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5・裁きの誓い

 少年ミチェットが名探偵気取りで顎に手をやり、小難しい顔をしつつ

「追跡の奇跡を無効化する・・・それなりの魔力をもっているようですね。やはり悪魔憑きなんでしょうか?」

「そうであれば現場が、なんというか儀式的だったり、もっと陰惨な感じになりませんかね?」

 ペテルキアの意見に同意とばかりにチアノは頷きつつ

「残存魔力も感じないしね。けど、危険リスクを侵してまで妊婦を抱きたがるなんて、正直、普通じゃないわ」

「確かに普通の存在ではないのかもしれません。犯人の意図がわからないです」

同意するアルシアをみて、ペテルキアは何かに気がついたようにハッと息をのみ

「貴方が有名な神面都市グラード・ヤーの聖女?確か物体に籠った人の想いを感じるとか?」

「細かく言えば違うのかもしれないけど、そんなところかしらねアルシア?」

「そんなところかもしれません。それより、先ほど凶器の槍を調べた時に気になることがあって、何も感じないのです」

「なにも感じ取れない?」

チアノは重ねて尋ねた。

「はい、刺された妊婦の恐怖や混乱は、強烈に伝わってくるのですが、犯人の犯行時の感情とか、永く愛用されている物だから生きてる者ならではの雑念など、いつもなら少なくとも犯行時以外の持ち主と犯人、二人分の思念が何かしら残っている筈なんです」

「それが、まったくないのね・・・なんで殺したのかは直接本人に聞かないと駄目なようね」

「ゴーレムを使った犯罪かな?なにか手がかりが見つかるまで、現場百篇で頑張るしかないですね!」

自分がやるしかないとばかりに力強く頷き、勢い込んでみせるミチェットをみて、ファオはついていけないとばかりに思わず肩をすくめる。

 そんな二人を微笑ましく見つめていたチアノが、表情を引き締めアルシアに向き直り

「さて、アルシアはペテルキアと現場に残って引き続き調査を」

「はい」

「ファオとミチェットはイオリンラの乙女達に聞き込みを」

天井に届かんばかりに飛び上がり喜ぶ少年ミチェット

「やった!ファオさんと一緒だ!」

「私は被害者に付きそわなくても大丈夫ですか?東方蛮人コ・パーダの、東方の言葉とか」

はしゃいでるミチェットを余所に、おずおずとファオがチアノに尋ねる。

「そっちは問題ないわ。彼がいるから」

「サスラノ氏ですね」

 ミチェットが答えたサスラノとは、東方蛮人コ・パーダの言語で無宿者を意味する言葉であり、男子が名前と一緒に名乗ることは誰にも仕えてない、男子が名前と一緒に名乗ることは誰にも仕えてない、仕官先を探していることを意味する。

 だが、チアノを除いて誰もその名乗りを理解していなかった。皆、彼の姓名だと誤解しているのである。

 ファオは祖先が売り飛ばされたか、移民としてやってきたのか?東方蛮人コ・パーダ移民の五世代目にあたる。そこまで経つと、現地に溶け込んだせいか言葉を忘れるのだろう。ファオもサスラノの意味は理解していない。

 正直な話しチアノには、ファオの話す言葉が被害者に上手く通じるとは思えなかった。彼女チアノ自身、東方蛮人コ・パーダの移民が多いクリュオ森林王国で、似たような東方蛮人コ・パーダの移民を、沢山、眼にしてきたからだ。


「ええ、彼を警備の者達と一緒に向わせるから大丈夫。さ、ゆきなさい!」

チアノが直立不動の姿勢で高らかに右手上げ

「修道士ミチェットよ、法の神の正しき裁きを!」

高らかに宣誓しだした!ペテルキアは驚愕した。この宣誓は聞いたことはあるが、聞いたことはあるが、事件の現場で聞くのは初めてだ。

「裁きの誓いですか古風な」

「あの二人、何時もアレをやるんです」

 何時もというが、何度見ても慣れない光景なのだろう。アルシアも呆れたとばかりに冷ややかな視線を二人に送っている。


 裁きの誓いは、罪を犯したものを必ず捕え、裁くという誓いの儀式である。はっきり言えば裁くというのは即決裁判で処刑することを意味する。

 過去において、王は神から権力を授かっており、王が全ての最高権力者であるという考えを基に作られた国々しか存在しなかった時代の風習だ。

 権力者にとって都合の悪い者を効率よく始末していく為に考え出されたものだと多くの神学者は語る。

 こんな由来なので裁きの誓いを行なう者は多くない。ただ、まれに被害者が権力や財産を持つ者だった場合、神殿の存在を体外的に誇示する為に行われることがある。


 部屋を一寸刻みで調べているのか?というくらい熱心に魔法で調べていた教養神サウレアソルの神官二人も作業の手を止め、古風というか教科書や伝承でしか、お目にかかれない珍妙なやりとりを呆然と見つめていた。

 ミチェットも直立不動の姿勢でチアノに向かって右手を上げて返礼し

「法を犯す者に裁きの鉄槌を!従士サーバント一人を同道し現場に向かいます」

 嗚呼、丁度、射し込んだ朝日に照らされた少年ミチェットの堂々たる立ち振る舞いに思わず宿の主人達も拍手を送ってしまう。釣られて教養神サウレアソルの神官二人も仲間にくわわりだした。

 ファオに向って短く頷き、ミチェットは万雷の拍手に送り出されながら、部屋から駆け出していく。短いため息のあとファオも後を追っていった。


 二人を見送ったあと宿の主人が手を止めて口を開いた。

「じゃ、あっしもこの辺で。下は息子と母ちゃんしかいねぇし、このままじゃ朝の仕込みに間に合わなくなっちまう」

「これは申し訳ございません。どうぞ持ち場に戻ってください」

 宿の主人を送り出すペテルキアに向って老神官達が

「某達も出発してよろしいかな?それとも残らねばならぬのかな?」

「そろそろ出発しないと期日に間に合わないかもしれない」

「これ以上は銭がやべぇんだ。足止め喰らうんなら宿泊費なんとかなんねぇか?」

などと口々に語りかける。

「皆さんには大変申し訳ないのですが、事件解決まで逗留してもらいます」

「そっ、そんなぁ・・・」

見る見るうちに顔が青ざめていく商人にむかって

「宿代は我々が払いますし、贖利状を発行しますから、商談は大丈夫ですよ」

とペテルキアは穏やかな微笑みを満面に湛えながら答えた。


 贖利状は司法神ヴェルナ神殿が発行する証明書だ。捜査などで商取引などに遅れてしまう場合、相手側に商談を待つように要請できる代物だ。

 契約を司る神の神殿ならではのものだが、贖利状でも保証しきれない生物などは、神殿が本人の代わりに買い付けたり、もしくは商品を買い取り、飲食店を営んでいる他の神殿などに売却することも多い。


 宿の主人と宿泊客達が部屋を出て行くと、教養神サウレアソル神官の一人が書類を差し出し

「今日は長くなりそうなので、一旦、現場を離れて食事に行きたいのですが、許可書に署名サインを頂けますかね?」

「私はここで捜査する権限はもってませんから、チアノさんに――」

ふと気がつけば、チアノは部屋から忽然と姿を消していた。神よ、何故、私にだけ試練を与えるのかと彼が思った刹那!天使が救いを差し伸べた――

「チアノさんなら、さっき、皆さんと一緒に出て行きましたよ」

ように見えただけで地獄に叩き落されただけのようだ。

 ならば、そう遠くへは行ってない筈と部屋を出て追いかけようとすると、窓の外から声が「ちょっとぉー!誰か聞いてる!?」都合よく開け放たれた窓から顔を出せば、表の通りにチアノが佇んでいた。

 チアノはペテルキアを視界に認めると

「私はマキオの素性を探りに軍神ルスタファの神殿へ行くからー」

 言うが早いか、踵を返して軍神ルスタファの神殿に向おうとする。

「ええっ!ちょっと待ってください!」

うろたえるペテルキアの叫びに振り返りもせず軽く右手を挙げ「じゃ、ここは頼むわ!!」と、一目散に駆け出していく。

 やり取りを聞いていた教養神サウレアソルの神官が、ペテルキアの横から身を乗り出して叫ぶ

「まってください!書類に署名サインを!」

「隣の人にもらって!同じ神官プリーストだから!」

チアノが立ち止まり大声で返答した。

 やがて街中へと消えていく赤い点から、ペテルキアへと視線を移す鑑識の神官。思いがけず視線があった二人の間に気まずい雰囲気が溢れた。


「私が署名サインをした方が宜しいでしょうか?」

小首をかしげて聖女が尋ねてきた。

 彼女アルシアに任せてしまっては何かに負けたような、言うなれば悪魔チアノの策略に嵌った様な気もするので、ペテルキアは鑑識の神官から書類の束をもぎとり

「いや、いいです。僕がやりますよ・・・」

なにか釈然としない思いを振り払うかのように彼は羽筆を奔らせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 破綻無いやり取り普通に読める。 ある程度の筆力は間違いなく超えていると思う。 [気になる点] 内容に関しては、やはり一昔前の小説と言った印象、現代人の読解力は下がっており、スマホと相まって…
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