まれた布を出し、少女へそっとかけた。


「ありがとう…お兄様」


二人は立ち上がると俺たちを睨んできた。合わせ術か何かをするつもりらしく、二人で詠唱を始める。

俺は温存しておいた珠を足元に叩きつけた。パリンッと軽やかな音と共に、俺たちの回りに術式が展開される。


「う……ケイト…?」


見ると、シェリーが顔をしかめてこちらを見上げていた。頭が痛むのか、片手で抑えつつゆっくり起き上がる。


「気がついた?」


「あの二人は、なにを…」


起き上がってすぐ彼女が確認したのは、ヴァンパイアたちのことだった。


「村から、追い出さなくちゃ…」


彼女はまた先程のように片手をあげようとする。咄嗟にその腕を掴み、彼女の前にしゃがみこんだ。丁度ヴァンパイアを彼女の視線から隠すように。


「シェリー、ネルに貰った簡易結界を張った。少し休んだほうがいいよ」


「ダメ……」


シェリーは頑固に首を振った。その顔は真っ青ですぐにも倒れそうだ。


「そんな状態で戦うつもり?」


「……私は、おじいちゃんの代わりに、村を守るの」


暫く睨むように見つめあったが…俺が折れる。


「はぁー…俺が結界を解いたらすぐ放つ、いい?」


「うん」


俺が許可したことに、シェリーは青い顔で嬉しそうに微笑む。その笑顔は本当に儚げで…綺麗だった。

丁度、奴さんも詠唱が完了したようだ。


「「サファイアグリッター」」


「ジェイドオブレイジ」


蒼い光柱と翡翠のうねりがぶつかり合い、衝撃波に耐えられずよろめく。お互いの魔力は暫くせめぎあっていたが、相殺され消え失せた。

規格の違い過ぎる魔法に驚いていると、先に相手が動いた。


「……引きましょう」


少年がポツリと呟いた。


「!お兄様…でも」


「本気は出せていませんが…そんな状態のお前を置いて戦い続ける訳にはいきません。あの男が戻って来るのも時間の問題です。いいですね?」


「わかりましたわ…」


少年がそう言った途端呆気ないほど少女の殺気が消え、そのまま二人も消えてしまった。


「……どうにかなった…ね。シェリーのお陰だよ」


「…」


「シェリー?」


彼女はずっと腕に抱えていた村長を離し、音もなく崩れ落ちた。走りよると、体は熱ってほんのりと汗をかいているのがわかった。回復魔法の込められたアイテムがあったはずだが…先程の衝撃波で大半が飛ばされて、あちこちに散らばっていた。


「…っ」


ーーバシュッ


この音…!


「先生!」


「ケイト!……ヴァンパイアは?」


「それよりシェリーが!」


説明より先に彼女をどうにかしてもらわないと…!

焦りが伝わったのか、彼はすぐにシェリーを診てくれた。懐から昨日俺にも飲ませた液体を取り出し、彼女の口へ流し込むと呪文を唱える。


「…けほっ」


「……まだ顔色が悪いな…とりあえず休ませよう」


そう言って先生は村長に向き直りそっと目を閉じた。


「…どうか、安らかに」


そして彼は村長を抱えあげる。


「ケイトはシェリーを。……さて、何があったのか説明してくれるか」


俺は先生に今までの話を話して聞かせながら、避難所へと歩いて行った。

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