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 3日目。第3王子、ミールヴィッセ=ナシュア=レナスタン殿下。

 この王子は本当に、本っ当に、面倒くさかった。


 翌朝、目覚めた私は完全に吹っ切れていた。不敬罪なんて糞くらえだ。ここの王子たちを相手にするのに、不敬罪なんて気にしてはいられない。昨日までの経験からして、まだ顔しか見たことのない残りの王子たちも不安である。まだ見ぬ敵に立ち向かう心づもりをしなければならないだろう。

 昨日と同じく、リリに朝の一連の身支度をしてもらい、私は意気揚々と部屋を出た。まだ城内に不慣れなため、リリに案内してもらいながら向かった先は図書室である。


「わあっ」


 部屋を出たところで、目の前に飛び出してきた誰かと危うくぶつかりそうになる。咄嗟に身を引いたおかげで衝突はしなかったものの、飛び出してきた人物はよろめいて地面に手をついた。


「す、すみません! 大丈夫ですか?」


 驚きつつ手を差し伸べると、転んだ人物が顔をあげる。その顔を見て私はさらに驚いた。

 とてつもない美少女。妖精かと見紛う可憐さ。跪いて、全てのものから守ると誓いたくなるような美貌の美少女がそこにいた。

 しかし、溶けたような笑みを浮かべた私とは対照的に、美少女は私の顔を認識すると、さっと顔をゆがめてそっぽを向いてしまった。


「気をつけてよね。この顔と体に傷がついたらどうしてくれるのー?」


 ぷい、と背けられた横顔すら可憐だとはなんということだ。流石王城、こんな可愛い人は生まれてこの方見たことがない。町で1番可愛いと言われていた友人も、この少女の隣に並べば泣いて逃げ出すことだろう。

 差し伸べた手を取らずに立ち上がった少女は、一度だけこちらに目線を戻した後、またも走り出す。ドレスを着た女性の足とは思えない速さで廊下を駆け抜け、見る間に姿が見えなくなっていった。一体何だったのだろう。首をかしげつつ、私も図書室へと向かって足を動かした。

 さて、目的地の図書室である。

国による必要最低限の教育しか受けていない私には、王子たちの情報といった知識があまり十分に備わっていない。このままでは敵から攻撃をくらうばかりなので、防御力をあげなければ。それと、シャ・ナーリュラについても詳しく知らないので、この機会に調べてみたかった。

半歩後ろをついてくるリリに本の場所を尋ねながら、書架をゆっくりと見て回る。王子殿下方についてはこちらです、と示された棚を見上げると、壁一面に本が並べられていた。裏も同じ分類のようだが、これらがすべて王子たちに関する資料だというのか。一体こんなに何を書くことがある。

 よく見ると、そのほとんどは薄い桃色の表装であった。背表紙には【ミールヴィッセ殿下・87】とある。何気なく手に取って開いてみると、中に収められていたのは先ほどの美少女の絵姿であった。またこれも大変可愛らしい。切り取って閉じ込めたかのような可憐さが絵からにじみ出ている。知らず微笑みながら、私は頁を捲り続けた。ああ、目の保養。

 ――――まて、何かがおかしい。

 数頁堪能したところで、私ははたと気づいた。何だろうこの違和感。そもそも私は何の本を読んでいたのだったか。

 そっと背表紙を確認してみる。間違いなく【ミールヴィッセ殿下・87】である。ミールヴィッセ殿下、つまり第3王子。

 ―――第3『王子』!?


「!?」


 驚きのあまり言葉もでず、何度も背表紙と中身を確認する私の横で、リリがそっと口を開いた。


「間違いなくミールヴィッセ殿下でございます、リアンローゼ様」

「やっぱり!? 見間違いとかでもなく!? 内容の間違いとかでもなく!?」

「はい、殿下のお姿でございます」

「で、でも、この間見たときは普通の男装で」


 いや、男が男の服を着ているのだから男装という言い方はおかしいのだろうか。訳が分からなくなってきた。


「殿下は1日の半分を男性の姿、もうまた半分を女性の姿で過ごされます。ご自身の女装が大変お好きで、こうして絵姿も山のように御座います」


 嘘だろう。誰か嘘だと言ってくれ。

 絶世の美少女が男。少なくとも100冊以上はありそうな女装の絵姿集。

 確かに可愛らしいのは認める。認めるが。

 ―――やはり第3の王子も、一筋縄ではいかなそうだ。


 図書室探索を終え、よろよろと自室に戻る。結局シャ・ナーリュラについて調べることまではできず、王子たちの(主に第3王子の)記録という名の絵姿集めくりで気力も体力も使い果たしてしまった。朝出会った時は可愛らしいと見惚れたけれど、ここまでのナルシストだと、どんなに可愛くても美しくても正直引く。純粋に可愛いとは思えず、複雑な感情を抱くようになってしまった。

 案内された部屋は、やはり朝までとは違う部屋だったけれど、促されるまま大人しくドアを開けた。すると、光の洪水が目に飛び込んでくる。


「まぶしっ」


 思わず目元を押さえ、数歩後ずさる。なんだこの眩しさは!


「ちょっとー。さっさと入ってよねー」


 徐々に目を開けてどうにかこうにか目を慣らし、部屋を見ると、ソファーにふんぞり返るように座るミールヴィッセ殿下がいた。今回は男性の姿だ。その殿下の周りには侍従と思われる男性たちが跪いていて、さらにその周りを囲むのは花、花、花。眩しいと思ったのは、部屋の家具やカーテン、絨毯などに散りばめられた硝子だった。宝石だとは思いたくない。

 なんと眩しく、混沌としていて、悪趣味な部屋だろう。


「ああ、もしかして部屋に驚いたー? 僕の大好きなものたちは素敵でしょう?」


 呆気にとられて立ち尽くす私を見て、殿下はにっこりと微笑む。


「ま、僕の美しさにはどれも霞んでしまうけどねー。この世で一番美しいのは僕だし」


 その一言で全身に寒気が走る。本気だ、この人は本気で言っている。本気でこんなに痛いことを言っている。どこまでナルシストなのだ。

 部屋を見たときは眩しさに驚いたけれど、それは決して殿下自身の光ではなくて、周りの華や硝子による光の洪水にやられただけである。


「いや、殿下の方が周りに埋もれちゃってるし」


 殿下の高笑いに紛れて小さく呟いたツッコミを、なんと殿下は聞き取ってしまったようだ。地獄耳なのか。


「は?」


 何を言っているのか分からない、と言った表情で私を見てくるが、はっきり言って私の方が、あなたが何を言っているのか分からない。


「花も硝子もとても綺麗よ。殿下こそ輝きに負けているわ」

「そ、そんなことあるわけない!」


 そう言って殿下は勢いよく立ち上がり、くるりと回ってみせた。


「ふふん、どう? 美しいだろう? 跪いてもいいんだよー?」


 そんなことを言われても、到底そんな気にはなれない。まじまじと殿下を見て気づいたが、殿下は確かに中性的で美しい顔をしているが、私の好みではなかった。女装している殿下は、これぞまさに私の理想! と咽び泣きたくなるくらい好みだったのに、不思議なものだ。


「確かにあなたはキャーキャー言われる顔をしているとは思うけど、私はそっちの花の方が好き」


 言いつつ殿下の横の花を指差すと、殿下は最初何を言っているのか理解できていないようだったが、しばらくして意味を解したのか、雷に打たれたかのように体を固めて目を見開いた。そのままソファーへと倒れこんでしまう。


「な、何と言ったの……? おかしいな、よく聞えなかったみたい……」

「あなたより花の方が好き」

「なんでっ!?」


 殿下は顔を真っ青にして、ソファーに倒れこんだままこちらを見上げた。表情は殆ど半泣きである。残念だ、女装姿ならばとても可愛らしかったに違いない。


「朝は僕を見て、うっとりと見とれていたじゃない」

「殿下の女装はとっても可愛らしかったけど、男装はちょっと……はっきり言って、好みじゃない?」


 とうとう殿下は言葉を発することもできず、目を見開いたまま口をパクパクと開け閉めした。魚の様だ。


「無駄にきらきらしてる男性は苦手。見慣れてないから見てるだけで疲れるわ」


 何といっても城下育ちの一市民である私だ。周りに殿下ほどの美形はおらず、どこかむさ苦しく暑苦しい男たちに囲まれて育ったのである。綺麗な容姿の男性もいるにはいたが、揃いも揃って軟弱で頼りにならなかったし、根本的に殿下とは美しさのレベルが違う。殿下の輝きは、見ているだけでこちらが疲れてしまう類のものだ。

 そうか、好みじゃないし受け付けなかったのはこれが原因か、と自分でも納得がいき、満足した私だったが、後々この言葉を後悔することになるとは思ってもいなかった。


「……慣れないの? だから花の方が好きなの?」

「まあ、そうね」

「そう。それなら僕に慣れればいいよ!」

「は?」

「慣れればきっと、僕が世界で1番美しいと気付けるはずだよ。ああよかったー。やっぱりきみの目がおかしいだけだったかー」


 いやいや何を言っている。慣れればいいとかそういう問題ではない、筈だ。いや慣れればいいのか? よく分からない。

 よく分からないまま、この殿下の言葉を聞き流してしまったせいで、私はこの先何かにつけ殿下に付きまとわれるという、地獄のような日々を送ることになるのだった。


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