七章 衝動に任せて
一方、ラスティア村では。
ーーバシュッ
「ほい、離していいぞ」
クロムに言われ、ケイトとシェリーは手を離す。
「先生、それどうするの?」
ネルに貰った怪しげな道具を見てケイトが聞いた。
「とりあえず、なにがあるか確認したい。…シークが色々放り込みやがったからな……」
「あー、じゃあ俺も手伝うよ」
「先生、私…」
クロムはどこか申し訳無さげなシェリーに微笑みかけた。
「村長のところだな?気にせず行け。話が終わったら、いつでもまたネルのとこまで転移してやる」
「ありがとうございます」
二人をその場に残し、彼女は歩きだした。
「ただいま」
瓦礫を片付けていた人達に聞くと、丁度休憩しに家に向かったと言われた。だから寄り道もせず真っ直ぐ家に帰るとおじいちゃんがいた。お茶か何かを淹れているようだ。
「おかえり」
そのお茶と木の香りが身体を包み、家に帰って来たんだなと実感する。
「村のほうは……?」
「亡くなった者たちの弔いを終えたところだ。これから撤去や再建に追われるな」
「そっか」
いつも村のために動いている祖父を、私は助けたかった。『話』というのを聞けば、すぐネルの元へ戻って魔法を教えてもらえる。
しかし逸る気持ちを抑え、まずは報告しようと思った。
「あのね、ネルさんって魔女のところへ行って、ヴァンパイアのこと教えてもらったの。太陽の光に弱いらしくて………」
「それは、いい」
急に遮られた。
「…いつも自分のことを後回しにしおって……そんな笑顔で隠したって無駄だ。話したいことから話せ」
そう言うとおじいちゃんはお茶を二つテーブルに置いた。
おじいちゃんには敵わないなぁ……。
私は苦笑いと共に、さっき飲み込んだ言葉を吐き出す。
「ネルさんが、魔法を教えてくれることになったの」
「……」
黙ってお茶を啜る彼の正面に座り、話を続けた。
「でも、私はまずおじいちゃんに話を聞けって」
「話、か。漠然としているな。許可を求めろということか?」
彼はどこか遠くを見詰める。
「それは教えてくれなくて……あ、伝言を頼まれたの。『自覚すれば発現する』って。なんのことかわか、る……」
彼が急に立ち上がった。おじいちゃんが目に見えて動揺するなんて初めてのことで…。
「お、おじいちゃん…?」
彼は何も言わず、急に窓を閉めた。扉、天窓…かけ布までおろすと、私に座るよう促した。
「その魔女……ネルといったか」
「う、うん」
彼は暫く下を向いていたが……ふと顔を上げた。
「私とお前に、血の繋がりが無いことは随分前に話したな」
「うん。私の両親が預けていったんだよね」
村人の中でも、このことを知っている人は少ない。
「……一つ、嘘をついた。……私はお前の両親から、お前を預けられたわけではない」
「……?」
では、誰に預けられたのだろう……?
おじいちゃんはとても言いづらそうに口を開いた。
「昔、私がハンターをしていたときに……モンスターから預けられた」
……?
「…………も、んすたー?」
理解が追い付かなかった。私は、モンスターから預けられた子供?どういうこと?
「そ、それじゃあ私の両親は……?」
「村長!」
急に入ってきたのは鍛治家のオーガだった。
「どうした」
「また昨日のヴァンパイアが……!今、クロム先生なんかが相手してくれてます!」
「ヴァン、パイア……?……っ!?ま、まだお昼前なのに!」
衝撃が収まると同時に別の驚きがうまれた。
ネルさんの話と違う……!?
「急いで避難させろ!」
おじいちゃんは、私に申し訳無さそうな視線を向けると「逃げろ」とだけ言って、オーガさんと共に走り去っていった。
「……」
おじいちゃんの顔が焼き付いて、私の足を動かしてくれなかった。
…そんな目で見るなら、どうして言ってくれなかったの。
今度は考えるより先に足が動いた。外へ飛び出すと、予想よりも近くで爆発音が聞こえてくる。女子供が反対方向へと逃げて行った。
「シェリー!」
逃げて行く人が私に声をかけた。でも、私は振り向かないで走りだす。
「何処に行くんだ……そっちはヴァンパイアがいるんだよ!」
私は、騒ぎの中心へとひた走った。おじいちゃんも向かったであろう、ヴァンパイアの元へ。後先も考えずただ……攻撃的な自分に身体を預けて。
後で、私はこのことを後悔することになる。
「シェリー!?」
オーガさんの言った通り、そこには先生とケイトがいた。おじいちゃんも……
「なんでここに……逃げたんじゃ……」
ケイトが目を見開いている。
「……」
私が黙って見返すと何かを察したのか、持っていたものを放ってきた。慌てて受けとるとケイトが叫ぶ。
「銃って奴の模型だそうだ!引き金を引くと回復魔法が発射する…援護してくれ!」
頷くと、彼は別のアイテムを持ち、先生の側へ駆けていった。
「ダークブレス」
「ヘルファイア」
先生とヴァンパイアは交戦中だった。ヴァンパイアのほうはマントを被っているが、背格好からして少年のようだ。
……一人?
回りを見渡したが、誰も見当たらない。そこでロゥたちから聞いたヴァンパイアの少女の話を思い出す。
昨日も襲って来たなら先生の存在は知ってるはず……そんな状況に一人で飛び込むかな?
「……先生!」
距離はあったが、先生は気づいてくれた。
「何処かにもう一人いるはずですっ!」
「!!」
私の言葉に、少年も反応した。
「……あーぁ、バレましたねぇ……っと!」
彼は急に先生の腕を掴んだ。
「転移を使えるのは貴方だけじゃないんですよ?」
「……っ!しまっ」
次の瞬間、先生と少年は消えていた。何処に隠れていたのか、代わりのように違うマント姿が飛び出してくる。
「お兄様の策を見抜くなんて……片付けて差し上げます」
どうやら彼女が、昨日ロゥたちを襲った少女のようだ。
「相手してよ、お嬢さん!」
私に向かってこようとした彼女に、ケイトが何かを投げつけた。
ーーキュイン……ゴォオオオオオ
それは少女に当たった瞬間、火柱となって彼女を襲った。……しかしものの数秒で消されてしまう。
「ごほっ……忌々しい小細工です…!」
そのマントはボロボロになっていた。彼女はそれを''大事そうに''纏い直し、今度こそ私に向かってきた。
「逃げてシェリー!」
ケイトの言葉に反応するより速く、少女が私に迫っていた。