六章 不可視
「これ!これおすすめだよっ!」
「それは駄目だ。やめたまえシーク、それは毒性が強いのだ。…触るな!」
「元気だなー…。え、ちょ、こっちに向けんな!」
先生が嫌がるのを無視し、シークが怪しげな装置を彼に向けた。横からネルが彼を容赦なくひっぱたく。
「あの三人元気だな」
俺の言葉にルミナが頷いた。
「ボクが…勝てるようにしてあげよう」
彼女の一言で状況は大きく変わった。先生曰く、彼女がいればヴァンパイアの軍団など敵ではないという。
……冗談だろうがな。
「も、もういいから。俺はもう持てない」
「えー、頭にもう一個乗るでしょー。ほらっ」
「それは地面に叩きつけると火炎が…」
「えっ!?」
「すごーい、クロムさん落としたら火柱になっちゃうよ~」
「おい!!」
俺たちが魔法を教えてもらう間、先生は先に村に帰ることになった。再びヴァンパイアの襲撃の恐れがあるので、ネルの作った道具をいくつか持って行くことに。しかし、シークが邪魔をしていて遅々として進まない。
……というのを俺たちは遠巻きに見ていた。
「ロゥ…」
シェリーが俺の服を引いた。
「なんだ?」
「ネルの気が変わったのは…きっとロゥのお陰だからお礼が言いたかったの。ありがとう」
「いやいや…思ったことを言っただけだし。ネルには面白いとか言われて終わったし」
急に礼なんて言われても、困る。というかそこまで大層なことしてねぇし。
シェリーはゆるく首をふった。
「私、おじいちゃんみたいに皆に頼られて、安心させてあげられる人になりたいの。魔法が使えれば、多少なりとも力になれるから…と思って来たけど。ネルを余計怒らせちゃって……」
彼女らしい、真っ直ぐな願いだと思った。
「ネルは別に怒ってねぇよ。素が過激なんだろ」
笑いかけながら「頑張ろーぜ」と返すと、ようやくふわりと笑った。
「その顔のがお前らしいぞ」
「!」
シェリーが目を見開いたところでようやく準備が整ったのか、ネルがこちらに歩いてきた。
「シェリー、君は確か村長の孫娘…らしいね」
「そ、そうです」
先程のネルの過激な一面をみたからか、びくつくシェリー。ネルはその様子を特に気にせず「ふむ…」と呟いて驚くことを言った。
「ケイト、シェリー、二人はクロムと村に戻りたまえ」
「…え?」
「お、俺も?」
名前を呼ばれた二人も驚く。
「ケイト、君は魔術初心者ではないだろう。隠していたようだがね。ボクのもとで指導を受けるよりクロムと実践を積みたまえ」
「えっ!?」
そんなの初耳だぞ!とケイトの表情を見ると気まずそうな表情を浮かべた。
「どういうことだ?」
「そんな話聞いてない」
俺とルミナはいちはやく反応したがネルに止められた。
「後にしてくれるかな。シェリーは村長に話を聞きに行きたまえ」
「はなし…ですか」
「ついでに、自覚すれば発現する、とも言ってくれるかな」
ネルが意味深げにシェリーを見つめた。
先生は怪しい物が押し込められた箱を抱え、ケイトとシェリーには自身の腕を掴ませる。
「じゃあな。死ぬなよ」
「……」
ーーバシュッ
黒靄と不吉な文句を残し先生たちは消えた。
「ねー、どーしてケイトが魔法使えるってわかったのー?」
ミルレーが問うた。
「体内に魔力があったからだ。魔法の心得が無ければ感じられない程度のね」
「ケイト……全然そんなこと言ってなかったのに」
今まで隠されていたのかと思うとショックだ。
「そういえば、数年前に旅してたね」
「言われてみればー」
ルミナの意見にミルレーも思い出したように言う。ケイトは実はラスティア村出身ではない。二、三年ほど前は一人で旅をしていた。
「その間に会得したのだろうね。それより、始めようか」
彼女はどうでもよさそうに話をきった。
「魔法というものは術者の体内にある魔力、又は周囲に存在する魔力を消費し、発現させるものだ。外見は人とあまり変わらないからと『魔女も魔法使いも人間と同じ』なんて馬鹿馬鹿しいことを言う輩がいるがね。ボクたちは生まれながらに体内にある程度の魔力を持っている。人間にも稀にいるがね」
「周囲に存在する魔力?」
俺が聞くと頷く。
「イメージしづらいかね?そうだね…例えば水分。見えはしないが空気中にも漂っているだろう。人間など体内に魔力を持たない者は詠唱や呪文を唱えることで…ここでは漂う水分を集め、魔力へ変換するのだよ。魔文字は知っているかい?」
俺達三人が微妙に頷くと、彼女は空に手を差し出した。そこに重たげな書物が出現する。
「これは魔導書だ。魔文字で詠唱が表記されている……あぁ、ついでに今ボクが使ったのは召喚魔法というものだ。一般にはひと括りに空間魔法と呼ぶ。クロムが空間魔法に長けているね……転移などその最たるものだ」
差し出された魔導書を受けとると、彼女に詠んでみたまえ、と言われた。
……え、これを?
「……まさか読めないのかい」
ネルの表情がひきつったように見えた。
「だって今朝初めて見たんだもん……」
ミルレーがおずおずと言った。今度こそネルの眉間にシワがよる。
「知ってるかと聞いたが……本当に『知ってる』だけか」
彼女は羊皮紙と羽ペンを出現させると、何かを書き綴って俺達に渡した。
そこには魔文字と、読み方、意味が丁寧に書いてある。
「当面はそれを使うといい。魔文字の読み書きもこれからは教えよう。その詠唱を……そうだね、ボクに向かって唱えてみようか」
「ね、ネルに?」
書いてある魔法がどんなものかの説明はせず、彼女は俺達から数歩下がった。
「誰からやるか……」
「ロゥやりなよ」
問答無用で魔導書と羊皮紙を押し付けられた。 柔らかなざらつきが手に触れる。
「ドキドキだね~」
半ば押し付けられたような感じで俺がトップバッターになった。
とりあえず、読んでみるか。
「我が手に集え……」
詠唱して間もなく指先がピリピリとうずきだす。
「火焔よ怒りを解き放て…ファイア」
………何も起こらない。
「……まぁ最初はそんなものさ。次、ルミナやってくれるかい」
「え、う…うん」
戸惑うルミナに俺は羊皮紙を渡した。ルミナが詠唱を唱え始める横を通り過ぎ、ミルレーの横に並んだ。ミルレーの視線を感じたが反応する気になれず、俺は考え込む。
……何かの力がみなぎる感覚はしたのに。何が悪かったんだ…失敗したのが悔しい。
「ファイア!」
しかし、ルミナが詠唱を終えた時も何も起こらなかった。
「嘘でしょ〜!?」
「次ミルレー」
「うー」
ルミナが悔しげにミルレーと交代する。俺と目が合うと「ふぅ…」とため息をついた。
「ファイアー」
なんとも気の抜けるファイアだ。と思ったその時。
ーーゴゥッ
「!!」
隣でも息を飲む音が聞こえた。明々と燃える炎の弾。火の粉が風に舞うそれは真っ先にネルへと向かって行った。その速さに思わずネルを見やると……彼女はほんのりと目を細めているだけ。
「おい!」
思わず声を上げると同時に、彼女は片手を上げた。彼女の目前まで迫っていた球が静かに霧散してしまう。
「すご…先生の言う通りじゃん……」
ルミナが感嘆した声で言う。俺も同感だ。
「消した…いや……つかミルレーおま」
言い終える前に何かが突っ込んで来た。
「ロゥ!今の見たぁー!?ミルレー出来たよーー!」
胸に抱きつき満面の笑みで俺を見上げてくる。その嬉しげな彼女の頭を軽く撫ぜつつネルを見ると、何故か「フッ」と笑った。
「な、なんだよ」
ネルは俺に見せつけるように指を鳴らした。その上になんと炎の弾…いや数倍はある塊が出現した。俺とルミナが更に驚く中、トドメのようにひとこと。
「もう一度、やるかい?」
明らかに挑発されていた。それはわかったが、乗らずにいられないのが俺達双子だ。
「当たり前だろ!」
「勿論!」
俺とルミナは同時に前に出たのだった。