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赤銅ノ双剣  作者: 死猫ノアンネ
2/12

一章 遭遇


 黒々とした険しい山に囲まれたキャザ盆地。どんなに遠回りになったとしても旅人は必ずここを避けていく。理由は二つ。

 一つは、その名の通り盆地であるから。ただでさえ朝夕に冷え込みやすい地域で下手に盆地に入れば悲惨な結果が待っていることは明らかだ。まぁ、注意すべき点がこれだけであれば旅慣れた者は迂回もせずに突っ切る道を選ぶかもしれない。

 しかし問題は二つ目。キャザ盆地では、動植物が規格外の大きさに育つ。中でもディアルボという樹木は賢い樹として有名で、森に立ち入った人間を根や枝で締め殺すと言われている。


「わかったか?だからなぁ、キャザ盆地に村なんてねぇんだよ」


 赤ら顔の男は呆れた様子で、目の前で仁王立ちしている少女に言い聞かせた。

 新築らしい木造の店内は、天窓からの光を浴びて心地よい明るさを放っていた。天井から吊り下げられた色鮮やかな紙地図の数々のことを考えると、少々日光を取り入れ過ぎている気がするが。地図を専門に扱うには些か素人じみた店で少女は片手を腰に当てて男を睨み付けていた。その眼光たるや赤錆びた剣の瞳が紅色に見える程すさまじく、男は思わず「…無いのですよ?」と言葉を正した。

 男は自分の話に夢中になってすっかり忘れていたが、少女はある村への行き方とその村周辺の地図の有無を聞く為に店に入った。決して説教じみた警告を聞きに来た訳ではない。ましてや、探している最中の村が存在しないなんて情報は不快極まり無い。

 沈黙と少女の視線に男が耐えきれなくなった時、少女が溜息交じりに言葉を吐き出した。

「……で?」

「…え?……で、とは…」

「……」

 少女は短気らしい。男の素っ頓狂な声に小さく舌打ちをし、瞳と同じ色の前髪を思い切りかきあげた。その迫力に男はたじろぎ座っていた椅子から転げ落ちそうになった。その衝撃で丸めて封をされた、恐らく売り物であろう地図がぽんぽん床に零れ落ちていく。挙動不審な男に少女は首を傾げ、片眉を吊り上げた。が、依然黙ったまま。自身の放つ空気の鋭さに気付いていないのだろう。その時、彼女と瓜二つの少年が店に入ってきた。こちらも負けず劣らず仏頂面で、男には目もくれず少女に向かって静かに言い放つ。

「ルミナ、見つけた。もう行こう」

 ルミナと呼ばれた少女は鋭い目つきのまま少年を振り返った。ようやく視線から解放され男は思い切り息を吐きだす。

「本当に?」

 少年はルミナに手招きし、さっさと店から出て行ってしまった。「ちょっと…」と不機嫌そうに少女も出ていく。その後入れ替わるように若い女性が入ってきた。

「あの、地図の専門店だと聞いて……まぁ、大丈夫ですか?」

 女性が見つけたのは、青い顔で固まっている店主の姿であった。




 心地よい静けさが満ちていた。

 細い獣道を飲み込むように育った巨木たちは、素直に天を目指して伸びているものから、捻くれたように独特の曲線を描くものまで様々だ。時折花や果実に飾られた可愛らしい樹木も見える。しかしはるか上空からその実が落ちてくる危険性を考えると、可愛らしいどころかただの凶器だ。樹々も草花も大きく成長したこの森では、少年と少女の姿など小人のように見えてしまう。日は高く昇り正午を過ぎた辺り。樹々の影が地面に強く濃淡を描いて揺れていた。


 おかしいな……。


 少年は辺りを見回し、歩む速度を緩めた。二人が地図を買いに立ち寄った村を出て、もう数時間が経とうとしていた。多少は時間がかかるだろうと踏んでの出発だったが、流石に民家の一つや二つが見えてもいいはずだ。ふと、ずっとついてきていた足音が止んだ気がして、少年は立ち止まった。

「ロゥ、おかしい」

 ルミナは少年―ローヴェン―が立ち止まるとほぼ同時に声をかけた。

「何」

 振り返った彼の胸に、ぽい、と折り畳まれた琥珀色の紙が投げられる。

「地図では、もう何か見えるはず」

「…やっぱそうか」

 ロゥは紙を広げた。白紙のそれは広げきった途端、中央にじわりと黒い染みができた。それはじわじわと白を浸食し、始まった時と同様に中央から滲んで消えていく。黒が消えた後には、鮮やかな色彩と共に地図が浮かび上がった。

 この辺りでは珍しい、魔法地図だ。広げると同時に持ち主の周囲半径五キロ内の地形情報を映し出し、折り畳むと白紙に戻る。

 数秒後、魔法地図から黒い染みが消え去った。そこで地図を見たロゥはぼそりと呟く。

「……何だこれ」

「何?」

 彼の反応にルミナも地図を覗き込んだ。

「…え……え、なにこれ。何も無いじゃん。噓でしょ?」

 地図には緑が広がっているばかりで、村らしきものは何処にも映し出されていなかった。魔法地図が狂ったのか、街で見た情報が誤ったものだったのか………店主の話が本当だったのか。

「村が存在しないなんて有り得る?」

「馬鹿、あんな嘘くさい親父信じられるか。村が存在しないって言うなら、俺たちが会ったアイツは何処から来たって言うんだよ。そもそも来いって呼びつけたのはアイツだし……」

 そこでロゥは唐突に背負っていた鞄を下ろした。うっすらと黄緑がかった封を引っ張り出すと、そこに綴られている綺麗に整った文字を読みだした。

「やぁ、久しぶり。誰だ此奴、って思っただろうね。君たちは俺を『燃ゆる若葉(スフィリオ)』と呼ぶばかりで一向に名前を覚えようとしなかったから。ちょっと困ったことがあって君たちの協力が必要なんだ。昔のよしみで助けてくれると嬉しい。村の名前と大体の位置はもう一枚の方に書いてある。………探し回ることになるかも知れないけど、それは先に謝っておくね」

 二人は思い切り顔を顰めた。うわめんどくせぇ…と顔に書いてあるようだ。

「あー…その探し回るってこの事だった訳ね……」

「含みのある言い方の割に、キャザ盆地自体はすぐ見つかったからな」

 二人は尺度のおかしな森の中で見つめ合った。どこぞの店主が見たら泡を吹きそうな程険しい顔で。どう見ても嫌そうだったが、やがて二人は双子らしく、同じ角度で口元を歪めた。

「日暮れ前に見つけねぇと危ねぇな」

「余裕でしょ。大きな木に恵まれてるんだし」

 言い終わるや否や、二人は揃った動きで鞄から太いロープのようなものを取り出した。両端に特殊な部品の付いたそれを近くの枝へと放る。ロープと先端の金具が枝に引っかかったのを確認すると、もう片方の金具をベルトに装着して二人は同時に囁いた。

「運べ」

 瞬間、ロープに奇妙な模様が浮かび上がり、二人は高く跳んだ。まるでロープに放り投げられたように高く舞い上がると、宙で体を捻って一回転し危なげなく枝に着地した。

「あーーーほんっとこれ楽しい!キャザ盆地の植物が規格外だって聞いた時からずっと楽しみだったの」

「楽しみすぎて痕跡見逃すんじゃねぇぞ」

「あんたこそ枝から落ちないでよ。ダサいから」

「落ちねぇよ!」

 軽口を叩きながら二人は慣れた手つきでロープを操り、木から木へと飛び移っていく。二人が高く舞う度、ロープは赤く鈍い光を放つ。行動の危険さとは裏腹に彼らの表情はとても無邪気だった。頬を掠めていく風は陽に祝福されたように暖かく、全てが大きく見える森の景色は恐ろしくもあり神秘的だ。

二人は無言で盆地を駆け抜けていった。




「ルミナ!」

「何、お昼でも食べる?」

「あ…忘れてた」

「まぁ…私も今思い出した」

 ロゥに手招きされ、ルミナは彼のいる樹木へと飛び移った。二人分の体重がかかっても枝は軋みひとつあげない。

「動かないでよ、絡んだら面倒だから」

「動いてないだろ。…それよりあそこ見ろ。なんかいる」

 ロゥの指差す方向に金に近い小麦色が見えた。その周りには見たことの無い木の実を付けた低木が生えている。

「……人だ。近付く?」

「あぁ」

 間違っても金具を枝葉に当てないよう、二人は慎重にロープを投げた。二人の探している村の住人なら良いが、最悪盗賊の可能性もある。正体がはっきりわかるまで近くの木の上から様子を窺うのが二人の定石だった。

 二人が低木の真上に着くと、小麦色の人影が唐突に立ち上がる。しまった!と思った時には既に彼女と目が合ってしまっていた。

「…初めて見た。旅人さんだね。迷ったの?」

 その少女は新緑の瞳を真っ直ぐロゥに向けて言った。

 ロゥとルミナは思わず顔を見合わせた。今までどんな大人にも気づかれたことは無かったというのに、この少女は一体何なのか。警戒を強めた二人が改めて少女を見下ろすと、彼女は未だにロゥを見つめていた。その顔は何処か幼く、何処までも純粋そうに見える。

「ミルレーのこと、信じられない?」

「……なんだよ急に。お前は俺のこと信用できんのか」

 ミルレーと言うらしい少女は恐ろしいまでに澄み切った瞳をロゥに向け続ける。その居心地の悪さにロゥが思わずやけくそで答えると、ミルレーはふわりと笑った。

「できるよ~?あなたのこと気に入ったもん。お名前教えてくれる?」

「は、はぁ?」

 動揺したロゥは助けを求めるようにルミナを見た。しかし彼女はロゥと目が合った瞬間吹き出した。何事かと驚くロゥにルミナは囁いた。

「あんた、口説かれてるんじゃない?」

「は?ふざけんなお前。いつも警戒しろってうるせぇ癖に…」

「いやいや……もうなんか、気付かれちゃったしいっかなって…」

 その言葉にはロゥも内心賛成だった。ミルレーは二人が出会った人の中で最も毒気を感じない。つまり……思わず気が緩んでしまうのだ。

 囁きあう二人にミルレーは首を傾げた。そしてなにか思いついたように顔を輝かせると、抱えていた木の実を二つ差し出してきた。

「これね、此処でしか取れないの。とっても美味しいんだよー」

「ぶはっ」

 とうとう堪え切れなくなったようでルミナが盛大に吹き出した。そんな彼女と、彼女を不思議そうに見るミルレーを見て、ロゥは大きく溜息を吐いた。


 本当警戒すんのが馬鹿らしくなってきた……。


 彼はロープを垂らし、ミルレーの隣へ降り立った。ルミナは未だ上で笑い転げているので放っておく。

 手早くロープを回収するとロゥはミルレーに向き直った。

「俺はローヴェン。ロゥでいい。上で馬鹿笑いしてんのは双子のルミナ」

 名乗るとミルレーは目を見開き、続いて滅茶苦茶嬉しそうに破顔した。

「ミルレーだよ。よろしくね、ロゥ!」

「…早速だけど、この辺に村無いか?」

「んー?ミルレーの住んでる村ならすぐ近くだよ。来る?」

「あぁ、頼む。……あ、あと、此奴の名前知ってるか…?」

 そう言ってロゥは鞄から件の手紙を取り出しミルレーに差し出した。その時、偶々差し込んだ木漏れ日がミルレーの髪を金色に染め上げていった。

「……お前、髪綺麗だな」

 思わずそう呟くと、ミルレーは呆気にとられた顔で俺を見つめた。


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