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 2日目。第2王子キラルージェ=ナシュア=レナスタン殿下。

 この方もこの方で厄介だった。


 昨日のサザウェル様の一件で、目覚めたら即刻死刑を言い渡されるのではないか、両親にも被害が及んだらどうしよう、そうしたらどうにか私の命だけで許しを乞おう―――なんて考えてビクビクしていたけど、迎えた朝は全く予想していないものだった。

 不安に思いながらも持ち前の図太い神経で眠りこけていた私は、まず優しく揺り起こされた。誰だ私の睡眠を邪魔する輩は、と思ってうっすら目を開けると、これぞ侍女と言わんばかりの服を着た女性が傍に立っていた。


「おはようございます。朝でございます、リアンローゼ様」

 

 全く状況の理解できない私をベッドから引きずり出すと、そこから彼女の手によって見る間に朝の支度が行われていった。それこそ息つく暇もないくらい、手早く顔を洗わされ、下着姿にむかれ、生まれてこの方装着したことのないコルセットを内臓が飛び出るほどに締められ、ふわふわと広がる髪をまとめられ、顔に粉をはたかれた。鏡を見ると、呆けた顔のいつもより格段に綺麗な私がいる。


「本日は特にご予定もございませんので、お化粧は軽くにさせていただいたのですが、よろしかったでしょうか」


 なんならすぐにでもやり直します、とでも言いたげな彼女に首を激しく振って肯定した。ただでさえいつも化粧をしないのだから、これ以上のものを施されると誰だか分からなくなってしまう。いや今でも十分顔が変わっているが。

機械のような無表情で淡々と仕事をこなすこの女性は、私付の侍女を命ぜられたリリという女性だった。無表情でも、人を労わることのできる雰囲気がとても好ましい。きっと仲良くなれると思った通りに、私たちは数日ですぐ打ち解けることとなる。

 午前中はリリに案内されて城を見て回った。自室で昼食をとった後、イースライト王から呼び出されたので、とうとう処刑を言い渡されるのかと思ったけれど、内容はまるで逆。今後一切殿下方に敬語を使わなくてもよい、寧ろ使うな、名前も簡単に呼べという御達しだった。なぜそんな許可が出たのか理解できなかったし、敬語を使わずに咎められても困ると思ったので口にしてみたところ、王子殿下方にも王自ら咎めないように伝えてあるという。そして更に驚くべきことに、なんとこのことを申し出てきたのはサザウェル様だというのだ。


「早速サザと仲良くしてくれたようだな。一安心だ」


 いやあれは仲良くとは違う気がする、と思ったものの、イースライト王の笑顔が眩しくて、はあまあとか何とかもごもごと答えて部屋を辞した。それから夕刻まで、午前中に回りきれなかった城内を見て回った後、今夜の夕食は1人で食べるようにと事前に言われていたので自室へ戻ろうとしたのだが。


「リアンローゼ様、こちらです」


 何故かリリに導かれたのは、昨夜とは違う部屋だった。


「え、リリ、ここ昨日と違う」

「昨夜はサザウェル様の隣室。今夜はキラルージェ様の隣室でございます。部屋に入って左手の扉が殿下の部屋に繋がっております。明日はミールヴィッセ様、明後日はバンリアント様でございます」

「毎日部屋が変わるの!?」

「はい。どなたか1人に都合がよくならないよう、順番に部屋を変えていくようにという陛下の御達しでございます」


 ききき聞いてない! 聞いてないよ! それで何が困るかと言ったら何も困らないのだけど、私にそんなにたくさんの部屋を用意してくれているのが何とも恐れ多い。ただでさえ一介の町娘であった私が、朝から磨かれ、美味しいご飯を3食頂き、ふかふかのベッドまで与えられているのだ。いくら私が図太いからって、流石に容量超えだし、こんなに至れり尽くせりしてもらっては本当に恐れ多い。恐れ多すぎる。大事なことだから2度言った。


「どこかもっと小さい部屋でいいよ。リリ達の部屋はどこ? その辺りじゃダメかな」


 言ってみたが、即答で却下されてしまった。


「リアンローゼ様はシャ・ナーリュラ様。そしてゆくゆくは王妃殿下になられます。私共とは待遇が違うのです。どうかお聞き入れくださいませ」


 そうそれ、シャ・ナーリュラ。

 シャ・ナーリュラに関して述べようとすると、レナスタン王国の創世まで遡ることになる。遥か昔、大陸の北東にある帝国から逃げ出した王子が、数百人の民と共に流れ着いた島で新たな国を築いたというのがこの国の始まりだ。

 その島は緑の神ナシュアが見守る土地であり、豊かな自然が静かに息づいていた。レナスタン初代国王の間に深い友情を築いたナシュア神と、北の海を治めるクシュルクス女王の守護により、国は外界とは一切遮断され、極稀に漂着する大陸からの人や物を受け入れつつも、建国以来1度の争いもない平和で豊かな国として今まで存続している。


 そしてナシュア神が気まぐれに遣わすシャ・ナーリュラ―――天の恵みし子が現れて時たま国を豊かにし、より一層栄えてきたのだった。

 そのシャ・ナーリュラの選定基準というものは極めて曖昧で、ナシュア神の声を賜ることができる神官がある日突然神託を受けるのだという。その神託により選ばれてしまえば、たとえ一介の町娘だったとしても、その日からは晴れて天の恵みし子として丁重に扱われることになるのだ。

 疑問なのは、私の場合は国王の一言で決めてしまわれたのではないかということ。それに関してはよく分からないけれど、神官よりも国王の意見の方が強いということがあるのかもしれない。

 シャ・ナーリュラは王妃になることもあれば、神殿をたてて一生を神に捧げることもあり、一生農耕牧畜に精を出すこともある。人それぞれというわけだ。

 私がそんなシャ・ナーリュラだとか、王妃だとかいうのも、はっきり言って昨日から全く実感していない。いまだに夢の中にいるような気持ちだし、目が覚めたら夢だったなんてことが起きても疑うことなく「いい夢みたなあ」と思うくらいで現実に戻れるだろう。


 私が、シャ・ナーリュラ?

 夢でも何でもなく、王妃になるの?


 部屋に押し込まれ、夕食をお持ち致します、といってリリが部屋を出ていく。取り残された私は、ぼんやりと佇んだまま頬をつねった。痛い。夢だとは思えないくらい痛い。

 昨日今日と、どこか夢見心地のまま過ごしていたけれど、そろそろ現実として受け止めないといけないのかもしれない。受け止めきれるだろうか。このあまりにも急展開を迎えた私の人生を。

 ええい、うじうじ不安に思っても仕方がない! と、私は頬をパンと叩いて顔をあげた。難しいことを考えるのには適さないのだ、この頭は。急に考えても知恵熱を出す。それはそれで迷惑をかけるだろうから、ゆっくり考えていこうではないか。

 改めて部屋を見渡すと、豪華すぎる作りにぞっとした。昨日はこの部屋の10分の1の部屋だったなんてことはないだろうから、よく何も考えずに眠れたな自分、としみじみ思う。広すぎる部屋に置かれた大きすぎるソファに所在なく腰を下ろし、大人しくリリを待っていると、いい匂いのする夕食が運ばれてきた。豪華だ。豪華すぎる。こんな料理、家族の誕生日でも、祭りの日でも食べたことがない。

 両親にも食べさせてあげたい、とぼんやり思い、急な別れで困惑しているであろう2人を思い浮かべる。昨日は私自身混乱していて、きっとまともな言葉をかけることができなかっただろうから、一度きちんと話をしに戻らねばならないだろう。今後どうするのか、それも含めて。

 料理を残してはならないという信念でもって完食した後、素っ裸に向かれて湯船に沈められた。誰かに手伝ってもらう入浴に慄き、溢れるお湯が勿体ない! と悲鳴をあげたが、庶民なのだから仕方ないと許してほしい。リリに睨まれてしまったし、明日からは入浴時の手伝いは絶対に断ろうと思う。

 入浴を終え、ほこほこになった私はナイトウェアを着せられたが、その肌触りにまたしても小さく悲鳴をあげてしまった。どんな糸で作ればこんなにも触り心地のいい服になるのだろうか。昨日の私はこれを着たまま男性の急所を蹴り上げたのだから、本当にどうにかしていたと思う。

 申し訳なく思いつつも髪を乾かしてもらい、リリが部屋を辞す。1人になった私はすることもないので、早々にベッドに潜り込んだ。しん、と静まり返った部屋が何だかやけに落ち着かない。そういえば、隣室はキラルージェ様の部屋と聞いているが、さっきから少しも物音がしなかった。まあ出かけているのだろう。

 気にせず眠ろうと目を閉じるも、何故か一向に眠気が襲ってこない。右に左に寝返りを打つが、さっぱり眠れない。夜もすっかり更けてしまった。そうだというのに、隣室からは一向に物音がしなかった。まさか隣室が殿下の部屋とは嘘で、空き部屋か何かなのだろうか。考えてみれば、流石の陛下も、シャ・ナーリュラとかなんとか言えども昨日出会ったばかりの女の部屋を、いきなり大事な殿下の続き部屋にはしないだろう。

 確認してみるか、とベッドから起き上がり、ドアに近づいて遠慮なく開ける。そして私は固まった。


「……なんだ」


 私が開けたドアの向かいにあるドアからちょうど姿を見せたキラルージェ様は、一瞬目を瞠ったものの、すぐさま不機嫌全開の顔で私を睨み付けた。

 隣は物置でも空き部屋でもなかったー! 陛下、本当に続き部屋を用意してたのか!これでいいのかレナスタン王国!

 キラルージェ様はそれはそれは重いため息を吐いて頭を振った。


「夜這いなら他を当たれ」

「よっ夜這い!?」


 思いもよらぬ言葉に声が裏返る。夜這いだなんて、名誉棄損だ! 素っ頓狂な声をあげてあたふたとする私を、殿下は冷ややかな瞳でねめつけていた。


「そんなことしません!」

「良い。町娘ごときが王城にくれば浮かれるのも理解できる。いずれ俺の妻となる前に、他の者と好きなだけ戯れればよい。その代り、王妃となってからはばれないようにするのだな。お飾りの王妃にしても、不貞は酷い醜聞だ」


 色々と不名誉なことを言われている上に、理解できない単語がいくつも殿下の口から飛び出してきた。確かに町娘ごときですけど? そんな風に見えます? それに誰が誰の王妃だって?

 思わず、自分でも驚くくらい低いた声が出た。


「ちょっと待ってください」

「なんだ」

「まず1つ。私は確かにただの町娘ですけど、それでも勝手につれてきたのはそちらです。夜這いにきてもいないし、他の誰かを求めているわけでもないです。根も葉もない侮辱はやめていただければと」

「……続けろ」

「2つ。誰が誰の王妃だと?」

「お前が俺の妃。つまり王妃だ。非常に不本意だがな」

「不本意なのは私よ!」


 落ち着け、落ち着け、と自分を宥めていたが、段々と口調は荒くなっていき、ついにかっとなって怒鳴るように言ってしまった。ええい、ここまで来たら引き返せない!一応王自ら許しは得ているし、不敬罪で死ぬならとっくにもう死んでいる。それでもやはり敬語は使っていたけれど、もうなるようになってしまえ!


「……誰に向かって口を聞いている」

「キラルージェ」

「小娘ごときが気安く呼ぶな」

「陛下のお許しは頂いてるわ。あんたなんかキラで十分。文句があるなら直接言いに行くのね」

「ちっ。父上もなぜそのような許しを出したのか」

「それに、私があんたの王妃ってどういうわけ? 広間ではあんなこと言ってたくせに」

「俺は王になる。其の為に貴様を娶らねばならないというなら、娶るしかあるまい。今は無理だが、まあ数年以内に式を挙げることとなろう。父上の戯言にはほとほと呆れるが、現国王の王命とあらば無視するわけにはいかないからな」


 キラは大きなため息を付き、髪を掻きあげてこちらを睨む。負けじと私も睨んでやる。

 そんな私の全身をじろじろと品定めするように見て、キラはまたもや大きなため息を吐いた。


「有能な王妃でなくとも妥協しようとは思っていたが、よりにもよってこんな小娘とはな。頭も悪そうだし口は汚い。お前は一切表へは出さないと決めたから、そのつもりでいろ」


 キラの頭の中では、『王になる』という目的のためにやむを得ず必要不可欠になってしまったのが私なのだろう。しかしそれは人としてではなく、単なる道具であり、只のお飾り。確かに国政に口出しできるような知識はないし、決しておしとやかでも美しくもない。けれどそんなものになるつもりもないし、なってやる気もさらさらない!

 ドアを通り抜け、キラの傍へと歩み寄ると、近づいた私に不快そうな表情を浮かべた彼を下から睨みあげた。


「絶対嫌」

「なんだと?」

「絶・対・嫌・よ! あんたなんかと結婚しないから!」


 深夜ということも忘れて私は大声で怒鳴り、キラの胸元を人差し指で何度も強く突いた。流石に呆気にとられている様子のキラを見て少しだけ胸がスッとする。ふん、今日はここまでにしておいてやろうではないか。

 私は鼻息も荒く踵を返し、元来たドアを再び潜り抜けると、自室のベッドへと一目散に向かった。何なのだこの王子たちは。揃いも揃って酷い有様ではないか。城下にいたときはその輝かんばかりの外見しか知らなかったけれど、こうして対面してみるとあまりにも人を馬鹿にしている。

 苛々して大声を出したら疲れたのでもう寝てやる。ふて寝だふて寝。


「…………なんなんだ一体」


 取り残されたキラの呟きだなんて、もちろん私には聞えていない。


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