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赤銅ノ双剣  作者: 死猫ノアンネ
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五章 始動


「……ほぅ、ヴァンパイアか」


先生が一通り話すと、ネルは興味深そうに呟いた。


「珍しいね、集団で行動するなんてさ」


シークは言いつつ、その長い足を組んだ。

…珍しい?


「珍しいのか?」


「えー?だってヴァンパイアだよ」


当然でしょ?って顔をされた。

いや知らねぇ……とは言えず。


「……人間はヴァンパイアとの大きな抗争が起きたことがなかったね。文献が少ないのはそれもあるだろう。」


困惑していた俺を見て、ネルが口を開いた。


「彼らはそれぞれにテリトリーを持っているのだよ。彼ら同士の決まりごとだがね」


「テリトリー?動物みたいですね」


シェリーが言った。

ネルはシェリーに視線を移し、続ける。


「あながちその表現も間違いではない……言わば、狩り場だからね。彼等が人間の生き血を好むことくらいは知っているだろう?……一ヵ所で何件も行方不明者や死体が出てきたら、人間でも警戒する。元々日中は行動できない種族だからね。一度正体がバレて、昼間に襲われでもすれば簡単にやられてしまうのだよ。それを防ぐためにそういう決まりが出来、単独行動が主となった。」


さすがは魔女と言うべきか。俺たちが知りもしない細かな知識を持っている。

そこで先生が身を乗り出した。


「なぁネル、奴らが何故、どうやって神樹を持っていったかわからないか」


ネルは暫し考え……


「神樹は儀式に使うと思うね。どうやって持っていったのかは、知らないけど」


まぁ予想くらいなら…と肩を竦めた。

隣で黙ってネルの話を聴いていたシークが、彼女の頭に手を乗せた。


「なんだい」


彼女が反応すると、シークはその髪を撫でながら言う。


「ヴァンパイアの奴等、他種族と手を組んだんじゃないかなー。あの人たち、攻撃系の魔法しか使えないし。そんなのに神樹を扱えたら、ボク拍手するよ」


その言葉にネルが「ふっ」と小さく笑う。

テーブルの上に置かれたクッキーを手に取り、ミルレーが呟いた。


「神樹を使う儀式って、なんか凄そうだねー」


そしてクッキーをかじる。その口元から山吹色の粒が落ちた。

ミルレーの言葉にネルは静かに目を見開く。


「神樹を使った儀式……」


そのまま唐突に立ち上がり「楽にしていたまえ」と言い残すと、別の部屋へと消えていった。

思わず呆然としていると、シークが動いた。彼も意外と素早く、気付くと俺の隣にいた。


「ねぇ、君の髪留め、何処で手に入れたの?その子も同じのしてるけど」


そう言って彼は、俺とルミナを見比べた。紫の瞳に真っ直ぐ貫かれる。


「知らねぇ…昔から持ってた親の形見だよ。……会ったことねぇけど」


するとシークは途端に興味を失ったらしい。「知らないならいーや」と言うと、先程座っていた場所に戻った。

なんだったんだ……とルミナと眉をひそめた。


「ヴァンパイアのことはわかったけど、じゃあどうするって話だよね」


ケイトがそう言って先生を見た。

懐かしげに部屋を見回していた彼は、ケイトに視線を向ける。


「昼間は動けないって言ってたけど……村に火を放たれたら関係ないよね」


あの情景を思い出したのか、ルミナが青い顔で言う。


「先生がいっぱいいたらいいのにー」


ミルレーがネルの淹れてくれた紅茶を飲みながら言った。完全にくつろいでいる辺り、さすがである。

そんな彼女をわたわたしながら隣で見ているシェリーが気の毒だ。


「……先生?」


シークがキョトンとして、先生を見た。

先生はヤベッと言いそうななんとも言えぬ表情を浮かべる。


「待って待って先生って……え、クロムさんのこと?」


「……」


先生は答えたくなさげに黙って紅茶のカップを手に取った。しかし代わりにミルレーが「そうだよぉ?」と答えてしまう。

途端、シークは吹き出した。


「ぶっ……!先生!?クロムさん先生なの!?」


彼は文字通り、お腹を抱えて笑った。ケタケタと、男にしては高めの声が弾む。

……まぁ、先生のこの様子を見たら、誰だってらしくないなぁと思うよな。そう思った矢先。


「似合いすぎてウケる~~~っ!」


「!?」


 似合いすぎて!?


「ロゥ、顔に出てるよ」


ルミナに指摘された。うるせぇと言おうと彼女を見ると、彼女も明らかに笑いを堪えている顔をしていた。


「お前もだろ」


「俺の立場がだな……」


先生が哀れっぽく言ったのでとうとう堪えきれなくなり、皆で笑った。


「……。……ん?先生がいっぱい…?」


先生が独白すると同時にネルが帰ってきた。


「やかましいね。確かに楽にしていたまえと言ったけれど…一体なんだい?」


ネルが人形じみた動きで、かくり、と首を傾げた。薄桃の髪が、絹のように首を撫で伝い、落ちていく。


「ネルークロムさんがねぇー…」


シークが笑いながらその先を言う前に先生が口を開いた。


「ネル、ヴァンパイアに対抗するには、やっぱり魔法が扱えないとだよな?」


「……一概には言えないがまぁ…」


すると先生は実に楽しそうな笑みを浮かべた。


「魔法を、叩き込んでくれないかな。初歩的でかまわない」


そう言う彼の手は俺たちに向けられていた。

……はぁ!?


「は?……先生!?」


気付くと衝撃が声に出ていた。皆も似たようなもので……いや、ミルレーだけ「ふぁー…?」とか言っている。


「……悪くはない考えだが。ボクが教えるのかな?」


途端ネルの視線が鋭く、冷たい光を帯びる。先生の顔からも笑みが消え、「頼む」と彼女を見つめる。

……しばし見つめあった後、ネルが口を開いた。


「君に借りはあるけれどね、クロム。ボクは人間に協力するつもりはないよ」


そしてシークの隣に腰を下ろした。


「……ネルが、人間嫌いなのは知ってる。過ぎた頼みなのも理解しているつもりだ。だがこのままじゃ村が……」


「人里に長く居すぎたようだね?」


先生を遮って彼女は話し出す。


「人間が死のうが、それがたまたま君にとって大事な人であろうが、ボクには何の関係もないよ」


淡々と言うと、彼女はティーカップを手に取った。見るとそこには、紅茶ではなく黒っぽい液体が入っていた。

それが一瞬血に見えてゾッとする。


「私たちが死んでも関係ない…ですか……?」


シェリーが青ざめながら口を開く。村長の娘だからか、その性格ゆえか、彼女は村人の誰とも仲がよかった。そんな彼女だからこそネルの考えが信じられないのだろう。


「君は……今、ボクが死んだら…泣くのかい?」


「…えっ?」


ネルの視線が槍となって彼女に突き刺さるように思えた。過激な質問に言葉の詰まるシェリーを、ネルはどう判断したのか肩を竦める。


「まぁ、そうだろうね」


泣くわけがない、と彼女は優しく囁く。声音は優しいのにその言葉は…氷のようだ。 更に青ざめつつもシェリーは言葉を発した。


「そんな…泣くとか…そういう問題じゃ…」


「あぁそうだ、正しい。泣くことが全てではない。しかし『泣く』という行為が一番単純で、相手に対する想いがわかると思わないかい。君だって所詮綺麗事しか言えないのだよ。ボクは素直に言っているだけさ…他人なんてどうでもいいだろう」


「……」


重たく、険悪な空気が俺たちを包んだ。特に短気なルミナはシェリーが青ざめた時点でかなりイライラしていた。同時に俺たちは、殴られたような衝撃も受けている。

こいつ……人形のような外見にそぐわず随分と冷酷な魔女だな。


「ネルちゃん」


意外にも、沈黙を破ったのはシークだった。特に気まずそうな様子もなく話す。


「さっき何しに行ったの?」


ネルがティーカップに口づける。甘い香りが漂った。


「……資料を探しにね。神樹を使った儀式など、そうそうあるものじゃない。見つかるかと思ってね」


そう言うと彼女はカップを置き、指を弾いた。その手にリボンで封をされ、丸められた黄ばんだ布が落ちてくる。


「サンフィーリアだったね?あそこは豊かな土地だし、特有の動植物が多い。それで特定してみた結果がこれだよ」


彼女はその布を、先生に『ゆっくり』放った。するとそれは彼女の手を離れ、そこに氷の板でもあるかのように『真っ直ぐ』宙を滑り先生の眼前で静止する。


「……」


先生はそれを受けとり、リボンを解いて読みはじめた。


「これ……!」


「……」


ネルは特に応えず、再びカップを手に取り傾けた。再び、フルーツでは有り得ない甘ったるい香りがする。

……そう言えば彼女、人間嫌いと言いつつ真剣に相談にはのってくれている。

俺だったら一人でも嫌いな奴がいた時点で放っとくけど。あれ……今と似たような状況、どっかで…。


「ありがとう、ネル」


「………ん…?」


ネルがカップから口を離した。ルミナたちも俺をいぶかしげに見た。


「いや……親切だと、思って」


「…………」


ネルはカップを持ったまま固まった。…遅れて、首がかくり、と傾く。


「君……先程のボクの話を聞いていなかったのかい」


「聴いてたに決まってんだろ。………酷いこと言うなって思ったけど、俺たちの村の大人なんか『魔法使い』ってだけで先生のこと差別してるからな。でも、ネルは俺達と話してくれるし、その…資料?も探してもらったしな」


そう言うと、ルミナたちも村の大人の対応に嫌気が差していたためか、険悪な空気が消えた。

ネルの表情が初めて大きく動いた。しかし一瞬で元の無表情に戻る。代わりに、シークが意味ありげに笑っていた。


「……ねぇネル」


シークがネルに囁くように話しかけた。


「なんだい」


「この子、面白そうだね」


その瞳は俺に向けられている。


「………は?」


思わず声が漏れた。

人が真面目に思ったことを伝えたら、面白いとはなんだ?

しかしネルは「そうだね」と答えた。


「え!?」


「…クロム」


ネルは資料とにらめっこしたままだった先生に言いながら立ち上がる。

俺は完全にスルーか。なんだよ。


「奥に、簡易な結界装置と起爆剤がある。あれならば人間でも使えるだろう。持っていきたまえ」


「あぁ。情報、助かった。悪かったな無理言って」


クロムも立ち上がったので、俺たちもつられて立ち上がる。


「……おや、君たち、帰るのかい?」


「え?」


君たちと言いつつ、ネルは俺を見る。相変わらず無表情で……でもどこか吹っ切れたような、決心したような顔をしていた。


「ヴァンパイアに殺されかけた、と言っていたね?……ボクが…勝てるようにしてあげよう。君たちが…勝てるほどに強く」


そして、彼女は初めて俺たちに微笑んだ。

その笑顔は大輪の花の如く、美しかった。


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